使い様

 新聞にでかでかと麻生首相の「失言?」と出ており、高齢者を侮辱とあったが、後に「元気な高齢者に働いて貰うことも健康に良いとの意味を含めての事」と釈明されておられる。

 「物も言い様で角がたち」 「丸い卵も切り様で四角」の諺の如くで、言葉足りずも、多すぎても真意は伝わらず誤解を招きやすい故、一言一句心して、特に上に立つお方は注意なさらねば、注目の的であられれば尚の事大変な損と申すか誤解を受けると感じる。

 別に肩を持つわけではないが、高齢者だからと押し込んでしまうのも如何なものか、お達者であれば蓄積された知恵、豊富な経験を引き出して、大いに利用致せば若者達は大変勉強になり交流も出来、相互に相乗効果が生まれてくる.事、間違いなし。此の手を利用せずば国の損失でもあると思う。

 さすれば介護を受ける高齢者も少なくなり、元気な高齢者が増えれば家族は介護の心配も無くなり、活動的に働き易くなり一挙両得となる。年寄りだからと定年で仕事を止めてしまわれると一変に気力を失い、人によっては痴呆を早めたり、体力が衰えさせてしまう悪循環は、何方も、叉周辺でも多く感じられる事と思う。

 仕事などはしたくない方は隠居して頂き、何等かで仕事に生き甲斐を感じられる方はどんどんなさる、させた方が若返る。報酬より仕事が出来る喜びを感じさせることが元気の源を作り出せるのではと感じる。

 一見大事にしている如く見えても年寄りらしくさせ、仕事を取上げている状態と言っても過言ではない。昔は子守、炊事とと家事を仕切っている舅、姑の家庭が多くあり二代、三代同居家族も多く、年寄りから色々学び伝えられた知恵が今日を築き上げてきたが、敗戦後核家族となり、年金制度はありがたいが子供は親を見なくなり、親は孤独感でいやが上にも年老い、なす事無く病院通いの悪循環、医療費は嵩み医者は手が回らずと、悪い結果が生み出される。

 これ等を申されたかったのかも知れない麻生総理、と解釈いたすことで終わる。

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政治とは

 何たる不様な事かと思わざるを得ない内紛的様相の報道を耳にし、呆れるばかり。渦中の人に取っては自分達の姿は全く見えていないのか、傍目八目の目からは愚かしき限りと見えてならない。

 国民への政治議論は何もなされず、大事な真偽はそっちのけ、我が党の番と喜んでおられると思われる方々にも任せるにしては不安だらけ、さりとて崩壊寸前、遂に「ブッ壊す」の言葉通りになりそうと言うより、皆の手で崖っぷちの家を落とそうとしている姿に写る。

 19年頃、アメリカ軍によって空から撒かれたビラの絵を思い出す。崖っぷちに半分せり出した家を、状態を知らずして国民皆が号令の元、後ろから押し出している。それ以上押したら崖から家が落ちてしまう、押すのを止めなさい。と降伏の勧告ビラであつた。其れにそっくり。この際、国民も確り考えるべき時と思われるが、果たして任せられる党が?????「遣らせてみては」と安易な声も聞くが、其の手しか見出せないであろうか不安のみ。

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選挙

 この辺で変えてみてはとの思いに偏っておる人も多いのではと案じられる。余りにも報道過多で、多分に個人的予測も加わっており、真実は伝わっていないように思えてならない。

 「講談師見て来た様な嘘を言い」的な、「会談では……なされると思う」と言うような発表が多く、何種類かの新聞や、各局を隈なく聞くわけにも行かず、報道だけで、あれ此れ思い巡らし、決め兼ねている人も多いと思われる。

 投票日前の投票も出来るようになってはいるが、投票権を持っていても投票に行かれない年配者も年々増え、選出したき人えの投票も侭ならず、棄権止むを得ない人数も可成居られると思う。

 これ等の現状への配慮は無い故、出したい人が果たして当選出来るかどうかも疑問である 。

 耳障り良く無償と謳っても、補填は何処から捻出かが明らかにされず、不安が募るが如何なることやら、お先真っ暗と感じる 。天下分け目かもしれないとさえ感じる明日である。

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 クイズに此の所5年間で、自民と民社と党首の交代数はどちらが多いか?の答えは、何と民社が多いのに驚くきました。

 麻生首相を辞めさせる事に懸命な人達、皆、飽きっぽい性格揃いなんですね、最初は麻生さんしか居ないとばかりに押し上げた連中が、今や引き摺り下ろそうと。

 首相になった早々に言葉尻を捕まえたり、揚げ足取りしたり、人間である以上完璧な人は居られない。祭り上げた人を何とかして保たせようと補うことはせず、恥かかせの事を言い広め、片腕になって盛り上げようとする姿勢は見当たらない。

 不足を補い、知恵を絞り合い、首相と言う看板を支えるべきの方々が足を引っ張り、何派、何派と派閥を作り、分裂行為では成り立つものも砕け散ることは明らかと私奴如きでさえ思うこと仕切り。

 辞任させて適当な候補者がおられるのかと見渡しても???自民崩壊を好んでおられるかもと思わせられるのみ。

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あかり

 東京タワーの明かりが消灯され、増上寺でローソクが灯され暫し柔らかな光の中で過したことが報道されました。

 イルミネーションを消せば、74万5224キロワット、約29トンの二酸化炭素が消減されるとの事。衛星からの写真では、一番日本列島が明るいとも書いてありました。

 不景気で仕事が削減されているとか、解雇されている方が多くホームレスの方が増えているとか暗い話の多い中、ビルの窓からは遅くまで煌々と灯りが点いているのは残業なのか、何故?と不思議に思います。

 街では自転車の明かりをつけなくても走れるほどの街頭が付けられている所為で、丁字路での右折車はよほど目を凝らして見ません事には自転車のライトがつけていない場合は見えません。必要な所へは点灯せず、間引きしても良いような所では赤々と灯され、片や省エネと囃しても成果は上らぬ状態と感じます。

 思い立ったように消灯するのでなく、節約出来る数字がはっきり出ているのですから定休日の様に日を定めて消灯いたせば、成果が可成上るのではないでしょうか。高いところのイルミネーション程、余り見て居る人を見かけませんが宣伝しているという自己満足だけのように思え、8時以降は消灯と決められれば、省エネの効果は大と感じます。

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子育て

 塩川正十郎氏のコラムに、「出世率を気にするより、子を育てる家庭のあり方を意識した対処法を致すべきで、親子の関係は神から託された絆であることを忘れないで欲しい」と言う内容でした。

 子供は家庭で、母親の手で父親の協力の下に育てられる様な援助をするべきとのことには大賛成で、何時の間にか年少組みと称する三歳児から預けることが当然の如くに思われ、預けられない方がおかしく思われる向きを感じます。

 学校へ行く前に保育園なり幼稚園に行かせなければ遅れを取る如き風潮もあり、預けることによって手が空き、バイトでも致そうかと、余裕が出来れば車を一台づつ持ってみたりと贅沢に流れて行き、一度味わった贅沢は中々引き締められないのが世の習いと申せます。

 集団生活の手始めとして、どうしてもと言うなれば小学校へ入る一年前ぐらいならば良いかもしれませんが、三つ子の魂百までもと申すほど大切な幼児期に、如何に行き届いていようとも母親には及ばぬ事で、寧ろ預かっていると言う意識では、本当の躾けは出来ないと感じます。

 妊産婦への手当ては勿論のことながら、家庭で母親が育てられる助成金が支給されれば、母親の愛情で良い子供が育つことは間違いなく、親も「子を育てて知る親の恩」を身を持って知り、自分たちの親を大切に、年金があるからと言って余り顔も出さないという人達も無くなるのではないでしょうか。

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見えぬ糸で

「党をぶっ壊す」と言われた通り、崩壊寸前に思われる。見えない糸で見えない所から、ご当人達や取り巻く方々も気付かぬ内に仕組まれた筋書き通り動かされ、成果を収めたと見えてならない。

 ご両人は事態を良く分かっての上でも一般に分かるように説明が無い。ご自分は良く分かっての上で信念を持って反論なさる。ならば、何処が不正で、如何あるべきか、玩具如き安値で何故売り捌き、結果を如何始末するかについて、叉其れに至るまでの経緯を詳しく説明を求め、どうあれば納得出来るかを求めれば、我々も不可解、疑念も解決される。

 方や、「ぶっぶす」お方からの任命に忠実に従い責任を全うすると意気込み、自信たっぷり。これから如何するかについては触れない。湯水の如くお金を使い経営不振とて安値で売り、我々の保険の利息は皆無に等しい。国民を押さえつけ 総理が民間事業に口を挟むべきでは無いと仰せであるが、ならば、民間が国を左右する様な事を致そうと裁かれ、或いは政府の助けは求められないのか、私の不理解かもしれないが不快な言葉である。

 「何処か可笑しい」としか言いようが無い。諸党間でも揺れに揺れ、意見もまちまち、このような議員を選んだ国民に「つけが回ってきた」では済まされない状態。でも性懲りもなく再び選び方を間違えば自らの手で首を締め付ける結果となろう。

 4TVでの「大田総理」の提案の方が余程、国を良くするのではなかろうか、少しヒントにされては如何か。

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郵政

簡保問題でのお二人は、お互いに一歩も譲らず。思うに、そもそも簡保の宿が次々建てられた最初の頃の宿は、不便な所でサービスは感心せず、お役所仕事の延長宿に感じ、再び利用の気持は起きずで、その後、彼方此方に建てられ、保険集金係りから時々パンフレットが渡されるものの関心が持てずに過ぎた。

 簡易保険もご他聞に洩れず、利息は無きに等しく、加入時の割引サービスは無しと変わり、素人考えでは、次々建つ建物費用を何故利息に回さないのかと。簡保の宿から収入を得る予算であったかも知れないが、民間宿のサービスに比べれば高いの一言。

 余程の利点が無ければ繁盛する筈もない経営方針と感じ、廃れるのは当たり前。我々の保険金を融資して造り出し、経営不振だからといって安く売り出すとは以ての外と申したい。

 簡保が始まった当時は利息良し、病の折には局員が規約分を届けてくれる。月掛350円からは始めた保険が満期になると7割り増し高で戻り、其の儘、次の保険に回しと、恩恵に与ったが何時の間にやら、がらりと内容は変わり、果ては安い値段で売り飛ばす。

 勝手に計画された其の資金は?経営不振だからと個人の所有物如く勝手に始末されるとの感じが募り許し難い思いがする。今までの経営や方針が誤りであれば選手交代させるのが当然の事と思いそうあるべきと願う。

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良い耳障り

高速道路無料化、次々耳障りの良い政策が提案されている民主党、何やら凄く良い世の中になりそうな事が謳われているが、提案される程に些か不安が募ってくる。余りに良すぎる案ずくめなので、この辺で政見を握らせてみてはとふと思いが掠める。

 いや、待てよ。財源の捻出は、無駄遣いをどの様に、何処を締めてゆかれるのか、高速道路も無料化されれば交通量は増し、当然道路は傷む。何処から修復代が捻出されるのか、排気ガスは増えCO2削減にはならない。児童医療の無料化を高校生まで。此れは親にとっては大変助かるが医療費は何処から捻出なさるのか、裏づけがなされておられないことに不安は募る。

 耳障りの良い言葉は容易く発言出来るが、如何すれば可能になるかの説明が無い事には信用できかねる。只、何となく変われば良くなるのではとの誘導的政策ではなく、斯うすれば結果が出て来るとの原理を打ち出して頂きたいものである。

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世襲

政治家達の世襲問題がでているが、今朝の放映で吐露されているところによれば、本意ならずも致し方なく押し出されている。地方では未だに殿様と家来的な因襲が脈々と引き継がれており、御曹司を送りだぬ事にはと音頭取りの扇動に動き送り出されており、自分の意思が通らず其のまま続けている結果が多くあることを知る。

 世間一般的にも、一代で基礎を築き、二代目で立ち上げ三代目で潰すと、まさしく政治の世界でも頷ける。志を立て孤軍奮闘するのと違い、立ち上がった上に只、乗せられるのとは内容的にも軟弱であり、維持する力量等あるはずも無い。

 持ち上げる側からは恩義を蒙った先代へ義理が果たせ、送り出した事への満足感を味わって居るに過ぎない事を知る。斯様な告白を聞き、議員方を見回せば親から子へ、同情的当選や地元の義理人情、しがらみから送り出されている議員が多いことに驚く。

 何とかせねばと這い上がって来ている人も見かけるが、中々伸し上がられずに留まり、発言のチャンスさえ掴められぬまま、議席を暖めているだけに終わっているようにさえ思え、醜い野次を飛ばす側に留まっているだけに過ぎない人も居られよう。

 昨夜の放映で選挙時の莫大な費用は凡て税金にて賄われ、税の無駄遣い、五月蠅い選挙カー、ビラの貼りすぎ、一人の人への推薦に何人もが何度もかけて来る電話、これ等の選挙運動への反対数が勝った。

 先ず押し出す地元、選挙権を持つ各人が、しがらみや情にほだされず誰を送り出すかに確かな考えと目を凝らして選挙すべきで、甘い口車に騙されない事である。

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順の戻り

 これぞ誠の相撲なりと手に汗握り、TVで観戦致した昨日。厳しい風土の中で人となり、気候も言葉も風習も異なる国で鍛えられ、修行の結果は天晴れである。慾を申せばと言うより願うらくは日本人の頑張りもと、然し魁皇も、病を抱えながら良く頑張ってくれている。

 横綱との勝負で「目には目を」如き足掛けで決った事に、まさしく人にした様にされる順の戻りを目の当たりにし、昔の言葉に感嘆いたし、自分の行いに対し反省と、善き事をなしての順の戻りがあるべく日々過す事を肝に銘じた。

 淋しいニュースは東親方(高見山)の定年退職である。お元気であるので65歳では早すぎると感じた。せめて70歳まで延長は出来ないものか。人を育てる事も温厚な性格から、かなり慕われておられる様子が伺われ、何処やらの部屋でのビール瓶で殴る人に爪の垢でも煎じて飲ませたい。

 お疲れ様でしたと見送るには切ない気がする。何処かで姿が映し出され、声が流れ業績を残された事が忘れ去られない様にして頂きたいものである。

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用足し

 5年目毎にシロアリ予防を頼んでおり、ふと気に掛かり保証書を見る。何と期限当日で慌てて申し込み、床下外壁と凡て処置終り、床下換気扇の一個取替えで終了となる。

 5年の歳月の何と短い事に改めて驚き、扨、迎える5年の寿命如何にと、残る者の為にも致すべしと、凡ての事毎に思う年齢、何時の間にやらと思う此の頃です。

 業者が「トイレを貸して下さい」との言葉に「どうぞどうぞ」と答えながら異様な?感じを持った。長い間、業者のお世話になる機会が多いいが、此の言葉は聞く事無く、先頃の屋根修理の時も聞かず、こちらから尋ねたら「仕事先の近辺にコンビニやスーパーなどを探し、出来るだけ依頼者の家のを使わないことにしている」と。成程、天晴れな心掛けと感心。

 思い出すに昔、横丁や路地裏の家の下見板に鳥居が貼り付けてあり、無用と書いてあった事が思い出された。遂30年程前までは立ち木や入り込んだ所で用を足している人を見かけたが、今は「犬の糞を始末して下さい」の札を見かける。

 昔と異なり人口も増え、家も建ち並び何処ででも用足しする無礼者は見当たらず、衛生的になった代わりに犬猫に悩まされる家も少なくない。家族として飼育するとの言葉通り家族なれば用足しの。後始末も完全に始末を願いたいものである。

 先日多摩川での催し物で仮説トイレを5箇所設置してあるが追いかずつ、川の中に入ったり橋げたの下で用足しをしている姿が映し出された。トイレには延々長蛇の列、待ちきれない人が続出で誠に気の毒。主催者は気を使うべし。

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エコ

 エコポイントが加算され、引き取り料をも含まれてエコ商品を求めやすく宣伝し、景気回復にも一役買い、エコへの関心を強められている様であるが、何処か矛盾を感じるのは、高速道路休日の件である。

 ドライブを楽しみ低額で帰郷が出来、大変結構な事ではあるが、渋滞続きは輪をかけて延々と、ドライバーの疲労はいやが上にも増し、事故件数が少なく済んだ事は上々乍、排気ガス増量に於いては逆エコである。

 運輸の業者は割引には加えられず、高速は渋滞、止む無く一般道を走る結果となったとかで、仕事への影響は可成である。安いことに越した事はないが、何とか策は無いものであろうか。良い知恵を出し合い、良い術を国民に問いかければ、お役人より実社会で汗する人のほうが良い案が浮ぶかも知れない。

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政策

 巷の発言では党首退陣に「遅すぎた」「今頃」との批評が多く、退かれた後もはっきり物言えぬと言うか、反対意見を口に出す党員がいない事に不思議と言うか不可解で、物言えば……しっぺ返しでもと勘繰りたくもなる。

 党首候補者にしても「愛ある政治、国民の為に此の身を挺し」去られた方と同じ意志を引き継がれるのか、 片や「国民を幸せにする政治」 ならば、何れの方にも、どの様な方針かと問いたくなるが報道ゆえに一方通行、答えは貰えない。此の後、立候補者が討論するとの事ではあるが、失礼ながら余り期待は出来そうに無い。

 この辺で政党が変わる事を期待している人も少なくは無いし、そろそろ変わった方が良いのではと思っている人もかなりいると思うが、今の体たらくでは似たり寄ったり、代わり映えは無さそうに感じる。所詮同じ穴のムジナ、狐と狸の化かし合い?失礼カナ!。

 勇気ある若手が何故「我こそは」と名乗り出ないのか、それだけの人物が居ない党であるのか、それとも名前のよく出る方々に遠慮で出られないのか、引っ込み思案の党員ばかりに育ってしまったのか、此れも不思議である。志を立て議員に打って出たならば、一旦緩急事態は何時起きるやも知れず、其の覚悟なくして何故に議員として出ておいでか?と問いたい。

 何のために?名誉と高額の収入を目指しての事なのかも知れない。故に良い政治が出来よう筈もない。然し、中には身を呈して誠心誠意尽くしておられる大臣、議員も居るが、一生懸命取り組むほどにはしゃぎ過ぎとか一々けちを付け囃し立てるマスコミ人。目くじら立てず、引き摺り下ろすような言動は避け、良いとこ取りで、褒める事も上手に政治家を動かす手段の一つかも知れない。

 子供は叱ってばかりいでは萎縮すると同じで、叱るのみでなく褒めたり、すかしたりして躾け、上手に動かすのも国民(マスコミを含み)の知恵かとも思う。はて、さて、如何成ります事やら。

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辞任

 街の人々の声では、大方の人が遅すぎると評される党首の辞任。党首討論を前に何故、と新聞にも載っている。矢張り噂の如く対話は苦手であるとかで、土壇場で体を交された事は噂ではなく真実なのかも知れない。

 全てを任せていた秘書の成り行きはさっぱり載らないが、記事の差し止め手段を使われているのか、それとも何等関り無いと見捨てておられるのか、良くある話として、家族に対しても不自由させない好条件を出して、犠牲者を一人出し、全責任を負わせ、時には命も提供するほどの犠牲も払わされたと聞く。

 噂と言えど、火の無い所に煙は立たずで、本当に対話が苦手とすれば、政見交替時に当然そうした人は首相は務まらないかもしれない。何に致してもこの先、如何なりますことやら、国民も目を見開き安直に「少し変わった方が」で済まされるのか、どちらがどん底の状態から引っ張り上げられるのかを目を透かして見極めなければ、沈み行く一方である。

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しっぺ返し

 農村から漁村から見える未来に「しっぺ返し」は必ず来ると思う。田圃の真ん中に巨大な空母艦如きスーパー。近隣の車族を飲み込む広い駐車場、地方の表情を変えてしまっている。と載っていた。

 瞬間的に鳥肌の立つ思いが走り、国内を満たすお米、食糧の三分の一の生産に過ぎないとあり、休耕にすれば保証金的な金額は農耕費より割が良いので切り替えるとか、代々受け継いできた人も老いには勝てず、その上跡継ぎは農業を離れ跡継ぎが居ても嫁の来てが無くと益々先細りの現状。

 既に、しっぺ返しが始まっている事に政策を急遽検討されなくてはどうなる日本。と憂うるのみ。

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マスク

 新インフルエンザの世界的流行の報道に、二転三転と振り回されるここ数日。もし罹ったとしたならば冷ややかな目で見られ、疎まれ肩身の狭い思いをするのではなかろうかと感じる。

 海外旅行を終えた人々への検疫も、さてどうなることかと思いきやあっさり通過、何万人もの対応は完璧に追行されたのであろうかと思われるほど素早く終わり、次は感染年齢で若者へは不安が募り、高齢者はたいしたことないと軽く済まされそうではあるが、実態は如何なのであろうか、余りにも情報が流れ飛び交い、本当の事と信じて良いか、疑うべきか、翻弄されっぱなしの態。

 然し個々にはマスクマスクで関心の深さを窺い知り、何よりの事。然し咽元過ぎればで無い様に、下火になりかけほど要注意、個々に嗽、手洗は常とすべしと思う。

 何か事件があれば報道陣のわんさかわんさか、此処には不況など何処吹く風であろうと見える。ご苦労様なことであるが、思うに任せての報道はご注意願いたい。人心を浮き草の如く翻弄されかねない為に。

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矛盾

 休日高速料金¥1,000、喜んでこの時とばかりにお出かけ、高速道路は例年の連休より渋滞と報道され、排気ガスは一段と濃度を増しているのではなかろうか。行楽地では行列、財布の紐が緩み業者はホクホク、CO2はさてどうなる?出かける方々にとっては喜ばしいことと歓迎であられよう。

 果たして此れで良いのであろうか?何処か矛盾を感じるのは私だけであろうか?休みでも高速を利用する業者は安かろう、悪かろう渋滞で商売に差し支えるのではと案じる。

 オール電化への奨励金も掛け声のみにて手続きの割には期待できないお涙では、良いと分かっていても腰は上げない、ソーラーシステムも同じくである。良い結果を出す為には既存の住宅が取り入れやすく出来る方法を打ち出さない限り無理である。

 耐震計画にしても然り、調査への補助金は以前よりは率は良いものの、耐震工事に対しては補助は少なく貸し出しはあっても年金生活者に於いては到底申請できず、異口同音、潰れれば其れまでと諦めが大方である。

 少子化に今頃慌てふためいているが遅い。30年前頃から案じていたことが実現してしまい、先が読めない政府の方針に矛盾やもどかしさを感じる。物事一つを決めるにしても、政党の運勢駆け引きに時間を費やし本末転倒政治に呆れるほかは無く、矛盾だらけ。

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流行

 スペイン風邪に次ぐと言われる大流行の新インフルエンザは、以前より交通の発達により流行は世界中に広がりの速さに脅威を感じる。メキシコに於いては、発生源も未だ解明されていないと言う。

 昨日、旅行に出発する親子連れにインタビューの答えに怖さ知らずと言うより自分達はもし罹ったとしても、自業自得、好んで然も発祥の地と知っての上での事。然し、罹ってしまうか、もしくは保菌者となっていたら、自分だけではなく周囲の人達まで巻き込む事になるとは考えに及ばないのであろうかと。

 「止める気は無いですか」の問に「折角計画し、この様な連休は又と無いですから」 小学5~6年生と見られる男児は得意顔。普通なら最悪の場合を考慮し中止したくなるのが通常と思うが、計画した事は何が何でも押し徹す、誰の為?退くことへの勇気と言うか決断も必要であり、子供への良い教育となろうにと、親子の顔が印象に残り情けなく思った場面であった。

 水際作戦が成功し、大流行の難を逃れればと祈り、人混みへの外出は致さぬこと。注意事項の嗽、手洗い、通常とは異なった変化の時は医者に行かず先ず保健所、もしくは相談所へ電話することを肝に銘じる。

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真似

 中国でそっくりの車が展示されたり、有名ブランドの偽物が横行したり偽装商品が出回ったり、本物好みの弱点を付いての商売が盛んである。

 記事には日本の漢字も、元は中国からで大分日本化され略字も多くなっているが、本元の漢字を見るに目にしたことも無いような字も多く、中国人の漢字の記憶数は大変なものと感心する。

 何処にも真似されない物が日本にはあると私は思っている。其れは、ひらがなとカタカナである。ひらがなは漢字を崩したものではあるが、筆字の文字は譬えようの無い美しさがある。日本の誇るべき物の一つと言って良いと思う。

 然し近頃は、書道を学ぶ人がいても、巻紙へ筆で手紙を書く人も少なくなり、廃れて行くのではと淋しく思う。筆ばかりではなく、手紙其の物がメールで用を足してしまう人が多くなり、上書きに至ってはパソコンでのシールで済ます人も多くなりつつあり、事務的に扱われる。丁寧に心を籠めて筆といわずともペンなりで直筆で、出来なければ代筆でも人の手で書かれたものには温かみがあると思うのは古いのであろうか。

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言葉

「ぼかし言葉」と言うのは耳にしてはいたが、先日の新聞に、フランスに転勤、久し振りに帰国した人が若者の話している言葉が聞き取れない。何度か聞きなおし理解は出来たものの言葉の乱れに驚いたとあった。

 ぼかしたり、縮めたり中間をはしょったり、確かに新語が増えているし、辞書にも出ていなかったり、其の上カタカナ文字でも全部が英語ではなく、フランス語、オランダ語と入り混じり、英語辞書では出てこず、日本語辞書に(注)フランス語と書かれていたりもする。

 正しい日本語の為に良き事と理解して良いのか戸惑うが、国語検定が盛んになり国語に取り組む人が多き事はと喜んでもおられない金儲けに繋げているとは恐れ入る。商魂逞し過ぎる。

 小学校でも英語科目が取上げられ始めてはいるが、其れも世界に伍すには必要でも有ろうが、先ず正しい国語も身に付ける様な教育方針も必要と思う。

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打上げ

 北朝鮮の行動に必要以上とさえ思われる神経の尖らせように、多分彼らの思う壺に嵌っている感じがする。泰然自若と出来ないものかと思うが「相手が相手だから」と言うであろうが、狡さに於いては北ばかりではない。

 敗戦後64年を経、戦争放棄平和の中に、平和惚けと思われる位四面海の国の有難さかも知れない平穏無事。一旦緩急あれば米国が守ってくれる?との思いが浸透しているであろうが、チラホラとそうでもないらしい言葉が行き交っている。

 何はともあれ、非難の的となりながらも支援する国もあり、真偽の程は別として衛星らしいものを打ち上げた事は天晴れである。思えば昔、日本は各国から雪隠詰め的制限をされ、止む無く連盟脱退。北のように陸続きで援助される術も無く、自力で得なければならざるを得ない状態とは異なり、此処まで漕ぎ付けられるとは大した物と思う反面、非難される状態は昭和の始めの日本の姿を見る心地がする。

 竹島は完全に日本が足を踏み入れる余地も無く、対馬を始め尖閣諸島に於いても中国が領有権を主張しており、北方四島も未だに解決できず、じりじりと外堀が埋められて行きそうな気配、政府も議員、国民凡て如何様に感じているのであろう。此の儘では日本が失せると案ずる声も聞くが同じくである。亡き夫が「此の儘では日本は無くなってしまう。だが知った事では無い、其れまで俺は生きてはいないから」と心配していた。

 何でも「泥縄」主義で、事が始まってからの措置では手遅れである。非難や停止の措置も寧ろ反発を大きくするだけではと思う。

 土足で踏み込んだ輩に何の抵抗も出来ない弱腰の日本、当時を知らない人が言う「お金で買えば」と冗談も程ほどに。 

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相手

 「何時まで保つか」 「やっぱり」 と思わせた陣内・紀香の離婚沙汰に医師でもあり小説家の渡邊氏のコラムに「浮気をさせる原因を作った側も悪い」とあり、同感である。仕事の為とは言え家に落ち着くことの無い紀香。それほど仕事が大事なら結婚しなければ良い。結婚は何の為にしたのかと思う位、妻としての役を果たしていない。只、衣装を付けて式を挙げて見たかっただけなのかもしれない。選ばれた相手は気の毒である。

 浮気したと責める前に、させたか、男性であれば余程強靭な精神の持ち主で無い限り、お腹を空かした人間の鼻先に食べ物がちらつけば手出しをしてしまうであろう。かと言って浮気を勧めるわけではない。原因を作り出した側の反省を促したいのである。

 近頃は相手を責める事へは声を大にするが、自分達えの反省は殆ど無いといってよい程に相手を責めまくる。子供に注意をしても逆切れし、自転車に乗ったままエレベーターを利用し、乗ったまま降り、事故が起きたからとエレベーター側が問われる。同じく乗り合わせた人は無事である。何故自転車から降りてエレベーターに乗らないか、乗ったままでは傍迷惑である。使者に鞭打つ事かも知れないが何故、常日頃非常識な行動を取っていたか、誰rも此の件に対しては被害者の方を憐れむ。

 してはならぬ事をすれば当然の報いが来る事を幼い時から事件を通して学び取ることが必要で、反面教師とすべしと思う。

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団結

 不思議にさえ思う団結力、たった一人の反対者の他は全員一致。或る記事に、全員一致と言うことは崩れ易いと言っていたことを思い出す。

 其れほどまでに団結させたのはご本人の凄腕なのか、纏め役の方法が上手なのか、或いは顕わにしたくない点を隠し通さぬと次期を狙えない故なのか、皆々が斯くも繫がりを持っている事は余程の統率力有る方が纏めておられるのか、気味悪ささえ感じられる。

 麻生さんも何やかやと言われながら良く頑張っておられる。民主党の如く内側を確り纏め役がおられればもっと動けられるのではと、マスコミの無作為としての評価結果に我々が振り回されないようにと思われる。

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政治献金

 先日、塩ジーのコラムに政治献金は要らない。秘書3人を抱える手当てが出ているのだから、其れ以上の秘書は必要ない。7~8人も抱え、地元や応援有力地に事務所を置き秘書が配置され経費が嵩むので献金が必要となると載っていた。

 不思議に思うのは、選挙時期でなくても其処彼処に議員のポスターが年中貼られている。個人住宅の塀や壁に2~3枚並べて張り出している。其の家の支援党が直ぐ分かる。個人の住宅である所為か、年がら年中張り出しても良いのであろうか。然も、取り替えるのか何時も綺麗である。詰まりは費用を沢山かけている証拠である。

 献金で大揺れの党首さんが記者会見で淀みなく「何もやましい事はない」と言い切っておられたが、何処かすっきりしない。献金があり、受け取る、頂いた事へ御礼をする。言わば当然の行為と受け止めれば、何等やましくは無いと公然と言える。物は取りよう、叉言いようで、解釈の仕方で大きな開きがある。

 下さるものは受け取る。ご厚意に対して返礼は当たり前とすれば何等疚しい事ではない。凡ては信頼している秘書による取り計らいを信じているとすれば疚しい好意はしていないと断言できよう。

 献金そのものを失くさなくては何時になっても袖の下事件は続くことであろうし、便宜を図って貰いたい欲望が事業家、政治家双方の根底に蠢いている限り、見付かるか見付からない様にするか、巧みな動き方で潜り抜けて来た迄で、今回の件も氷山の一角かもしれない。

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揚げ足

 朝刊に又もや麻生首相の「株や」との仰せを取上げておりますが、本当の事で、場所によっては「ごろつき」呼ばわりする所もあり、「相場師」とも申し、勝負師の感覚で受け留められており、総理のご発言は違ってはおりませず、「揚げ足」的に捉える記者がおるとすれば昔の事をご存じない、お若い層と感じます。

 怪しい~怖さを感じられました。株に手を出して凡てを失う「すってんてん」になり夜逃げをした家族も知っており、大きな屋敷も、挙句の果てに娘さえ苦界に身を沈めさせた人も降りますほどに株に手を出した人は怖がられた時代を経て、今日の株に対する感覚が変わって来た事で、総理の言葉を奇異に感じてしまうのかもしれません。

 今でも、私は怖いものと思っており、遊んでいるお金を投資するのならばいざ知らず、上がり下がりに一喜一憂、是が非でも資産を増やす目的としては危険な賭け事と感じております。

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中国ー中国

 ニュースで耳にする度に、で出しだけ聞くと?内容では判断できるものの、はて?と首を傾げる事もある。中華民国の略=中国、我が国に於ける中国地方も中国。昔は山陰地方と表現したように思うが、迂闊に聞いていると大変ややこしい。中国=戦前は、支那大陸と称して一般的には支那と呼んでいた。

 日本で中国の呼び方を変える訳には行かないものかと常々思うが古い人間が少なくなってきたから変に思う人もおらず、私一人だけなのかも知れない。ニュースを聞く度にどちらかを判断するには最後まで聞かなくてはと、自分が鈍いのかも知れない。

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法制

 「海賊に有利な法制」との見出しに目をやると、どうして?成程と思った。軍艦を派遣まではすんなり通過ながら、内容たるや見張りに過ぎず、海賊が不法j行為をしても阻止も他国の船を襲っても援助すら出来ない法則では海賊達に見縊られ、遣りたい放題振舞われても手も足も出ないとあっては、何の為に費用を使ってはるばる現地に行くのか、体裁だけを繕って付き合い程度に顔を出すに過ぎない出動である。

 無謀な振る舞いには発砲も止むを得ず、の処置権限を与えなくては出動の意義も価値もないと思う。恥さらしの行動に過ぎなくなると思うのだが、時間を掛けて大勢よって、此れだけの結論しかでないとは情けない。

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節目

 明治21年、翌年の憲法発布への準備態勢の年。

 昭和21年、帝国の枠組みが壊れ、日本新生への模索。

 平成21年はどの様なものとして位置づけするか。と記事にあった。

 果たしてどの様な展開を見せるのか、報道からは皆目つかめず今迄に無い政治家たちの足の引っ張り合い、貶し合い、恥も外聞も無く、今流行の「いじめ」さながらである。

 党の揚げ足を取り、作戦を練り、如何に我が党が政権を握るかに傾倒し、肝心の政策はまるっきり疎かの態。マスコミの報道に可成踊らされ、浮き足立っている。或る面では、「麻生さん可哀想」との声も出始めている。

 国民が選び、送り出した筈の議員方の体たらく。白手袋を振り振り「お願いします」の声と「しがらみ」に「つい」と投票の無知の結果ではなかろうか。持論はとうとうと述べられるが、何等実行は出来ていないとい言うより出来ない、論文だけで推選され当選した若造さんは、野次るだけの役柄、先生と呼ばれて偉そうにと言いたい。

 今日あるは、投票した側の責任大と感じる。選挙が近付けば、葉書や電話の数が増す。敗戦後、初めて投票権を得た女性達は、立候補者を始め投票側も真剣に取り組んだ。

 タレントM氏が麻生総理の読み違いを酷評するが、ご自身「団塊(だんかい)」を(だんこん)と読み、注意されている。鬼の首でも取った様に口汚く罵って貰いたくない。

 誰にでも失敗、欠点もある。ホローする位の言葉でも少しでも覗かせれば少しは人格が上ろうが、天狗になりっぱなしに思える。

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未来

 「予想可能な未来前提と予想不可能な未来前提」と題してコラムが載っていた。前者は終身雇用を願っての就職、後者はどの様に変化するか未定、詰まり現在のように終身雇用さえも打ち切られる状態に対しての説であった。

 平和な時代ではあるが、心構え、気構えを必要とせねばならない事は戦時中と同じ様に思える。どの様に変わって行くか、どの様に変えられて行くか不安が漂う状態は同じ様に思える。

 当時も現在も同じ気構えとして書かれていた事は、手に職を持つ。心構えとしては如何なる職にも順応できる、仕事を選ばないで携る精神を鍛えるにあると言う。確かなことである。

 兵隊にとられれば、地位の高低の有無を言わず、部署は選ばれず、配属された所で黙々と働く。不平などは以っての他、皆、耐えた。此れが良いと言うのではない。精神的な訓練に乏しく、綺麗仕事で高給を狙い、其れが学歴如何で叶う時代が続き、ホワイトカラー族とかに憧れ、親は共稼ぎで学費を捻出、遠くからでも名立たる塾に通わせ、名門校を目指し安定性のある官公庁や有名会社を望むのがお定まりとなり、地方から都会へと人口は移動し始め、集中都市は人口密度が増し、地方は閑散としてしまった事は当然の結果である。

 誰の責任であろうか?戦争で悲惨さを味わった親世代は、子供には此の苦労はさせたくない思いが子から孫へ伝わり、孫の代になると楽が当然との思いのみが腰を据えてしまい、不自由さに耐えた事さえ知らない世代となった。もう一度原点に帰れと言えども原点を知らない世代が多く、薄っすらと子供心に覚えている時代の人達が奮い立ち、思い起こして精神の立ち直りをするべきと思う。

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不安

新聞、TV報道でも不安に思う事柄が毎日の如く、これでもかと言うほどの連続である。「一体日本はどうなるの?」と思わざるを得ない。政治は勿論言うに及ばず乍ら、骨髄移植の提供者はあっても不必要成分を除去する器具が不足で少人数のみの対応との事。

 原因は、アメリカでの製造のみで、其の会社が対応できなくなり他への依存が順調に行かないのが原因との事。助かる命にも 不安が圧し掛かる。斯うした実情は始めて知る。ドナ提供は耳にするが、実際、完全に使用できるまでの手順の複雑さは知らず、ドナによって難病が救われていると安易に受け止めていた。

 感染症へのワクチンに関しても対応しかね、海外では「不治化ワクチン」なるものが用いられ、飲むワクチンは先進国中に日本のみとの事。対応の遅さが覗える。此れもその筋の規制が阻んでいるらしい。申請しても処理の遅さが次々と皺寄せで輪に輪をかけての結果の犠牲者は国民である。

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風向き

 民主困惑との記事に目をやる。民主党は麻生首相を土俵際まで追い込んだものの、党内で麻生降ろしの風が吹き始め総裁選が前倒しになり、新首相が誕生すれば支持率が息を吹き返すのではないかと懸念していると言う。

 民主党幹部等は「自分達がやるべき事は首相を守る事で、いたぶるが辞めさせない事だ」と。「こちらから仕掛けなくても、首相が勝手につまずいてくれる」か、解散カードを切らざるを得ない状況に追い込む事が民主党にとっての「最高のシナリオ」とある。

 ご自分達の論戦は何の為、退席したり欠席したり、政権を奪いたい、ならば今の政策との違いを披露する事もなく、席取り合戦の遊戯としか受け取れない。三竦みのお遊びはお座敷でどうぞ。

 「100人に聞きました」と帰宅を急ぐ人々の声を放映していたが、ほろ酔い加減の殿方の意見は、果たして本音であろうか、若者、中高年夫人、国民の声と聞こえは良いが其々我田引水的で、果たして本当に国を憂い国民の生活が安定できる政治家が選べるか、統治出来る政治家が出てくるであろうかと案ずるのみ。

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北方領土

 期待すること事態が間違いであろうとは思いつつも、心の片隅で返還交渉の触りでも聞かれる事かと、見事に外れであった。ロシア側に協力する発言の為にわざわざ行かれたとしたならば、ロシア側の言い分を承認したと取られても文句の付け様もない。

 樺太を領土と出来たのも、先人達の血と汗と涙と犠牲によるもので、彼の地に骨を埋めた方々の思いは如何ばかりであろう。叉、いつかは戻れる事を望んでおられた方々の無念も察せられる。

 四島に於いても然りで、ソ連は味方にしては不利と見るや提携を打ち破り、敗戦でのどさくさに勝利者の虎の意を借る狐如く紛れて入り込んで来て、何の条約もなしにまるで「軒先貸して、母屋まで」の遣り方に何故渡り合えないのか、歯がゆく思う。

 何か弱みでも捕まえられているのであろうか、へっぴり腰どころが尻つぼみの状態。60数年も経たぬ内にはっきりすべきであるのに、先方から見れば承知の上と取られても仕方ない。此処ばかりではない。竹島、対馬、中国との海域も押し切られている。

 どうなる日本。国旗を堂々と翻す事も出来ない国民となり、何処の人かとなり果てている国民の代表が、交渉すら出来ない弱腰では宜なるかなである。目覚めよ日本と言いたい。

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 聞くのも見るのも辛い。何処を回しても重なる報道。確かに恥知らずと言われても致し方なしの体たらく。然し、報道側も口を揃えて非難するが同じ日本人の記者も同席、ならば何故、様子がおかしいと気付いたならば「体調を崩しておられるから一時休憩を」とでも機転を利かさないのか。両側の御仁に於いても然りで、何故、助け舟を出さないのか。

 日本の恥とまで言うならば何故、カバーしてあげる心遣いは持ち合わせないのか。人の落ち度を待ちうけ、喜んで特種としているとも受け取れる。近頃の日本人は見て見ぬ振りの態度が多く「義を見てせざるは勇無きなり」とはお蔵入りしてしまっている。

 競技している選手同士が相手の失敗を心待ちしている如くに思える相手の欠点を突っつき、ほじりだす如き政治家連。出る釘は打たれるとあるが、斯うも打ちっ放しでは強かな御仁と言えども足まで掬われてしまう。

 何故、良い所を一つでも持ち合わせているならば、皆が助け支え、協力して国を運営するべきと思う。学問の知識より知恵を持てと言う言葉もある。良い所があるから総理に押し出したならば、皆が責任を持って任務を全うさせるべく協力すべきである。重箱の隅を突っつく如き非難が多く、情けない。

 麻生下しがが始まっているが、叉も総理が変わるとあれば恥の上塗りで、今回の件どころではなく、信用は丸潰れ、日本の格は下がるのみ。我が党がよければのみでなく、国を考えて頂きたい。

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批判

 次々と報道素材に事欠かない事柄が絶えない。各新聞者の記者や、各局のテレビ、ラジオのキャスターの思惑も入り、聞く側も洗脳されかねない。とは言う物の報道意外に知る由もない。

 はて、どうなって行くのかと思うほどに世の中混沌としている。「まさか」と思うような事が起き、此処まで入り込んで良いのかと思うような言葉も使い、言われれば人権蹂躙と捲し立て、言う分にはお構いなし。政治家から父母会、子供達では虐めと化している。

 何処までで留めるべきかの際限がなくなっている。自由と言ってしまえば留め様もない。物事には限度があり、一線を超えてはならぬ人間同士の法則もあるが、線引きは難しい。

 中川大臣の場合、無理を押して任務を果たすべく出席。此処まではご立派。ご自分では職務に忠実の行動が悪い結果となり、場所柄だけにどれだけの人が理解出来るか。国内での出来事で無いだけに批判は吹き出る。

 記者会見の席での両側の方々は、状況判断で欠席のアドバイスは出来なかったであろうか、又は具合が悪いか、酒酔いかを判断し、代弁は出来なかったのであろうか。

 「父は長良の人柱、雉も鳴かずば撃たれまい」と詠んだ長良川に纏わる逸話を思い出す。

 

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やる気

 「仕事とは」と題し三種あると記事にあった。             ① 一人で出来る仕事。                              ② 人に教えることが出来る仕事。                           ③ 教えて貰えば出来る仕事。  必要な能力は、わかる(知識)。出来る(スキル)。やる気になる(態度)とあった。成程、確かなことである。

 仕事ばかりではなく、高齢者の大部分の方々が「私は年だから」  「私には出来ない」 「とてもとても駄目」 と引き下がる。年だからこそ、成せば成るで出来る様になる。三歩進んで二歩下がっても確実に一歩進んでいる。積み重ねが必要で、雨だれも岩をも穿つと教えられているのに実行に移せない。

 一回ぐらいは休んでもと、得てして自分には甘い。腰椎が圧迫されて激痛が走り、治療を受けつつも中々痛みは薄らがない人が身の回りでも数人居る。医者は「歩かなければいけないし、歩き過ぎてもいけないことを心得て毎日少しは歩きなさい」と。リハビリに通い、リハビリに来宅して貰っても思わしく治らないと言う。

 自分もスクワット中、肉離れして治るのに3ヶ月掛かったが、医者に通ったのは一日のみ、医者の仰せの通り自分で動かなければとそろそろと実行を試みた。人に動かしてもらう事も良いかもしれないが、自分で動かすことで効果が有ると思い、少しづつ気長に朝晩自分なりに動きを組み合わせ怠る事無く行った。半年、一年と経つ内に硬い動きも柔軟になり、最初2~3回も出来ない腕立て伏せが今は35回を限度として無理はしないことを原則として行って居る。勿論呼吸も吐くことから始まり10回は最低繰り返す。放映される柔軟体操の良い所取りをして、手、足、腰、手首、足首回し、前後の動き等を組合している。

 要は、「やる気」であり、自分が自分を動かさなければ、努力しなければ衰えれば自分が困るだけ、痛みも苦しみも誰にも担っては貰えない。自らを励まし怠る事無くやる事である。寝込まないためにも。                                    

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距離

 インフルエンザ予防接種が医師会での独占になっている事に反発している記事が載っており、医師会に加入していない開業医にもと言う事である。成程、医師会加入の開業医では¥2,500であるが他では¥5,000払うとか。地域の医者であれば凡て同一金額かと思っていた。

 今まで不都合に思っていたことは道路一本隔てた向側に医院が在っても、区外であると予防接種は倍額払う。区外の医院は可成り歩くと言う不都合があり融通が利かない。まして年寄りには幾ら奨励されても遠ければ行けない。住居から半径何某かの距離ならばとの融通を持たせることは出来ないのかと思う。

 小学校にしても(現在は幾らか解除された様だが)近くの学校の前を通り抜けて指定された学校へ通う姿を見るにつけ、区をこ異にすれば目の前でも通学が許されない不都合に、知人宅に寄留(事務上)して近くへ通学している例もある。

 小学生なら多少遠くても運動にもなり結構であるが年寄りの場合は近くを選ぶ事が出来る様に便宜を取り計らって頂きたいと思う。

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援助

新聞記事にベトナムで日本語を学ぶ人が多く、俳優の杉良太郎氏が私財を投じて日本語学校その他に援助しているとの事である。

 日本語を学ぶ人の中には勿論、介護に携わるべく勤しんでいる人もあり、やがては来日して介護に力を貸してくれることであろうし、人手不足が補われれば大助かりである。

 然しながら、職を失われた人達の中でも介護に志す方もある様だが、間に合わせ的な気持で出来る仕事ではない。相手の気持ちになることは年齢的にも到底出来得ない。相手の気持を読める事が出来、思い遣りの精神が無ければ勤まらない。時には子供より対応は難しい。

 年々老人が増える一方、老人が老人を介護する例は益々増えている現在、疲れきって悲惨な結果を度々耳にする。出来るだけ若者方に携って頂きたい仕事である。

 はるばる海外から介護に来て下さるのは有り難いが、国内で補えない事が悲しく思う。衣食住まで外国の製品に頼る、田畑は休耕、森林は荒れ、綺麗仕事では人員削除、何処かでずれている。修正法は無いものかと案ずるのみ。

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沿岸

 高知県の海岸で大麻を船で運び、先に数人が観光者として入国して受け取る「密輸}であるとの報道記事に、日本の海岸線は三万四千キロ、米国は二万キロと載っている。我が国は遥かに長い距離、四面海であり無防備、雨戸なしの家同然である。

 今回の密輸は住民の報告で捕える事が出来たとあり、海岸線の住民は挙って協力をと呼びかけている。拉致にしても表面に出ておられない、行方不明者で片付けられている人も居られよう。難民者も巡視船に見付からなければ、何処の海岸にも上陸出来、肌の色が際立って異ならぬ以外は見過ごされよう。

 対馬に旅行された人が韓国一色に見え、驚いておられたが、長い海岸線では、地方地方で協力して怪しいと見たら通報し、速やかな処置を取らなければ、世界を襲う不況で密入国無きにしも非ずで、用心に如くはなしである。

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効き目

署名運動して反対しても一向に効果なく、上部が決めた事は突き進んでしまう事が多々あるが、結果として良い事より失敗が多いと感じる。何故、怯む事無く実行するのであろう?国民の声に耳を傾ける余裕も無いのであろうか。元首相の中曽根談は人の話を良く聞く事とか。

 新銀行にしても、多くの人は増資の追加は焼け石に水如きと評していたが押し切られ、築地の移転問題も、食品を扱う場所として不適当と思われる移転先に地下深く掘り下げ土壌の入れ替えに莫大な費用をかけて迄させたい意志の根底にはオリンピック誘致を成功させたい為とわかるが、莫大な投資をしても必ず誘致できるか、報道では楽観は許されない状態である。

 小さな団体の長とされる人が、人の懐から差し出された物で、自分の発想を最善として計画を推し進める。反対しても強さに役員は押し切られ設定しても何等役立たず、飾り物。設備されていると言う「うわべ」の宣伝にすぎす、計画者自身の自己満足と、記録に名前が残る事を名誉とするに過ぎない卑しさが覗える。

 言い出した事をゴリ押しでも通す如く、反対者も強気で、とも思うが通らない、通さない。一体何故?麻生総理の発言で「郵政民営化は私も反対だった」と仰せられるが、長い物には巻かれろ主義で、或る程度逆らっても結果としては靡いている。あくまでも抵抗すれば居た堪れない状況に追いやられ、押し出されてしまうのが落ちである。

 今問題になっている事に対してだけでも国民の声が通れば良いがと一人思っている。

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精一杯

盲目と苦境の中から意志を貫徹し、津軽三味線の妙技をパリ、アメリカに迄、招かれ87歳で世を去られた方や、81歳から学んでケアマネージャーの資格を獲得された女性、高齢者になられてからアイデアが商品化され高収入を得られたとか、「凄い」の一言に尽きる。

 ケアマネージャーになられた方の意気込みには教えられる。「私の前には道がある。但し、自分が動かなければ進まない」と、確かである。幾らご馳走を目の前に並べられても、自らの手で口に運ばなければ味わう事は出来ず、労せずして得る事は無い。

 或る新興宗教の信者と称する人が、念仏を唱えていれば病も癒え願い事も叶うと。其の人の従姉妹が不幸を背負っておられ連れてこられたので「申し訳ないが従姉妹さんが治られたらお連れ下さい」。あれから数十年、姿を見せない。

 先日、新聞に派遣切りで「職も無く住む所も無く提供される食事に空腹を凌いでる人が、ぷかぷかとタバコを吸っている」とある。煙草賃があるならばと思いたくなる。

 会社経営者が倒産し家は取られ住むも所もなく一家族、軽自動車の中で飢えと寒さに震えたどん底の生活から、皿洗いの仕事を見つけ、其の働き振りが認められ、店長から現在の店舗を構えるまでになった人が、一杯のラーメンを空腹の人に食べて貰い、其の中から意欲ある人に手伝わせ工賃を払い活気をつけていると言う。

 昔の酷い不況時代、便所掃除をさせて貰い一食に与り其処から立ち上がった人や、土方の手伝いをさせて貰ったりと汚れ仕事を選んで功を成した人は多い。あれこれの好みを棄て自分が動く、動く事の出来る道に邁進する時、道は開けてゆく。先人に学ぶべしである。

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外注

 放映の中で金美麗女史が「私は日本製であるか無いかを確かめ、日本製のみを求めている。外国に発注しないで日本で製作すれば」と雇用に関連しての発言があった。確かにそう思う。

 縫製を始め、電気製品製作、食品に至るまで日本製品は少ない。材料は日本、作成は外国と明記してある。工賃が格安の為少しでも安く売るため、消費者も安い物を求めたい心理を狙っての結果と思う。盛んに生産していた縫製工場は軒並み廃業、此れと同様下請け工場も数軒が一~二軒辛うじて作業を続けている。

 日本の伝統の技もどんどん先細り、手仕事から機会の流れ作業に移り、工賃の安さは南方、中国には敵わない。従業者は職を無くし、安直に派遣会社から職を得られて来たものの、今日のような不況が来るとは予想も出来ない。

 若者に棄てられた田畑は休耕となり、ガスや電化生活になったため蒔きの需要は無くなり、森林の整備も出来ず荒れ放題の山々、消費者は王様との声に囃子立てられ使い捨てを美徳とと勘違いの人々も少しづつ目覚め、しまいこんであるものを取り出し更生させたり、山の整備に乗り出し、木材を利用した新しい燃料と其れを利用できる器具を発案されたり、中高生等が休耕地を蘇生させるグループ作りをして活動を開始したとのニュースに一筋の光りが射し始めた様に感じる

 何とかして流出した物作りが戻り、凡てが国内で生産できるような方向に組織が考え直し、国民を潤す事で国も潤い、余波は世界にも及ぶのではなかろうか。敗戦で何も無い所から這い上がって来た日本、あの頃の活気を取り戻し、人頼みで助け合いも結構ではあるが何が自分には出来るか、「身を落としてこそ、浮かぶ瀬もあり」で、汚れ仕事、労働の中から道が見つかると思う。

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いのち

 毎日の如く人の手によって大切な命が絶たれるニュースに、手をかける人の気持が理解出来ない。自分の身に引き替えて考える事も出来ない、只、腹立ち紛れなのか、手を下した後、断末魔の苦しむ姿に苛まれないのであろうか、捜査の手を逃れても良心の呵責に責められても平気なのか、不思議に思う。

 生まれた時は、恐ろしい犯罪を犯す人間に育つとは誰が想像できよう。純真無垢な美しい瞳を持つ幼子が何時、どの様にして折曲がり、人の命を蔑ろにする魂の持ち主になってしまうのであろう。

 旧約の時代から戒めを破ったり、妬みにより命を奪ったり、親の溺愛で偽ったり人間の醜さは綿々と今日まで途絶える事無く続いているが、近頃は罪の恐ろしさなど念頭になく自分の心を制する事も、省みる事も出来ない心の赴く侭に行動し、反省の欠片も持ち合わせていないのであろうか。

 生まれる時は家族だけで喜び合うのに、長じるに及んで祝い事が増し加わり、最後を迎えては葬儀と言う儀式は華やかになり、儀礼的に虚栄心も加わり盛大を誇る向きも覗える。然し、最近ではしめやかに内内で済ませる人も多くなってきて結構な事と思う。

 人一人が世を去った後の諸手続きの大変なことに驚く。本籍が住所と異なる場合は、出身地まで遡ったり、その他、社保、金融関係、名義変更と何ヶ月も駆けずり回らねばならない。一人暮らしや、何も無いと言えども居住地での手続きには手間を要する。最近では、一人暮らしの方の亡き後、片付け屋と言う専門職も居るとの事。

 僅かでも財があれば身内の争いの基になりかねないので、生前、面倒でも法的遺言を残しておくのが、残された者への煩わしさを残さない贈り物かも知れない。人の一生の終わりは、何れにせよ大変な事である。

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町興し

 不況は更に拍車を掛け、夕張に並ぶ苦慮を強いられている町が、町興しにに「カジノ」誘致に名乗りを上げている所が二十数箇所あるとの報道に驚く。

 一攫千金を狙つて集まってくる人々が落としてゆくであろうと「取らぬ狸の皮算用」である。「濡れ手で粟の掴み取り」とは決して行かぬもの。上に立つ者がどうして恐ろしいと思われるような計画をするかと呆れる。労して得た金銭による計画ならもっと慎重に考えるであろうに、労せずして集まる金銭ゆえに途轍もない考えが浮ぶのであろう。

 簡保の宿にしても、誘致した場所は人が集まる事を期待していたであろうし、集まった保険の利用価値の皮算用は見事に外れ、挙句の果てには一箇所僅か千円で売り出していると、利息も恩恵もなくなった加入者へ計画者は弁償して貰いたい。

 凡てが余りにも杜撰な計画、ひとつが良いとなれば雨後の竹の子的に便乗する安易な考え、もっと慎重な国民性ではなかったのか、此れが良いといえばそちらに傾く、付和雷同型になっている。

 食料、衣料、住居、職もない敗戦の当時から立ち上がった凄まじいばかりの復興への努力を省みて、地道に這い上がる根性を持って、地域が知恵を絞り復興に努力すべきと思う。

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勝負

 久し振りに白鵬と朝青龍の相撲らしい勝負を見せて貰った。朝青龍のやんちゃ坊的と言うか我儘なのか気儘振りには快く思えなかったが、余りにも報道による批判が多すぎ、一人横綱で頑張り、相撲を盛り上げてくれた時代を忘れてしまっている事に寧ろ同情心が湧いてきた。

 他国の地で、先ず言葉から風習、相撲界の仕来たりと学ぶ事多く、厳しき訓練にもめげず、頂点に達し、勝てば騒がれ負ければこっぴどく叩かれる報道やフアン離れ、泣き面に蜂の怪我、おまけに離婚と精神的にも多分に参っていたであろうと思われる。

 危ぶまれていた今場所の勝負には、多少荒っぽい所もありはしたものの、最後の勝ち抜き戦での戦いは双方とも見事な相撲であり、胸のすくような競い合いと称したい。左肘を庇うテーピングも痛々しかったが力を出し切っての戦い、受け止める白鵬も参りましたの礼に良く現れていた。久し振りに国技館を沸かし、満員の会場、町のテレビの前、家庭での観戦者の率は最高であろう。勝利者にも敗者にも拍手を送りたい。「愉しませてくださり有り難う」である。

 愛娘を傍らに、心底からの喜びの笑顔。胸に去来する数々の思いに、こみ上げる涙は当然であろう。「お疲れ様でした」 どうか今回に驕る事無く体力の続くかがり日本の国技の為にも、観衆者の為にも本当の相撲道を歩んで頂きたい。体力の衰えた日本人力士方も指を巻いたりせず堂々と裸一貫、技に徹した相撲道を歩み、力を養い技を磨き、勝利を獲得して頂きたい。

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過保護

 小中学生の体力テストで平均より減退していると発表されていた。さも有ろう事と兼ねてより案じていた通りで、今頃になって遅きに失すると言えよう。

 過保護的なPTAの強さに屈してか、騎馬戦も進駐軍の指令に依るものなのか、危険を孕むからと姿を消し、遊具なども怪我人が出れば撤去したり、安全を期するの余り、危険に対する防備の知識など持ち合わせなくしてしまった。

 自然界の動物は、生き延びる為に逸早く危険を悟り、防備する知恵を危険を潜り抜ける事で備わって来る。親はある一定の期間を過ぎれば必要以外の手助けはせず、厳しい自然界の法則の中で鍛えられたものだけが生き延びる。

 消費期限、賞味期限なるものを設定し、期限が過ぎれば質実剛健の人間が自分の舌や嗅覚での判断力を失い、数字にての判断で勿体無くも廃棄する自衛力の無い人間が仕上がってしまった。

 暑さ寒さに対しても、人間の皮膚は対応できる。寒さに対しては鳥肌が立ち、外気を防ぐ戸の役目を果たし、暑さには毛穴が開き汗を出し、体温の調節を量る賢い皮膚であるにも拘らず、過保護過ぎる環境の中で、皮膚は自らの使命を放棄させられ、働く場を失っている。

 温暖化を憂う今こそ、一時に変身は不可能ながら徐々にあらゆる点に於いて人間に備えられた機能を呼び起こし、質実剛健型に戻して行く時であり、勿体無いの精神も生かされると思う。

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ブログと言う不思議な糸

 久しく遠ざかっていたココログ・ブログ。700回以上の投稿に常にお目通し下さっておられたお方のブログは毎日拝見致し、載せられるお写真で愉しませて頂きおりましたが、其のお方のブログに、私如きブログにも関心をお持ち頂き、復帰を望んで下さった事に感謝と感激を覚え、迷っている自分の背中を押された心地が致し、ブログを通しての不思議な縁の糸を深く感じさせられました。

 当ても無く、誰にとも無く、漠然と鬱憤を晴らしてみたり、時には嘆いてみたり、昔を思い出し懐かしんでみたりの独り言にも甘心を寄せてくださるお方がお一人でも居てくださった事に、改めて驚きさえ覚え、空しさから星を見つけた思いが致し励ましを頂き、折に触れ載せたき思いを抱きました。

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どうなっているの

 何時頃からか大体的にクリスマスがお祭り騒ぎと化して来たのは、都会ばかりでなく、テレビによる影響で隅々迄、ご馳走を食べる日とでも思っているのか?エコなどは何の其の、イルミネーションで飾り、趣味として技を競っているのか。

 日本は、結婚はチャペル様式で、子供が生まれると神社に詣で、葬式は仏教でと便利に使い分け、根拠を持っていない。キリスト教国と言われている国でさへ、日曜日には凡てを休み礼拝に出席していた国でも、商店は店開きしており、礼拝に出席の人々も少なくなっていると言う。

 日本に在住の若者の話では、祖父母達が行っていたと過去形である。神を信じる、神は共にいます、神の前に姿勢を正す、神を畏れる精神は薄らぎ、自分勝手な行動へ進んでいる事さえ意に留めない人達が多くなっている。悪い事をすれば父親に叱られ、仏前の前に座らせられ、ご先祖様に申し訳立たぬと親共々詫びる姿勢など殆ど見られない。自由気儘な生活は職場にも現れ、終身雇用を厭い派遣を好む人が多くなったと見る。

 政会に於いてもテンデンバラバラ,党員を増やして政権を狙い、トップに立てば引き摺り下ろそうと粗探し、例え未完成でも周りが補い、力を合わせて党の政治力を強め国民の期待に副うべく、一致団結すべきではなかろうか。各党を見ても、一体誰に政権を委ねられるか、自民は、民社は、少数人数の党はお囃子的位置で留まっており、本当に政治を委ねられる党、党首は見当たらない気がする。

 あれ程けなし、けなされた角栄さんが、大政治家と賞賛され、同格の政治家が現れないものかと載っている。悪と言われても業績は大であったと私も思う。トップになれば引き摺り下ろそうとし、昨日の友は今日の敵にさえなりかねない孤独に追いやられる。。信念の強さと胆の太さと健康を兼ね備えなくては勤まらない。

 マスコミの報道や批判の声に惑わされることなく、冷静に国民一人一人が情勢を見極め、どの党の主張が国を救うかに目を凝らし、判断するべきであろうが、微風に灯火が揺らぐ状態でもある。

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マスコミ

 コラムに麻生総理への評価が載っていた。経済学的には心得ておられ、不況を乗り越えて来た日本のあり方を英語で話し伝えられるのは適任者であると。字の読み違えなどを 一々取上げる事等、以ての外、と有った。

 昔の記者たちの礼儀正しい態度は見られず、記者会見でも、総理が問い詰められている雰囲気を感じる。内容は同じとしても、総理に対しての言葉遣いが礼を失している事が多く、情けない。

 報道によってのみ伝わる政治に左右され、不安が余計募ったり、国民は動揺しやすく、確かな見方が出来ない事が多くあるように思う。

 与党の批判や、与党のこき下ろしもあって然るべきではあるが、特に民主党の方々は、批判ばかりでなく党の政策を打ち出されれば、聞くものは了解し傾く事もある。

 頂点に立てば、高い木は其の枝を折るで、槍玉に挙げられ、孤独に追い詰められる。経済に強いお方なれば更に案を練る事が出来るよう協力して行くべきと思う。思うに、今、もし解散だ、建て直しだとの名目でトップが変わる事があるとしたなら、立て続けの出来事として世界中の物笑いになるのではなかろうかと案じる。

 引き摺り下ろす事は暫し留まり、欠陥を補い日本国の体面を保つ事も国交上大事なことであり、国民の納得できる成果が上れば拍手を送ると思う。

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喪中葉書

 喪中葉書が次々届き、縁故者の先の人の死まで喪中として葉書が来る。喪中の意味を本当に知っているのであろうかと思う。

 忌中とは死者が其の家に留まる又は宙にさ迷っている49日間家人が慎んでいる期間を言い、喪中とは、地方によって異なるが3ヶ月外出も避け、交際も避け、故人を偲び慎んで過す。

 喪に服する家族とは、戸主の統率下にある家の構成員であるにも拘らず、最近では嫁ぎ先の家族、嫁の実家の家族、夫の兄弟の死に至るまで、喪中として葉書が舞い込む。意味を取り違えており、関係者が亡くなると出さなければ悪いと思い違いをしている。

 正しいあり方を電波にでも乗せて伝えない限り、訂正出来そうにもない。一定の期間が有るのに、1月に亡くなっておられるのに葉書が来る。長い期間、謹慎生活を送っておられるのかと?困った事が広まり正しい事と勘違い。何時頃から思い込まれてしまったのであろう。

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医療保険

 麻生首相のご発言で又もや紙上を賑わしているが、嘗て主人も 同じ事を口にし、ぼやいていた事を思い出す。「一寸の事で直ぐ医者に駆けつけ、《誰それは今日来ていないが、風邪でも引いたのか》と言うほど病院好きな人の溜まり場的になっているとの話を耳にする。自分をもっと真剣に管理すれば良い。高い保険料払う分、貯金した方がましだ」と言うのを 「掛からない人がいるから保険料が足りているのでは」と宥めたものだが、無駄遣いされていた事には驚く。

 友人の子息が医者をしているが、「母親が風邪を引いても「風邪に効く薬はない。温かいうどんでも食べ、温かくして寝ていれば治る。」と言われるとの事。風邪が流行るころは、病院で風邪を貰ってくる場合もある。確かに息子さんの言う通りで、ラジオでも度々同じ事を聞き、風邪かなと感じたら、葱を沢山入れた煮うどんに卵かけ、又は玉子酒でもして兎に角、体を休めることに限り、人にも移さず早く治る。

 首相の言わんとする事が理解はできるが、表現のなさり方がお下手である。訳すれば、「余り医者に掛からないで済む様に、丈夫な体作りをすべし」 と言いたいのであろうと思う。確かに、「運動や食べ物を心掛けては」 と助言しても「私は駄目」とか 「出来ない」とか積極的ではない。老いれば体力も弱ってくるのは致し方がないにしても、最後まで努力する必要はある。誰の為でもない、自分が病に負けない体力をつけることで寝込まないで済むと思う。寝込んでしまったら急激に足腰が弱り、気力までが衰え、立ち上がれなくなってしまう事を実感している故に、自らを奮い立たせている。

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耐える

 上坂女史の記載に、嘗ての時代より数段耐える事が出来ない人達になっていると嘆いておられる。確かに其の通と感じる。子供の頃「武士は食はねど、高楊枝」 ひもじくても楊枝を使って、充分な食事を終えて居る態度を示せと言う教えで、物欲しそうな顔をするなと窘められた。此れも我慢の躾である。

 物資が不足の折、一家の主と長男には尾頭付き、主人は一家を支える責任者を尊び、長男は跡取りとしての自覚を覚えさせる躾である。何があってもお父さんの許可を得てからと(実際の主権的なことを母親がしていても)父親、一家の主を立て、権威を持たせた。

 父親の許しが無ければ如何に欲しい物も、したい事にも耐え、我慢が身に付き人の物を欲しがったり、羨む心は醜いと教えられもした。寒さにも耐え多少の怪我などには泣くなと叱られ、虐められたら自分が悪くなければ虐め返せ、めそめそするなと叱られる。自分で物事を判断する精神も自然に培われた。

 子供の喧嘩に親が出ようものなら「子供の喧嘩に親が出る~」と囃し立てられ、逆に子供が恥をかく。現在はまるで逆さま、矢張り耐える事を躾ない方々が、そろそろ出始めたどころではなく、物の判断さえ出来ない人間の率が多くなってきていることに嘆く。

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張替え

 屋根修復に引き続き、10年振りに襖の張替えで部屋も明るくなりはしたものの懐は寒い。年を重ねるに従って出費事項は増えてくるのと反比例に年金は減り介護保険は値上がり、思い掛けない出費に生活は厳しくなる。

 他の物は凌げるとしても、屋根が傷んできた事には修復せざるを得ない。軒だけと思っていたのが、剥してみれば棟も傷んでおり修復には良い時期であったかも知れない。「35年も経れば、どこの家でも屋根は傷みますよ」 成程、納得。

 襖も、少し先に張替えてとも思いはしたが、今して置かないと10年後まではとても覚束ない。あとに残る者の為に今、手をかけて置けばとの思いも有っての事である。この様な思いを持つ年になっている事に我乍ら驚く「何時の間に」と。

 助成金云々と報道が賑やかだが、3年後は消費税が上ると、益々生活は厳しくなる。鼻先に人参をぶら提げられ、其れに吊られて屠殺場へ的な状況に追い込まれ兼ねない不安がよぎる。

 混沌とした行政の渦の中に翻弄される国民になりつつある事に、平和で穏やかであるかの如きに表情の裏に、生活を脅かす何かが潜んで居る感は拭われない。

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盥回し

 盥回しされた後、一人は死亡、一人は未だに意識不明と言う妊産婦、お二人の悲劇。病院の受け入れ拒否により盥回しの末の在ってはならない事件である。

 頼む側、受け入れ側、双方の言い分も食い違いがあり、慌てて電話連絡には言い違い、聞き取り違いも出て来るゆえに水掛け論。所謂、擦り合いに感じるが、一番辛く悲しいのは遺族であり、家族である。

 詳らかに報道している割にと言うか、顕わに出来ないのか分からぬが、妊婦お二人とも脳内出血との事、出産間近まで診断しておられた医者の妊婦の体調はどのような様子であったか、前兆の有無、突然変調を来したのか、懐妊なされる前後の体調管理はどの様であったのかは個人消息ゆえに明らかに出来ないのか、只、結果のみが報道されているが、現在、出産を前にしている妊産婦の方々や家族にとって不安が募るばかりである。

 出産を間近に控えている方々の為にも、状態を崩される前後の様子などを詳しく、例えば、常用薬、食事の獲り方、運動、嗜好品はと、其の一部なりと記事にされれば後続の方々への勧告ともなり、医者側も妊婦の体調経緯が掛かり付け医から連絡に付加されれば手順も手間取らぬと思うが、残念でならない。

 子供の減少期に、折角授かり育児への夢を抱き、出産を指折り数えて居られたであろうに、叉、生まれながらに母の顔も知る事無く、残された家族の難儀さは察するに余りある。 

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ご説ご尤も

 「お坊ちゃま」と題して投稿したが、今日の金女史の提言で「成程」と反省をする。言われている如く、記者達や評論家方達の見解による報道を見聞きしての判断は、現在の経済危機と相俟って身贔屓による批判的な解釈となっている事に気付く。

 女子は仰る、「首相たるものがホテルのバーで」云々と問題にする視野の狭さ、一国一城の首相たる人間が世界の主だった人物達と会合するに、一流の作法を知らずして伍しては行けない。村山元首相が、首脳会談後の晩餐会で突然理由無しに欠席された。其の席に伍して行けなかったのでは?

 我々の首相ではあるが、日本を世界にアピールする方でもある。寧ろ首相を支える各大臣方が国民の為、首相の手となり足となって国民への配慮を綿密に行き届く為の行動力を発揮願いたい。

 これ等を鑑みて、日本国と言う船の水先案内人としてを見回すに誰?女史の言われる如く麻生首相が適役であるかも知れず、ジャーナリストの言葉に惑わされる事なく確かな判断をもつべしと反省する。

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記者会見

欧州ご訪問からから戻られて、初の記者会見をなされた昭和天皇のお写真と記事が載ったお姿を拝見して、終戦当時「私は、現人神ではない」と宣言されたお言葉を思い出す。

 今では想像もつかない、叉、戦前は畏れ多き事と且、有り得ない状況、大勢の国民に揉みくちゃにされながら、お帽子を持つ手を高く上げられ、大きく振られながら接しておられたお姿は国民と一体になったお喜びに満ちておられたと感じ、国民も非情に近親感を覚えた。

 然し、此れも束の間の出来事で、宮内庁のお計らいか、国民と直に触れ合う事などは畏れ多き事、直に国民と接しられる場は、葉山か軽井沢に限られてしまい、ご公務として宮内庁?かによって組まれたスケジュールをこなされるお忙しさ、ご自由に選ぶ事もお出来になられぬご不自由は、さぞかしとお忍び申上げる。

 父母とも生活できない特殊な仕来りを打破なさり、精神的打撃を受けられつつも現天皇を支えられておられる美智子妃には敬服申し上げる。お二方様共々ご健康にてお過ごしあそばされる事を只管祈る。

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お坊ちゃま

 期待して昨夕の記者会見を拝見、矢張りお坊ちゃまであり、庶民の生活への理解は到底無理。首相ばかりでなく、お家柄とか二代、三台続く裕福な家庭に育った方々に理解出来よう筈も無く、期待する方が間違いであろう。となると、民主党の党首も然り、上位に位する方々は庶民の暮らしを経験した方は居られない。資産を見ても格段の差がある。

 首相の政見に拠れば聞こえの良い部分は有る物の、本当に満足どころか、付けが後から回ってくる事が読み取れる。高速道路を¥1,000にすれば道路は混むことは必然、CO2協定に相反する。一律に妊産婦の献身回数を16回無量にする。此れは所得に応じてでなければ不公平と言うもの。

 各家庭に一律6万円の補助、此れも可笑しい。所得に応じるとか住居の返済を抱えているとか、老人介護の負担に苦しんでいるとかの経済的に喘いでいる人の条件をつけなければ一律とはピンからキリまでとなると余りに杜撰な計らいである。

物流運搬の業者が遊びの為でなく、生活物資の運搬で利用する高速代金を、遠くまででも¥1,000なら物価への好影響もあろうにとぼやいていた。

 英断を下したと思っておられるであろうが、庶民には絵に書いた餅如きで、無駄遣い的発想の付けが3年先、消費税を上げて賄うと、街行く人は今の無駄な発想を止めれば、消費税を上げずに済むであろうにとぼやく。

 消費税も贅沢品、娯楽品、遊興、等に掛け、生活に無くてはならぬ物、食品類、此れに関する生産への必需品などは免税にするとか生きる為への援助法をもっと真剣に考慮頂きたい。

 人間の体も老いれば其処此処故障で医療費が嵩むが保険料は値上がり、年金生活者の懐を脅かす。住まいに於いても古くなれば屋根が傷み屋根取替えの修復に想定外の出費、耐震補助も結構ではあるが朽ちてきた家の修理補助も考えて頂きたいものである。せめて修理額によって一年間だけでも税を免除願えないものか、修理しなければ先日のニュースの如く、老人の住む家が自然崩壊、幸い助け出され命に別状は無かったが住む家は無くなる。斯うした例は今後数多く出てくると思う。後藤新平氏如き切れ者の政治家が出ないものかと、期待するだけ無駄かも知れないが

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医師不足

 八箇所の大病院から拒否され、我が子との対面も叶わずして亡くなった36歳の女性の報道は、此処三日間続き心が痛む。何事に於いても事件が起きてから騒ぎ出すが、取り沙汰されなければ問題視なされず、悲劇が起きても通過してしまう神経の図太さも感じる。

 20年程前は医師が溢れており、医者希望者を規制すると言う話も耳にした。一人前の医師になるまでには並みの給料は貰えず、不足分を補うのに夜勤をして稼ぐ為、教生の医師が沢山夜勤に就いていた。

 当時からも耳にする事は、医者になるには学資や医学書購入、生活費とで莫大な費用が掛かり、一般家庭の姉弟には幾ら希望しても望みは叶えられず、金持ちか医者の家庭からでなくては行かせられないと言う。医者になりたいと希望しても費用が続かないので諦める。財産家の姉弟のみが入る故に、当然数は減ってくる。

 最近、腹立たしく思うのは折角医師になりながら、犯罪者になったり、資格を持ちながらタレントとしてきらびやかな衣装をつけ、彼方此方のテレビ局の回答番組で秀才振りをほのめかし、「医は仁術」の心得など微塵も無い。予行と出演時間の余裕があるなれば、不足の夜勤に就いて貰いたい。

 3年間ほど人体の医学的学びをした後、専門コースを選ぶと聞く。専門部署でなくても医学的知識は持っているなれば部署が違っても緊急処置はできる筈。今朝のニュースでも緊急の場合は部署外から召集すると報道していた。

 益々医師不足なる状態の現在、医師の仁術に徹する志しある若者を援助する足長おじさん的篤志家が居ないものか、政府において奨学金の額も費用に応じて増やすとか、何等かの援助方法を取らねば医師不足はもっと深刻になる。急がねば間に合わない。今日明日に腕の良い医者が仕上がるわけには行かない。勉学し、経験を経て一人前になるまでの期間を要する。急いで欲しいと切に願う。

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ラジオ体操

 ラジオ体操開始80年との事、時の経つ早さに改めて驚く。体の弱い私の為、鉄道の駅に近く、温泉場への交通の便利なある町へ移り住み其処の小学校へ通う。

 或る日郵便局からラジオ体操奨励で図解入りのビラが配られ、学校では朝礼時には必ず体操が実施された。町全体でも実行される様にとの計画で、歌舞伎座にも匹敵する町一番の劇場(昔で言う芝居小屋)で実技指導が行はれる事になり、三つの学校から二人づつ選ばれ舞台上で模範体操をすることになり、其の内の一人になった。

 数日後、褒美として一冊のアルバムが届いた。紫色のビロードの表紙、右開きの横長で表紙の裏には金文字で、「ラジオ体操記念」郵便局と書いてあったと記憶する。大切に私専用に用いていたが、戦争たけなわ、荷物を減らすべく中身を剥ぎ取りアルバムは棄てた。今思えば残念ながら、当時としては感慨に浸っている余裕は無い。

 品物は無くても当時の事は昨日の事のように記憶に残っている。ドキドキした事、「ラジオ体操ヨーイ!はじめっ!タァンカ タァンカ タンタン タァーンタン」と当時の伴奏曲も聞こえてくる。懐かしく、忘れ得ぬ思い出でもある。

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修復

 知人からの電話で、40を過ぎられた娘さんのご主人の実家で屋根が傷み、修復の費用を出してくれとの事に自分達の生活で一杯なのに出せないとぼやかれたとの事、建て替えられてから36年経つと言う。

 身につまされて伺ったと言うのは、我が家も35年目にして屋根が傷み、取替え作業の真っ最中。軒先だけが傷んでいると思いきや、トタン屋根を剥したら棟も傷んでおり、総取替えの予定であったので下板取替え費用が加算されたが外壁塗装、樋も取替えと大出血。

 一時は買い替えもと考え、子供達に相談したが、生活の面倒を見ていないから何とも言えないとの事。勿論、同居の娘夫婦は持っていないからと始めから予防線。自分で考える他なしと修復を決定。

 昔は、本家が台風で損害を受け、援助するのは当たり前と心得、搾り出す思いで送金した。主人の生まれ育った本家を守る一端を担う事は当然との考えを持っていたが今は、自分達本位の考えである。

 何故、斯うも考えが変わったのかとつらつら思うに、年金の無い頃、跡取りが両親を見る事が義務的に感じており、娘だけなら養子を取って家を継ぐ事は暗黙の内に了解されていた。次男三男は口減らしといって働きに出るのが当然と受け止めており、不満も無かった。

 核家族となり、財産は平等と言う制度と年金制度で、親の面倒を見る責任感覚は無くなり、親の年金さえ当てにする人間さえ出て来る始末。亡くなれば財産分与で血肉の争いも起きる話しは多く、乱れたて居ると言う他は無い。

 一緒に暮らして貰え、穏かに過す事が出来れば上々、迷惑を掛けないよう自身の健康は自身で充分管理し、迷惑を掛けないよう絶えず自分自身の修復に心掛けるべしと自身に言い聞かせる。

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呼称

 三日程前の新聞に、呼び名にこだわり過ぎている事が書かれていた。「高齢者」「老人」「年寄り」「後期高齢者」と様々。老人に対しての気配りであるかも知れないが、呼び方より扱い方が問題で、要は、老人を言葉だけでなく対応を粗末にしないで欲しいと言う内容であった。

 確かに其の通りで、何れの呼び方にせよ老人であることには違いない。近頃の高齢者には可愛気の無い人もおり、若者の行為を素直に受け入れず若ぶっている姿も見受ける。席を譲られたら例え次に降りるにせよ、行為に対して心から感謝を籠めて受け入れるべきと思う。

 譲って良かったと、ほのぼのとした思いを与える事も年寄りの使命と思う。席を譲るにしても今では勇気ある行為で、態度に表せず気付かぬ振りをしているのであろうと感じる。当たり前の行為でも感謝をされれば心の中では満足感を味わっているに違いない。年寄も力み過ぎず、可愛らしき年寄りになる事も大切と思う。

 「痴呆」も「惚け」も同じであり、呼び方を変えても扱い方には変り無い。呼び方より、斯うした病に犯されている方への接し方の心遣いを心得ておく必要があり、4~5人に一人は発病するらしく自分は大丈夫ではなく、老人人口が増えつつある此れから、老人が老人介護者となる事態は始まっている。

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思い違い

 「思い違い」と題しての記事に「終戦」ではない「敗戦」であり、自由と言う言葉の思い違いで礼節も家族愛も棄て、個人主義の時代になってしまったとある。全く其の通で、自分の都合で親が子を、子が親を、恩を受けようと情も無く殺し合い悪びれもせず、自由に振舞う「自由の思い違い」も甚だしい。肉親への犯罪刑は一番重く、妊娠中絶は監獄行きであった。

 平等は相続権争いを起こし、親を面倒を見て最後を見送り、面倒を見ない子供等が相続権を振り回し、住んでいる家を売らせてまで分割させる状態に追いやられ、兄弟が犬猿の仲になっている例は少なくない。平等を振りかざしている。

 戦前は、跡取りが家を継ぎ、大勢の兄弟は其々に独立しており、本家は永続できたが、今では跡取りが戻って来ず、遺産相続で家屋敷を手放す羽目になり、伝来の土地を手放さざるを得なくなっ居る人も多い。

 昔は家系を大切に、血統を重んじ、家名に恥じない行動をと誇りを持った。裕福であろうと貧乏であろうと先祖様への感謝と名を汚さぬ事を重んじた。今では何たることか、家を棄て家族を棄て、一人路上生活に身を投じている輩も居る。何処で、どう取り違ってしまったのか。

 結婚式場予約も取り消しが多いとか、縁あれば一生添い遂げる心構えも失せ、芸能人の報道が多過ぎるので耳慣れ、平気で離婚は当たり前の如くおおっぴら、恥じらいなど微塵も無い。貞節は軽んじられ、結婚の意義もお互いの責任感覚もまるで無く、野鳥にも劣る行為が巷に溢れているとは情けない。

 新聞の一説に、赤線廃止が乱れや、病が蔓延している原因で、検査の行き届いた地帯の復活説が載っていた。出会い喫茶も如何わしい営業と摘発を受けたが遅きに失する。

 思い違い履き違いが当然の事のように思い違いされ、家庭のあり方、核家族を元に戻す方法はあるか?政府が奨励金でも出して打ち出さないことには崩れっぱなしの将来、子育て以前の問題で結婚を回避している人が多い事を打開する事が先決の様である。

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ハリス

 実話である「唐人お吉」の生涯が放送された。開港当時ハリス来日に、人身御供として美人なるが故に白羽の矢が立ち、言い交わした人との仲を裂かれ、お国の為と身を呈し、ハリス帰国後は唐人に身を任せた穢れ者として蔑まれ、身の置き場無く下田の川に身を投じて命を絶った開国当時の犠牲者である。何時の世にも政治の「出し」に使われる女性は正妻にしろ、側女にしろ後を絶たない。

 敗戦直後、マッカーサーが来るにつき「お吉」的存在者の選択が話しに上る。先ず、花柳小菊と言う女優が選ばれたが彼女はきっぱりと断り、立派と心で拍手を送る。次は、三益愛子と言う女優、当時は有名女優ともなれば結婚も出産も隠密裏、今の様に公表すれば命を絶つのと同じで干乾にされる。白羽の矢が立った時点で川口松太郎氏夫人と始めて公表され一般人も吃驚、女優からの候補者は消えた(表向きは、噂もなくなる)

 敗戦後、撮影所も復活し、野上千鶴子主演で題名は忘れたが慰安婦の実情を映画にした作品で、戦場へ赴く未婚の兵士にとっては励ましとなり、この世の名残として軍が公然と開設した遊び場で、人身御供になる女性は、お国の為と駆り出されたり、志願者を募ったりで戦地に赴いた。勿論内容は明かされぬ侭に赴いた人は多い。

 他国の方は「慰安婦」への賠償問題として日本国を訴えているが、何十倍の日本女性が憂き目に会っているし、其の為に病に苦しみ心から平和を感じ得ない人達の居た事を忘れられない。堂々と賠償請求できない、身を明かせない人達の苦しみに、保証も無く苦しみを抱えながら懸命に生き抜いた戦争犠牲者は、軍人ばかりではない。軍人は恩給を貰えたが、口に出せない縁の下的犠牲者には何ら手当ては出ず、泣き寝入り、他国の人の様には口が裂けても言えない苦しさを味わっている方々も今では残り少ないと思う。

 斯うした事を思うにつけ戦争の惨めさ、辛さはまだまだ癒えていないが、陰の犠牲者の事を知る人が少なくなって来ており、陰の功労者の事も忘れないで欲しいと思う。

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敬老の日とは

 敬老の日を迎える十日程前に回覧板が回り、高齢者名、年齢、住所を記載する用紙が綴られており、数名が記入の他は記入されていない。その理由は記入されたものが町内回覧されるからで、「おや、あの方はもうこんなお年?」と情報が公開されてしまう。

 プライバシイ厳守として病院でも受付まで行かなくては入院患者の状態(退院しているか否か)も聞く事が出来ない程、個人情報をとやかく喧しく言う現在、どうしたことかと不思議に思う。

 何の為に書き出すかは、敬老に日の祝い準備の人数調べである。以前は品物の為、長生きしていると渡される品は重なりバザーに出しても売れない。例え¥500でも良いから現金をと願ったが、会社と契約しているから品物でなければとの答え。何か臭い。

 今回は商品券と言う。独り暮らしで、足腰が不自由であれば貰った券を使う事も出来ない。本当に老人の事を考えての計画を立てているのであろうか、たとえ¥500でも¥1000でも現金なら近所でも用が足りる。商品券は発行所との遣り取りに何かあると勘繰られても仕方あるまい。

 一事が万事、お役所仕事が敬老の日にも現れる。敬老の日は何処の催しも無料、混雑している場所へ老人が行けるのは初老だけ、週日にゆっくり見られるように設定は出来ないものか、老人の為より聞こえが良いだけの事に過ぎない。政府のやる事だから仕方がないかもしれない。

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違反

 ぼやきたくなる事ばかりで載せる事で余計腹立ちを覚え。暫くやすもうかなーとの思いもあり、渋りながら開いてしまった。

 昨日の相撲の結びで、朝青龍の苦手な力士との仕切りは、片方の手は土に付けず監視役員は口も出さずで取り組ませた。今朝の新聞には此れについてはほんの少しで、勝負の批判が大きく載っていた。

 勝たんかなの取り組みはありありで、耳を引っ張り、指で顔面を突く、目に入らねば良いがと心配したほどの我武者羅振り、何が何でも勝ちをとりたい態度が見え見栄で、祝儀の本数が落ちて来ているのは当然と思わざるを得ない。勝負とは言え力士には力士としての礼節を踏まえ、技で戦って貰いたい。

 放映が他のニュースに移れば、連日違反での売り渡し先が明るみに出る。知ってか知らずか購入した先は件数を増す。安値に惹かれて手を出してしまっての結果と思われる。良心の呵責に責められ、遂に自殺者が出てしまった。買わせられた被害者であるにせよ、他へ流した事への自責の念に耐えられなかっあのであろう。家族はさぞや辛かろうと察する。

 根本は工業用として輸入した政府が悪い。国は米が余り、畑まで潰して生産量を減らし、農業の後継者は減る。先細りにして置きながら、悪いと知って輸入する政府のやり方に呆れるばかり。犠牲者まで出してしまっても虫に刺された位にしか受け止め、ず際立つ改良への進展はは得られないであろうと見る。

 違反ばかりが罷り通る現代、罰則を重くする案が出ていると言うが、何事も実施に移るまでの期間が長すぎる。消防士が救急車で運ばれた留守の家に空き巣に入る!何処か狂っている。どうしたら是正出来ようか、徒にぼやくのみ。

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街頭演説

 党首を選ぶのに何故街頭演説までするのか、地方に出向いて候補者が顔を揃え、演説をしている姿に、一瞬、解散、総選挙を計画に入れての行動なのかとさえ思わせる。

 時間と費用を掛けて彼方此方と、候補者は任命された席を辞し人数獲得に躍起となっている。不思議な事に空席のまま政治は行われていると言う事は居なくても済む人達なのかと言いたい。

 片や他党との合併で人数を増やし、解散後を狙っている面々、鼠と猫の遊戯のように思える。日本を玩具にされては困るが、玩具として弄ぶなら、今壊れかけている所を確り直して貰いたい。直せる人が居るなればである。

 何れにしても愛想も尽き始めているが、さりとて無関心でも居られない。どうなるのか、宙に浮いた感じ、今までに無いのでは?

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捩じれ

 新聞に、「総理は麻生氏、政権は民主党、国民の思惑にも捩じれ現象」とあった。国民も何れを選ぶかに戸惑いと言うかマスコミの批評、報道に「どうでも良い」と投げやり的な思いも覗き始めている。

 此の儘では30年後、日本は無くなると何処やらの国の人に言わしめるのも報道の過多に、あらぬ方へ想像を強めてしまうのではなかろうか。キャッチしたニュースに記者の思い込みも多分に入り、「勝手に書かれている」と放映で語られた候補者もおられた。

 大合併説も載っていたが、ありえない事とも思う。失礼かも知れないが此の現状から脱皮させ得る人物、安心して任せられるお方が居られるとはどう贔屓目に見ても???案外な候補者が、案外な改革を成し遂げてくれるやも知れず、奇跡を祈る。

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電話

 明治30年?の今日、日本で始めて公衆電話が開通した日との事。一通話15円、当時大学出の初任給が1円50銭との事。高嶺の花が時代の進歩に連れ、今では携帯が普及し公衆電話を探すのが困難な時代となった。

 戦前では遠距離は申し込んでから可成の時間を待つ。昭和の始めでは各家に電話はなかったが、何故か我が家に有り、受話器を取り箱の横手についている手回しのハンドルを回し、相手の番号を交換手に告げ、通話が出来る悠長な時代が懐かしく思える。

交番と見まがう公衆電話ボックスが出来、戦後はタバコ屋の店先や酒屋などに設置され、その後至る所に数が増され、何処からも用が足す事が出来、公衆電話ボックスも改良され蒸し暑いボッスはなくなった。

 携帯電話が普及されるに及んで、電話ボックスを探すのに大変な思いをした。在ったた筈の所にない、連絡せねばならず探し回り、時間は来るし焦ったが見当たらず、駅まで歩いてしまった。

 何処でも掛けられる携帯、昔は話し声も人に聞かれないようにボックスであったのに、今では、突然の大声に振り向くと人混みも構わず話す。しかも禁じられている車内でも平気、若者から常識を心得ていられよう年代の人までが平気で行う。崩れてしまった世の中にただ呆れるのみ。

 携帯の電波が禍を及ぼすゆえ電源を切ることを注意しているのに声を出さねば良いと理解しているのか、盛んに指を動かしており、困った物だと溜息をつく。下手に注意すれば後が恐ろしい時代。

 携帯の便利さは持ってわかるが、経費とにらみ合わせ、「人の振り見て我が振り直せ」と心得て用いている。

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当たり前

 放送で「当たり前の事が出来ていない」との談話で、とんでもない事を人がするからと道に外れた事でも平気で「当たり前と」勘違いしている輩が多いと感じる。

 食事の前に「頂きます」済ませた後の「ご馳走様」。作って呉れた人への感謝、今日も頂ける事への感謝であるが、斯うした当たり前の挨拶さえ行っていない家庭が多いとの事に驚く。

 小さな子供に「ご挨拶なさい」 恥しがってもじもじしている子に「ご挨拶できないのが恥しいことよ」と聞かせたものだが、今では嗜める親も少なく、人様への挨拶も出来なくなってきている。

 上下の見境も無く、人の前を通るにも会釈一つ出来ないTVでの画面を見る。細木氏がやり直させていたが何故、やり直しさせられたかも気付かぬタレントも居た。止む無く前を通らざるを得ないときは身をこごめ、会釈して通るのは当たり前、一人置いての先方に物を渡すのに前から失礼との言葉も掛けずに手渡す不躾に驚く。後から渡すのが当たり前、も出来ない。

 来客が玄関で靴を脱いだ後、靴下カバーを履いておられたので、躾の行き届いたお育ちと感心する。例えスリッパがあったにせよ汗ばんだ足でスリッパを履くのを遠慮された行為であろう。着物時代では、人様の家に上がる時は必ず履き換える事が当たり前であったが、足袋を履く人も珍しくなり、何時の間にか伝わらなくなり、甚だしくはスリッパを出しても履かない人も居り、油足の男性にいたっては廊下に足跡がべったり、お湯で拭かなくてな中々取れない。

 靴の侭、住居に入る外国と異なり、靴を脱いで邪魔をする週間の日本であるからこそ生まれた足袋の作法であるが、生活様式も変わってはいるが何事に於いても当たり前の心遣いは無くしてはならないと思う。

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次期は

 突然の辞任と報道されたが、麻生議員を選出した時点で決めておられたと推察する。昨朝、ニュースで総理のお姿が写り、よくお体が続く事と思ったばかりなので、矢折れたかと残念でもあり、お疲れ様と言いたい。

 どうしてと文句はあるが、ごぞって非難の言葉ばかりで、ここぞとばかりにまくし立てている議員の顔は目が釣り上がっている。辞めなくても農林大臣の事で吊し上げにあい、責任云々と攻め立てられる。

 何にしても、辞めさせたい輩の餌食になることに変わりはない。何れにせよ国民の為の政治はさて置き、政権争奪が先行している事が情けない。何故、二大政党と言われる党が捩れ国会の言葉に酔いしれ、衆議院でも勢を得ようと意気込んでいる。解散、選挙と軽く言うが、其れなりに税金が使われている。

 政権を握る政党の不足を補い、案を提出し、よい政治を展開させれば、縁の下の力を国民は見逃さない。必ずや望まずとも政権を委ねられる時期が得られる。

 傲慢な返答と非難しているが、質問の記者も無礼な質問である。近頃の記者達の礼を欠く姿に腹立ちを覚える。諌める人も無く其の前に無礼さに気付く者も居らぬとは困ったものである。

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根性

 24時間テレビでのマラソンに挑んだゴール前の数十分を見た。女性としては距離を伸ばしての走りで、雨の中良く走り切った事に感心もし、疲れている事は感じられるが、沿道の応援者に会釈しつつ有り難うと言葉に出していた事にも大したものと感心する。

 然し、ご本人も然る事ながら、伴走者の面々、特に毎年伴奏される中年と思われる顔馴染の男性の心遣いにも感心させられる。数人の方々が其れ其れ、走者と四方八方に気配りし介添えする人の心労なくしては成功は無いと感じる。

 家庭に於いても、人生の走りに於いても良き介添え者に恵まれるか否かで走りは変わって来る事を学ぶべきと思う。走る人も介添え者の心遣いを受け止め、感謝を表しつつ走りぬく時、皆からの賛辞より完走者自身此の上無き満足感を得られるのはご本人のみ味わう喜びである。其々の人生のマラソンに学ぶべき事柄を含んでいた行事であった。

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離党

 当然、あり得る出来事と思う。離党組みの言い分も納得、菅氏の恨み節如きもわかる。確かに政権の座を占めようと、揚げ足を取ったり、落ち度探しに賢明な様子が伝わってくる。

 政治に携る人達の視点が何処か狂っている様に思えてならない。党首一人に絞って人数合わせして政権を手にし、纏わっている人達が其々の位置につき、願っても無い運気が開ける。議員を志したからには一度は付きたい席であろうが、自分の名誉願望だけで動いてもらっては敵わない。国民の声、切なる訴えの代弁者である事を忘れているとしか受け止められない。

 民主党の面々方もかっては所属党に反発し、離脱した面々の集合である。当時は志を開花させるべく熱血的思いを抱いて移籍したであろうが、坐が温まるに従って国民より党本位になってしまうのであろう。

 何れの党も似たり寄ったり、何処の党が政権を握ったにせよ、余り変わり映えしないとの言葉が当てはまりそうで、国民の関心を呼び戻せる政治家が現れてくれる事をと望むのも、情けないニュースの所為かも知れない。

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有名

 懐かしい名前に思わず画面に目をやる。戦後、単身米国に渡りアガデミー助演賞女優を獲得、一世を風靡したナンシー梅木さんが数年前の今日78歳で他界されたと言う。

 「私を探さないで」との言葉を残し消息を絶ち、記憶する人は中高年以上の年配者だけとも思う。持て囃された社会の中にあり、まして米国での生活、会話に不自由なくとも孤独間にさいなまれたであろうと推察する。結婚され男児を設けられたが離婚と言う華やかな生活の陰に言い知れぬ寂しさとの戦いが普通の生活に戻り、安住の地を見つけられたのであろう。息子さんを探し当てインタビューしたが声のみで、さぞ迷惑に思われたのではなかろうか。

 誰しも頂点に立った者は必ず孤独感を味わう。人より抜きんじた者への付録であろう。折りあらば足を掬おうと狙う輩も居れば、妬み心をむき出しに刃物ならぬ刃を突きつける。のらりくらりとしていると取り沙汰される首相は太っ腹なのか、秘策を練っておられる故なのか、前首相は神経戦と孤独に参ってしまわれた。

 大なり小なり「長」となった者が負う孤独に打ち勝つことが出来なければ、信念を貫く手前で挫折してしまう人間とは弱い者である。

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言葉

 或る評論家のコメントに、言葉が乱れていると言うが其れよりも学者と称する方の著書に難しく、意味違いの漢字を沢山用いている。もっと分り易く意味を表す漢字を使うべき」とあった、難しい事はさて置き、確かに言葉は乱れている事には違いない。

 NHKのアナウンスさえ首を傾げたくなる言葉遣いが多く、引退されたアナウンサーが以前は厳しかったNHkとしては考えられないと評していた。地方の表現の「しづらい(やりにくい)」は使い慣らされてきた。

 朝一番のラジオ放送で、地方に住む方のトピックスが流れるが、殆ど標準語で、途中から耳にした場合何処其処からとの解説が無い限り、何処の様子かまるっきり分らない。昔は何を話されているか全く理解できない言葉もあったが、地方の人さえ知らなくなった地方弁。何ともいえぬ独特の温もりを感じる地方弁を多少なりと伝えて貰いたいと思う。

 伯父の仕事上、仙台に住んでいた従姉妹は仙台生まれ。夏休みには数日滞在、よく遊んだ。「もーし、これ、けさい(下さい)」「おしょしい」「や」んだー」「おばんです」等々、特有のアクセントで温かく伝わる。もう一度聞いてみたいと思うが、70年ぶりにあった別の従姉妹からは標準語以外、聞く事は無かった。

 言葉は略されたり、新語が出たり時代と共に変わることは悲しいが、止むを得ないとは思う。地方に伝わる独特の香りと言うか、温かさのこもる地方弁を伝えて貰いたい。

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住宅

 バリヤフリー設備住宅を20%に引き揚げると載っていた。多分公営住宅だけなのか助成金を含めてか定かでないが、必要とされる方にとっては有り難い配慮である。然し悲しい出来事もある。

 母親が軽い認知症でベットから落ちで腰を痛め、車椅子の生活となり、申請でバリヤフリーの住宅が当る。予想より早く住まう事が出来、時折デイサービスに行ったり、数日留まり介護をを受ける事も出来て喜ぶ日々2年有余、介護をしていた娘さんは独り身、90歳を過ぎた父親の姉も世話をしていたが此の人も亡くなり、残念な事に後を追うように母親も亡くなった

 役所からは3ヶ月の猶予を持って移転するようにとの通知を受けたので、本人は持病もあり生活保護を受けるべく申請し、移転先の事も相談に通う。立ち退き期間が迫って来た或る日、近所の人が姿を見ないと管理人立会いで入ったら亡くなっており、体調の急変であると。

 知らせを聞いて驚いた。バリヤフリーの住宅に住める人には家族がおり、其れなりに年老いている。残された人がバリヤフリーを必要としない状態なら立ち退かねばならぬとは、必要とする人が待っておられる事はわかるが、規則だからとて割り切れぬものがある。その辺も考慮すべきではなかろうか、胸の痛くなる話である。

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報道

 報道内容についてのコメントに連鎖反応を起こす事を憂い、「連鎖を防ぐ報道の仕方を考え、特にテレビからは大きな影響があり、連鎖を生む犯罪が起こった時のガイドラインを載せる事が必要ではないか。自殺に関しても同じであり、WHO(世界保健機関)のガイドラインを参考にした方が良い。」とあり同感である。

 各社競って如何に早く報道を載せるかに凌ぎを削っているかは「うるさい」と言いたいであろうと思うほど執拗で失礼な言葉を掛ける。疲れ切った優勝者は各局から独占インタビューで付き合わされ、今一番したいことは「寝たい」との答えからも察せられる。

 マラソン選手の日本代表はメダルが取れなかったにしても走り切り、二十何位かでゴールした選手が回れ右をして、走ってきたコースとグランドに向けて深々と礼をした態度に感銘を受けた。良い育て方をされた事が覗える。オリンピックへの出場は初体験であり、賞は取れなかった悔しさと、期待への責任も感じる中で、怪我無く走りきれた路面と、グランドの観衆への応援へ感謝の礼を尽くしたと思われる此の若者の立派な態度へ拍手を送る。

 画面は捉えていたが、一言のコメントは添えられなかった。記者は此の態度への関心が無いのか、気付かないのか、選手の心が汲めないのか、些細な事かも知れぬが報道すべき価値があると思う。感謝の念が薄れている人々への良薬になると思うのだが、刃傷沙汰なら見逃さず、大きく報道して連鎖反応を引き起こす原因を作るるより、礼を尽くす此の動作を汲み取り報道できる記者はいないのか、残念。

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 90歳の夫人から電話で皆の仲間にも入れず、身内を亡くしての寂しさから抜け出せず、薬の所為か食事も美味しくなく落ち込む一方だとの事。「薬は何処が悪くて飲んでおられるのですか」 「医者に行けば出されたのを飲んでいる」と、此れでは健康医療費も嵩むであろうと感じた。

 薬も時には必要かも知れないが、何処と無く具合が悪い、医者に通ってもはかばかしくない、此の様な時は発想の転換で居ながらにして出来る運動や、食の見直し、早寝早起きと生活態度の改善に自分自身叱咤激励する事が健康へ踏み出す第一歩となる。

 朝の放送で、来なくて良いと思われる患者が来る。そう言う人に限り薬を出さないと藪医者だ、薬も出さないと言われる。患者の訴え通りに答えなくてはならぬ医者も、理解出来ない相手では安心させる為に薬を出すのであろうか、医者の言葉に因ると風邪薬は無い。風邪熱は風邪の菌と戦いの為の熱で、温かいうどんでも食べ休んでいれば早く治り、冷やして熱を下げれば長引くと言う。此の道理が理解できなければ依然として従来の方法で長引かせている。

 病や、健康法で自分の脳からの指令如何によって治り方が違うと聞く。何事に於いても心に活気を持つことが効能を強める決め手と感じる。私はもう○○歳になってしまったと留まらず、未だ○○歳だと出発点に置き換える事で心の転換が出来ると実行している。

 

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地頭力

 「地頭力と創造的思考の関係」と言う見出しに読み進む。「独創的アイデアを生み出す原動力は、新しい組み合わせと無意味な変更である。冷奴に醤油の組み合わせでなく、冷奴にジャムと言うのはデザートとして価値ある組み合わせだ……無意味な変更は失敗も多いが、時に素晴らしい発見に結びつく……伝統的知識と定型作業の支配する組織では創造的思考は邪魔者であり、地頭力のある若者も其れを伸ばす事無く、知識の獲得と定型思考に埋没してゆく……系統的な知識と創造的思考の両方を獲得しなければ「考える楽しさ」を味わえない…「考えるたのしさ」は、いつも「何か別の方法は無いだろうか」と言う代替案を考える事から生まれる。短絡的思考から人を解放し、自分や社会を豊にする事に繫がる…地頭力を鍛えよう」とあった。

 まさしく日常生活、まして調理において代替案を考える事は棄てる所がなくなり、考える楽しさと経済的に無駄が無い。スイカを食べた残りの青い皮を剥き、食べごろに切り、味噌味に醤油味にカレー粉を入れてみたり芥子を加えたりスープに煮付けにと、各種の調理で食卓を賑わす。一個の西瓜の残りかすは片手のひらに残るだけ、デザートに出したあと、どの様な調理法にするかを考える楽しみが増す。此れが地頭力なのかと改めて此れでよいのだとニンマリした。

 梅干の種、梅酒の梅の種、銀杏割で割中身を出し食すが、体に良いとされている。レモンの種も酢かお酒に付け、手に塗ったり漬け汁を砂糖少々とお湯で薄め風引きに飲むと言った具合に棄てる所無し。おばあちゃんの知恵は地頭力の宝庫であるが今、核家族となり伝わらない。個々に地頭力を働かすべしである。

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発見

 早朝ラジオ番組の「著者に聞く」で、橋田寿賀子女史との対談を聞く。83歳との事だが歳を感じさせないテンポの良さと同感、同感と頷く内容で多くの人に聞かせたい。特に、何年も連れ添いながら自由が欲しいと離婚する勝手な女性に聞いて貰いたかった。

 「此の歳になってわかる事が沢山ある」と其の通で、何で今まで気付かなかったかと新しい発見もあり、理解を深める事が日々あり、年を重ねることに胸躍り期待が増す。母を看取り年寄りの状態を観察し、ほぼ理解出来ている積りであったが、聞くと見るとの違いどころではない。先ず肉体的衰えは避け様が無いが、筋肉増強体操とバランスのよい食事で補える。年相応に量も減り体調も整う。

 何で今まで気づかなかったかと思う事は沢山あり、発見する毎日が楽しい。「尽くす相手がいなくなり、もっと尽くせば良かったと思い、中途で離婚する人の気が知れず、勿体無い。夫には尽くすのが妻の役目と心得ている。身の回り、家事一切やる、此れは当然の事(男性と女性では構造からして異なる)尽くす相手がいることが幸せ。して貰おうとの思いが叶わねば不満が募り不仲になる」其の通である。

 夫への不満を子供へ愚痴り、夫の人格を下げてしまい子供は何時の間にか親の言うことを聞かなくなるの悪循環。良い子が育つわけが無い。斯うした状況を解って貰えればと著作に対して話された。

 「私は歳だから」ではない。歳だからこそわかる事、歳だからこそ発見があり、理解できる事が沢山ある事を楽しむべしである。

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15日

 紙上はオリンピックでの偉業と言える功績を称える記事と、閣僚が靖国参拝云々が目立つ。「天皇陛下万歳」よりも「お母さ~ん」と呼びつつ戦死した兵士が多いと聞く。親を妻子を残し、肉親の情を断ち切り赤紙一枚で戦地に赴く。玉砕に玉砕と続き中学生までが志願と言うより駆りだされ、幼顔を残している少年が大人顔負けの挨拶をして出征して行った。凛々しき姿と、且つ不憫な思いは忘れられない。

 一万m上空を飛び、侵入して来る腹の底に響き渡るB29の爆音は今尚耳に残る。軍人が政治に君臨すれば功績第一、戦いに勝つ信念に徹し、天皇を死守するとの聞こえは忠義であるが国民なくして一人玉座にあられよう筈もなく、矛盾した言葉を残されている。遺族は弁護しているが、当時、街々のゴミ箱の中を点検し、卵の殻を見つけ「非国民」との発言に側近者、新聞は褒め称えた。

 国民を昂揚させるべく「贅沢は敵」と貴金属、ミシン、ピアノ(ピアノ線を飛行機材にと)銅製品は屋根に至るまで供出させ、戦地の兵士に思いを馳せ、誰一人不服を口にする者も無く、(口にし様ものなら憲兵の手が伸びる。)皆心を一にして助け合い忍び耐えた。

 戦い終わり、疲れきった国民、浮浪児が巷に溢れ、負傷した帰還兵は上野駅、靖国周辺、巷にに立ち、松葉杖に縋り惨い傷跡を見せ、アコーディオンを奏でながら物乞いをしていた姿を尻目に、進駐軍は闊歩し、パンパンと呼ばれた女性達は活計(たつき)を得る為に駐留軍に靡き、家庭人は玉葱生活(残った衣類などを其の都度売る)で食を支えた。

 この様な苦労は子供にはさせまいと育んだ子供達が親となり、今は孫、曾孫の時代となり辛さを知る人も少なく、知ろうともしない平和ボケとなりつつある。恐るべしではあるが、次世代人は目標を持って立派に精進する人達に伍して欲しい。

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目的

 終戦と言うより敗戦の日が巡り来る。戦争の悲惨さ、苦しさ辛さを味わった年代層が年毎に減り、今の生活が当然の事のように受け止め、感謝の念どころか自由奔放の奴隷と化している中で、オリンピック出場選手達は日本に持ち帰る金を目標として、苛酷なまでに鍛錬に勤しんで、成果を挙げている。

 日頃の鍛錬と努力とを惜しまず、まっしぐらに精進している姿に敬服する。強かな根性が訓練と相俟って成果を得ている各自の根性に拍手をしたい。金取得ならずも出場に至るまでの努力も大した物で、メダルを手に出来ずとも素晴らしい経験は大いなる褒美を得たのと同じである。

 一つの目的に向って奮闘努力する姿勢は年齢を問わず必要である。「何の目的も無い」と言うお方。「一日を健康で生きる」大きな目的があることを忘れている人が多い。病に倒れても病気の「気」に打ちのめされて駄目出しをする。打ち勝とうとすることが脳を刺激し、快方に向かわせ悪化させない働きをすることが判明してきたと放映していた。「私は駄目だ」でなく「私はこれからだ」とでは勢いが異なる。

 戦争と言う悲劇は二度と起こるまい。然し日々、自分との戦いは日々起きている。怠りがちな自分を励ますことから一日の戦いが始まる。大いに戦うべしである。

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買い物

 笑点の前座で買い物の今昔話で、内容は「今の人達の言うには、何でも豊富にあり買い物に出れば何でも揃うというがそんなもんじゃーない。昔は居ながらにして何でも買えた」と御用聞きから物売りの物真似をして笑わせた。すっかり忘れていた事を懐かしく思い出す。

 確かに買い物に出なくとも、殆ど居ながらにして用が足りる。丁稚(小僧)が毎日御用聞きにやって来る。魚屋は、経木に品物と値段を書き入れた物を見せて注文を取り、時間に届ける。八百屋、酒屋は勿論、豆腐屋は毎日巡ってくる。雑貨は時折、呼び声高く練り歩き、包丁研ぎ、鋳掛や、ラオやと特徴のある音色を出し、何屋であるか聞き分ける。水飴売り、金魚屋、紙芝居屋まで加わり、来る時間で時を知ることもあり、楽しくさえあった。

 お勝手には御通い帳なる物が商店毎に吊るしてあり、御用聞きのあと品物と値段を書き入れ、晦日に支払う。大晦日で新しくなり、古い通い帳の袋とじを広げ、二分(7ミリほど)巾に折り畳み、ハタキに使う。丈夫な和紙は一年間充分に使える。

 今ほど残り物を棄てるなど以ての外で、御用聞きで得意が決っているゆえ無駄が無い。洋菓子屋なども万一売れ残った場合、近所や知り合いに其の日の内に分配するが滅多におこぼれには預からず、所謂無駄が無い。

 当時の商人が時間で廃棄処分しているのや、使い回しを見たら罰当たり奴と怒鳴られ、拳固の一つ二つが飛んでこ来よう。思へば銘々が食に対し、生活に対し引き締まった堅実な態度で過していたのは、不自由な生活から生まれ出た質実剛健型が身に付いての事と思う。学ぶべき所は多々有る。

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 長時間、絢爛たる開幕式を、もし、選手方が見ていたとしたら可成疲れが残ったのではなかろうかと案じた。其の所為ではなかろうが、先発組みは残念な事に余り振るわない。

 何時もマスコミは期待を持たせる言葉が多く、選手に対して負担が掛かり過ぎ、何が何でも「金」をとの気構えをそそるのは良いかも知れぬが、相当精神的圧力が掛かるのではないかと感じる。今迄にも騒ぎ過ぎ成績過剰なまでの報道の割には外れが多く、伏兵的選手が高得点を挙げる例もあった。

 出場選手は騒がれずとも選出された事への名誉と重責を担い、期待に応えるべく力の限りを尽くす心構えで出場していると思うが、時の運、慣れぬ土地での体調崩れに悩まされもしよう。力を出し切っても破れたり、金を狙っても逃がした選手達、ご苦労様でした。

 戦いを見て思うことは余裕を残しての引き際は、出場への意欲との狭間で悩む事であろう。誰しも自身を信じ、戦える自信があるからこそ選出に応えるが、相撲界でも余力を残し、惜しまれつつ引退するには余程の決意が必要と思う。然し、己を制する確かな精神力には敬服する。栄誉を重ねた人こそ自身は引きたくとも側が許さぬ事もあろうし、栄光の陰に引き際の辛さも理解出来る。

 兎に角、出場の選手方、体調を崩さず最後まで、ご自分なりの力を振り絞って戦い抜いて頂く事を祈る。

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企画

 興味津々開幕式を見る。九百人を上回る人員が一糸乱れぬ行動の展開、天安門広場で公開された人民のパフォオーマンスに驚いた事が甦る。石原都知事に依れば「披露宴料理と同じで盛り沢山過ぎる」と。確かにでは有るが、此れだけの妙技の練習は一体何処で行い、ラストの点火も予行練習無しなのか、緻密な計算の元で失敗なき自信たっぷりであるとしたら、「恐るべし中国」と感じざるを得ない。

 出演の人数からしても、練習は二年前からであったと言うが、よく報道陣に漏れず、いや、国の面子にかけて報道陣は一致団結、漏らさぬ事を守り通したと覗える。

 華やかの陰に泣いている人民の事を報道してはいるが、何事に於いても成功の陰には犠牲は付き物。只、きキツイか緩いか、国の方針で差はあろう。余り詮索し大きく報道するほどに、負け惜しみに取りかねない。

 報道の自由を振りかざす報道陣、確かに知る権利はあると言えども、何もかも常識を乗り越えてスクープの手柄として嗅ぎ出す、今回のギョーザ被害が中国にもあった事を知らされても、公表を控えてとの申し出通りにした事で記事になっているが、個人の付き合いと異なり国交上では必要事項もあると思う。その場、前後関係の読みが無くては纏まる交渉も壊れてしまう。

 個人情報も漏らさぬ事が徹底し、触らぬ神に祟り無しとばかりに知らん顔、「我関せず」が定着し、困っている人を見ても手を貸さぬ、席も譲らぬ人間が増える一方、情報過剰で判断できぬ輩が手口を真似する、此れこそ捩じれ社会になって来たのも、報道陣の巧妙争いの結果ではなかろうか。

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報道

 毎日事件の載らない日は無いと言ってよいほどで、出先で事件に遭う、遂に自分の家の前でも傷つけられる。一体どうなってしまったのか、心此処にあらずの振る舞いが多過ぎ、狂い始めている事に恐怖を覚える。凶器が詳しく報道されるが、してはいけない、使ってはならないと窘められるのではなく、考えの無い人にとっては寧ろ唆され、興味を持ってしまうのではなかろうか。判断の出来ない人間が余りにも増えており、何故この様な緩んだ世の中になってしまったのか、人事でなく、人の所為でなく個々に真剣に原因や心理状況について考える時と思う。

 危険物運搬の重大責任を負うている運転者が、被害甚大の事故を起こした。運転者の状況は報道されないが疲労による居眠りか、速度と車の長さ、カーブや合流に対しての感覚の鈍りに依るのか、もし、一般道路上であったとしたら大変な惨事となる。不幸中の幸いは、後続車が巻き込まれなかった事だ。

 斯うした事件に対しては今後の諌めとして、車体構造によるのか、カーブとタンクローリー車体の長さが計算外であったのか綿密に調べ、公表すべきで、車の製造に於いて効率だけを考えての構造であるかも詳しく調べる必要がある。

 エスカレーターも1階から4回まで直通の構造、途中頑丈な支えも(写真上では)無く計算上は確かな出来栄えであったかも知れないが、想定外以上の事には考えが及ばなかったであろう。4人並んでとあるが、個人差あり、計算外の重量で起こるべくして起きた事故と思われる。「念には念を入れ」の言葉を肝に銘ずべきと思う。

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孤独死

 孤独死の遺品を整理する専門家のいる事を知ったのは、放映からである。具合が悪く食事も出来ない、知らせる事も出来ぬ侭、世を去る。何日かして発見され、警察が来て検死ー連絡先が分らねば、遺品整理となる。10分ほど歩く所に実兄が住んでいてもご自身が病んでおり、弟の死も知らず、連絡さえ取り合えない状態であったと言う。

 これから斯うした孤独死の人が増えると思うと言うのは、見回しても40~50代の男女独身者が両親、又は先立たれた片方の親と暮らしている家族が多い。老いた親を看取った後、一人暮らしが始まる。身内は少なくお互いが独身者である例もあり、当然孤独死に追い込まれる。

 長命の親の面倒を見る側も中高年、介護をしている内に共倒れになる。老人介護施設に入れるのが一番と言う人に、「簡単に入れず、空き待ちですよ」 「コネがあれば直ぐ入れるし、入っている人は沢山いる」 「どう言うコネ?」 「議員方、票取りに動いてくれる」 此れには驚いた。党の名前まで出たが、二大党以外の党名であった。矢張りね、と思わざるを得ない。斯うした親切行動を周囲の人達に見せる事で票取りに繫がり、検挙に引っ掛らない方法であり寧ろ感謝されている。

 コネもつけられず、つましく暮らす老人が、ひっそりと淋しく世を去る。以前には在り得ない事である。一人暮らしでもお金があり、病院には入れても地方では医者が減り、病院閉鎖に追い込まれ、入院患者の家族は困り果てているが、一人暮らしの老人は?お金があっても侭ならず病む身にとっての不安は募る。

 一人暮らしでなくとも老夫婦が一人残されれば、同じ状況が襲ってくる。子供に先立たれた人、子供の居ない方々が抱える不安は保証人がいなければお金を積んでも○○ホームと名が知れ、募集している施設にも入れないことも知った。不安を抱えながら老いる人数が増すことに心痛む。

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子供

 投書欄に大阪の中年夫人が電車に乗った際、途中から小学低学年生が一クラス乗ってきた。内心「騒がしく嫌だな」と思ったが、静にしており、空席に誰一人腰掛けない。丁度、前に立った生徒に「腰掛けないの?」 「はい」 「決まりなの」 「お母さんに言われています。先生からも、皆の迷惑にならぬ様と言われています」 家庭教育の大切さを感じさせられた、とあった。

 親によっては席取りを命じ、子供は大人をかき分ける様に乗り込み、席に手を広げ「早く早く」と親は悠然と腰掛ける。混んだバスに乗って来た子供が、席がないと駄々をこねる。席が開くと老人寄りも先に我が子を座らせる。譲る精神などまるで無い親の躾を受けた子供の将来が思い遣られ、情けない。歩けるようになった子供は、立たせておけばバランスの取り方を直ぐ会得する。

 小さい時に親が腰掛られた際、膝の間に体を入れて支え、バランスの取り方は教えられなくとも自然に身につき、今以て、席が無くともバランスを取る事が沁み込んでいる。幼い時の、人間としての教育が行き届いていない親が多く見られる。

 買い物先で、四ヶ月と言う幼児を胸に抱えた親子に出会い、思わずあやした、母親は笑顔で会釈してくれた。子供の瞳は黒く、穢れない美しさに澄んで見えた。生まれた時は皆、穢れなく瞳の如く心も澄んでいる。知恵が付き始めると、して欲しい事を訴える。この時期から人格が備えられる年齢までの家庭教育が一番大切であるが、保育園なりに預ける。せめて三歳児まで親の手元で育てられるよう政策に配慮が為されれば、孤独に悩む少年少女は少なくなるのでは、「三つ子の魂百までも」である。

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思いつき

 高速道路料金が、距離によって金額を決める事は運送に配慮して延期になったと報じている。当然の事、凡人でも知れた事であるのに、財政を満たす為の手段としての思いつきに過ぎないと感じる。

 取り立てる事よりも、無駄を省く方法に考えを切り替える知恵は無いのかと歯がゆく思う。味を占めたら止められない、体に悪いと知りつつも止められない喫煙者の様に、一度なったら、しがみ付いていると見る議員方。人数を減らす声も掻き消え、参院は要らないとの国民の声などは、多人数で勢いに乗っている先生方は猛反対であろうが、無くす迄でなくとも人数を減らす。各省の無駄を徹底的に省く等々

 消費者の声に副い、商品生産の現地名を明記する規定を設けるとか、厳しくするも良いが今迄貼られているラベルが無駄にならぬ方法を考えるとか、聞こえの良い設定に潜む無駄が沢山あり「微に至り細に入り」の知恵を絞って案を練って頂きたい。

 電気料金が、月800円値上すると発表された。大いに家計に響き、さりとて抵抗の致しようもない。料金を下げて喜ばせてたり、上げて家計を苦しめたり翻弄されている。先ず無駄な電力消費の所から消すべしで、広告版、必要以上の照明、特に自動販売機に至っては無駄と言うより贅沢であり、此処での消費電力は大である。

 昔は無かった、然し生きている。「売らんかな」の商魂逞しさに乗せられた消費者は慣れ親しみ、もし姿を消せば不自由を感じるであろう。無い時代は耐えることを弁えていた。何でも欲しいものは直ぐ手が届く所にある事で、贅沢が身に沁み感謝が薄れ、明るさの故に時間制限も無く仕事、遊びと昼夜の区切りをなくし、便利さは生活を乱し始めている。

 思いつきで良い事もあるが、政治面においては思いつき如き政策は動揺をきたすばかりでなく、生活も追い詰められる結果を生む。  政治家の方々、一ヶ月でも庶民の最低額の年金生活者の生活を味わって見られたら、少しは世の中変わるのでは。議員の方々の中には庶民の生活を味わった方も居られようが「先生」と呼ばれる響きは麻薬的心地よさで以前をお忘れか。

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国土

 「対馬は韓国領だ」と韓国側が言っており、政府の対応は、と新聞に載っているが、とんでもない韓国の発言である。歴史上での記録をはっきり示すべきで、小学唱歌にも「玄軍十万、玄軍十万、ただひと呑みに壱岐、対馬、海をおおうて博多の津、雄叫びの音、鬨の声天に轟きて地に亘る……」と以下続く。この後に神風が吹き玄軍の船は覆され壱岐、対馬を奪われる事がなかった事を歌っており、日本国土である事は歴然としている。

 第二次世界大戦時に、玄軍との戦いの折りに吹いたとされる「神風」にあやかり、体当り作戦で一人乗りの飛行機に魚雷を積み「特攻隊」と称して若き戦士達は莞爾として国の為、国民の為、命を賭して飛び立って行った。歴史にある戦いに勝利を得たる「神風」を用い、奇跡の神風が吹く事を願う程、緊迫した戦況であったからであろう。只、単に思いつきで用いたのとは訳が違う。

 今更この様な問題が起きるのは平和にどっぷり浸かった政府の怠慢、真実の歴史を詳らかに伝えなかった結果である。平和は望むところであるが、何もかも米軍指令下に服従し、教科書を墨で塗り潰し、武芸の教育科目は廃止され、憲法も米国の指示の元で敗戦国日本がスタートした。占領下にある時期は疾うに終わっている。独立独歩で歩みだした時点で何故、確かな歴史を、残された日本の国土の標示を為されなかったのかが悔やまれる。

 今に至って、先方の言い分を如何様に押し切れるか、昔であれば戦争になり兼ねない。戦争を放棄した国の真実の証明と、言葉による交渉で先方を納得させられるか、お手並み拝見は国民だけでなく世界が注目する所であろう。

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本音は

 ラジヲを子守唄代わりに付けて就寝しているが、夢うつつに地震情報との放送が耳に入るのと同時位に、ゆらゆら揺れ始めた昨夜半の事である。揺れ方によっては窓を開けるが情報が即伝わったのでニュースに聞き入る。

 始めは被害が少ないようであったが、明るくなるにつけ被害が報じられている。自衛隊が駆けつける道すがら活動を開始しているとかで心強い感じを受ける。朝のニュースで、内閣府特命担当大臣が地震直後一時間半で震源地に向った素早さには驚いた、残念な事に気象状態が悪いため現地に到達が遅れるとの事。

 大変好感が持てる事ながら、申し訳ないが何故かパフォーマンス的に感じてしまった、と言うのは内閣改造とか参院云々と報じられている折、党のアピールと取るのは「ひがみか」党に対しての信頼度の薄れの所為であろうか。

 何はともあれ、個々の動きを認められようと行動に移し、国民の信頼度を増すために努力を惜しまない行動の表現であれば、此れに越したことはない。今回の速やかさが政府の行政機関等の膿み出しにも為される事を望む。

 

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事件

 気温の変化で、何処かで何かが狂い始めているとしか思えない事件が次々、余りにも多過ぎる。「むしゃくしゃするから」 「親が相手にしてくれない」 ご都合主義も度を越し、甘えるなと言いたい。

 何故、斯うした考えを持つ人が増え始めているのであろう。事件が起きると朝から晩まで、翌日も翌々日もニュースの度毎に報道され、凶器や状況までも詳らかに伝え、暗記出来るほど繰り返される。報道する材料が無いのかと言いたくなる。

 分別の無い人には、マインドコントロール宜しく扇動させられてしまうのではなかろうか。報道のあり方も考慮すべきと思う。警察の如く取材者が容疑者の家、関係者まで押しかけ取材する、近所はさぞかし迷惑であろう。

 事細かに取材するなら、火災が起きる原因を詳しく取材して貰いたい。自殺行為以外の火災の原因が、コンセントのトラッキング現象なのか、台所での不始末なのか、漏電なのかを詳しく知りたい。なぜならば、我々の家庭にも起こり得る災害が潜んでいるかも知れない故に用心出来るからである。火災に限り報道は何時も尻切れトンボで、凶器を振るった事件の取材の如く、火災現場も執拗に原因を調べ、各家の火の元への注意を促すに役立つであろうと思う。

 「原因は取り調べ中」で終わるが、分った時点で何々の原因と数行の報道があれば諌めにもなる。交通事故も居眠りなのか、前方不注意か、車体の欠陥なのか詳しい時と事故で終わる事も多く、多くの人に注意を促す役目も果たして貰いたい。

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翻弄

 懐かしい名前をプログラムで見たのでチャンネルを回し観る。四人の女性たちは国の思惑に利用され、華やかな社会に生きる物の国に操られ、悲劇の主人公となる。言い知れぬ苦労を負い、命を奪われたり生死の境を越える苦労の連続に打ち勝たれた経緯には胸が痛くなる。

 昭和十年代、李香蘭と長谷川一夫の映画に痺れ、満州国皇帝の弟君へ嫁がれた浩妃には同情した。戦後、どの様な憂き目に遭われたか時折耳にしたが、想像を絶する苦労を超えられた事を知る。

 死刑寸前に、日本人である事が証明され命が保たれ、88歳でお元気に過しておられる山口淑子さん「ご苦労様でした」の一言に尽きる。戦前戦中を知る年齢者も少なくなり、戦争で蒙る国民の犠牲も知らず、平和に甘んじ豊かさになれ、心までが緩んできている様に思える。今ある日本は貧乏に耐え、世界の日本に伸し上ろうと戦争を選び、敗戦の憂き目に耐え平和を尊んだ結果である。

 昭和20年山本五十六大将がフィリッピン戦で戦争中止を提言しても聞き入れられず、もし7月のポツダム協定を受け入れていたら、長崎、広島の悲惨さは免れたであろうが、軍人等の体面を保とうとする結果は無残であった。

 一見、平和ではあるが、何かと言うと人の所為にする身勝手な人達が蔓延っている。先ず銘々が己を制する事を養う事が必要と感じる。今朝のラジオで、浜松の名誉教授高田氏が、腹立つ時、態度を荒げる時、言葉に出して実況放送をすれば愚かしさに気付くと。早速自分の行動を声にして表してみた。可笑しくて笑えて来た「成る程」 愚かな考えの時、確かに効果はありそうである。

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支援

 曽野綾子さんのエッセーに、太陽光発電システムを送ったK会社の事について電気普及は必要であるが、成功を願うなら危険の予測も必要とある。

 設置されているソーラーシステムが盗まれるが、現地の警察は盗みを検挙する気など無く、国政の乱れた国の特徴で、マウイの田舎の診療センターのソーラーシステムには、日本人のシルバーボランティアが現地に張り付いており、其れをしなければ機能は壊れた儘。泥棒は何でも盗む。斯うした途上国に物を送るのは比較的易しい事だが、機能を働かせるのは至難の業である。修理も技術者も部品もない(以下略)。

 耳慣れたアフリカの国名の奥地で、ランプも無い生活者の子供達への教育に、電気はわざと暗くしているのには、灯りの無い生活に目を刺激しない為と言う。

 豊な食、煌々とした灯り、部屋の温度調節も出来る申し分の無い生活に明け暮れている我々、不自由の無い生活に反比例して心のすさびが目立つのは悲しい事である。

 支援とは聞こえが良いが、本当に送り先の人々に役立っているのであろうか?割り当てられただけを支援し数字上だけで役割を果たす結果となっているのではと案ずる。

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物忘れ

 鶴の嘴が挟みになっているデザイン模様の鋏、20年位前の頂き物であるが何でも良く切れる。筆立て入れに差し込ん使わない日は無いほどに重宝している。

 此れが見当たらない、はて?何時使ったか記憶を辿る。三日前か?いや、ひょっとすると昨日読んだ雑誌に挟まって気付かずにしまったか、最後に使用した状況を思い出そうとしても思い出せず、頭から離れない。もしやと思うところは小まめに探すが見当たらない。目に入ってしまっているかも知れないと家族に協力を頼んで、別の目で見て貰うが無い。とうとう来たか!と少々落ち込む。

 物の間に挟まったかとテーブルの上の物入れも引っ繰り返して調べたが無い。お蔭で整理が出来たものの、疲れてきたのと歳の所為とは言え斯うも忘れるものかと呆れ、情けなくなる。数年前、手入れして人に上げようと思った装飾品が何処へ入れたか見当たらず、其れきり出てこない前歴があるので余計自信が無い。

 仕方がない、他の挟みにしてと、一時諦める事にするとした朝、何と、家族が使った場所に置き忘れていたことを思い出してくれ、無事に手元に戻り安堵したが、それ以上に安心できた事は、無くなると人の所為にする痴呆症の初期でない事に確信が持て、記憶を呼び出そうと、日を追ってじっくり行動を手繰り寄せる事が出来た事に喜べた。

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分を弁える

 14歳で大それた事を仕出かしたものだと恐れを感じる。1,6mの身長であれば体形的には青年と見られるが、精神的には分別の付かない子供と言え、大胆な事をして、両親への嫌がらせと言うだけで、周りへの気遣いなど欠片も無い。自分に汚点を残し妹の将来まで奪う思慮の無さ、こうした思いを抱く原因は?性格の芽は如何して育ってしまったのであろうか。残金8万円あったと言うが、九州まで行き一泊、新幹線で名古屋までの費用を持つとは、何処から得たのか。

 両親から窘められた原因は、女生徒との付き合いとの事。此れだけなら両親が注意するのは当然であるが、其れまでの経緯が問題である。タバコも吸っていたとか、年頃としては大人の行動への興味深々、真似をして見たい衝動に駆られる。然し其れを抑えられる精神的教育を怠っていたのでは?

 高校生になった息子から煙草の匂いを嗅ぎ取った時、「今は親に依存する身、学業を終え一人前として社会へ貢献ができ、給料を貰う事が出来てから、良し悪を弁え、遣りたい事を選んでしなさい」と。友達の誘惑もあろう、自身の好奇心もあろう中でどうやら戦い抜いて育ち、定年まで勤め上げてくれた。

 昔と違い、大方持っているとは言え必要欠くべからざる必需品とは言えない携帯、幼稚園児まで持たせている親もいるとか、並みのサラリーマンの家計では大きな負担である。此処にも貧富の差で持たせて貰えない子供は仲間はずれとなる。見回してみれば、家計を締め上げる出費が多い。上の教育を望めば杉並区の学校では、塾の先生が学校に来て貰い一人授業料¥24,000支払うと言う。

 子供の実力以上の程度を望む親が多いのは、出世を望むが故であろう。役人に、医者にと高給取りにするため共稼ぎをする。本当の家庭教育が為されているであろうか。教育する親は共稼ぎで留守。学校では学べない、人間としての家庭教育が等閑になっているように思える。

 事件の多い昨今、此れからの日本を背負う子供の親御達、大丈夫と思っておられても、お金では買えない、親でなければ教育できない大切な人間教育を見直す時であろう。

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漁船

 漁船が油高騰の為、漁獲に出られず魚が売り場から姿を消すと報道されている。庶民の口が肥え、昔は食べられた魚が沢山取れても売れないからと山積みの魚が棄てられているニュースは、つい先頃。

 「エンヤラ、エンヤラ櫓拍子揃えて、朝日の港を出で行く漁船」と歌にまで歌われた漁港の朝、消費者が多くなった為か、新鮮さを早く届ける為か、油で動く船に姿を変えたのは何時頃からであろう。すっかり機械化され、即冷凍保存され、新鮮な味は通常の事と慣れ、市場には輸入物を交えて種類豊富に店先に並ぶ。

 生物ゆえ、何十%は処分される状態は毎日毎日続いている。豊魚であった鰊も鰯も近海では獲れなくなり、80%近くは輸入に頼っているという。今朝の報道では、アフリカの沖合いまで遠洋漁業に出ているとのことに驚く。

 日本の食の90%以上、輸入に頼っている日本の食料に恐怖を感じる。漁民の方々にとっては死活問題であろうが、魚類にとっては繁殖期を与えられたと思っているかも知れない?

 有り余る食量に慣れきった国民への警告の始まりではなかろうか。魚に限らず、食品店から期限切れで廃棄される分量は莫大である。一方では、食に飢え5歳まで命永らえぬ飢餓の国もあり、勿体無さを真剣に考え、食生活への驕りの見直しの時期であるのではと痛切に思う。

 ガソリン値上で、高速道路が5%少ないとの事、使はずに済んでいる人がいる。煙草も1,000になれば禁煙者も増え、健康が保たれるであろう。不自由をして見れば、如何に物の有り難さを知り得よう。良いチャンスかも知れない。

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袖の下

 何時の世でも「我田引水」の為に袖の下を遣う醜い行為は止まない。又もや、教育者たる者が行うとは、だが「蛇の道は蛇」で内容を知り尽くしているから容易く出来、通々であるから、ばれる恐れは無いと思っていたのが、何処からか通じ、露見となってしまったのであろう。

 何十年も前からもあった話、「試験は受けて下さい。もし、合格したら百万円学校へ寄付して下さい」 「勿論です」。勿論合格しているのが通常とされている事を耳にしていた。学校への寄付で聞こえは良い。

 袖の下を遣って親の虚栄心を通した所で、袖の下を遣わねば入れないような学校に入れても、果たして内容について行ける学力があるのであろうか、勿論、最後まで袖の下が巾を利かし、難無く卒業出来るかも知れないが、学校が誇りとする教養が身についているであろうか、この親にしてこの子ありで自分の程度より、学校を出たことだけで傲慢になるのではないかと案じる。

 金銭をばら撒き、望みを叶える醜い野心は選挙を始めとして至る所で見られる。受ける側も出す側も凡て慾に引かれて誘われ、適切な判断力を失ってしまう。詐欺に引っかかるのも元は慾が凡て原因となっている。

 宗教家に至るまで金銭が纏わり付く。説教は学んだとおりの話し上手であれば偉さを感じ、その人の内面を見破れず、汁を吸い取られている件が目に付く。宗教家に限らず人を教える側に立つ身は、先ず己を制すべしである。

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介護側

 介護に関しての放映で、限度額の一割支払えば良いと聞こえが良いが、限度額を超える費用は可成嵩さみ、介護者側の金銭的負担と労力は限度を超える。夫を介護する老妻の現場が映し出されていたが、相手を突き刺し自分もと思った事もあり、老夫婦の切羽詰った事件の心中は良くわかると語っていた。

 介護経験者として芸能人が出席していたが、介護の辛さでの優劣はないが、費用の点では一般人とは異なり苦労の度合いが違い、ヘルパーに依頼する度数も違ってくる。家庭に引き取り家族での介護は夫婦のみでの生活者が多い近頃では、負担は重い。まして年金生活者では生活費が脅かされ、介護ランク内での利用となると入浴度数も侭ならず、清潔を保つには別料金が必要とし、とても賄いきれない。

 役所からの介護ランク査定では、本当の状態数値の認識不可である。こうした事がわかっていない調査人が判断してのランク付けである故、された側としては堪らない。

 一人暮らしの友人が認知症で可成進んでいると感じるが、福祉の査定では軽くみなされている。時折電話するが、うけこたへは、ああ言えば、こう言うで上手に会話が弾むが、何時も同じで録音されている如くで話している相手は認識できていない。最近電話するがコールしているが出ない、二日夜昼かけても出ない。福祉へ電話したり、民生委員に電話、別居している未亡人となった息子の嫁と連絡がついたと報告があり、嫁さんの電話は個人消息は漏らせないと教えてもらえず、私の電話番号を嫁さんに知らせて其の人から姑の消息を知らせて貰えまいかと依頼、漸く様子を知りえた。

 個人情報は知らされないと言えども、この間3~4時間、もし、孤独死でもしていたとしたら、何日も発見されない記事が載っていたがありうる状態と分る。近所が見守るとは謳い文句、手が出せない決まりのがんじがらめ、介護の決まりも実際介護苦労で苦労している人の手助けにはならない決まりの厳しさ、誰が如何して決めたのか、一時間でどれだけの介護の手助けが出来るか、金取主義としか思えない。自衛するのも年齢や病は容赦なく襲ってくる。机上論でなく心の通った決まりは出来ないものか。

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応援

 来る日も来る日もホットするニュースが無い中で、子供の投書欄では(12~17歳)確りと正しい意見が出されており、此の儘素直に成長して欲しいと願い、さぞや家庭教育が行き届いておられるのではと感じる。

 洞爺サミットも近づき、物々しい警戒に当たる方々のご苦労は一方ならぬと察し、無事終了を願う中で、議長としての福田総理のご緊張も如何ばかりと拝察する。ニュース、新聞にても厳しい批判や推測が後を絶たぬ中に、成功を祈り労う言葉は見当たらない。

 昇り詰めれば引き摺り降ろそうとする人間の心理は分るが、事、此処に至っては健康に留意され、無事大役を果たされる事を願い、祈る。

 言葉尻を取っては批判し、煮え切らない、のらりくらりとしている、評価は下がったと数字が出る。良い事は一つも出さない。聞いたり読んだりしている者は乗せられてしまい、正しい判断は出来かねる。太っ腹でなければ政治家は勤まらないとも聞くが、神経が繊細であれば挫折している。

 批判は無責任に幾らでも出来る。国民はニュースや放映にて報道者や政治家の言葉から様子を窺い知り、時を経、結果で苦しんだり納得したりしている。報道の方々も重箱の隅を突っつく事ばかりでなく、たまには良い事を探し出して成果の上るよう、褒め言葉も必要ではなかろうか。(褒める点が無いのかも知れないが)親は子供を叱るばかりでなく褒めて育てよとある如く、厳しい批判の中に褒め言葉で煽てて良い政治を行はせる手もあるのではないか。短期間で、目まぐるしく総理が変わるのは日本の恥でもある。

 兎に角、サミットを成功させるべく手腕を期待し、総理の健康を願い、無事に終わる事を国民一丸となって応援する必要の時と思う。

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国産

 又もや国産と偽って堂々と出荷、丑の日を前の出荷は水際で食い止めたものの、もし、見付からなかったら大儲け、笑みは止まらずであったろう。「国産」との銘に弱い消費者を容易く騙し通そうとの魂胆が憎いし、「国産」の二文字に弱く、すっかり騙されている事に腹立ちを覚える。

 然も、国産となると値段も高い。値段が高ければ本物と信じ込んでいる消費者の泣き所を掴んでの悪徳商人の尽きない悪知恵、全く参ったである。

 今朝のラジオで、90歳で水泳連合の会長をしておられる女性の談話を聞いた。ご自分の管理には徹底しておられ、食事は一切既製品は使わず凡て手作り、日常の時間割に従って行動し、起床から就寝まで体温、血圧、体重、食事のメニューまで記録し、水泳は少なくても日に40分はなさると言う。見習いたいものである。

 我が家でも手作りは多いが、先日クイズ番組で11品目の竹の子を始めとし、キュウイ、大豆類、葱、レモン、その他の中でパセリだけが国産100%との事。殆どが輸入に頼っている現状のなかで、業者は利益を労せずして生む「国産」名に仕立て、濡れ手で粟の掴み取りを狙った悪知恵には恐れいる。

 表示活字も信じられない状態になっており、知恵比べの仕様もない。含まれている薬品に打ち勝つ体力も養い様も無くなってくる。せめて休耕を蘇生させたり、人気のない魚が豊漁、廃棄しているのを利用するとか其の方面に知恵を絞り、我々も贅沢に走らぬよう慎むより手は無い。

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真相

 番組で、歴史の真相を放映しているので覗いて見た。真実を思わせる書物も公開され、事実である事を証明しようとしている。篤姫が三人も毒殺していたとか、「篤姫」の放映中であるため驚きでもあり夢が壊されたような思いがした。

聖徳太子が日本人でなかったとか、上杉謙信が女性であったとか探り出せば限がない。以前聞いた事は、義経が八艘飛びの史実によっての想像か、事実か? 蒙古へ渡って生き長らえクビライが当人だとか、色々説はある。沖縄に頼朝が上陸していた記念碑が映し出されていたが、戦略的な意図からであろうか。

 正真正銘、純粋な血統を受け継いでいる日本人はいるであろうかと思うのは、蝦夷、熊襲、土人((古来の原住民)と南方系、秦国時代、朝鮮等から文化を入れるため招聘した人々が定住し、血統が混ざり優秀な日本人が出来上がって来たのではなかろうかと、私の想像である。

 何故かと言えば西郷さんは南方系の顔立ち、九州、関西には中国、朝鮮系の顔立ちが多く、私などチャイナ服を着ると中国人から話しかけられる。地方によって骨格が異なるように系列を調べれば苗字の出所と同じく興味が湧く。

 で出しはともあれ、二千有余年団結し今日の日本を形成してきた我々の先祖に対し、敬意と感謝を表し、危うさを感じる現状を何とか立て直すべく、政治家を始め、国民一人一人が先祖に恥じない国であるべく、目覚める時と思う。

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引き換え

 今迄の事務上の手抜かり、ずさんな遣り口、果ては社保の役人が横滑りとか、洗い出せば切りなく出てくる不始末を調べて糺すには、何億もの費用を要すると。後期高齢者の問題改善策を講じると今後、消費税を3~5%上げなければ採算が取れないと耳にした。

 何となく駆け引き的言葉に政治家の巧みさに「やっぱり」と感じる。高齢者を優遇する財源はと、捻出方を打って出た。今の状態に追いやったのは数年前に遡るにも関わらす、現職大臣が攻め立てられるのも誠にお気の毒。失敗だらけの仕事をしておきながら、高給に甘えた人々は口を拭っており名前も出ない。今、とやかく批評する野党の輩も、数年前には同じ穴のムジナ、批判どころか共に国民が納得する対策を協議すべきではないか。

 幾ら高齢者が騒いだ所で税だ、物価高だと懐は冷えてくるに引き換え、今迄、高齢者達が納めた税金で無駄遣いし、大変な役職と言えども高給を取り、庶民には及ばぬ豪邸に暮らし、不自由なき食生活を営んでいる。今日の原因を構成した人達の退職金を返還して貰えまいか。天下りで職場を変える度に付く高額の退職金も、率先して吐き出して頂きたい。別荘を買われておれば売却してでも戻す行為を示して貰えば幾らか国民の、特に税金を長年納めて来た高齢者の腹立ちは治まろう。如何であろうか此の案は。

 

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原点

 温暖化、CO2と騒がれ、国内産の食品たるや生産量は僅か3割に過ぎず、凡て海外に頼っている現状とか。減反制度が徹底し、跡継ぎは家を離れ汚れ仕事は好まず、一旦楽な仕事に着けば再び戻る人は殆ど居ない。例え戻ったとしても畑だけでは生活が難しく、戻りたくても戻れない状況が阻んでいる。

 辛うじて踏み留まっている農業生産者は、需要者の好みを満たす為に、季節外でも収穫できる各種の野菜作りに苦心する。結果としてはCO2を排出、石油値上がりで値上を余儀なくされる。消費者は物価高に悩み、安い輸入野菜に走るの悪循環。

 戦前を思えば戦地に駆りだされ男手のない農家には学生が田植や害虫取りをし、収穫は国防婦人会が稲刈り、脱穀と手伝う。寒い土地意外は二毛作、麦踏を手伝ったり、麦刈りの後が田植となる。田圃の畔には枝豆が植えられていたが、今のように機械での田植では細かい作業は出来ないらしい。

 昔と違い、凡てが良質になり、贅沢な味に慣らされた舌は更に上を望むが故、肥料に費用をかけ、品物高は留まらない。原油が高くなり、生産国は出し渋り、値上に拍車を掛ける。地下資源の埋蔵も限りありで更に獲得権の奪い合いの兆しも見える。こうした情勢の中、少しでも自国生産で需要が満たせるべく、国を挙げて国土利用に力を注ぎ、消費者も生産者も凡てに於いて協力すべき時と思う。

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海亀

 海亀のメス化について報道され、絶滅の危機が心配されている。29・7度の温度が性の分岐点で、最近の温暖化でメスに変換する海亀が多く、叉産卵の場所も荒らされ減少の一途を辿っているとの事。

 海亀ばかりでなく人間の良識も崩れ、事業への意欲は貪欲に変換されて来ている事に驚く。個人エゴ、集団エゴ、企業エゴ、地域エゴ等が野放しになっているとも報道されているが、範を示すべき大人共がエゴの醜態を曝け出しては、全うな次世代が育てられる筈が無いが、「他山の石をもって、玉をおさむべし」と受け止められる次世代が如何程居ようか、諭すべき年代が狂い始めており、他山の石とすべきを諭せる年代とは同居しておらず、伝えようが無い。

 小学生の投書に、「ハンドルが絡むように置かれた自転車置き場で、買い物をした人が自転車を出そうと苦心していた折、横の自転車がドミノ倒しとなり、この少年はどうして良いか分らず、すくんでしまった折、一人の青年が飛んで来て体を入れて倒れてくるのを止めた行為に、自分もそうした大人になり、困った人の手助けをしたい。」と。美しい行為に見習う決意をする少年の言葉にほっと心が癒された。

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何故

 又もや惨事。最愛であるべき家族を最悪の、しかも団欒の家庭を悲劇のどん底に沈めるとは、何故?考えられない。

 確かにお父さんは臭い、嫌いだ!側に来ないでと言う今時の家族の会話を耳にする。私の育った年代では在り得ない表現であり、禁句でもある。一家の柱たる主人、父親に対して妻は仕え、従い忍耐して過す姿を子供達は母親を憐れみながらも、父親とは偉い人と、尊敬の念を持たせたのは母親の子供への教育の一端であり、父親の権威を保たせ、父親の許可がなければと我儘も抑えられて来た。

 然し、権威を持たせず「女、賢(さか)しくて牛売り損なう」的で、権威は母親が持ってしまう家庭が多い様だ。女性の進出は大いにあるべきだが、一家に於いては主人の価値を高める、主人は主役、女房は脇役に徹する事で丸く収まる。

 生まれも育ちも異なるもの同士が結ばれ、凡てが満足である筈がない。お互いの不足面を補い合いつつ家庭を築き、次世代を確り育てる責任がある。「父さんと母さんとどっちが好き」と問うのも愚かであり、夫に対しての愚痴を子供に聞かせること自体母親失格と言いたい。子供の父親の悪口を聞かせて良いであろうか。夫への不満は耐え、子供が長じて判断がつく年齢になってから話せばよい。

 「邪魔者にされている」と、父親としての存在感も失せ、必要とされない孤独感に苛まれ、分別力を失い惨事を引き起こしたと推測する。誰かに胸の内を話せる人でも居れば悲劇は起こらなかったであろうが、居場所のない孤独に追いやられ凍り付いてしまっては人に話すことも出来なかろう。再び悲劇の起こらぬことを願って止まない。

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繰り返し

 飛騨牛と偽ったり、上肉に見せかけたり見付からなければ手段を問わずで、利益に走る遣り口は後を絶たない。使い回しも次々と、果ては注射針まで、「お前もか」である。

 銘柄に拘る人、高級志向人も多く、贅沢を良しとする人々へ高値で取引できる商品は、商人にとって絶好の儲け口である。銘柄といえば偽物を出されても判別出来ない裸の王様其の者を見透かし、手玉に乗せ、乗せられて、何億と言う利益まで与えてしまっている。

 贅沢は敵だと質素を旨とし、物資不足の折には配給で手にする肉たるや、干乾びた様な肉切れでも行列を作って配給を手にした。二・五合の米の配給では足りない家族は米と肉、砂糖と交換した時代から見ればまるで夢の話。

 TVで与野党、評論家達での討論で「吉兆の使い回しも客でなく従業員に与えるか、持ち帰りの容器を渡せばよい。詰りは利益計算に走った為だ」と。現在持ち帰りの容器を要求しても、食品管理上渡せないとの返事が返ってくる事をご存じないのでは?叉、恐らくご自身が容器を要求などしたことも無く、現状をご存知でないから容易く仰る。持ち帰りたくも持ち帰られない現状をご存じない。

 実際に残して行く事にどれ程勿体無さを感じる事か、容器を請求し持ち帰った者の責任にして渡せばよい。中毒は持ち帰らなくても現場で起きている。何時何処で制度が決められたのか、元は何処から発進しているのか、制度其の物を変えなければ延々と続くであろう。賞味期限も遣いまわしに繫がり棄てれば大損、利益に走っての結果ではあるが、根本のスタート時点での思惑の狂いが末広がりの悪影響を齎しているように思える。

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禁止

 吹き抜けの屋上プラスチック製の蓋の上にのぼり、12m下に落ち命を落とした小学六年生のニュースが流れる。上ってはいけないと注意事項が張られてあるが、設置上のミスは無いか、点検はと原因究明に走る。歩数測量の実験に、引率者は一般道路より安全な屋上を選んだのであろう。運動場では出来無かったのか状況がわからぬが、不幸な結末となり引率の女教師は、身の置き所亡き思いであろう。

 以前にも上ったとされる数名の靴跡があると報道された。4ミリのプラスチック製半月型の蓋の下には、金網入りの強化ガラスが張られていたと言う。よもや上るまいとの一般的良識感覚で設計され、安全が確認されて設置しているであろうが、耐火壁、強化ガラス、万年トタンと評されるタキロンにしても、出来たてのテストは計算以上の出来栄えでも、日光や雨風に晒されてからの結果は未知である。

 設計ミスは無かったか、点検は怠っていなかったか、柵はしていなかった、今後屋上は閉鎖と、より安全を期し、事件の起こらない事への策を練り、親も多分我が子の落ち度より、引率者の落ち度へ目を向けるのではなかろうか。安全を願は無い者はいないが、乳母日傘的では逞しく克つ、如何に好奇心がそそられても禁じられている事は絶対してはならぬ自制心を養えるであろうか。

 折角の命を亡くし、将来を楽しみに育てられていた親御は悔し涙や、監督不行き届きと恨みは尽き無い事と察するが、側にいた子供達の中には禁じられている事を破った結果を心に焼き付け、常識ある人間として成長して欲しい。心痛む事件である。

 当世代の学校の贅沢と思われるほどの建築、設備には驚きの他無い。 

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ジャム

 1kの梅でジャムを作ったのが上々なので、更に2キロの梅ジャムを午前中かかって作り終えた。壜に詰め、したり顔で眺め、ヨーグルトにかけて良し、パンに好し、薄めて飲み物に良しと満足するが、トルストイの靴屋の物語をふと思い出し、人間の計画の儚さを思う。

 さりとて生かされているからには健康保持の為、あれこれ慮る必要もありと、被災者方達の不自由な生活であろう事に思いを馳せ、平穏無事である今日に感謝する。

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執行

 鳩山法相の決断により執行された事で、賛否が載っており、宣告を受けた人の恐怖を覚えたとの文面もある。命を絶たれた幼い方々も20年後の今日、立派な社会人となっておられようし、生きて居ればと歳を数え、遣る瀬無き想いに涙しておられよう。

 人権云々と弁護士は言うが、殺害された側の人権はどうなると言いたい。死刑より終生、悔いに苛まれた方が本人に取っては辛いと言う人もいるが、遺族に詫びの一言も無いとの事、無残な事を平気で行う人が己を苛むほど後悔しているであろうか。衣食住の心配なく20年もの歳月を養ってきた費用は何処から出ているのであろう?書くまでも無い。

 再び戻らぬ人の命、まして将来ある幼子を恐怖の中で殺される瞬間、思うだに恐ろしい。人を殺めれば己の命と交換しても罪は償い得ないことを深く知らしめる為にも、法に依る裁きを現代人に知らしめるべきと思う。

 以前には悪い事をすればと、裁きの恐ろしさを知らしめる絵図などがあり、小さい頃から「嘘は泥棒の始まり」と戒められ、お天道様が見ていなさると年寄りは厳しく言い聞かせた。まして人を殺めれば狂い死にするほど良心の呵責に攻められると諭され、幽霊に脅かされるなどと、悪に対しての報いの恐ろしさを、何かにつけて見聞き出来、悪い事はしてはいけないと刻まれてきた。

 諭す年寄りとの同居も無く、怖いもの知らず、自分の勝手が通らなければ人の所為、世間の所為にする我儘を増長させてしまっているのは何が原因であろうか?「三つ子の魂百までも」の言葉の意味は深い。親となる者が、育む愛と、良識を確り植え付ける責任があると思う。

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天災

 予期せぬ事に命を落とす出来事が、天災、人災と続いており遣る瀬無い。明治時代にも、岩手地震と同じ日に三陸津波が起き、揺れは酷くないが20mの大津波で多くの被害が出たと報道していた。昨夜9時過ぎに震度2、震源地は埼玉で発生の深さが深いので揺れる地域は広範囲ではなかったとの事。

 四川に引き続き岩手の崩れ方を報道で見るに、むき出にされた山肌の状態では面積は兎に角、同じ状態と思える。学者に因ると地層が老朽し始めていると。何億万年もの間に地続きが離れて列島が出来、大陸が分裂して五つの大陸が出来たと聞く。それ以来地図を変えるほどの変化は無いにしても、爆発による新山や、形の変化はあるが温暖化による気象の変化は、地球上を蝕み始めている様に思える。

 昔、断層地震が起きた時、トンネルを掘るから地震脈に触れたのだと言う人も居た。山間の山の斜面に延々と続く舗装道路は無残にもズタズタに絶たれ、谷間に架けられた道路はへし折れ、叡智を尽くした工事も天災には敢え無い。一瞬の間に命を亡くし、家を失い山間に取り残された住民達の恐怖と悲しみは察するに余りありで、折悪しくその場に出張した方も居られ、20m.下の転げ落ちたバスの中でも九死に一生を得られた方もあり、生死の境の不思議さに思いを寄せる。

 今日も無事に居られる事さえも不思議に思えるが、地震国と知りながら依然と高層ビルが建つ国との記事を見、高い所を好んで住む地震国であることを認識しない人も多い。未だ克ってない揺れ方の数値であるとの事、もし、東京に起きたとしたら被害は想像もつかないと結んであった。

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警鐘

 親が作った作文で賞を取り、親が描いた絵で褒められ、親の希望校に入り良い成績を取る為に勉強を強いられても、追いついてゆけぬうちに孤独感に苛まれた様子を紙面で知る。

近所でも小学校で優秀、東大コースの中学に入るが各所から集まる秀才児には追いつけず、今では勤めもしていない様子。親は自分が叶えなかった夢を子供に託し、自分の成績はさて置いて子供の成績向上に懸命過ぎ、自分の物差通りに仕上げようとする事で子供へ負担が掛かる。子供が望む、望まずに関わらず軒並みピアノを習わしている時代があり、長じてはピアノは飾り物となっているのと同じく、親の理想を叶えてくれる子供は少ない。

 昔は皆貧しく、つましい暮らしであり、大学へ進むのは学級で一人か二人、中学へ行くのも7~8人高等小学校へさえ進まれず、小学校で丁稚や子守に行かされ、紡績工場へは前金で集団で就職した。どうしても勉学の心止み難く通信教育で中学を出たり、書生として住み込んで大学を志した。皆真剣で苦労が人を育て、恩義を感じ貧乏を糧として努力した人々は今の大きな会社の基礎を作っている。

 今の親達は子供のためを思って、子供を知り尽しているであろうか、わが子であっても子供を真底、理解できているかが疑わしい。何故なら、何処其処の学校へ、少しでも誇りたい虚栄が心底で渦巻いている事が子供へ大きな負担となる結果を生んでいるのではなかろうか。良い学校を出なければ良い就職が出来ないという社会も悪い。人を見る目を持たない。学業は優秀でも役立たずの人もいる。秋葉原の事件は、社会の求め方も親の認識も狂いだしている事への警鐘と感じる。

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自制国政

 CO2を減らす行動に対して討論会の放映で、個々で工夫し合ってて協力すべき自制組みと、国が制定して守らせるべきとの意見の国政組みで比率は後者のほうが多かった。現在状況では両者必要と感じる。本来なれば国で制定せずも、自発的に協力すべきと思うが、余りにも無関心な人達が多過ぎると感じる。

 何故ならば、ごみの収集場を始め散歩道、観光地を見てもわかる。果ては登山道に至るまで依然ゴミを捨てる人が耐えないと、登山家の野口健さんは嘆いている。ゴミの分別に協力し、食べ物を無駄にしない(ゴミを減らす)、節電に工夫を凝らす等々課題は多いが、制度が無ければ認識できない人達には国の制定も必要であろう。一人一人が実行する事に協力すべきである。

 家庭におけるソケットを小まめに引き抜くとか温水器のスイッチを夜は切るとか指導しており、成る程と身辺の無駄遣いに目を向け節約に励むものの、ライトアップ、イルミネーション、ビルの窓に遅くまでつく明かり, 放送局の温度調節(出演者が上着を着るほどクーラーが聞きすぎていると発言)、紙の無駄使いも気に掛かる。

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利己

 賂(まいない)と言うか、袖の下と言うか欲望や願いを叶えて欲しい魂胆から付け届けをする。同じ付け届けでもお世話になった感謝の礼を尽くしての付け届けもあるが、得てして前者の方が現世では多い。

 タクシーの運転手が回数多く利用して欲しいばかりに付け届けが金子に迄及んでいるとのニュース。貰えば情にほだされ利用するの繰り返し、この情報が流れ、我もわれもと右に倣う。差し出すのを受け取るから繰り返され、成績を上げんが為に高額で釣り上げ、引っかかる輩が増えるの悪循環。

 業務上残業ならで、飲み屋で酔い潰れても利用するタクシー代。何処から支払われているかも問題である。役人の特権とばかりに乱用乱費は許せない。上役人が変わっても、従来の習慣に慣れた人々の突き上げに押し潰されるのが今迄で、変えられ無い。

 大阪の橋下知事が突き上げに頑張っている。お手盛り給料で生活費が緩んでいるのを引き締めるのは大変ではあるが、借金を無くす為に捻出場所は先ず身内から節約すべきで、逆らうのは可笑しい。

 「貰い乞食」と言う言葉があった。貰う事になれ、貰わなければ不服に思う人間の浅ましさ、袖の下、付け届け、席に甘んじ横柄になって行くのが人の常。よほど己を引き締め公僕たる事を肝に銘じ、上役は下積み時代を思い起こして自制して行かねば、醜い行為は止まらぬであろう。

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納付通知書

 昨日、固定資産税納付通知書が届き、値上がりに驚く。後期高齢者保険料が安くなった人は、固定資産税を払っているから安くなると聞き、安くなるに越した事はないと3,000程度でも助かると通知を見た。然し、敵もさることながら抜かりは無い。下がった分の倍以上跳ね上がっている「お主、中々遣るのう」!抜け目は無い手立てに、国民の声を受け止めているように審議などしている底で確り計算がなされている。

 丁度、浮き草が風で水面に漂っている下で確り固めている土壌の如きと思う。新しく迎え入れられる「長」と証する人の提案は、従来の役人の攻勢に新案は合えなく押し潰されてしまうことが大方らしい。古参の役人の意地悪である。

 辛い経験を思い出す。斬新さを入れたいと招かれて室長を受け持つたが、配下の人々の言葉には出さない行動での反抗に閉口したが、意思が伝わるまで一年猶予掛かった。執拗なまでの忍耐と努力が必要であるが、政治家の世界では、反対勢力に押し流されてしまうのであろう。

 後期高齢者保険の見直し論が出ているが、此れと引き換え如くに消費税問題が浮上している。8%になれば生活は苦しくなる。今でさえ食品類は軒並み値上がりで、更に消費税が上れば見なおしとかの甘い言葉で悦に入っては居られない。どうしても上げざるを得ないなら、食品以外にすればと思う。何故なれば、雑貨娯楽等は節約できるが、食は一日たりとも絶つ事は出来ない。

 高給取りの政治家達には、庶民の暮らしはわかるまい、庶民から成り上がった御仁達は豊さに慣れ染み、真剣に考えないであろうと思われる節がある。

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茶道

 短期間で、首相が交代している国は日本だけだと評しているのを目にした。確かに、協力より引き摺り落とそうとする粗探し的な言動が多く感じる。協力の有り方によっては次期政権を委ねる思いが強くなるのではなかろうか。現在では交代にしても、現状維持にしても国民は迷うのでは、どの社会でも「長」となる者は孤独である。強かな精神力と信念が無ければ努め遂せるものではない。

 舛添大臣も真剣に取り組んでいることが解るが、褒め言葉よりけなし言葉が多く飛ぶ。ある程度強かな根性がないと精神的に参るであろう。応援するより引き摺り下ろそうとする輩が多いのは、仕事上の世界には付き物である。

 茶道会の大御所がこれ等の事で歎いていた記事を見る。昔の政治家は多少の野次に左右されず、世相を見極め、どっしりと構え茶道を嗜み、茶道精神から学ぶ余裕を備え持っていたと。

 「十人十色」様々な思惑を取りまとめて行く事は並々ならぬ事ゆえ、支えて良き方向に纏める協力者は居ないものか。解散だ選挙だと、どれだけ無駄な税金を費やせば気が済むのか、政治は遊戯ではない。国民も耳障りの良い言葉に惑わされず真剣に耳を傾けるべきと思う。

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未知

 南アメリカで、違法森林伐採によりブラジル側の密林に追い込まれ、文明との接触を持たない部族が住んでいると言う。上空を通過する航空機を見つけた人々が、「槍」如き武器で攻撃を仕掛けているように見えると解説付きの写真が掲載され、ブラジルの国土は広大なので外の世界との接触を拒む集団が未だ存在するらしいとある。

 終戦後間も無く、アメリカの宣教師と其の家族十数人がアフリカの奥地に宣教と開拓に入ったが、殺されてしまったとニュースで聞いた。横浜で開かれているアフリカの五十数カ国を知るフェスティバルの様子を垣間見るに、凄い発展振りに驚く。然し彼の国も広大であり、中には奥地の部族民達は取り残されているやも知れぬ。

 文明の世を知るのが幸せか、全く現世界を知らず、未だに原始的な生活に甘んじ、未知の世界に住む事の方が彼等にとっては幸せなのかも知れないが、開拓が進むに連れ、やがては追い詰められて行くであろう。皆殺しのニュースから六十猶予年経た今日、文明に染んでいない人達の居る事に驚きを感じた。

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 竹刀で叩かれた痣が問題となり協議された結果、三ヶ月の減俸処分でマスコミ連が、とやかく醸している。評価は様々であろうが、昔で言えば当たり前に行われており、これ程の騒ぎにもならず体罰を受ける側も耐えた。

 軍隊では重営倉に入れられ、瀕死の境をさまよっても一言の抵抗もならず鍛えられたと言う。軽い罰にしても一人の失敗はグループ全員が同じ処罰を受ける。其の厳しさが、仲間に迷惑を掛けないようにと精進する。隊長によって処罰は個々に異なるらしいが、平手打ちは軽い方で両ビンタは言うに及ばず竹刀は勿論、銃剣の石突で小突かれたと聞く。悔し涙を飲み辛さに堪え、強く逞しく一人前になった。

 小学校の頃は宿題をしなければ水の入ったバケツを両手に持たされ、立たされる姿を見て、宿題を忘れないように励む。答えが拙ければその場で立たされ、涙を流せばビンタが飛んでくる。忘れられない光景で、四年生頃と記憶するが、毎回宿題を忘れる女の子、理由を問われて答えなかった。いきなり、お下げ髪を手に巻き、講壇の端から端まで往復引き摺った。その子は泣かなかった。教室はシーンとした。翌日、顔を腫らして登校して来た姿にに偉いと思った。小柄であったが根性がある。家は貧乏で子守で思うように宿題が出来なかったのではと後で解るが、やる気があれば子守しながらでも出来るとの躾であったと思う。親からは不平の一言も無い。

 成績は伸び先生に笑顔で見送られて行った当時の事をまざまざと思い出し、今の世であったら豪い騒ぎとなるであろう。「叱る」のと「怒る」とは異なる。「躾」と称して鞭も良いが、然し思う様に成果が現れないからと言って、腹立ちの感情を籠めての鞭は「躾」ではなく腹いせである。どうやら今回の件は後者と見る。

 子供に対しての暴力的鞭は、得てして親の鬱憤の捌け処どころとしている向きがある。相撲界に於いても同じく言える。鞭は悪いとは思わない。本当に心を籠めての愛の鞭を揮い、立派な師弟を育てて貰いたい。子供を持つ親御さんにも願いたい。

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エクセル

 友人がエクセルの使いこなしを教えに遠路わざわざ訪ねて下さり、月謝と時間を掛けて学ばれた事を惜しげもなく伝授下さった親切に心から感謝。「百聞は一見にしかず」と一生懸命覚えた積り、テキストもコピーさせて貰い、分かった積りでは居るものの、実践となるとどれだけ呑み込んでいるかが危ぶい。

 数式とやらを入れると一瞬にして望み通り表示される賢さ、操作を覚えれば容易く出来る計算、覚えるまでの知能を働かせても後は楽々、計算能力は、はて?後退せねば良いがと愚かしい考え「下手な考え、休むに似たり」であろうと一人苦笑。

 何はともあれ近親者達の生死の年月日を含めた住所録でも作成し、脳の鍛錬としての挑戦とする。

 与野党の行動が新聞ニュースを賑わし、評論家達は思いのままを口にし、政治家の弱者の味方紛いの甘い口に乗らぬよう「言うは易く、されど行うは難し」であり、我々は良く見極めねば、エクセルのように確かな答えが出るには難しである。

 

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民生委員

 年一回、高齢者のみの家族や一人暮らしの高齢者の住まいを訪問して安否を問う役目を担っているが、元気な年寄りが多い昨今、高齢者との言葉の響きにさえ反発を顕わにする人も居ると言う。

 調査票を見るだけで70歳になりたての人は「エッ」と驚く言葉の中に認めたくない、未だ若い、内心はこの枠内に入りたくない気持の動きが出る事は経験上読み取れる。「元気だから回って来なくても良い」とか玄関内にも入れない人もいたり、老人の生活状況を知ることに大変な思いをするらしいが、中には一人暮らしの方は歓迎し来訪を楽しみにしている。

 知人で一人暮らし、民生委員も福祉の人も門から中に入れない。尋ねる時は前以て電話し開けて貰うが、至極健康ではあるが最近、少し痴呆が混じり、判断がつきかねる様子に委員には連絡して様子を見て貰っているが火の元が心配である。

 民生委員の活動範囲も昔とは異なり、プライバシイの侵害とならぬ線が引かれているらしく、訪問を受けても玄関内に入るのを遠慮される行動を余儀なくさせられる老人側の横柄さもある。

 年金問題にしても然り、言論の自由とばかりに言いたい放題と受け取れる発言が多い。ならば、如何すれば良いかとの名案は少しも出さず、言葉の虐めに過ぎないとも感じる。怠慢と言うか「人の金は我が金」と思い遣りの無い計画の付けが凡ての面に大きく被さって来始めている様に思える。

 勿体無いの精神を忘れさせ、使い捨てや消費者は王様と煽りたて、自らの首を絞める結果を招きつつある現在、今なら幾らか間に合うであろう「勿体無い」の精神を徹底させるべし。最近、食堂での割り箸を使わない所を見かける。他も大いに実行して貰いたい。

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苦悩

 小泉信三展を昨日、娘夫婦が見に出かけた。警官が立並ぶ物々しい雰囲気に、何事かがあるかと立ち止まると、手前の車線は車がストップされ、間も無く二台の黒塗りの車が通り過ぎ、瞬間的に二代目の車に目をやると目線がパット合う。思わず手を振る、振りかえされる其のお方は何と、美智子皇后様。気品溢れる其のお美しさ、わざわざ窓を開けられて手を振られる温かなご表情、報道で拝するお姿からは感じ取れない素晴らしさは、生涯忘れる事の出来ない感激であったと聞かせてくれた。

 今朝の新聞で小泉信三展に行かせられてのお帰りに、人もまばらな通でお目もじ叶ったという幸運に巡り会ったわけである。

 お二方様にとっては忘れ得ないお方のご遺品に、思い出深くご覧遊ばされたと拝する。民間から初めて皇室入りをされた妃殿下、小泉先生の心の支えは如何ばかりであられたか、精神的ご苦悩は、ご体調にも何度か現れながらも耐え抜かれ、控えめに陛下を支えられておられるお姿は、美智子皇后ならでは遂せぬことであろうと感じ、「ご立派」の一言に尽きる。

 雅子妃も傍で見るのと内情とは可成の差があり、お悩みも多き事と推察申し上げる。週刊誌などに批判記事が度々載るが、少しの事でも凡てを知り尽しているかのごとく大きく書かれ、反発できないお立場であれば、治るものも長引くことであろう。皇后様に小泉信三先生のような陰の支えが居られた様に、存在感のあられるお方が支えて下さっておられれば気も休められ様がと思う。「人の口には戸を立てられず」で、耐える事以外に無い。

 我々の生活にもそれなりの苦悩はある。然し、「人の振り見て我が振り直せ」、自分がされたら自分はしないの精神を養い、角を取り心を丸く感謝の日々でありたい。

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5・15

 昭和7年5月15日、海軍青年将校らが愛郷塾などの右翼と結んで起こした事件で、首相官邸、日本銀行などを襲撃し犬養毅首相が殺害された日である。政党内閣の時代は終り、軍部の発言が強くなりその後盧溝橋事変へと広がり、11年2月26日の未明、陸軍青年将校等が起こしたクーデター事件は鎮圧されたが軍の内閣介入の端緒となり、戦争が拡大し始めた。戦争はあってはならないが国民は一致団結、今ほど人の心が開放的と言うか秩序は乱れておらず助け合い、労わり合いの精心が強かった。

 一人暮らしの知人宅に、鍵をこじ開けて空き巣が入ったとの事。住人行動を凡て偵察しての犯行で、集合住宅軒並み、外装塗り替えの足場を利用して上の階まで荒らされているとの事。身に危険が及ばなくて幸いであるが、物騒な話ばかりで乱れているとしか言えない。用心用心。

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水着

 英国で優れた水着が開発され、記録更新に繫がり日本選手も着用した結果は上々、早速日本のメーカー三社に研究、作成を依頼したが到底今期には間に合わぬとの事。開発の遅れを認めるとあった。

 速さを競う事を目的とするなれば、身に纏う凡て定められたものを纏い、競技を行ってこそ本当の記録と認定すべきでは無かろうか。アベベは裸足で走って記録を出し、真価を評された。人間の持つ力を競技するのでなく、如何に記録を出すか、其の為には手段を選ばないが如き感を受け、オリンピックとはの疑問を抱かざるを得ない。

 与えられた天性と努力で競う美しさ、世界の国が集まり、和平を互いに確かめ合うのが発祥であったのではなかろうか。勝利を売る為に人間の真価より、姑息な手段を用いてまでメダル獲得となるのは発案者達は歎いておられよう。勝利を得た人に疑いの眼差しを持つ事の無い様にと願う。

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 本家の跡取りが尿路結石で激しい痛みに襲われ、一日余で快復、体質に因るとの診断の由、常々健康で活躍の彼氏にとってさぞ驚きの現象であろうが、医療の力、快復の早さ上々至極と安堵した。

 石が体内に潜み動き出した時の痛みの激しさは男でも我慢がならぬと医師に言われた経験者である。「サイレントストーン」といわれた親指大の石を胆嚢に40年近く抱え持っていた或る日、突然激しい痛みに襲われたものの波状攻撃的の痛みなので堪えながら三日を過すが、夜も寝らず息も出来ぬほどの痛みの激しさに、夜明けを待ち息子の車で病院へ。

 三日我慢した事が祟り、胆嚢の入り口を塞いだ石の為に胆嚢内の液が膿となり、抽出しなければ手術も出来ぬと数日間抽出後手術、周囲まで膿の影響があれば取り除かねばとの解説を受けたが胆嚢摘出のみで事なきを得た。以前三度ほど開腹手術を受けた時は傷口の痛みや傷は早く治ったが、年を重ねては痛みは時折チクチクと、傷はケロイド状、糸の様な傷跡とは行かない。七年前の事である。

 命は授かり物、生かされている意義を深く考えさせられる。世にある間、預かっている器としての体を大切に管理保護すべき事を学ばせられて今日がある。

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カーネーション

 母の日のプレゼント用にと、虹色つきの薔薇とカーネーションの写真が新聞に載っていた。オランダで発案され、徐々に広まり日本でも売れ筋とか。白の花に吸わせる水に何色かの色をいれると、虹色になるらしく企業秘密ではっきりした事はわからないとある。

個人的には余り好ましく思わないが、喜ぶ人が居るから造るのであろうが、最初、母の日に感謝を籠めて贈った純粋な気持から始まり、アメリカで行事化され、戦後日本に伝わり商魂逞しさに乗せられて華やかな行事と化して来た。

 母への感謝の気持を表さないよりはましではあるが、品物に託す思いは今日一日限りではなく持ち続け、折に触れ表す態度を子から孫へ伝えられる事が、核家族の現在一番大切な行動と思う。

 誰もが老いる。60代では親の老に接して薄々老とはと知るものの、実際自分が其の境地に立って知る老の厳しさは見たり聞いたり接しただけでは解らない。生きる事だけでも大変な老の山坂である。

 ご主人に先立たれ、透析を受けながら子供達に迷惑を掛けたくないと一人暮らしを続けていた近所の知人が、息子が「一緒に暮らそうと言ってくれる内に」と千葉の息子宅に移ると分かれに来た。後姿は小さく見え寂しさが滲み出ていた。長く住み慣れた家を離れる事は辛かろう、ご主人との生活、子育ての苦労の数々が詰まった思い出が刻まれた家を去る寂しさは格別である。老いてからの新天地での近所づきあいも侭ならず、家族だけが頼りの生活で孤独にならぬ様と胸が熱くなった。母の日を前に幸せである事を祈る。

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使い回し

 又もや吉兆の舞台裏が曝された。「勿体無い」が高じてとの事で、確かに気持は判らないでは無いが、客相手ともなれば不潔であり気持が悪い。特に火を入れない品に対しては衛生上最悪である。

 何時も感じている事は料亭、旅館、レストランでも食を楽しむ年齢層にとっては品数も量も多過ぎる。手も付けず蓋も開けずに残す事しばしば、勿体無いの思いは募る。何とか工夫は出来ないものか?

 味を楽しみ、安らぎを求めての旅も、定められたコースの中で真のくつろぎは得られない。使い回しも必ずしも吉兆だけとは限らないのではと、誰しも利益も去る事ながら「勿体無い」の気持は持つて当然、残すほうも「腹も身の内」で残さざるを得ない。

 好きなだけ取るバイキング法式も良いが落ち着かない。据え膳の場合、献立の種類、分量を何通りかに設え、選べる方法を取れば、年齢そうなりに注文出来、勿体無いの心置きなく満足できるのではないか。棄てる分量の多さが報じられていたが、真剣に考え直す時期ではなかろうか。

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社会的罪

 曽野綾子氏の投稿に「マハトマ・ガンジーが書き残した七つの社会的罪」を知人から教えて貰ったとして載せていた。只々頷くのみで、転載させて貰う。

㈠ 原則の無い政治。 ㈡ 労働を伴わない富。 ㈢ 良心のない快楽。 ㈣ 個性の無い知識。 ㈤ 道徳の無い経済行為。 ⑹ 人間性の無い科学。 ⑺ 犠牲の伴わない信仰。 七番目に対し、「自分の持っている大切なものを全く捧げない信仰」と訳したいくらいである。と曽野氏は付け加えてある。

 うわべだけの行為、知っていても知らん振り、悪い行為も楽しいと感じる恐ろしさ 、何処で捩じれて来てしまったのであろう。急ぎ修正を必要と思うが見習う対象が余りにも少ない。七つの項目をとくと学んで欲しいものである。

 

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ダム

 日本一大きなダムが近々完成するが用途は未定と、何百件もの生まれ育った土地を人の為になるならばと立ち退いた人達の労苦は報われない事に、さぞ無念であろう。計画が始まってより40年余、故郷の面影を残そうと不慣れな手つきで写真を撮った婦人も、早く役立てて欲しいと願う。

 満水の水の落差を利用しての発電計画はあるものの設計図すらなく、実施に移っても8年後、並行して流れる川との連絡地下トンネルも計画にはあるが実施の段階にすら入っていない。何の為に多くの人々を犠牲にし、何百億の金銭を費やし、何を目的として工事に望んだのか?完成後は、隣接の三県が工事費を負担する事になっているとか、恩恵を浴するトンネル無くして負担のみを分担するとは、県民方も納得は出来まい。

 何とも早、思い付きだけだったのか、工事によって甘い汁を吸った輩も居ようし、陰にうごめく何かがあると勘繰りたくもなる。次々に暴かれる途方も無い無駄遣いの数々、増える国の借金、遣り繰りつかない尻拭いを国民から搾り出そうと、手を変え品を変えての徴収はやめて貰いたいが、国会に送りだされるまでは耳障りのよい庶民の味方も、当選すれば朱に交わってしまうのが落ち、情けない。

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スタート

 明治31年の今日、函館に女子修道院が創設された日と言う。男子修道院は明治29年に当別町に創立され、酪農などの労働に従事し、絶対沈黙・共同生活を守ったとの事。世の煩わしさから逃れられてと思った事もあるが、戒律は厳しく真の献身であることに敬服する。

 コーヒーをブラックで一日数杯飲むと良いと放映していたが簡単に手に入る今、貧困日本であった頃、別天地との勧誘の言葉とは裏腹な、荒野での開拓の労苦は並の物でなかったと聞く。気候風土の異なりは甚だしく、開拓に使う道具すら満足なものも無く、精根尽き果て病に倒れ、命も失い帰国したくも旅費もなし、おめおめ帰れるかの根性で闘い抜いた一世達がコーヒー栽培に取り組み、ブラジル産を有名にした事は日本人のスタートに因る事を忘れてはならない。

 年金制度のスタート時点では、厚生年金に入っている家族は遠慮して欲しいとの通達があり、数年後全員加入と改正され遡って納めた。年金とは、自分達が老いた時に利用出来るかのごとき解説もあったように思う。当時は納める人数は多く、利用する老人は少ない時代、沢山な金額をどう利用したのか、保養施設を数多く設置、浪費も甚だしく近頃は閉鎖している箇所が多くある、今になって不足云々老人からも平等に、若者達に負担をかけない為とかご都合主義。

 私達老人から言わせれば、無駄使いした分を先ず返して貰いたい。使われない施設を売るなり、当時の役人が私腹を肥やした分返金するべきで、穴埋めが先決と思う。年金のスタート時の計画の甘さ、時代の読みの浅さの結果を、一番長く年金を支払った人から叉支出を促すとは、愚痴も出よと言うものだ。

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ピント

 各局で政治家の討論会を放映し、医療問題、ガソリン税と激論を戦わしている。介護保険料、ガソリン税共に無くした場合何処から予算を捻出されるのか定かでない。ゼロにしたら助かる事に違いないが、ガソリンが安くなればCo2が増え基準値を越し、本当に医療を受けたい人が盥回しになり、安直に医者に掛かり社交場的な待合室になる恐れがある。

 数年前から何処での制定であるのか、三ヶ月経つと病院の転移を促される。同じ条件で、家族の通院距離も程々の地理的条件が揃う所は無いと言ってよく、仕方なく家庭介護に移らざるを得ない。10年ほど前から6人部屋は4人に、4人部屋は2人部屋に改造され始め、後で知ったのは病床数が半数に減らされる規定が出されたのである。何故に、当時は医者が余っていると聞いたが。

 救急車の患者が盥回しにされる、病室が無い、当然の結果である。リハビリも途中で打ち切られ、個人で頼めば費用は嵩む。今迄週に二回家庭介護も一回になり、一回の人は中止となっている。一人暮らしの病人は困り果てている。

 自民党の政策に反論している事は耳障りもよく有り難い事ながら、現状がどう解決されるのか、何処かピントが狂っている。元を糺さなくては聞こえの良いだけでは解決はつくまい。

 勿体無いの精神を生かしてつつましく、病気に罹らぬ様自己管理に徹しなければ老は生き延びられない険しさを感じる。 

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識別

 コラムに、未成年喫煙防止の為、カード及び識別機設置に億単位の費用が投じられる事に歎き、昔はタバコ屋の看板娘に恋をしてと歌にまでなる、人との触れ合いを今こそ必要とする旨が載っていた。

 24時間発売される自動販売機が復活される記事も目にするが、果たして必要であろうか?便利になり当然の事の様に利用し、中止になれば不便に不満を抱く。夜中働く人には必要であろうが何処の街角にも据えられ、然も節電の呼びかけとは裏腹に煌々と明るい。「贅沢は敵だ」の時代から見れば勿体無いの一語に尽きる。無ければ無いで堪える事が養われ、あるもので工夫する知恵も生じたが、何時でも得られる贅沢さは人間を愚かにし始めた。

 店に行っても口を利かずとも事足り、思えば声を発する事無く帰宅する日が多いのではと思う。人と言葉を交わしての買い物は少なくなった所為か、家庭においても言葉数が少ないらしい。親子でも保育所に預け、学校へ行けば勉強や塾へで親との接触時間は少ない。そうした日常の習慣が身についてしまったのか、以前とは異なり行き交う人との挨拶などは全く無い。集会へ参加しても余程親しくならぬ限り、顔を合わせても「にこり」ともせず、まして挨拶など交わすよしもない。集会の人であるかと識別していれば会釈なりともするべき礼儀も失くしてをり、薄情極まりない。せめて自分だけでも散歩時には行き交う人には「お早う御座います」 「今日は」と声を掛け、バスの運転手には無事に目的地まで運んで呉れた労に対して「有難う御座います」と声に出して降りている。

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高嶺

 今朝の広告にサービスの行き届いた老人ホーム開設、入居頭金格安の文字に目をやる。設備も行き届いており入居費850~900万、確かに従来のよりは格安ながら、一ヶ月食費27万5千円とある。其の上天引きされる後期医療保険+介護保険1万余出費となり、どう言うお方たちが入れるのであろう。余程、預貯金や不動産からの現金収入でも無ければ、食事代だけでは生活は成り立たない。今までの付き合いもあり、衣服の補充もせねばならず雑費がかかる。

 多分、入居の為には持ち家を売っての計算であろうが、ホーム自体が経営難で解散し戻る家は無く、困り果てた人達の行く末は報じられていない。何年生きるか予定が経たぬ年寄りに多少の余裕を見なくては、なけなしを出して迄とは行かない。まして二年前からの此の計画実施にせよ、とやかく批判する政治家連は、この二年間何故、沈黙していたのか、実施してから年寄りに媚びるような言葉は聞きたくも無い。

 確かに社交場的に病院を利用する老人も居るが、病院側も来れば薬を出し、出された薬は忠実に飲み、其の為胃腸を壊し、叉病院との関わりは延々と続く。ある有名医は言う「薬は一利あって百害あり。回復力を麻痺させる薬は程々に」と忠告している。薬を出さない医者は藪医者といわれない為に薬を安易に出さず、老人も自分の回復力を養って、病院通いや貰った薬を控えるとか、医旅費の軽減に協力すべきではあるまいか。

 「病は気から」の向きの人が多く、救急車を安直に使うのと同じ結果が医療費問題の火付けになっていると思える。

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情報

 「どうしても知らせたい状態で移転先が解らず、役所に身分証明や続柄の載る抄本まで添えて出して、初めて移転先を教えて貰った」と載っていた。何時の頃から厳重になったのか、此処二~三年の様に思うが、詐欺などが余りにも多く発生する為であろうか、以前には閲覧できる時代もあった。住所録を宣伝に利用したり、悪用したり迷惑を蒙る事が多過ぎる所為でもあろう。

 知人が入院したと聞き、見舞いも時にはご本人にとって親切が迷惑になる事もあるので、手紙を出そうと病院へ問い合わせた。以前は名前を言うと何病棟、何号室まで教えてくれたが、「お教えできません。確かに此の病院に入院しておられるなら〇〇病院内〇〇様で出してください」で終わった。これほど情報を漏らさない体制でも事件の起きる世の中である事に情の薄れを果敢無く思う。

 今、本家から竹の子が届く、ブログを中断して早速茹でる。竹の子と共に糠までたっぷり添えてくれてある心遣いに感激しつつ、さぞや掘り起こしに大変であられた事に思いを馳せ、心を籠めて送って下さる温情に胸があつくなる、世間は情が薄くなり心が冷えるが、人から受ける情の厚さに心和む。つれない情報の中で情の伝わる人情を持ち続けたい。

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プラハ

 ソビエートの圧力に耐え、プラハを守り抜いた人々と、美しい町並みの放映を見た。共産党の占領下で荒れ放題の宮殿や建物も美しく甦り、取り戻してから昔からの建築物を大切に、新しいビルのかけらもない。新しい物に移り気なし、伝統を重んじている国民性が窺い知れる。

 其れに引き換え、東京の建物はニョキニョキと高くそびえ、何代も続いた住民の建物は惜しげもなく取り壊しビルに吸収され、地震に強いとの言葉に踊らされ、木造家屋は建て替えられている。

 昨日の首相の言葉に「百年以上保つ木造家屋、20年ごとに手入れして住み続けられる家を」と提案している。今頃、遅いと言いたいが、今からでも墓場のようなビル街でなく、類焼出来ない道幅と昔のような防火壁を造れば火事も恐れる事の無い木造家屋が出来る筈、コンクリートより長持ちする。築40数年でマンションは建て直されているが其の廃材の行方はと案ずる。

 大火や地震、焼夷弾で町並みを焼き尽くされた当時は、道幅を広く、家の建築基準も家との間隔も広く設定されていたが、何時の間にやら間隔は狭くても許可が下り、特に個人では許可されない建築様式でも何故か建売ともなれば基準外でもどんどん建つ不思議な現象、建売を買い、30年後、個人で許可を求めると基準はうるさい。何処が違うのか?将来道が広がる赤線が引いてある(土木課地図)所でも其の上に建築許可が下りる。数年後、道が出来、立ち退く其の立ち退き料は何処が支払っているのか?始めから許可しなければと我々は思うのだが、此処にも税金の無駄遣い。

 此れだけ無駄遣いと騒がれていても、議員宿舎建設の話がぶり返す。敷地に公園を取り入れ、高さも制限しと、飴をなぶらせる様な条件で庶民を誤魔化し、引き下がらずゴリ押しに建築を進め様と言う懲りない面々、高給を取り、豪華な建物まで要求する議員と言う立場を利用し、先生と呼ばれる言葉に酔い、進展の無い論議に時間を費やし、国民の政治より自分の党の発展のみ、主張の内容も絵に書いた餅の如くで、我々の生活は潤わない。

 四苦八苦している議論の内容も何年か前、野党に移った人達が関与していた事柄ではないか。今実施された後期高齢者の保険の事も二年前に組み込まれた事、我々も迂闊であった。然し気付いたとしても抵抗の声は如何ににすれば届くのか、一旦選出した議員達は、聞く耳を持たない。聞こうともしない。庶民の代表として我々の声を託された責任は当選と同時に宣伝カーに置き忘れるのであろう。

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水着

 撥水性と吸水性を兼ね備えた新しい水着が発案され、由り良い泳ぎが出来るとオリンピック予選会に金メダリストたちが着用して競うと新聞に載っている。マラソン選手の靴においても良い走りが出来るべく材質、構図、デザインまで開発に余念が無いと言う。

 メダル獲得の為、費用、時間を惜しまず開発に精魂を打ち込む。もし新記録が打ち出されたとしても、本人の実力なのか、身に付けている補助具によるのかと首を捻りたくなる。選出された各国の人々が同じ衣服を纏い、同じ靴を履いて競って出る記録こそ本物ではなかろうか。

 秘策を練って作り上げた物を身に纏って競技し、記録が出たとしても果たして本人の実力による正真正銘の記録であろうか?疑問に思う。オリンピックの始まりを思うと何処かで趣旨も認識も在らぬ方へ曲折してしまっているのではとさえ思える。

 故に政治色が絡み、聖火リレーも本来の姿は失せてしまう結果となる。「こんな筈ではなかった」と先人達は歎いておられよう。選出の仕組みにも疑問を投げ掛けている面もある様で、すっきりしない。オリンピックとは何なのか、原点に戻って考え直すべきと思う。

 内容は窺い知る術も無いが、選出されるまでの本人の努力以外に練習の為の諸費用、衣服費を誰が出費しているのか、社会人であれば会社が宣伝の為に負担もしようが、15~6の学生ではスポンサーは誰?さぞや親の負担はと考えてしまう。「蛇の道は蛇」が有るのかも知れないが、余計な心配をする。

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木の芽

 昨日の激しい雨風も夜半にはやみ、朝八時過ぎ頃から爽やかな日が差し始める。「一夜にして木の芽が伸びたわよ」と娘の言葉に急ぎ袋を手に木の芽取りを始めた。枝が揺れるほどの風でちくちくと棘が手の甲を刺すのも厭わず、柔らかい葉を夢中で摘み取る。独特の香りが漂い春を満喫。新芽も葉も柔らかい為か袋を満たすのに余り時間は掛からず、木の芽味噌作りの作業に取り掛かる。

 毎年繰り返し行ってきた作業ながら今年も出来た事は有り難く、剪定も予ねて芽を摘みながら、来年も健康で摘み取りが出来るかな?と、昨年は少し足りなかったので今年はたっぷり作るべしと、これから伸びる新芽が成長する段階で3~4回収穫する。

 良く洗い、水気を切り(完全に)未だ柔らかいので葉脈も其の儘すり鉢に入れ良く摺り、味噌、砂糖を入れ丹念に摺る。酒(味噌がへらからつるりと落ちる柔らさに入れる)醤油を少々入れよく混ぜ合わせる為に摺り、出来上がり。壜に詰め一年たっぷり保存が出来る。竹の子、蕗、うど等の和え物によし、豆腐を焼いて田楽味噌の味は格別。年中重宝する一品である。

 投書欄に温暖化防止を唱えながら、何故ライトアップに電力を使うかと、同感。大食い競争で人気取り、身の程知らずであり、勿体無さに怒りをぶつけていた。自然の恵みを感謝し、工夫次第で棄てる量も少なくなる。細く長く大切に使わなくては限りある資材を次世代に残さなくてはならぬと思う。ガソリンが高くなり、幾らか排気ガスも減るのでは?も、叉元へと嘆いている記事もある。政治も何処までごねれば気が済むのか、聖火リレーも昔の如くアテネから直送すればと、同じ思いを抱く。

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花見

 風も無く花見に絶好の日和と急に思い立ち、娘とバスに揺られ井の頭公園に行った。未だ10時半と言うに場所取りのシートが池の周りに広げられ、桜の景観を損ねている。どの様な仕事に就いておられるのか、シートの上に寝そべっている。日暮れまで番を仰せ付かっているのであろう、ご苦労様な事である。「宴会は10時まで」と其処此処に垂れ幕が掛かり、分別ゴミ入れの大きな囲いが設えてある。可成のゴミに対応できる大きさで、さぞ収集費用も可成と察する。

 公園の周囲に立並ぶ家並み、普段は環境抜群、住居としては最高、さぞ満足しておられようが、年に一度、数日間のドンちゃん騒ぎは仕方なし、楽あれば苦ありと諦めておられようと推察する。

 池にはスワンの小船が所狭しと浮かび、間に挟まる如くボートが浮かぶ。池の周りの桜は残念な事に盛りを過ぎたが、花吹雪が水面に浮かび風情を満喫できた。

 休みの為か子供連れ、犬の散歩、遠方からか手作り弁当を広げている夫婦、水彩画を楽しむ数人、写真を取る人等々、其々に桜を愛で、楽しみ方も様々と感じ、人は大勢ながら森林浴も出来、幾らか空気も良いと感じ大きく深呼吸、気分転換できた。

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花びら

 強風にも耐え、僅かながら花びらを散らせている桜を眺めて思い出すのは息子の小学校時代、桜並木を通り抜け講堂での入学式を思い出す。緊張の中、ふと前列の紋付羽織の肩に桜の花びらが乗っている。黒地に桜色が映えて何とも言えぬ風情、うっとりと見惚れ、緊張がほぐれた事が50有余年を飛び越えて昨日の事のように思う。

 我が家への曲がり角の家に、枝垂れ桜と花水木が二階屋根を越すほどに大きく育ち、毎年見事な花を付け、居ながらにして花見見物が出来るものの、人間とは勝手なものとつくづく思うことは、葉が茂る頃は枝垂れの枝が通行人の顔を撫で、時には毛虫が垂れ下がり、障りでもすれば被害を受け、何とかならぬものかと見上げ乍ら避けて通る。

 花びらや、秋には枯葉が風に煽られ遠くまで運ばれ、駐車場の吹き溜まりにはゴミ袋一杯溜まる。見物させて貰った代償と、各家々の住人は寛大である。心で思っているかも知れないが、ついぞ文句を聞いた事は無い。きっと、美しい花に心癒され潤ったからであろう。

 我が家の猫の額ほどの庭にも地植え、鉢植え、プランタンにと咲き競っている、チューリップの鉢も蕾を持ち始めている。手入れは娘夫婦、私は見物人、良い身分と感謝し、花々が潤いを与えてくれ有り難い事である。

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引き落とし

 自動的に引き落とされる75歳以上に科せられる健康保険金。放映された90歳女性の年金受給料¥45,000から自動的に引き落とされ、電気、ガス料金、家賃を支払えば年寄りは死ねと言うことかと歎いていた。

 二年前に、強制的に踏み切った制度が今日から実施される。解説者が、制度を作った人も年を取るのにと、詰っていた言葉の聞こえは良いが確かに同じ様に老いても年金額、貯蓄額の差は段違いであり、低所得者の生活の苦しさは体験してみなければわかるまい。

 老夫婦が叉一組、生活に疲れて痴呆の妻を殺し自害した。介護保険のあり方も金銭が続くかの勝負であり、長引けば家族の負担となる。身近な例であるが、痴呆の伯母を約七年介護、自分の母も続いて介護、当人は肝臓を病み、ホームステイを利用しながら一人で介護の明け暮れ、昨夏、伯母を見送り暮れに母を見送り凡て終わった時には生活費にも事欠く状態、体も年齢も思うに任せず、恥を忍んで生活保護をとの矢先、先月風呂場で倒れ逝ってしまわれた57歳の生涯である。

 胸の痛みを覚えるが然し、今日からの制度実施を思うと、二人母に仕えたご褒美にお迎えが来たのかもしれないと。人生僅か五十年と言われた時代は遠き昔、平和と豊かさで寿命が延びはしたものの目出度いと喜んでばかりも居られない。自衛するにも限られた財には利息は無きが等しく、年金不足分をなし崩しで通帳が終わるか命が終えるか、知恵を働かして与えられた寿命を健康を維持して全うするほか無い。今日も感謝して明るくと、だが、暗いものが毎日払い除けるのに忙しい。

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値上がり

 庶民の生活とはかけ離れた所で、ゆったりと政治論争と言うか、交渉なのか話し合いを未だ一日あると、のんびり構えておられる。片や勝算ありとニンマリしているとの記事に、国民の為と言いながら、我が党の浮上作戦如何にと施策のみに走っていると受け取れる。

 提案には、あれも此れも駄目出しばかり、秘策があるなれば提出すれば損はしない。国民は結果を出す。余りにも「ふぐ」の駆け引きの如く袋の中でわからぬ駆け引きが続けば、参議院での結果の裏返しとなるやも知れない予感がする。

 確実に日常生活に響く値上がり、食品類の値上がりはきつく、子育ての家族では大きな痛手である。食品類が工業的に用いられる為、食用が削られるとは此処にも捩じれか。紙上に「土に戻る衣料」と見出しに食品からの繊維で土に戻す事ができるとあり、建物の地下で栽培の食品から可能、製品には可成可愛い作品もあると。豊富に産出される食品であればだが、現在では食品だけでも国内産での需要を満たす事ができない現状、何を考えているのか、主客転倒である。

 値上がりの分、経済維持には中国食品を選べとあった。少しも国内生産への気分の欠片も無く、依存度は高い。一旦緩急の場合天変地変を含み、地続きの恐ろしさはあらずとも、運搬が絶たれる事態が無きにしも非ず、取り越し苦労ではない。お先に失礼する年齢ながら、後に続く人達への心配は尽きない。

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年度替り

 五十数余年、苦言を呈し続けた竹村健一氏が今月を持って引退なさると、TV上だけであって欲しいと思う。七十七歳との事、まだまだお若い。豊富な経験と培った知識で、鋭く批判をして頂きたいものである。

 昨夜、アウシュビッツの悲惨な収容所から百人逃亡し、五人助かった中の一人が、当時の実態を命ある限り伝えたいと、老体を杖に委ね世界各国を回っておられる姿や、原爆ドームを世界遺産にと奔走に骨身を惜しまず達成した方の苦心が放映されていた。「夜の霧」と題してアウシュビッツ収容所の様子を書き記された本を読んだ事を思い出し、人間が人間を此処まで極限の非道極まりない行為が出来るものよと身震いする。

 然し、解説者は言う。アウシュビッツでの窒息死、食事を減らして餓死させる。一人の失策で何百人も銃殺、ガス室に送り込む様々な手段で命を奪われる。原爆に於いても、惨いと言うか無残な殺され方は、アメリカに言わせれば国民をこれ以上死なせない為の手段であったと言うが、大量殺戮は原爆の方であり、今尚、20数個世界で保有している事を真剣に考えるべきと訴えている。

 戦争を知らない人達が多くなり、確かな歴史や戦争の恐ろしさを伝える人が世を去って行く。文化、芸術凡てに於いて、素晴らしい功績技能、才覚を皆、持っていってしまう。伝えていって欲しい。学んで欲しい。此の儘では良いものが凡て頓挫してしまう。

 医者志願者も少ないと。医者には学問と博愛の心と技術が必要であるが、学資が掛かるので一般的には到底進学できない。見回せば凡てに此の傾向が見られる。農耕に於いても然り、生産の労苦よりホワイトカラーで楽な、手っ取り早い収入を好む。伝わるものも伝わらない。捩じれ国会は捩じれ国家の表徴かも知れない。憂うるのみ。

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小さい親切

 曽野綾子さんの「小さな親切、大きなお世話」と題しての寄稿欄に、成る程と思いつつ戸惑いを感じた。自分では親切心で行う事が、受け取り手によってはお節介と、迷惑に感じるかも知れない。さりとて何処までが「大きなお世話」になるのか、小さな親切をして自己満足に過ぎないのか靄が渦巻く。

 確かに他人様が誕生日を覚えておられカードをお送り下さる事も、若い頃は素直に喜べたが、歳の重みを感じたり、返礼を書かなくてはと、人によってでは在ろうが重荷に感じたりもする。以前は自分もまめに誕生日祝いを出したものだが、今、思うと小さな親切の積りが大きなお世話であったかも知れないと反省する。

 大きな親切で、ご自分を犠牲にそてしまわれる悲しい事件、よもや自分の命を落とす結果になろうとは、咄嗟に、あれこれ考える余地はない。ただ助ける事のみが行動となる。美しい人間本来の素直な心の表れと思う。

 「大きなお世話」と受け止めるか、相手の好意に対して心から感謝して受け止められるか、相手の気持を読み取る心を持たなくては、無味乾燥の世の中になる事を恐れる。

 突き落とされた方が第一報では重症とあったが、運ばれた病院で亡くなられたと、一人の勝手な行動が、命を奪い双方の家族を悲しませる。犯行者の父親の切なくやり切れない「こんな子供に育てた筈でなかった」と、思いもよらぬ我が子の犯行に歎く思いが伝わる。胸が締め付けられるような記事ばかりである。

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渦中の人

 又もや18歳の男性が、ホームから見知らぬ人を突き落として重傷を負わせたり、一年を過ぎようとしても英国の英語教師殺人犯が捕まらない。家族が犯人逮捕に協力を求めて異国の街頭でビラ配りのニュースに胸が痛む。

 民主党の政権取得の政策の為かわ知らねども頑として譲らず、さりとて提案もせず、耳も貸さず数日で四月一日が来る。25円安くなれば車族は喜び、排気ガスが増える。「死ね」と言うことだと30年余スタンド経営者は歎いており、寄らば大樹の陰的なスタンドではお客様大事と身銭を切っても安くすると言う。早々と10円ぐらい値引きして、仕入れた量を少しでも減らして一日を迎える手段をとっているスタンドもあり、苦肉の策であり成る程と頷く。

 四月から何かにつけて高くなる。高齢者は不要とばかりの態の良い姥捨て、下手に働くより生活保護を受けた方が徳と言う輩もおり、世の中捩じれ切っている。高給取りの政治家達には庶民の苦しみは理解出来なかろうとぼやいても届かず、何事に於いても、どっぷり立場のなかに浸かりこんでいる人には渦の外は見えなかろう。

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晴れやか

 浅田真央さんの晴れやかな顔、栄冠は努力の賜物ながら、怪我の為棄権した安藤美姫さんの涙に籠もる思いを忍ぶ。

 今朝から高校野球の爽やかな試合が始まる。汗と泥にまみれ、力一杯戦う若者の清純な姿に感動し、今の気持を忘れずに世の中に巣立っても、世の荒波に挫けずに戦い抜いて欲しいと願う。

 爽やかさに比べ、相変わらずニュースに上る与野党の駆け引きと言うか、腹の探りあいと言うか、果ては政権争奪戦序曲を掻き鳴らしてるとさえ感じる醜さ。性懲りも無く、未だ道路予算の見直しの無い担当大臣の発言に驚く。東京湾に、更に橋をかける計画に莫大な予算。「私の代で此の計画をなくしたと在っては」との発言に呆れる。国民から吸い上げた税を以って、自分の名声を残すのみに心を砕き、大臣の責を汚しているとしか受け取れない。

 木更津の現況を取材していたが、一本目の橋が開通してから対岸へ買い物に行っても対岸からは全く人が来ず、商店は弊店、進出のデパートは引き下がり閑散としている状況でありながらも、これ等を無視してまで一旦組み込んだ予算を使わなくてはと、頑なに何故思うのか、不思議でならない。上坂冬子さんが言われる如く、緩んだゴムひもの国、政界である。スキット晴れやかに裁くお方は現れないものか、無理かも知れないが。

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報道

 投書欄に、テレビ出演のタレント達が夏の服装的、薄着で出演している。省エネと謳いながら、室内の温度設定はどれほどにしているのか疑問を持つとあった。同感である。

 省エネを放送しながらアナウンサー達が手にして読み上げる紙の枚数、ボードに貼り付ける紙、その他に使う紙の多いのに驚く。一日の量にしてみれば莫大の量であろうに、しかも一社だけではない。節約できる所から知恵を絞って実行して貰いたい。

 タレント達が地方を訪問して、特産物などを紹介するのは良いが、生り果物をその場で味わうに、皮や食べかすをその場に棄てる行儀の悪さ、生産者に対して失礼である。自分が持ち帰る姿勢を示すべきで、斯うした態度が、何処にでもポイ捨てを平然とする原因を作り出す目から入る効果の恐ろしさでもある。

 叉も、と言う如く火災で老夫婦が命を落とすニュースに、失火原因を調べ中とあるが、一ヶ月間の統計上だけでよい、原因を知らすことで各家庭で注意でき、無駄に命を落とさずに済む。ただ、報道すればだけでなく良い結果を齎す使命が含まれていると思う。

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約束

 新聞社の応募作文「約束」と題しての当選者三名。何れも感銘深く読んだ中で、引き上げ船の中で毎日子供達に飽きさせず、昔話を始め偉人伝を聞かせてくれた「がりがりおじさん」と呼ぶ程、痩せこけた小柄な男性だが何をしている人かも解らないが兎に角、話は旨い。話しの終りには必ず「良い日本人になれよ」と結んだ。

 良い日本人とはと、解らぬままに不自由ながら引き揚げ後の生活に慣れた或る日、母親が呼びに来て、ラジオから聞こえて来る話に耳を傾けた。忘れもしない「ガリガリおじさん」の声、母が有名な落語家の「志んしょう」さんだと教えてくれた。其の時「良い日本人になれよ」の意味を理解出来、そう成ろうと今日に至ったとの内容である。意気消沈の引き揚げ船の中、ご自分も皆に劣らぬ境地でありながら、三十有余人の子供達を前に毎日話し続けられた行為に頭が下がる。

 「ちりとてちん」で落語界の訓練、厳しさを窺い知るが落語の語りの中に、人のあるべき姿を学び、実行した方である事を知り、タレント達の面白い動作で人気取りに専念せず、しっとりと人の心に刻まれる笑いと涙ありの落語で人の心を呼び覚まして貰いたいと感じさせられた入選文である。

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銀河

 人間とは面白い性格で、無くなると言われれば無関心であった事柄にも急に関心を寄せる。私も其の内の一人であり、十数年前までは便利に利用させて貰った事を懐かしく思い出す。一つづつ消え去り、知る人の記憶の中だけに残る。今は文明の利器によって確かな事が記録に残るが、以前は口伝や書き物に残されるだけで、人の記憶に頼るに至っては、当時を知る人を数人集めて記憶を呼び覚まさなくては曖昧な事が多い。

 東海道線も国府津~小山=御殿場~沼津へ迂回していたのが、丹那トンネル開通で時間短縮、「つばめ」「さくら」と特急が走り東京大阪間が短縮されたと言えども10時間余掛かった。寝台車が出来、夜行列車の疲労は解消されては来たが、東北本線では寝台車は大分後になったと記憶する。

 列車の中は旅は道連れで、意気投合し長くお付き合いした人も居た。荷物を網棚の上に載せるにも見知らぬ人が手伝ってくれ、勿論降りる際はホーム迄下ろしてくれ、皆親切であった。ホームで手を挙げれば赤帽が飛んで来てくれ改札を出るまで運んでくれる。人と人との温かさが溢れていた良き時代であったことが思い出され、「銀河」が失せると同じように人の情けも冷えて行くように淋しく感じる。

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思い出

 俳優の根岸明美さん、舞踊家の石井みどりさんの死亡通知を目にする。根岸さんは30年代頃最も活躍され、姑も女優であった。子供さんが息子と同じ学園であったので父兄会、運動会などで、良く言葉を交わした。

 石井みどりさんは、石井漠さんの娘?か石井漠舞踊団の一員で、小学生にもバレーを観賞出来るよう働きかけ、地方公演も盛んにしていた。ロシアのバレリーナ、バブロワに学んだとも聞く。当時、崔承嬉(字は定かでない)サイ、ショウキと言う当時の朝鮮出身で、美しく素晴らしいソプラノでの歌声と、白鳥の湖のバレー姿は忘れられない。戦後、何処に居られるや、名前を知る人も少なくなった現在、消息はトンとニュースにも上らない。10年ほど前、韓国の人から朧気だが北朝鮮に居るのではないかと聞いたが定かではないとの事。彼女の人生も終戦と同時に一変してしまい、親日家とされれば北では不運であるかも知れない。

 有名人、友人、先輩、後輩、旅路を終えて逝く。個人個人への思い出が昨日の事の様に懐かしく思い出される。良く覚えているのも歳の所為かも知れない?誕生月を祝う葉書を受け取り、発送者が同世代であれば達者を喜ぶ。何時かは思い出も朧気になる日も来るかも知れないが、頭の体操、体の体操にも怠り無く元気で生かして頂くべく励むべしである。

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攪拌

 日銀総裁の件で、紙上に、民主党の狙いは総裁人事を混乱させ、政局を有利に運ぼうと言うことだろう「政争の具」だと載っていた。始めは期待を感じた党であったが、期待外れを感じる。「我田引水」としてもなりふり構わずの態に見える。只、掻きまわし、駄々を捏ねているように受け止められる。政治のテクニックなのかはいざ知らず、自分達ならば斯うするとの案を打ち出し、駒を進めれば党の真意が読み取れも出来、次期はこの党に任せられると信頼出来る。

 今の状態では、反発だけであれも駄目、此れも駄目、態度で示すにも事もあろうに欠席とは、欠席分だけ手当て返上を願いたい。民主党ならと政策を堂々と打ち出せないのか、手の内を明かさない企業秘密としたいのか、自民に勝る政策を打ち出し、議会で正々堂々と議論を戦わせれば、さすがと民主党に期待を持ち次期政権を安心して委ねられるのだが、落胆のほかは無い。

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何故?辞任

 投書に何故辞任を迫るのか、辞めさせれば済む問題でなく責任を取る姿勢で取り組んでるのを認める様に、辞任を迫る野党を批判していた。同感である。議会を休まず協議をすべきと共産党は言っている此れにも同感である。空席にする事は勤めの放棄であり、又もや選挙への応援に臨んでいる事には、投書者同然、腹立たしい。

 必ずしも自民党礼賛者ではないが、批判や議事進行を妨げる手段は如何な物であろうか?堂々と議論を交わし、党の案を提出し、一番良い政策を打ち出す姿勢であれば、国民は見逃さない。安心して国政を任せられる党として認められよう。現在の姿勢では投書の人と同じく反発心を抱かせる結果となろう。政治を、議会を駆け引きの場として利用して貰いたくない。議事を纏め、緊急に制定してもらわねばならぬ事が沢山ある。徒に時間を費やして、給料を懐に入れられては困る。

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自転車

 自転車二人乗りは、今迄でも禁止であったが更に規制を強めるに当たり、子供を乗せた三人乗りに付いての許可論が持ち上がっている事を放映で知る。レギュラーの一人が、「三人載りでも危険性の無い規格品を作れば」と提案していた。確かにそうであるが、コストが上り子育ての家庭では求められない値段となるであろう。子育て支援として其れこそ購入費助成金制度を設けての上で、厳しい規制を制定し、事故防衛策を取ればと感じた。

 子育て支援と称して駅の近くに、叉は会社に託児所とかを論じるが企画的には理想でも、其処まで子連れでどの様にして通えと言うのか、首を傾げたくなり、絵に書いた餅の如きである。

 背中におんぶ、前後に子供を乗せた逞しい母親の自転車姿を見ると、安全な企画の自転車が容易く求められる援助の実現が望ましい。今朝も、幼稚園送迎者による見送りの幼児が轢かれて命を落とした痛ましい事故。「何時もの通り」 「うっかり」 と言う一瞬の隙に起きた事故。運転者は、真面目な精勤である人物とのことだが、運転者も見送りの親にも落ち度があると感じる。送迎車を群がって待つお喋りに夢中の親達を目にする。情報交換場でもあろうが、一瞬の隙が事故を招くのは何事にも起こり得る事柄であると臍を固める。

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慣れ(2)

 近頃の女性の髪形を始め見た頃、昔で言う「お化け」の絵に出てくるのと同じで驚く。遅れ髪の如く顔に垂らす「だらしない」スタイルも見慣れてしまうと左程、気にならなくなる慣れの恐ろしさと言うか、慣れの図々しさが浸透する。

 ファッションアドバイスをしていた頃、自分で思い込ンでいる殻から頑として抜け出さない人もいる。耳を傾ける人は何でも着こなし、スタイルの欠点もカバー出きる。目の錯覚を利用する事でファッションを始め、生活の中でも見違えるほど広く感じさせる利点を持つ。耳を傾けない人は慣れにどっぷり浸かっており、向上心も無い。自分のしていることが一番良いと思い込んでいる。

 新聞を賑わしている事件に関係している人たちも然りである。槍玉に挙げられ、何とか体を交わそうと四苦八苦の連中、良い材料とばかりに埃を叩き出す連中、大切な時間が喧々諤々で過ぎて行く。びしっと締まる行動が出ないものか、出せないものかと苛立つ。此れも慣れによる体たらくである。嘆かわしい。

 本家の跡取り夫妻が、上京したとて久々に立ち寄ってくれた。2時間に満たない時間ながら有効に、楽しく快い時間を過ごす事が出来、近頃にない喜びを味わった。高齢の母親を看取っただけあって、疲れさせない時間帯への気遣いに胸が熱くなるのを覚えた。嫌なニュースに沈む気分が明るなった出来事である。

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慣れ

 騒音も、悪臭も慣れて気にならなくなる事が無ければ仕事は続かない。機械工場でも慣れればこそ騒音の中で仕事が出来るし、悪臭の出る処理工場でもマスクもせず淡々と業務についている。然し、慣れる事の良さの反面、落とし穴もある。

 むかし、砲兵隊に所属していた人が年を取り、人より早めに聴覚が衰えたのも、若い時の轟音の生活の故との事。凡ての仕事に於いても、慣れによる気の緩みが事故の元となる。

 「気をつけて」と注すれば「何時もやっているから大丈夫」とか「平気」と言う返事が返ってくる。此れがそもそも弛んでいる証拠。「初心、忘るべからず」であり「石橋を叩いてわたる」の用心と心の引き締めは日々必要である。

 様々な事件、報道を通して思うに、人事ではない。何時、自分の身辺に起きた場合、如何に処置するか心の備えも必要と思う。情けない世の中でもある。

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執念

 二十数年前のロス事件の捜査の手は延々と続けられていたとは、其の執念たるや驚きであり、日本と違い時効が無い事にも国政の違いを感じる。国を異にした人々の合衆国故に、執拗に犯人を追い続ける必要性があるのだと思う。ジャンバルジャンが、終生刑事に見張られ続けた事を思い出した。

 執念も時には必要である事を今朝、痛切に感じた。振込みは何時も娘婿が自転車で走り、用を足してくれる。何時ものように今朝も依頼したが、郵便局へついてポケットを見たら無いと戻って来た。道すがらを調べてはと助言したら、自転車で出かけた。私は気に掛かり、急ぎコートを引っ掛け、徒歩で辺りを見回しながら4~5分、途中で戻って来た彼に会う。

 どの様にポケットへ入れたかを聞き、入れたポケットを見ると二重になっており、一つは上から、もう一つは横から入れる仕組みで、用紙を入れた封筒を折って上から入れたと言う。推理を効かせて微風ながら風向きと、車の走り去る風とを考えながら歩道は勿論車道の向こう側、手前の側、縁石を歩いては振り返り200m位の所で車道縁石の強風で吹き溜まった砂の上に封筒を見つけた。

 中の金銭を改めようとしたが、行き交う自転車や歩行者に怪しまれてはと其の儘戻る。封筒を折りたたんで入れたとは彼の思い込み、折った形跡無し、娘から受け取って直ぐ何気なくポケットに入れたに違いなく迂闊であり、幾つになっても、今まで何事も無かったからと油断は禁物。何事も念には念を入れである事は当然、一度ならず何度でも執念を持って挑戦する事を深く感じ、且つ教えた。

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真偽

 昭和19年の今日、竹槍騒動が起きた日と報道していた。竹槍訓練や、消火訓練に駆り出され、飛び道具を持つ敵方に何で竹槍で手向かうのか、雨と降る焼夷弾に、縄を纏め棹竹の先にくくり付け、水に濡らして火を叩き消す、何と幼稚な事と内心思いながらも口に出せば憲兵の手にかかる当時を思い出す。自決行為を促された、留められたとの証言は出るが、隊長によっても温情溢れる人と、厳しい人では命令も違ってくる。

 岡田中将の遺言も公にされ、映画化されなければ戦犯者の一人として記憶も遠のき、命令に従わざるを得ずして米兵を殺しても絞首刑になった事件も知らない人も多く、苦しさも悲しさも悔しさも伝わらない。

 歴史においても時代経過によって、受け継ぐ人によって変わって来ていると思う。伝記においても然りである。外国の歴史、名立たる人々の伝記も、各国語に翻訳されても、原語の真意は伝わっているであろうか?身近になっている英語ですら土地に暮らす人でなくては理解出来ない言葉もある如く、本当の意味は伝わり難い。

 まして現代は、何処までが偽りで、どれが真実か二転三転、紙上面積を占領しているに過ぎない事柄が多過ぎる。3月から各新聞の活字が読み易くなるとか、評論家曰く、活字が大きくなり、頁数が同じとなると内容を削減せず、どの様に読者に伝えるか問題だと言っていた。真実を字数少なく伝えられるかが、記者連の知能と配慮の競争であろう。

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探知機

 未だに遭難者が見付からず、ご遺族達の憔悴は如何ばかりと察するに余りありである。漁船の灯りと判断した時点で、時間から推察して出漁の一群と判断出来ないのであろうか、海洋を知り尽くしているであろうに、気の緩みも甚だしいとしか言えない。

 レーダー操作も普通に切り替えたとか、基地も程なくと思ってか、もし、不審な船舶が忍び寄っていても、難無く陸地に上陸できる。テロ云々と物騒な話も飛び交う中、隙だらけの状態と見られる恐れもある。農薬入りの食品が何処で発祥したかも判明できぬ現在、餃子だけに留まらず次々に種類が広まる。生産日が限られて出荷されており、何かの意図ではと幅広く疑いを掛けても良いのではと思う。「捕えてみれば我が子なり」でないことを祈る。

 過去のサリン事件の時も、ご夫人が被害を受け苦しみを背負う中で、犯人とまで疑った捜査の不手際、何か、何処か似通っている思いがする。手綱が緩んでいるとしか思えぬが、馬自体もだらけきっている。国民も此れを機に、国内産の目を留め、真剣に国を見詰め直す時期であろう。

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快挙

 テニス界で、16年振りの18歳で快挙をなした超新星男子のニュース。5歳よりラケットを持ち、13歳で米国に留学、技を磨いての成果である。両親の援助、良い師に就き経済的にも恵まれての上にしても、本人の並々ならぬ努力と親元を離れての辛抱との成果であることに違いは無い。スケート会においても然り、環境に恵まれているにせよ本人の努力無しでは稔らない。

 片やボクシング界の次男の暴言に驚く。培った技量によるのか、違反尽くめでの勝利によるのかわからぬが、若くして手にした地位に伸し上がり過ぎ、精神面での成長が伴わない、周囲の教育の怠りが諸に現れている。

 「驕る平家は久しからず」で、要素を具え持ち、伸ばしたとしても「笠着て暮らせ、己が心に」を忘れてはならぬと思う。清々しいニュースには「日本も棄てたもんじゃー無い」と思ったり、「どうして」と思うニュースに「この先どうなる」と憂いたり、「鉄は熱いうちに打て」の如く精心が柔軟な頃に有益な確りした教育、修身、道徳を施すべきである。 

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抽選

 大勢の応募者の中から当選者三万人余が賑々しくスタートした東京マラソン、懸命に走る人、楽しみながら、見物しながらを目的として参加する人、身障者も10kを征服、達成感溢れ、爽やかな笑顔、の陰には父親の努力の実りが現れた喜びがあり、無名の人が高記録を出し五輪候補が期待されたり其々の物語がある。

 薄緑のベストを着けた走者達はタレントの参加とか、一般応募で当選したのか、タレントとして特別扱いなのかと勘繰る。なぜならば、毎朝、ラジオ放送で地方の人と電話での会話タイムがある。丁度17日の朝、会話の主が「これからマラソンに参加の為出発する」との事、夫人も応募したが外れで応援に回ると言う。「間に合いますか」とアナウンサーの問いに「大丈夫」と答え、意気揚々の雰囲気が伝わる。折角応募しても落選しながらも来年に望みを賭け言葉に影は無い。さすがスポーツ人らしさが覗える。

 まさか、タレントだからと特別な色を着衣する如く、特別扱いはしていないことを願いながら疑いたくなる。至る所、政治家を筆頭に特別扱いが多過ぎる。道路公団職員の優遇、贅沢さには呆れる。議員宿舎も然り。「我が身つねって人の痛さを知れ」など思いも因らぬ事になっている。

 今朝のコラムにも戦犯で絞首刑になった岡田中将の記事を読む。B29爆撃機を打ち落とし30数名の米兵を処刑した責任を一身に纏い、部下を庇い通して処刑された心情に涙する。上に立つものの責任と覚悟、温情の欠片もない相撲の親方に爪の垢でも煎じて飲ませたい。相撲界ばかりではない肩で風を切っている輩、○○長、先生と呼ばれて反り返り、好い気になっている人達にも飲んで貰いたい。

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 「式」一文字には式典を始め、喜び事、葬送と各種ある。今年になって身辺で、たて続けに四件の不幸があった。娘を代理にか、天候により欠礼した。葬儀は3~40年前頃より派手になって来たのは、商魂逞しさに乗せられてか、遺族が立派な葬儀を出した事を誇りとするのかと疑問に思う節もある。

 中には個人が生前に感謝を述べ、別れの挨拶を録音し、葬儀当日に挨拶代わりとする。死を直前に苦しみ痛みの中で、如何なる心境でと思うと、ご立派と言うか死を直前に達観しておられる精神力は大した物である。

 主人は、最後に皆から覗かれたくもなし、わざわざご足労願う事は迷惑を掛けるとて、故人の遺志を尊び家族だけで見送った。今朝も娘婿が、雪国に通夜と葬儀の為に出かけた。本来なれば、家内同伴であるべき所、雪国になれぬ身を気遣って、敢えて一人で出かけた。嫁の立場上不義理ではないかと口を挟んだが、転ばれでもしたら自分が困るからと留めた。

 昔は家族と近所、隣の手作り如き葬儀であったが、心から亡き人との別れを惜しみ、家族の手でお棺の蓋に釘を石で打ちつけ、永の別れをした。今は大勢の人が扉の開いた棺おけから別れを惜しむというより「どんな顔しているか見よう」との声を耳にすると腹立たしくさえ思う。 私はひっそりと去りたいが故に、今日を、今を大切に、人との出会い、別れも後味良くとの思いを籠めて過している。

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大根

 店頭に並ぶ野菜の姿は昔と違いスタイル良く、出荷や運送の所為でもあるのか根菜類の葉は切り取られ、長葱も先が切り落とされている。胡瓜は真っ直ぐで、曲がったものは見当たらず、茄子は色よく傷は無い。何時頃から斯うしたスタイルになった原因は、諸消費者の綺麗好みの所為か、整った姿で価格を吊り上げる為か、好む方が悪いのではないか?

 栄養価地の比較の放映で、大根の白い部分の栄養の10倍が葉の部分にあり、出荷の際には切り落とされている。詰まり我々は十分の一の栄養に代価を払っているわけだ。曲がった胡瓜や風による傷の茄子は出荷されず、此の分コストに皺寄せしている筈。曲がろうと傷であろうと栄養には響かない。処分される分だけ高く、高いと安い輸入品に手が伸び、美しい仕上がりの陰には体に害を及ぼす農薬が用いられている。

 消費者はもっと賢く見栄えの良い物より、栄養価地を考え国内産に目を向けるべきと思う。高くても棄てる所をなくせば安くなる。大根、人参、蕗、牛蒡にしても全部調理できる。薩摩の蔓も美味しく食せる。蜜柑の皮、柿の皮も利用法は沢山あり棄てる所はない。栄養のある所を切り捨て出荷している産地や、取り扱い業者も考え直して貰いたい。

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被害

 又もや基地における米兵の暴行事件、終戦直後には国内至る所で被害を蒙り混血児も生まれ、生活の為に自らを挺した人も少なからずで、敗戦の浮き目に耐え、抗議する事も出来ず「こんな女に誰がした」との歌が流行った当時を思い出す。

 沖縄住民が今以て被害を蒙るニュースに、未だ敗戦の憂き目が続いている事に言葉が無い。沖縄の歴史は犠牲が多く胸が痛む。誠にお気の毒では済まない状況でもあるが、以前にも被害を蒙り大挙して詰め寄ったが、咽元過ぎればで、手ぬるくなっている矢先である。斯うした危険を孕んでいる米兵、凡てではなかろうが「人を見たら泥棒と思え」と用心する事を教えられて来た私達。何故、親達、教師達が教育していないのかと不思議に思う。

 決して米兵に味方するのではないが、「泥棒にも三分の利」との言葉があり、「取られる油断あればこそ、取る盗賊も出来申す」の言葉通り、油断があるからで何故、親切ごかしの口車に乗ってバイクに乗ったか?残された友達が不審に思って通告しないか?油断も甚だしい。娘の頃に厳しく教えられた事は、知らない人、まして男には口聞くな、親しい男性でも男の家、または部屋に入るなと諌められて来た。斯うした厳しさは今の親には無い。悲しい出来事は起こるにして起きた事件である。今の女性達は余りにも無防備であり、平和には危険はないと気が緩んでいる。女性達は心引き締め、妄りに気を許さず、自分の身を守る事に厳しくして貰いたい。

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謙虚

 30分遅刻について、新大阪府知事の発言に先行き不安がよぎる。NHK側にも橋下知事にも其れなりに言い分はあろう、知事の発言に「子供みたいと言われるかも知れないが」とあったが頷ける。局側も大人気ない役人的態度に取れるが、知事も何はともあれ遅刻した事に違いない故、局に対して言いたくなくても視聴者に対して一言「済みません」で和む筈。公務が故にと役人風を吹かし、逆に相手をなじっている。知事と言う肩書きが無かったとしたどういう態度に出たか?

 「稔るほど、頭の下がる稲穂かな」と言う句もあり、「負けるが勝ち」」 「成らぬ堪忍、するが堪忍」 「笠着て暮らせ己が心に」と言う様に、上に立つ者の心構えを教えている。皆がそうとは限らないが、肩書きを誇り、肩書きを見せびらかし肩をいからせる。肩書きが人格さえ変わらせてしまう。人は肩書きに弱い事を痛感する。

 其の人が本当に人物であれば、下でに出ても決して蔑ろにはしない。身の回りにも肩書き好き、肩書きを振り回す、学歴を誇る、連れ合いの地位を我が身に置き換えて誇る輩が目立つ。「先生」と呼ばれると途端に天下を取った気分に成る魔法の言葉かも知れない。凡人でも謙虚であるべきを教えられたニュースである。

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髪形

 テレビに女性出演者の髪形が、誰も彼もと言えるほど胸元に垂らしている。流行り始めのころは昔の幽霊画の髪形に思え、好感が持てなかったが、思えば昭和の始め頃小学一年生でも、お下げ髪と言って三編みにし、両側から胸元に垂らしていた。刈上げと称してうなじから刈上げる髪形はモダン刈りと珍しがられた。今のように垂らしていると洗い髪のままと好評ではなかった。

 時代に連れ変化している様でも、歴史は繰り返されている。歌にまでなった荒熊と称する罪悪人、娘等を襲い当時は恐れられた事件。誘拐され、外国に売り飛ばされると言う事もあり、娘達は戦々恐々夜の外出は厳禁。思い出す事件の種類も今と対して変化は無いが、現代の事件内容は惨忍である。利益関係や憎しみだけで行動を起こし、血も涙も無い。

 コラムに作家へ時代表現への苦言に対しての反論が載っていたが、時代物の登場人物の会話も当時の表現では、現代人には理解できないであろうし、作家も表現に苦労であろう。

 髪形も時代劇を見るに、地毛で結い上げている女優が多くなっているが、私の知る髪形よりは種類が簡略されている。髪形で地位、商売が判る。昔は絵や文字に書いて記録を残したが、確かな記録が残せる現代ながら、昔からの本当の物は伝わらなくなる。人骨なども発掘され、古代人の生活様相を知ることも出来る様だが、現代は灰にして仕舞う故、何百年後には物品以外は残らず、今ほど、祖先を窺い知ることは出来ないであろう。余計な事心配に及ばずカナ~

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挑む

 コラムにマラソンの福士選手の事が載っていた。何度も崩れるように転びながらも完走した気力を称えながらも、鞭打つようだが己を知ることも必要であり、一度だけの試しでの走りには向かない脚であると評している。成る程、最後の走りを見ていたが、「良くぞまー」と頑張りの姿に、今時の人にしてはと驚きながらも大丈夫かな?と見守った。

 挑戦する心構えは誰にも必要と思うが、評にもあったが其れなりに訓練し、経験を積み重ねて物になる。何事も初めから出来る人はいない。多少は生来、恵まれた才能を持ち合せている人もいるが、稀である、例え持合わせていたとしても、伸ばす術やチャンスに恵まれず、埋もれている人の方が多いと感じる。凡てに恵まれ、確かに本人の努力が実を結び、名を成す人は数える位であるが、此れに於いても周囲の協力あっての事、一人で功をなすことは出来ない。

 自分は生来に授かっている才も、財も、協力してくれる人もいないと、投げ出している人も多い。然し、生まれたからには生き抜く使命が課せられている。才がないと自らが思い、自分を潰している。何を標準に才がないと思い込むか、空気を吸える事だけでも恵まれている。一番苦手なことに挑む事が大事と思う。名を成す為でも、富を築く為でもない。不器用でも何度でも挑戦すれば不思議に出来、出来上がった喜びが次への気力に繫がる。

 人はみな楽を好み、努力を忘れ、出来ない事は第三者の責任となすり付け、駄目人間と自らを沈め、人嫌い、気力を失うとか、様々な兆候が現れるように思う。避けている物に挑む勇気と努力を先ず身の回りから始めることが必要と、コラムを通して教えられた。

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畳み

 畳の部屋で勉強させると、集中力が増すことが判明したと報道された。昔は小学校から畳みの部屋が設えてあり、時折、物語を聞かせて呉れる時間があり、和室で正座して聞いた。確かに集中して聞く事が出来た所為か、鶴の恩返しを始め台湾郷土物語、ルーマニアに血等、鮮明に覚えている。

 現在の小、中学校の教育内容は報道で一端を知るのみであるが、試験の為の知識を得るに他ならぬ如くに思われる。小学校4年生から女子は裁縫、作法、男子は工作。一様に算術の時間には算盤が組み入れられ、5年生では競技会もあった。手工時間には、ボール紙を1cm巾に小刀(切り出し)で切り、模様を出しながら組み、箱を作ったり針金を竹筒に巻き付け輪を作り、笊と、かたわし入れなど、其々趣向を凝らして作った。作法では、客に座布団の出し方、お茶の出し方、襖の開け方等が今も役立っている。

 子供の頃の柔らかい頭の時に、生活に役立つ知識、道徳、常識を学問の基礎と並行して教えるべきではなかろうか。

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晴天

 身支度を整えて5時、雨戸を開けた途端、目線と平行位置に細く美しい月の左側に木星、其の左に金星か煌き、暫しうっとり見惚れていたが慌ててカメラのシャッターを切るものの、拡大すれば画面には月だけ、絞れば辛うじて両隅に両者が撮影されたが、引き伸ばさなければ見られた物ではない。明日、晴れならもう少し接近するのではと期待が膨らむ。

 太陽の光線をまぶしく感じる今日は、全く雪掻きの心配なく午後には消える事間違いなし。都心から離れた我が家から見る屋根の雪は5~6cmはあるかに見え、空気も冷たく澄んでいる気がした。然し美しい銀世界に見惚れていた午後、知人が朝倒れ、其の儘帰らぬ人となった訃報を聞く。元気な姿に先日会ったばかり、脳梗塞との事。家族は突然の事で悲しみはさぞやであろうが、ご本人にしてみれば大往生、寝たきりや半身不随の苦闘と戦わずに済んだ事は身に引き換えれば、お幸せと感じる。残されたご主人を思うと胸が痛い。別れは何時かは来る。

 今を大切にと過した主人との別れは、この上なく辛く悲しく淋しく、もっとああすれば、こうしとけばと悔いは尽きない5年目を迎える歳月を経ても、心は晴れない。

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 久し振りの銀世界に暫し見惚れる。垣根や屋根の上には5cm位積もっているが、まだ止みそうにない。数年前までは雪掻きの道具を用意したり、積もり具合を見ては何度も雪掻きをして歩く道を確保し、人の家の入り口まで雪掻きしたが、其の気力は無い。自然に解けるのを待つ。予報がほぼ正確になってきたので、何日間は買い物に出なくても済む。冷凍食品は今迄も求めないと言うより、折々の野菜などで冷凍食品を作り置きするので、既製品の入る余地がない。

 今朝の対談でもドイツは96%、英国では68%国内産であると言う。矢張り輸入による被害を受けてから、国内での生産を満たす事に切り替えて、今日に至ったと言う。中国では日本の報道過大と非難しているとあったが、原因を確かめるに至ること事態、時間も手間も広い土地の事ゆえ大抵の事ではない。原因を確かめる必要はあるものの先ず、ドイツに学ぶべきであると思う。

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結果

 ニュース、紙上を賑わしている輸入食品中毒事件の調査も、中々はかどらない様子、国内での調査にも混入形跡と、注入ではとの二種類ある。何れにせよ此の件は消費者への警告と真摯に受け止め、外来品に頼らず、消費が増えれば国産量を増やす為に携る人も増える。最初は高くとも口に入るものには惜しまず、其の分、他で節約方法を工夫出来る筈。

 野菜の調理法も、皮も葉も捨てている人の多いのに驚く。一番栄養がある所と認識し、棄てる所は無いといってよい。工夫次第で買う分量が減り、経済になる。果物の皮も然りである。

 産経新聞を除いて大手新聞社が提携し「アラタニス」と命してWeb上で読み比べることが出来るとか、凄いと言うか、進歩、発展?何処まで開発されて行くのか、一般に浸透し、利用されて行くのか、果ては新聞紙さえ貴重になる日が来ない物でもない。思い掛けない結果に吉と出るやら、凶と出るやら、個々に確かめ、慎重に選んで行かねばならぬと心引き締める。

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依存

 「冷凍食品に頼る主婦達への警鐘だ」とか、同感である。安直に出来る魅力に取り付かれ、残り物も工夫して、目先を変えたりして作る喜びを忘れた主婦への諌めと感じる。夕べの残り物を利用したり真心籠めての弁当作り、一日の活料を賄える栄養をと工夫を凝らす、苦労もあるが、喜ぶ家族の顔を思い浮かべて作る楽しみもあった。

 昔と比べれば、主婦は有り余る時間が与えられる様になった。竈の煮炊きは電気、ガスに変わり、盥から洗濯機、箒から掃除機と差ほど手も汚さず、余暇を楽しめる様になった有難さに慣れ、更に上を望む。業者は先を争って新製品作りに、あの手この手で消費者の便利志向に付け入る事に余念が無く、如何に安価で売り込むかに凌ぎを削る結果、なるべくして、である。じっくり考える時機到来と思う。

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条件

 介護制度により、車椅子散歩の介添えは制度上では不可ながら、多めに見過ごされていた事が厳しくなり、介護費請求は出来ないとの記事を見た。寒い日に膝に毛布を掛け、首巻き帽子と言う寒さよけの出で立ちで車椅子散歩の方を見かける。当事者に直接聞いた事は無いが、体を動かしてこそ暖が取れるが、防寒具に覆われても寒くなかろうか、青ざめた顔色からして本人希望での散歩なのか?介護者は、散歩の方が労力的には楽の為に薦めているようでもありと、勘繰る状態を目にした事もあり、真から被介護者の希望でなのか、項目の一つとしてなのかと疑問に思ったこともある。

 今回の介護に対する項目の条件の厳しさは、良く取れば本当に必要とする人の為、有効に使う様、無駄な事への流出を防ぐのであれば頷けるが、判断は難しい。例えば、救急車の乱用が、本当に必要とする人の為に間に合わなかったりの被害も出てきているのと同じく、介護を本当に必要とするのかと思える人も制度を使わなくては損とばかりに利用している御仁もいる。

 逆に制度が厳しくなったからと、時間途中で切り上げる不愉快な話も耳にする。血も涙も無い、時間の融通も利かない介護では先が思い遣られる。自己管理を密にし、健康で残された日々を過すべく努力の他は無い。

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25円

 ガソリン税を巡っての説が、新聞でもTVでも載らない日とてないが、与党説の様に本当に地方での橋の修理、管理。豪雪地方での除雪費用等、日常生活に響く問題に関わって来るのか、地方からの苦情の声は聞こえてこない。ガソリンが安くなれば排気ガス量が以前の様に多くなり環境汚染に拍車が掛かるとか、論議は盛り上がる。

 ガソリン税も然る事ながら、ガソリンの輸入量が減り、ガソリンの値上がりによって生活物資が値上がりして行く方が脅威に思っていたが、何時の間にやら税の方に掏り替わってきた。ガソリン税が無くなれば安くなり、此れ幸いとふんだんに使える状況なのであろうか?資源には限りのある現代、産出国では出し惜しみ、原油のありかを捜し求め、掘削を開始した国との提携説はニュースに上らず尻切れトンボ。

 何にしても石油産出国でない日本、原点に帰って考え直すべきではないか。ガソリンの値上がりを阻止する為に暫定的の法律を変え、次期内閣成立を狙う政策の為なのか、ガソリン税25円安くなる事での国策、国民への利害の真理を明らかにすべきと思う。

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リサイクル

 リサイクルについての対談でペットポトルのリサイクル方は、各地によって異なる事を知った。燃えるゴミとして収集、水分を含む生ゴミと一緒に焼却すると燃焼が効率が良いと理解している市町村もあれば、分別を徹底させ、ペットポトルをリサイクルに回している地域も有れば、全く分別など意に介せずの町村もあり、統一されていない事に驚く。

 環境、リサイクルについての学識者の言い分や、分別し収集してリサイクルを必要派の言い分を総括した話は、リサイクルされている結果の状況や数字は全く発表されていないと。成る程。年賀葉書やコピー用紙も、再生紙を使用していないのが本音の様だ。見栄えが悪い、詰りは買い手のご機嫌取り、売らんかなに尽きる。心底には資源の無駄ずかいに対しての協力心は微塵も無い。

 作り手も悪いが、買い手も悪いのか、騙されているのか、実に情けない。情けない事の一つに、ペットポトルを砕片にした物を中国が高値で買い取りに来ると言う。国内では単位35円なる物が、数倍の値段で買い付ける。業者は有り難く歓迎であろうが、資源は流れて行く。日本領域内で取れた本鮪は、業者の手が届かぬ高値で中国業者が買い付ける。昨日のニュースでは、新潟産のコシヒカリが買われ、其れに乗じて大体的に輸出すると言う。徐々に吸い取られ、貧血を起こしかねない。

 お役人さん方、手を束ねて見ていて良いのですか、ガソリン国会等と嘘いていて良いのですか?足元から攫われつつあるある現実を把握し、国民を守る事に徹すべきではなかろうか。

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マイナスイオン

 体に良いと謳い食品にも器具にも付けられている、マイナスイオンとかクラスターとかは一兆分の一位に過ぎず、実際どれほどの量が含まれ、体に良いかは証明されていないと言う。

 健康を気にする人々の関心をそそり、横文字を付けて納得させようとする製品は多い。此の食品が良いとTV で照会されれば売り場からは即、姿がなくなる売れ行き、関心が強いのか、乗せられ易いのか、私も何度か乗った口でもあるが、少し賢くなり殆ど乗せられない。

 蒸留水器の走りに使ってみたが、清潔度に欠けている状態を発見し、其れ以来水道水を沸騰したら、蓋を開けて4~5分沸騰させ、ポットに入れたり湯冷ましにする。売り物の飲料水と内容は何ら変わらぬ結果であると衛生試験場の数字が出ている事を知る。

 空気清浄機にもマイナスイオンが謳われているが、確かな数値、効果は無いに等しいとの事。乾燥を防ぐのには濡れタオルでも吊るしておけば可成の効果はあるとの事、安上がりと電気も使わす環境保全の一助にもなる。

余談だが、血液さらさらにしなくてはと医者に薦められ長年服用し、安心していた所、右手がポンポンに腫れ、手先まで紫色になり慌てて病院へ、別の科で診て貰った結果は薬害とわかり即、服用停止徐々に回復中。「過ぎたるは猶、及ばざる如し」。用心用心

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矛盾

 少子化対策として色々打ち出されているが、先ず、結婚志向者が少ない。結婚年齢が高く出生率が低い。調節によるのか子供の人数を制限している。一人~二人で三人は珍しく、此の分でいくと人口ゼロになり兼ねない。大手会社では保育所を設けたり苦心はしているが、子連れで出社とあれば満員電車で?車で出勤でもするのか?共稼ぎであれば賄えるのか、矛盾している。

 出産を控え異常事態に救急車の連絡に応ぜず盥回し、親子共々命を失う。産婦人科の医師が不足、産婦人科が閉鎖される。地方では、隣接地まで行かねば産婦人科が無い。いざと言う時の為、其の土地に仮住いをすると言う。無い無い尽くしの中で、子育てに尽力を謳っても順序立たない。1~2~3が3~2~1である。

 政治家を始め、教育関係、報道関係に至るまで常軌を逸している輩が多過ぎる。範を垂れるべき人間が恥を晒し、至る所、逆様状態、ガソリン問題も、耳障りの良い事より、何が適切であるかを国民は問い、且つ知り、政治家は値下げの結果の長所、短所を明白に説明すべきで、喧々諤々の討論に於いても矛盾を感じる。

 

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大国

 支那と呼ばれていた時代、「眠れる獅子」と教えられた。広い国土、発達していない地方の人々の生活状態は噂ではあるが、綿入れの袖長着に手を差し込み、目の位置にまで挙げて「しぇ-しぇ-」と礼を言う。朝、顔を洗うのに日本人は手を上下に動かして洗うが、彼らは顔の方を動かして洗うと聞かされ動作が違うのだなーとか、寒い国、農民は貧困だとの情報のみであったが「獅子が目覚めたら恐ろしい国力を持つ国になるとも聞かされた。

 今、オリンピック開催に向け、進歩し続けているらしいが、何処の国にも言える、陰で憂き目に会っている国民も可成いる様だ。人間は何処まで目指せば気が済むのか、日本に於いても然り、「バベルの塔」の結末にならねば良いがと憂う。

 平和の象徴的オリンピックの競技出場資格争いも、記録延ばしのために憂き身をやつす凄まじい戦いである。根本に流れる物は一体何なのか、「記録を延ばす為」「メダル獲得の為」「個人の栄光の為」?新しい水着が開発されたと言うが、水の抵抗をなくす生地と、筋肉を引き締めて動きを早める繊維が織り込まれていると言う。此れを着て記録が出るとしたら、本人の記録なのか、化開発された生地によるのか、其処までして記録の為に?心から喜べないものを感じる。

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支持率

 今朝の「新聞を読んで」の放送で、福田内閣支持率評が、新聞社によって異なる事を挙げていた。朝日新聞では福田内閣の支持率が野党より下回り、読売新聞では支持率が上回る。新聞社の性格上か、記者の感覚によるものか、各社共に数値が違う。当然の事ながらも個人では、読み比べて判断する事は財が許さない。

 年金生活者としては、新聞も一社に絞り、女性としては家庭欄に惹かれて選び、しかも朝刊だけにして後は耳からのニュースで事欠かないが、率評を耳にすれば一般人の信用度に不安を覚え、心迷わされる要素を含む。

 今朝の放送で思うことは、自分が、どの党を信頼出来るか、過去の業績、政治家の人となり、人格から滲み出る要素を自分なりに受け止め、今、國として進むべき方針の打ち出しに賛同出来るかを判断する事が大切と感じた。

 ガソリンの暫定税も、安ければ此れに越したことはないが、町村大臣がパネルでの説明を聞くと、必要性も頷ける。安くなれば引き締めていた車使用度も緩み、贅沢趣向に拍車が掛かる。喜ぶ人の率は多いかも知れぬが、除雪車とか、道路補修等、余り表に出ない面での不自由に影響を及ぼす事を知る。

 民社党では此れを理由に一挙に政権確保の懐刀にしようとしているが、暫定税をなくした額を何処で補うかがはっきりとしない。「言うは安し、されど行うは難し」では困る。唱える事は主権者よりは容易に発言出来るが、権を握った時、諸問題の解決法がはっきりしていない。給油問題も止めれば何故良いか、自国を潤う事のみでは利己主義者と受け止められかねない。

 近頃の町内も付き合いの無い、「隣は何をする人ぞ」になりつつあり、国も其の風潮であっては島国日本としては、そこそこの付き合いも必要ではなかろうかとも思うのだが、「下手の考え休むに似たり」か「下手な鉄砲も数撃てば当たる」。果て、さて、何れか、議員選びに「お願いします」に頼まれず、自分の意思に「そぐう」人物選びが必要と切に思う。

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哀れ

 二人の息子を殺めた母親が、自首したニュースに息子の先々を思う母親の心情に然も有りなんと、胸の痛みを感じる。収入源の夫は倒れ、自閉症と身障者の二人の息子を抱え、再三相談に役所へ行ったと言うが、解決の目どは立たず、結果が出るにしても長い時間が掛かる。ぎりぎりまで来ていれば待つ余裕は無く切羽詰っての事であろうと察する。

 同じ様な子供を持つ家庭を知っているが、経済的に恵まれて居る上に身障者の手当てを貰い、障害者の施設に入り、年に数日家で世話をする。この状態と比べると天と地の差がある。障害者手当ては貰えなかったのか?例え、貰えたにせよ収入の無い家庭では焼け石に水かも知れない。今凌ぐ事が出来ても、やがては息子達が残る時が来る事を思えばと、切なる親心の惨事となってしまっのであろう。

 此れに至るまでに、何とかならぬかと思うのは第三者故かも知れない。役所の問い合わせに「待って下さい」と答えた時は覚悟が出来た上での答えであろう。毎日流れる殺人のニュース、一番手っ取り早い解決法と、唆されたのかも知れない。何しろ心痛む。

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たすき

 正月恒例の箱根駅伝走者が、記者の質問の「何故、寒さの中苦しい行程を走るのか」へのコメントに深い感銘を受けた。「記録を出す、とかの思いは勿論あるが、たすきを渡す責任と、渡せた時の達成感に喜びを感じる」と言う内容である。記者は今の日本が渡さなければならない事が渡されていないと、同感である。

 ニュースで「お雑煮を食べたか」「日の出を拝みに行ったか」「初詣をしたか」の質問に「はい」と答えた人は三分の一以下であり、日本の伝統行事が失われているのを感じると報道していた。確かに核家族になってから二代目、もしくは三代目となった現在、親から子へ代々伝わる正月行事の数々は伝わらなくなっている。

 おせち料理にしても、お頭付きも目出度さを表し、煮豆はマメマメしく働けるように、蓮は先が見通せる様に、人参牛蒡の切り方も末広がりに先行き良い事を念じ、蓮の切り口の置き方で白羽の矢と称して縁起を担ぎ、一つ一つに目出度く縁起良い謂れがある事を、作りながら次世代に伝えて来たのである。

 先ず箸を付けるのも挨拶を交わし、一家の主が箸を付けてから戴く礼儀があり、守って来たのだが、今では行う家も少ないらしい。お金さえ出せば、手を汚す事無くおせち料理が揃う時代、其処には作りつつ交わす大切な言葉は無い。

 大切な事を渡したくも受け取ろうとする相手が居ない、めいめい勝手に走り出し、伝統も責任も無く自由奔放に走る現在、或る面では制止が付かない状態を感じるのは、家族間での殺傷。昔ではあり得ない事件、あったとしても肉親間の殺傷は一番罪が重いのである。心ある人々の声が大きく広がり、終止符を打つ事が速やかなることを願う。

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節約

 「何処まで恵まれれば気が済むのか」と題して、曽野綾子氏が新聞に載せていた。文明の進化に伴い、際限なく進歩を続け、新しい物を追い求め、便利さ、豊かさに慣れ、更に要求する。求める人が居るから作るのか、作るから買うのか留まる所知らずの現況であるが故に、何処まで・・・・との言葉が出るのも当然。

 省エネと言いながらレジ袋もお金を払えば使えると勘違いしているのか、レジ袋を減らす為の呼び掛けである事が理解できないのか、と思う節もあり、店で扱わなければとも思ったりもする。売り場のトレイ、ラップを使用量、高給和菓子に至っては一個づつ、小さなレイに乗せてある。昔は紙や経木の柵で区切ってあった。何しろ包装過剰、生産者が改善するか、消費者が買わないようにするか、上からの命令でもなければ改善できないのか、其の上たるやも苛立ちを覚えるが、選んだのは国民である。

 節電を唱えながらも、ひと時を過ぎれば元の木阿弥状態。新聞の一画に、深夜営業時間を制限すればとあった。便利さに甘んじた人達が、さぞ、不便を感じるかも知れないが、何処かで元の生活に戻る努力をしなければ、唱えて居るだけでは埒が明かない。一人一人が身の回りから、何をすれば環境破壊を阻止する一役を担う事ができるかを考えるべきと思う。

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姥捨て

 昨夜、8チャンネルで、政治家を交えて介護に対する討論がなされていた。実情の取材例を映し、悲惨な状態を今後、如何に解決して行くか政治家達が何処まで理解しているかが討論されていた。

 病床が減らされた原因は、より良い介護の援助が充実されての上で、家族介護がなされるべきが、家庭介護だけが実施され、援助されるべき介護がお題目だけに止まり、実施されていない現実を、政治家は役人からの実施報告が来ていないと逃げた。

 年々増える要介護者、放映された実情は、介護に疲れ、収入は途絶え、介護者も癌に侵されながらも手術も出来ず、見る方も息が詰まる思いである。無理心中、介護者が病人を殺める、孤独死、斯うした悲惨な事件は早急に、何とか手を売ってもらわねば今後、益々増えるであろう。家庭介護をする為には仕事は続けられない、例え続けられたにせよ、介護者の健康が保てない。

 要介護の査定が余りにも厳しく、今まで3回の人はゼロになり、介護を依頼すれば費用がかさむ。早く死ね、と言わんばかりと訴えていた。高給取りの政治家達、中には介護をしたと言う方も居られるが年寄りの年金額では到底生き延びられない。政治家達や金持ちの頭にある額とは桁が違い、想像も付かぬであろう。もっと底辺に、目を向け、活発に動き回る年齢者の目を老齢者の立場に立って見て貰いたい物である。

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処理

身辺で暮に何人かが世を去り、真剣に身辺整理をせねばと思い箪笥を開ける。何時かは着たいと思いつつ、着ても一日~二日で箪笥の肥やし、まだ手も通さぬ物もあり実に勿体無い。着物リホームと雑誌、新聞に出ているが、洋服との二重生活での着物は上物が多く、服にした所で手入れが大変で、洋服生地の扱い同様には行かない。

 着物生活から服に切り替えるならば、常着ば服に更生出来るが、上物はそうも行かず、例え更生できたとしてもフォーマル用になってしまう。一番良いのは着物愛好家に貰って頂くより手は無いと考えた物の、はて?息子の同級生にでも声を掛けて貰い希望者が有るかどうか?手始めにと頼む。

 人生を終える迄に今年こそ、思い切って整理をせねばと、今迄は出して眺めて叉元への繰り返し。幾ら取って置きたくも、残された物との関係が無ければ反古である。潔く、感謝しつつ処理して行くべし。今年こそは?

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府中

 3000人もの受刑者が、府中で新年を迎えていると言う状態を取材した記事と写真が載っていた。消灯9時が31日は紅白歌合戦と、除夜の鐘をTV で見る事が許され、其れなりの雑煮の献立の写真も載っており、窺い知る事は時代の変化を感じた。

 ニュースなどで知るところに因れば、罪の大小を問わず刑務所に収容されれば、頭は丸刈り、横縞模様の衣服を身に纏い、粗末な食事、所謂「臭い飯」麦ご飯で漬物とか、厳しい時間制度の中で規則正しく寝起きし、決められた労働を科せられ刑期に達すると聞く。粗食や厳しさの中で自分の犯した罪の重さを感じ、反省し、恥を知り、再び戻らぬ覚悟が養われる為の手段と理解していた。

 然し、刑期を終えた人が行く先も無く懐は乏しき為、万引きをして捕えられての第一声は、「刑務所に戻りたかった」である。衣食住に不便を感ずることは無い。仲間と親しくなり孤独感を感ずる事もない。如何に受け止めたら良いか、罪の意識も恥じらいなど微塵も無い。罪に対しての意識の無さは如何してなのか、何処で捩じれてしまったのか、国会の捻じれどこの騒ぎではない。

 罪の軽重に関わらず、入れられること自体に対して罪の認識が無さ過ぎるのではないか。刑期が終われば凡てが掻き失せるとでも思っているのであろうか。網走の刑務所と聞くだけで震え上がると、読んだ事がある。極寒の中、せんべい布団と麦飯で過す辛さ等は今は無いらしい。人権尊重の為であるのか、昔から比べれば可成の優遇であるかも知れぬが、刑務所とは無縁の生活が当然で、「嘘は泥棒の始まり」と、きつく戒められて育った頃の躾が浸透して欲しい物である。

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便利用品

 今朝のNHKTVで、発売されている便利用品の数々が紹介されていた。どれも此れも成る程と思う便利グッツ、子供でも盤の上に置いて、折りたためる。盤の通に畳めば、大きさも揃い子供でも簡単に畳め、一定の大きさ故、仕舞い易い。確かに宣伝文句通りではあり感心した。物の考えた方は立派、確かに知恵者。売れれば一攫千金も夢ではなく凄いが「待て暫し」、便利なものを利用し、時間も省けるかも知れないが、用具は増えるに反比例して消費者の考える能力は減退して行くのではなかろうか。

 お金を出しても物が無い時代、お互い知恵を絞り、有る物で工夫し間に合わせ、壊れれば修理し、破れれば繕い、一度手にしたものは最後まで大切に使い切った。薄破れた布を丈夫にする為に刺し子が考え出され、破れた布のお互いに良い所を継ぎ接ぎして生まれ変わらせて利用したが、今では、新しい布を使い、薄綿を引いてキルトに仕上げる手芸の始めとなっている。

 知恵を絞る事も無く、脳の活性化と称する器具を利用して活性する時代になってしまい、器具を買えない人間は自身、余程工夫せねば老化現象に委ねるほかは無さそうであるが、此れでは御免蒙る。お金が無くても、器具に頼らずも知恵を絞り、工夫して脳の活性化に励むべし。

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資源

 地下資源宝庫を持つ国の王が「豊富にあっても限りがある。使い尽くせば原始時代に戻らねばならない」と言われたとかを聞く。段々少なくなりつつある為と思うが、資源を持てる国も出し惜しみをするのは当然、新たに掘削できる所を血眼で捜し、果ては境界線問題も併発し、限りある資源の争奪戦となり兼ねない。

 如何に工夫すれば無駄遣いを阻止できるか、発展途上国は意義を醸し、経済大国は協力に二の足を踏む。便利さや豊かさに慣れた人々は縮小させるには努力が必要であり、実行は中々困難な事であると言っても、少しづつでも知恵を絞り無駄を省いて行かねば次の世代に負担が掛かる事は必然。

 我々の生活から始める事は当然ながら、政府、企業、生産者、販売者も真剣に根本から考えなおすべきと思う。石油から作り出す容器類、過剰包装、衣類に至るまで使い捨て商品が余りにも多い。これ等の生産者には被害が及ぶかも知れないが、使用するから作るのか、作られるから使用するのかイタチごっことなる。何処で引き締めるか?消費者が真剣に選択し協力すれば少しでも変わって行くのでは、変えて行かねばと思う。

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計画

 今朝のNHkTVで、日野原先生と三国連太郎氏との対談の中で、先生が5~10年先の講演や原稿の予約が此の通りと見せていたのに対して、一瞬、その様に予約したとて?の思いが頭を掠めたことに恥じらいを覚えた。「後何年生きられるか判らないのに」との思いが日常度々過ぎり、控える事もあったり、叉、後の為にと思い買い求めたりの交々であるが、考えを改め無ければならぬと感じた。

 生を授けられた神様の手の内に、終りも計画されているであろう、なれば現在生かされていることに感謝し、精一杯生きることに邁進し、健康であるべく自己管理し、前進への計画を豊富に持つべしと、思いを新たにした。

 忘れっぽくなった、年を感じる、あち、こちが痛む、目も乏しくなって来た、食も細くなって来た。おまけに年金は減る、健康保険は来春から上る、物価は高くなる、良い事はひとつも無い。考えれば、お先真っ暗尻つぼみ。だからこそ前向きに考えよう、其れなりに知恵を絞り、其れなりに工夫し、其れなりに志向(思考)を凝らし、活き活きと生きるべしと自分に命令を下す。

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師走

 クリスマスカードにも儀礼的なもの、心からの物とあるのが不思議に伝わってくる。今日で音の世界からジングルベルが消える途端に師走の声が飛び交い、何をせずとも追い立てられる思いがし始める。

 ラジオもTVにしても心痛むニュースばかり、中に目立つのは肉親を平気で殺めるとは信じ難いと言うか、情と言うものは掻き失せてしまったのか?情報が速やかに流れる為、唆されての行動なのか?誰しも腹立ち、怒りもあり「殺したい位憎い」と言う言葉もあるが、「待て暫し」とじっくり考え、後先の事、結果、恥、責任等々に思いを馳せる「間」と言うか、常に己を省みる事の訓練が為されていない。

 刃物で殺める事以外、言葉の刃物により殺める事も多い。最近NHKで言葉の変化や使い方を取り上げているが、最近言葉の乱れは甚だしい。電波による所為か、悪い言葉や可笑しなアクセントまで広まり、嘆かわしく思うが、安政生まれの私の祖母が、「近頃の衆は言葉遣いがなっておらない」と歎いていた事が思い出され、何時の時代も時の流れに沿って変化して行くのかと、良い方に変わるより悪化する事に心痛む。

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討論

 長時間の討論を、民間のあとNHKで見聞きした。民間は、その筋の人、公共のは、一般からの応募者を交えての討論であった。何れも話題は社保の件では、特別郵送の件でも喧々諤々なるも、我が党の政権獲得が漂う。

 5万通の郵送にしても考え抜いた挙句の果てかもしれないし、上に立って良かれと粉骨砕身の努力も判らぬ訳でもないが、無駄に思える。筋立てているだけにも思える。トラックで運ぶ莫大な封筒量、郵送料、印刷代、使用する紙の量。問い合わせの応答に対処する施設の増設、携る人件費等々、「一体何処か賄うの」と問いたい。

 問題を抱え込んで政治家達だけで良い知恵が出るであろうか、比評に「乳母日傘で育った政治家ばかりのニッポン」とあったが、真に其の通と思う。庶民の最低生活者の苦労は分からない。庶民も、最近では貧富の差が可成有るように感じる。加賀の菓子屋で、金箔で張り巡らした部屋に始まり、菓子に至るまで凡て金箔尽くめ、買う金持ちが居るから作るのであろうが、勿体無い。

 増税、消費税を増やすなら贅沢品にだけに付ければよい。討論会で若者の発言で、「年金を受け取らなくても生活できる金持ちには年金を出さなければ良い」と。発言者は贅沢な生活者の孫で、贅沢な生活者にとっては年金額は、端た金如きであろう。感覚の桁が違う。此れと同じで政治家の考えも、桁が狂っているとしか受け止められない。

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揚げ足とり

 来る日も来る日も「揚げ足取り」としか聞こえぬ討論に、いささか、腹立たしさを覚える。別に民主党に逆らう訳でもないが、重箱の隅を突くが如く、次々と応答の揚げ足を取る。見慣れぬ議員も誇らしげに、此れ見よとばかりに捲くし立て、自分の存在を知らしめる如くに感じる。

 確かに、取り掛かる前の意気込みとして、期日を約した事ではあるが、何年もかかって曖昧にしてきた事柄を、早急に処理できる筈がない。命令一下、機械化された現代、手早く処理されるとの過信である事には違いないが、一生懸命、目を引っ込ませて取り組んでいる姿から努力の程が伝わる。

 言わせて貰えば、事の始まり時代、大きな発言をしておられる輩も此の件に関わっていたではないか、現在、離党したからと、目くじら立てず、政治家であるならば、処理に四苦八苦して居る姿を火事場の見物的に野次らず、助け合が嫌なら良い手法を助言出来ないのか。政権を取りたいばかりに、手の内は明かさない、攻め抜くのみの手法なのか。国民の為に心を一にして、難事を打開すべきではないか。

 昔は、小さな藩に別れ、同じ日本国でありながら、取り、取られの戦国時代さながらの態と同じに感じる。政治家達の意図は何処にあるのか、選挙には再び議席に戻りたいと発言を聞く。信念は何処にあるかと言いたい。歎いた所で国民が目を覚まし、真剣に議員の選択ができる目を養う事が先決かも知れない。

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