新名所

 妙義山を新名所として観光客を集めようと計画されていると報道され、そそり立つ岩山、集辺の風景が映し出され。道路も整備されれば確かに観光客は集まるでしょうが、然し、観光客の行儀(マナー)の悪さを防ぐ方法も備えなければ又もや塵の山に悩まされ、県の経費の無駄遣いの結果を招かぬような方法を整備と並行して考えて頂きたい物と他事とは申せ思います。

 サービスエリアにわざわざ塵を棄てる人、観光先、お花見、海水浴、其の他、見物に行き自分が持ち込んだ食物の塵を何故持ち帰ることをしないのかと不思議に思います。ゴミ箱があるから捨てるのかも知れませんが、昔は必ず持ち帰りました。「尻ぬぐい」と言う言葉があり、人の失敗の後始末をする事の意味の他に、物事や塵の後始末と言うことも含まれており、後始末を致さぬと「お便所でお尻の始末をしないのか」と笑われたり叱られたものですが、ついぞ此の言葉を聞かないことは始末が出来ない人が多い所為と感じ情けなく思います。

 

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説明書

 先日、IHによる事故が多発と載っており、原因は使ってはいけない鍋とか油温度とかに因るとの事。安全であるべき器具から何故事故に繋がるのか不思議に思うが、思い当たる事は安全を願い、電化に致せば燃料代が年間を通して割安との宣伝もあり、切り替える年配者の家庭も多く、若い人ならいざ知らず、中年以降では安全である事に魅力を感じ設置するのではあるが、其の説明書たるや、細かい字でびっしり書かれており、此れでどれだけ読めて内容が理解出来るのかと案じられる。

 説明を求めると販売員ですら、読みにくいと言うほどに細かい字で書いてあるのには驚く。安全を求める年代は、決して若くは無い。拡大鏡を持ち出さなくては読めない程の字では説明にならない。説明書が付いていると販売者側の責任を果たしているだけで、役にはたっておらない。

 IHに限らず、近頃の製品についている説明書は殆どと言って良い程、細かい字でびっしりと書いてあるだけで不親切極まりない。事故が起きれば説明書通りにすればと責任逃れをする無責任時代である。

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座席

大臣であられるお方が、私的の旅行に新幹線の公用の座席を利用し、夫人以外の女性を同行された事で非難を受け、体調を理由に辞職されたが、新幹線の座席で経験した事を思い出した。

 主人の転勤で東京大阪間の行き来が度重なる折、車両によるのか必ず空席の有る事に気付いた。ある時身内が危篤で急遽出発。勿論新幹線の予約席は無し、自由席の車両に乗り込むも立ち席。

 車掌にキャンセル席があればと横浜を過ぎてから依頼した。間も無く指定席に案内され、終点まで腰掛ける事が出来た。其の時に質問した答えに「議員方の緩急の為に空席を用意してある」との事。其の時点では用意周到と納得はしたものの、後に、議員方は旅費が出る上に乗り物は無料と聞き、二重取りではないかと腹立たしく思い、或る党員に問題にするべしと言えども何等改造されず、いち党員は国民の代表と言えども、何等国民の声は届かず、議席を埋めるに過ぎない事も知る事が出来た。

 幾ら騒ぎ立てられても咽元過ぎればで何等変わることなき議員行動に言葉も無しである。朱に交われば何とやら、拠らば大樹の陰で逆らわぬが安泰となるのであろう。

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給付金

 定額給付金申請届書が届き、頂ける事は有難く開封、住所、氏名、振込先を書き入れ、チェック事項を読み指定通りコピーして封入、投函に至った物の、コピー機も無く出掛ける事も侭ならぬ一人暮らしであったら全く迷惑な指定である。

 手続き方法は一般社会人相手の方法で、一人暮らしの老人を対象には全く考えに及んで居らず、不親切極まりない。(地方によっては異なると思うが)振込先通帳又はカードをコピーして封入するとあるが、体の不自由な老人がコピー出来る所まで行ける筈も無く、さりとて他人に任せるわけにも行かず、何方のお考えかは存ぜぬが、手続きの標準年齢を何歳に置かれたのかお尋ね致したい。

 思いやりも無く、この不親切さは私共の区のみなのか、呆れる他無い。真にお役所仕事の代表的現われと感じる。情けないというより他に言葉が無い。

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調査

 近日中に調査に伺いますのでご協力をとの封書がポストに入っており、差出人は社団法人「中央調査社とある。2~3日して係りの人が来た。開口一番、「女性は65歳以下、男性は70歳以下の方からお答え頂きたい」 との事。何れも該当者なし。配布の紙面には16歳以上の方にお答え頂きたいとある。

 何の為のアンケートかを問うと、新しく建つタワーについての由。地デジに切り替わる事の理解も、受信できる用意もなされていない家が多いとか。然し何故年齢で切るのか、平等ではない。周りは殆ど指定年齢を上回っている家庭ばかり、指定年齢の家と生活状態は何等変りは無い。

 調査員を雇って20件に一軒も指定年齢層がいない家庭が多い現状で、何が為の調査かと首を傾げる。管理部、首都圏担当とある。問い合わせはフリーダイヤル0120-49-3023とあり、年齢差別的に感じた所以で尋ねてて見るべしと思っている。

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三無い

 裏千家家元様のコラムに「三無い」①字が書けない。 ②字が読めない。 ③意味がわからない。政府も議論だけに終わらず現実になるようにと載っており同感である。

 キイを打ち、変換で文字が出て、書か無くても事が済み、字を書かない故に字は覚えない。難しい字になると読めない、意味がわからないとなるのは当然である。

 大学を出たけれどの「おばかさん」を売り物のタレント番組を見て子供達が良いと思い込むことが恐ろしくさえ感じる。

 日本語の美しさ、漢字に秘められる豊な意味、偏と旁が相俟って形が整えられ、意味が含まれている事にも興味を以って学生時代に確り学ばせるべきと思う。

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休耕地

 一旦、休耕地にすると元に戻すのに3年以上掛かると聞いている。後継者が農業を離れ、高齢化で、もう農耕をする事が出来ずに田畑を放置せざるを得ないのかと思っていたが、何の事は無い、「休耕すればお金が貰える」制度を作り、農民の精神を破壊したのは農水省だと載っていた。驚きである。

 いつぞやも、助成金は何ヘクタールか纏まらなければ出さない。新しい機械を入れるにしても資金が無い。助成金が貰える広さは無い故に何軒か纏まってとなるが、飛び飛びに田畑を持っている人にとっては合流も出来ない。お金を貰って休耕する以外手がない事になる。態よく小農家は弾き出されて行く。

 生産不足は野菜の値を上げ、消費者は安物を買い漁る事を付狙い、輸入を増やす。気候の関係で野菜が豊富に取れてもコストを抑える事と相俟って折角の野菜も埋められる矛盾さ、牛乳にしても余る、牛を減らす、輸入が止まる、牛乳が足りないと翻弄されている。

 一つの案も中々纏まらない政治。各都道府県内で賄うと言う案を実行し始めていると聞く。確かに、確実な成果が現れると思われる。国民が豊かになるなれば知事さんがた頑張って欲しい。

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領土

 麻生総理がロシヤ側と会見し、北方領土に対して話し合うとの事であるが、戦後六十数年当たらず触らず生ぬるい態度に先方は益々態度を強め、押し切られるかも知れないと心配する。

 何しろ相手が相手である。日本劣勢と見るや、今まで提携していたにも拘らず、敗戦数日前(確か八日位前)突如、提携破棄し安心し切っていた満州国境から雪崩の如く侵入し敗戦と同時に男性は捕虜となり、女性は手当たり次第、子供の前であろうが、否応無しに犯され生き地獄であったと引揚者は語る。

 現に知人は女性であることを悟られぬ様、坊主刈りにし、胸は子供のオシメ等で強く巻き、命辛々引き揚げてきた話を現実に耳にして居る。

 ハルピンに駐屯していた従兄弟の話では、ソ連では落下傘部隊が編成され、敵の背後に落下し楽々挟み撃ちに出来、勝利は間違いないとの作戦は日本に当てはめられていたとは知る由もなく、寧ろ凄い軍力と提携しているとの安心感さえ抱かれていた。

 手の裏を返すとはまさしくソ連の態度であり、忘れもしない驚きであった。一度ある事は二度三度と言う。充分相手の言動から読み取る事をして頂かぬ事には、箸にも棒にもかからぬ相手である事には違いない。ゆめゆめご油断めさるな総理様。

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見て見ぬ振り

 対馬問題を取上げている番組の中で「見て見ぬ振りをしている国である」と発言されていたが、国も国民も確かに「見ぬ振り」が多いと感じる。

 かに漁船が流されたと言えども領域外との事でウラジオストックへ曳航されたが厳しい。然し、日本に於いては対馬の自衛隊の基地隣や、陛下行幸記念碑の周辺が韓国観光業者に買い取られても見て見ぬ振り、竹島に於いても見て見ぬ振りどころか手も足も出せない。行政で何とか売買を取り締まらねば、議席云々どころでは済まされない事態が起こりかねない。

 趣味で始めた楽器の研究会に楽器を肩に参加した行き帰り、リユックを背負い楽器を肩に迷惑の掛からぬ場所に立っていたが、何方様も見て見ぬ振りに徹しており、誠に上手である。若く見られたと思うものの私ばかりではなく見るからに老人と判断できる人にさえ席は譲らない。夢中で指を動かし携帯を操作している人、小説でも読んでいるのか画面から目を話さない。周りを見ようとしない人等様々である。

 「勝手でしょ」と言う言葉が流行ったが、座るのも立つのも人其々勝手でしょの気持の表れかも知れない。人に譲っても、譲られようなどとさもしい心を持ってはいけない、腰掛けなければいられないような状態になれば外出致さぬことを心得るべきと感じた。

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規制

 傘をさしての自転車運転が規制され、違反者には5万円以内の罰金がきめられ、幼児を紐で確り背負ってならばの二人乗りの規制は緩和されたと載っていた。

 当地では歩道での自転車通行は高齢者と子供は許されている物の、依然として従来通り歩道運転がなされている。しかも後ろからベルを鳴らし「其処退け」とばかりの人もいる。たまに真面目な若者が規則を守り車道を走っているが一車線道路では車運転者の充分な注意が必要と感じる。

 自転車を車道で走らせるならば、自転車専用の車幅線を設定出来る車道巾を有さない場合は寧ろ危険が伴うので、歩道を走らせない規制は有り難いが、安全に車道を自転車運転できる配慮がなされなくては人身事故に繋がる恐れが孕んでいる。

 歩道を運転する自転車の方も、歩行者に心遣いをして双方共に譲り合い、規制に拠らずとも常識的に配慮して、より良い安全を期するべきと思う。

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地デジ

 聞き取り調査で、公団に住まわれる中高年の女性の憤りは集団住宅の方々を始め年金生活者も同じ思いを持っていると思う。

 3年後に迫る地デヂへの切り替えで、今までのアナグロは見られなくなると言う。チュウナ~を取り付けるか、買い換えるかととなるが、この婦人は現在のテレビに¥10,000のチュウーナーを取り付ければ良いと言われたが、公団住宅の現在の共同アンテナを撤去費用と新しい設置費用とで一軒当り二十数万円掛かるとの事で、年金生活者には支払えない金額と憤る。

 建設された当時は、活気もあり子供達の声も聞こえた時代は過ぎ、殆どが高齢者、負担は重過ぎる。唯一の娯楽のテレビも見るなとの事かと憤慨していた。

 何故、地デヂに切り替えなければならないかの説明は、子供ニュースの時間で、お父さん役が詳しく説明していたので成る程と理解出来たが、一般には行き渡っていないし真剣に受け止めてはいないらしい。

 経済上の都合もあり、一時に切り替えるのでなく余裕を持たせての切り替え方法は出来ないものか、切り替え予告は確かに何年も前から耳にしてはいるが、実施に伴う費用の点では家庭の状況、経済状態も考慮に入れて、年金生活者に又もや負担の掛かる事柄を緩和できる方法が取れないかと、幾らアナログ回線が満杯になったと言え、徐々に移行して行く事が出来ないのであろうか、素人には分からないが、切羽詰っている人も多くいることは眼中になし、切捨て御免のやり方に「お前もか」と感じる。

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政治家

 顔をそろえた面々は丁度、役者の襲名披露如き感を受けた。毛並みは良いが、乳母日傘で育った方々が下々の苦しさが分かろう筈がない。知ったような顔をなさっても辛苦は舐めておられない。

 国と言う鍋の中に材料、詰まり国民は腹立ちで煮えたぎっている、調理人なる政治家は上に浮いてい来る「あく」を掬いあげて居るだけで、中の材料を掬い取ろうとしないのと同じ様に思える。煮物が煮えているか、いないか知ろうともしない調理人に感じる。

 批判している政党も代を告いだ面々、政権を取る事に労しているに過ぎない。相手を詰りあい、足を引っ張り合い、揚げ足の取り合い、耳障りの良い事も不発。国民に受けようと早急に案を発表するより、じっくり構えて国民の声を聞き国民からの知恵を求めるのも一手と思う。

 ねんきんも今度の改正案で、安くなって喜んでいる人も多く、差し引かれるので手間いらずと年寄りは喜んでいる。マスコミの無責任な取材報道を耳にする事無く、実情を確り捉えコロコロ方針を変えないで貰いたい。

 舛添さんも期待に応えようと一生懸命の行動に感服、ただマスコミ記者の思惑に振り回されず、底辺の声を受け止めて頂きたい。

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矛盾

 輸入食品の米に始まり、粉乳に至るまで危険とされる物が混入されている事が明るみに出てきたが、何故、輸入するのかと疑問を抱く。

 何故なれば、野菜は出来過ぎれば値崩れを防ぐとかで畑に埋め込み、米の生産が過剰すれば田圃を休耕にし、ミルクの需要が減ったからと沢山なミルクを棄て、乳牛をも減らす。収入は減るどころか生活が出来なくなるほどの痛め付けは、携る人達への行く手を遮る方法としか受け止め得ない行政のあり方。生活の目どが立たず農牧に見切りをつける人達を増やしているようなものである。

 細々と先祖伝来の農地を守っている方々も老い、見切りをつけた次世代は戻らず、此の儘では農地は荒れ、再起でいない土地と化してしまう。

 国の付き合い上であれ、輸入された物は国産と比べて劣るものは安値であろうが輸入しない厳しさを持つべきで、消費者も安物買いに血眼にならず地元の物、県内の物、しいては国産品に目をやり、使用すれば生産者も潤い、消費者は安全な物が求められ、双方、持ちつ持たれつで国が潤うと、斯うした単純な動作が何故行われなくなってしまったのか。

 安物を輸入し、国産より安値にしても儲けは確か、私利私欲に走り金儲けの亡者に成り果てての事件は起こるべくして起きたのではなかろうか。政治家も国民も原点に帰り、気候風土に恵まれた日本国土を廃れさせない様見詰めなおす時である。 

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検査

 紙上を賑わされては困る事件。使い回し以上の悪知恵で、とんでもない汚染食材を悪びれも無く売りさばき、金の亡者と成り果てた業者が撒き散らした被害は、保育園から老人施設まで及ぶ。

 「僕達、毒を食べちゃったの」と園児から聞かれた園長は涙を流していた。そもそも、行き渡った経路としては、何故購入したか?安いから~利益に繫がるから~検査を受けている品だからと、仲買い人から業者へと4~5倍の上乗せしても通常価格より安いとあれば飛び付く。名の通った酒造会社までもが引っかかっている。

 検査が96回も受けていると言うが、検査は抜き打ちではない。通達すれば隠す手立ては幾らでもある。役所との関連が臭う、何かがある。

 無断駐車の自転車の取締りを良く行っているが、前以て告知している為、本当にあくどい常連の無断駐車する人は捕まらない。中には廃車にしたいような自転車を其の日に置いておくと持って行くので助かると、逆利用する輩もいる。

 取り締まるのに前触れ無しは車のネズミ捕りと称される隠れた場所で抜き打ちに交通違反者が捕まる。厳しく検査をするのであれば此の法式で厳しく抜き打ち検査をすればよい。然し不思議に思うことは、三笠食品が莫大ともいえる量を一手に買い取る事態に何故、疑問を持たなかったのであろう?工業用糊材としてなら食品会社がと此処で気付きそうなもの。

 工業用材としても粗悪米を何故輸入する?国産は余っていると言うのに、手繰るほどに疑問事項が多過ぎる。徹底調査を行うべしだが、果たして本当の調査が出来得るのか叉疑問。

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迷い猫

 一週間程前からお向かいの車の後ろ、お隣の玄関口や町内15~6軒を巡り歩いている一見若そうな皮膚病の猫が居る。

 先日放送で動物の皮膚病が蔓延し、犬の散歩などで広がる恐れありと注意をしていた矢先の事。近所で相談し保健所へ電話したが、答えは「犬は捕獲できるが、猫は捕獲条例が無いので出来ない。動物愛護センターに問い合わせて下さい」との事でセンターへ電話したが「治療は致すが引き取らない」との事。

 餌を野良猫にはやらない事になっており、やせ細っている猫は何時死んでも可笑しくない状態で、自分の所で死んだら困ると一同困り果てている。治療して貰っても引き取り手は無く、野良猫を助けた事になり野良猫が増える原因にもなる。

 結論は、現状の侭と言うことになった。野良猫の原因は捨てる人が居るからで、只、可愛いとの感情だけて飼い、途中で飼いきれなくなり棄てる無責任。群れをなして生き延びる猫達は増えるが、取り締まれないとあっては増えるのみ。

 猿も然りで、人間に被害が及ばない限り手を下さない条例、動物の病気が蔓延しても人間に及ばない限りは処置しない。先日も近所で、押し売りの恐ろしさに110番しても現状を把握しない限り取り締まらないとの返答。子供虐待の通報があっても、事件とならなければ動かないでは間に合わない。此れが今の行政である事に呆れる。たかが猫である、されど猫であった一日となる。

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改竄

 社保庁の役人が立場を利用して改竄行為をしたとの報道に、叉かと最初の驚きとは違い、度重なる失態に「未だ他の庁の役人も、自分の利益の為、何等かしているのでは」と疑心が増す。

 同じ職場に慣れ、信用度を増すに連れ少し位ならとか、後で返せばと自分への言い訳で深みに嵌ると聞く。銀行に勤め始めは金高に驚くが、慣れるに従って品物として見えるようになると言っていた。慣れる事は麻痺してくる感覚の恐ろしさ、「初心忘れずに」と言う格言があるのも昔から慣れへの諌めである。

 我が身可愛さで、ぬけぬけと悪知恵を働かせるあくどさ、然も、高等教育を受けた輩達である。誠に情けない。「我が身つねって人の痛さを知れ」であり、「悪銭身につかず」 「隠れたるに知れぬは無し」である。懐を肥やしたり、我が子可愛さで地位を利用し袖の下を使って迄して目的を達した家族は顔向けが出来なかろうと思うが、違反で捕まった時「運が悪かった」と言うのと同じで「盗みをした子が憎のうて、縄掛けた人が恨めしい」の川柳の心境かもしれない。

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言葉の乱れ

 言葉の乱れが新聞にも取上げられたり、3チャンネルでも正しい言葉の使い方が取上げられているが、昔は言葉の使い方の訓練は厳しかったと言うNHK 、標準語として見習うほどの局であったが、「オヤ!」と思われるほど言葉遣いが乱れており、注意を促す電話の返事は「辞書に載っていますから」と。近頃は辞書なるものも、近代使われている言葉を載せており、此れが必ずしも正しいとは言えないにも拘らず、辞書に載っているから良いのだとばかりの返答に更に驚く。

 民間局に至っては尚の事、視聴者の多い昼時の放映ではタレントを司会者のアシスタントとして用いている。人気者かも知れぬが敬語の使い方も知らない「大学は出たけれど」である。司会者は注意すべきで、司会者そのものもご存じないのかも知れない。

 見識のあるお方をお招きした時も、「○○さんに来てもらいました」、聞いている方が恥しくなる。視聴者が多い番組ほど言葉遣いを始めとして、出演者一同、言葉遣いも態度にも気遣い、核家族になって祖父母、両親から学べない正しい日本語を用いるべく努力を惜しまないで頂きたい。

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近所の底力

 豪雨による河川氾濫で水害被害を度々受ける世田谷、杉並の一部の住民方の助け合いが放映された。近所の方々の助け合いで成功された実証を交えてであるが、都会特有の近所づきあいの無さ、「隣は何をする人ぞ」で我関せずが多く、消息を知ること事態がプライバシイ侵害と打ち解けてくれない事に苦慮していた。

 災害時ばかりでなく、今朝も孤独死の多いことが取上げられているが、声を掛けられるのも厭い、叉声を掛ける人も少なくなっている。以前は留守にするときは声を掛け、ポストを見てあげたり、雨戸の開け閉めをして留守を知られないように世話をしたものだが、迷惑を掛けまいと新聞屋に連絡して止めたり気遣う人が殆ど。(新聞配達人が空き巣に入ったニュースに唖然とする。)

 果たして災害時にどれ程手助け出来るか、住宅街は尚の事、家族何人かも分らない現状である。十数年前までは町内会員名簿が各家庭に配布されたが、此れも中止された。協力しようにも手立てが無く、孤独死の防ぎようが段々無くなって来ている。

 近所の底力に協力する年齢層も高齢者に属している。団地も子供達は巣立ち老人が残り、増える空き部屋。空き部屋に妻に先立たれた高齢男性が引越してきて7年、老朽化で取り壊されるというが行く先が無いし、例え、あてがわれても年齢的に其の場所に順応出来ないとぼやいていた。年々増える高齢者に如何様に政府は処遇を施してくれるであろうか、先が見えない。

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叉も

 次々と出るわ出るわ、賄賂、偽装、これ等は今に始まった事ではない。以前から沢山あったが申し出る者が居なかったのか、取上げられなかったかである。小学校の頃議員の子供への優遇は公然と行はれており、優秀でなくても上級学校へ進んでいた。地位と金の力だと諦めていたし、肩で風を切る態度で威張っていた。

 役所との繫がりを付ければ左団扇、商売はベルトコンベア式に成り立ってゆく。コンテストでも審査員系列は何故か優勝したり選に入るのも不思議で、何やら匂う。

 何の伝手も無く、独立独歩で伸し上ってゆくには、相当の努力と実力が無ければ上れないにも拘らず、初心を忘れて利益に走った立身出世型の業者が「此れで俺も終りだ」と呟いた言葉が耳に残る。

 努力も苦しみも知らず、親の威光や二代目、三代目が政治家の地位を占めている昨今、優秀な御仁も居られようが、下積みからの苦労も食うや食わずの苦労の経験も無い乳母日傘の方々が、庶民の生活内容が解ろう筈が無い。

 とやかく批評した所で所詮投票した我々、「どうせ」と投げやりに投票しない輩にも責任はあるが、実際、良い政治家が、と依れる人が、改革者が居られるのか、居ても従来の役人が行動を阻んでいる様子も窺い知る。暴かれるのを恐れているのかも知れない。イヤハヤ、信用が置けない事ばかりの続出には言葉が無い。

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果たして

 役人のタクシー利用が激減したと新聞で見るが、果たして何時まで自粛出来るか?咽もと過ぎればで、噂も75日とばかりに元へ戻らなけば良いがと案ずる。

 給食をやめるか、続けるかをタレントやTVに顔が出る政治家、エッセイストと称する方々、子供まで交えて討論していたが十人十色、言い分はまちまち、、給食費不払いが何と22億円とか、海外旅行で留守であったり、車の支払いがあるからと支払い能力がありながら利己主義の徹底振り。義務教育だから支払う必要が無いとかには呆れる。

 もっと驚いた事は、支払い請求されたことで校長室まで押しかけ、深夜まで徹底講義をする父母が多いと、政治家は、不法侵入として警察を呼べと言う。然し警察は動かないと、或る教員は疲れるまで言わしておけと、我々の時代には想像も付かない世相に成り果てていることに驚く。

 平然と恥じらいも無く税金の無駄遣いは氷山の一角、掘り出せば切りがなかろう。然し給食の未払い、残飯の費用はさて置き、成長期の栄養面で必要性を説く人、共稼ぎだから手間が省ける、生活に困っている人は如何する等々、昔はお弁当を持ってこない子には先生が分け与えたり、友達同士で分けたり助け合ったし、共稼ぎの夫婦も居た。然し今ほど心はぎすぎすしておらず、貧にも耐え皆這い上がって来た。豊過ぎて望むことばかりが先行し過ぎているように思う。果たして如何になり行くのかと憂う。

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礼儀(マナー)

 今朝のニュースで、エレバーターがブレーキの掛かったまま動き出し、自転車に乗つた侭降り様とした高校生が亡くなって二年と報道されていた。亡くなった遺族には申し訳ないが、自転車に乗った侭、降りさえしなければ、素早く体を交わし命を落とさずに済んだと思う。此れもマナーの欠如から起きなくて済む人身事故と言えよう。

 ローカルニュースでは北陸地方のみの標高300メートル位の山に咲く姫野百合、別名、乙女の百合と言う美しい花を資材を投じ絶滅から丹念に育て一般に公開したが、心無き人が摘み取る為減少しつつあるので今年で閉鎖し、増殖を試みるとの事。花の咲くまでには6年掛かるとか、マナーの無い人に対して嘆いていた。

 名古屋ではエスカレーターの歩行を禁止したとの事、当然で、事件が起きなければ動き出さない行政。然し他県では実行していない。法的に取り締まらなければ改まらない初歩的のマナーを、悪びれも無く平然と踏み躙り、注意を仕様ものなら逆切れされる情けない日本に成り下ったと嘆く。

 一応、エスカレーターでは歩かないで下さいと放送は流れるが、何処吹く風とドタドタト駆け上がってゆくたびに片側に立つものは揺れる。機械が故障するのは当然の事と思うが、事故が起きればやれ管理が悪い、製作ミスかと責任が転嫁され利用者側への注意は無いと言って良い。消費者は王様とばかりに甘やかすのも良くない。

 余りにもマナー(礼儀、行儀)が欠け過ぎている事が目立つ。学校、家庭、職場に於いて守るべきマナーを教育すべきではなかろうか。マナーを破る恥さえ感じない人間がこれ以上増えないで欲しい。

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喫煙

 今朝のラジオで、禁煙マラソンを立ち上げられた女医の放送を聴いて驚いた。子供と言っても、幼稚園児から喫煙していると言う事にはドキリである。何たる事、親が吸っている事で大人への願望が行動化させているとの事。

 「禁煙マラソン」とは一人では挫折者が多いが、同じ苦しみ(禁断症状)や自分自身との戦いに負けそうでも、立場を同じくする人達との連携で禁煙達成者が増え続けている。子供にはどの様に連携を取るかで思案なされ、携帯を持つ子供に喫煙も多くある事で携帯を通じて禁煙マラソンを発信。

 「大人が吸っているのに子供が吸って何故悪い」との反発メールもある中に「やめて良かった、ご飯も美味しく食べられ、成績も良くなった」「止めるのに苦しかったけど、やめて良かった」等のメールで反発した子供も感化され、禁煙できたとのメールがあり喜ばしいと。

 大人は勿論、体にも周囲にも害を及ぼしているが、まして幼児時代からの喫煙は成長に大きな悪影響を齎し、思考力を無くし引き篭りの行動に及ぶと。大人は家の中で吸わなければと「蛍族」と称する戸外で喫煙、部屋に戻っても吐く息から有害物を吐き出している為に害を及ぼす事には同じとの事。

 将来ある子供の健康、自分の健康を思い禁煙マラソンに加わり輪を広げて貰いたい。出来れば個人個人が強い意志を持ち、努力する勇気を持ち子供等に範を示すべきである。特に妊婦がスパスパの姿を見るが、体内の子供への悪影響を深く知り、自分の欲求を殺して胎児の為に禁煙することが母となる人間の責任であり、母の愛があれば出来る筈である。

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 曽野綾子氏談に「親として機能を果たさぬ親」とあり、全く同感で、こうした親に育てられた子供は、やがて親になり。親として機能を果たせぬ人達が増えてゆく世代を思うと末が案じられる。

 核家族となり、親から学ばぬ人が親となり、学業本位に躾が疎かになり、大学を志せば一人暮らし、卒業すれば独り立ちと称して一人暮らし、親から何を学ぶか?只、貢いで貰うだけ、足りなければアルバイトで賄える、安易な生活にどっぷり浸かり、人の言葉には耳も貸さず、気に入らねば引き篭り、何とも早手の付けようもない人間が構成されつつある。

 義務教育過程の先生方は、親の剣幕に押し切られ、精神的にも弊害を蒙っている方も多いと聞く。当然支払うべき給食費も払える状態にありながらも払わぬ横柄な親、恥を知れと怒鳴りたいが、反対に怒鳴り返されるのが落ちであろう。感謝の念は更々無い。

 産婦人科医も出産に立ち会う夫の暴言に辟易としていると放映され、立ち合わさなければ怒り、陣痛で苦しんでいれば何とか打つ手が無いかと医師に食って掛かり、止む無く無痛分娩に切り替えれば妻の傷はどうしてくれるかと詰め寄る。言語道断である。「この人達に育てられた子供はどうなるだろう」と評論家が歎いていた。

 手術の結果が悪ければ医師に詰め寄るが、手術の前に家族共々同意書に捺印するが、結果が意の侭ならずば当然の権利の如く詰め寄り、医師たちは平謝り、依頼者は当然の事のように完璧を望み、場合によっては慰謝料を請求される。こうした事の連続では医者になり手が無くなるのは当然であろう。

 機能しない親達は、自分等をさて置い完全を求めるご都合主義者達を、何処でどのようにして矯正して行けるのか、頭の痛い問題であろう。昔は先生様様、此れに応える赤髭先生や心血を注ぐ教師が溢れていた。よき時代に戻らぬものかと歎く。

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エスカレーター

 又もやエスカレーター事故、起きて当然とも思われる理由は、利用者側の利用法に器具を早く傷める要因があるのではと思う。

 二列に並ぶ幅広でも何時の頃からか左側により右側を空け、どたどたと駆け上がってゆく振動で体が揺す振られる。アナウンスは「駆け昇らないで下さい」と何度も繰り返されるが、何処吹く風と行動は止まらない。

 その道の専門家が「ブレーキが作動して停止しても、人体の重みで下方に戻る今回の状態になり得る」と解説している。機械の動きに身を委ねていても金属疲労とかで故障は起きるであろうが、何人もが通路の如くエスカレーターを昇ってゆけば故障が起きない筈は無い。

 うっかり右側に立とうものなら、駆け上がる足音に退かざるを得ない。何時、何処で、誰がこうした風習を流行らしたのか不思議でならない。良い事は強いても伝わらないのに、ずるい事は直ぐ右へ倣えで忽ち広がる。してはいけない事をする姿勢自体、恥じである事への認識が薄れ、と言うより認識が無い。流感の様に広まって行く。

 一人一人が、各家庭から、老若男女「恥を知れ」を植えつける必要を感じる。機械の整備も去ることながら、人間の心の整備の必要が急がれる。

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着付け

 近頃の着物の着付けが大いに変化しているのに驚く。俳優や歌手達が、役柄で着る着付けが其の儘一般人にも及ぼしていることは嘆かわしい。

 着方によって年齢、職業を表している事に無頓着、流行らせている着付る人にも責任はあるが、着付け人も何も知らず、時々に流れる映像の着物の着付けを取上げ、流行らせ真似をすることが流行の先端を切っていると勘違いしているのではないか。

 娘さんの着物の着方は、襟元や帯の位置も初々しさを表していおり、胸高に帯を締めと物語にも出てくる。近頃は娘も中年も抜き衣紋、帯の締め方、位置も年増風と言うより商売人を表徴させている。着付けの正しさを知らぬ事故とは言え、何も知らずに着付けをさせられているとしか言えない。然もわざわざ胸にタオル(パット)まで入れて、情けない。礼儀に適った正しい日本の着付けの原点を良く学んで、着付け方を広めて貰いたい。

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解散と費用

 衆議院解散説に一般からの賛成票が多いと、さもあろうが、選挙~結果までに八百億の費用が掛かるとの事。又もや税金から、首相交代が短期間で二人変わるのは世界で日本だけの事とかで、見下げられるのではないかと心配する。

 「我が党は」で振り回しているのか、振り回されているのか、国民中心より主張を通そうと喧々諤々。果たして本当に国民の為になっているのか?後期高齢者保険金も、前より額が上っている人は騒ぐが、下がっている人は可成多い事を知るが、ひっそりと有り難さは口に出さないと言うより、細かい字て通達が来ても読まないで、耳から入る取られると言う言葉が老後の不安をかき立てる。

 はっきりとテレビ等で耳から目からで75歳以上の人の今迄と、これからの差し引かれる額の計算と数字を知らせれば充分理解出来、凡ての老人が被害を蒙っていない事が判る筈である。所謂、説明不充分から差し引かれると言う言葉に恐怖感が煽られてしまった結果、自民党は損をしており、民主党は勢い付いている様に感じる。

 75歳以上の方々、もう一度通達書を丹念に見直すか、問い合わせてみれば多く取られているか、いないかがわかり安心できる。係りの方も親切に説明されることを願う。

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歴史は繰り返す?

 「日本の鋸の使用法は「引き」アメリカの鋸は「押し」で切るとの事。森林学者が調査した所によると、日本法式が使い易さを知り現在は引き鋸のみ使用とか。この法式が発案されたのは室町時代、民家の建築が盛んになった頃、此の他にも発明品は多く農業生産も飛躍的に伸び、経済が大いに発達した反面、政治は全くだらしなく特に将軍継承争いが元で起こった応仁の乱で京都は焼き尽くされ、下克上の世を生み出し戦国大名の台頭を許した……何時果てるとも知れぬ政治の混乱を応仁の乱になぞらえる見方がある。……文化や文明は政治より経済の発達に大いに関係があるのだろう。」とコラムに載っていた。

 ガソリン税に振り回された国民、この一ヶ月何だったのか?「深夜まで安いスタンドを探し、やっと見つけて満タンにした」と笑顔の男性。時間とガソリン消費の計算は無いらしく、安いガソリンを得た満足、探すスリルに酔っている如きで、締りの無い国、豊かさにどっぷりの国民の姿にうら寂しさを感じる。

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変化

 志を持って仕事を始めたり、家庭を解放して子供を与ったり、子女達に教養を身に付けさせ始めた事が時代を経て、屈指の会社に発展したり、有名校として入学率の競争も激しく、希望しても入学侭ならぬ時代となった。内容も創立者の意志が完全に受け継げられていないところが多くなっており、さぞや創始者は歎いておられよう。

 小さな規模の会合に於いても、代が変われば開設者の思いと異なり、優れる面の伸びより、趣旨とは裏腹な面が邪魔をし始めている向きがある。

 武田鉄也氏の漢字に就いての博学に恐れ入り、大変勉強になったと言うか、今時の人達の漢字に対する理解力の変化に驚く。どの当りから理解力が乏しく変化してきたのか、教えられても吸収できないのか不思議に思い、勝手に解釈している事にも驚く。

 「春」と言う字の起源は?春と言う字を逆様にすると理解出来ると、お日様が上に昇り、地面から芽が出る状態が変化して春と言う字になると、成る程。意味がわかれば子供でも直ぐ覚えられる。然し、中には言葉の使い方も意味の取り片も違って用いられ始めている。諺でも全く反対の意味に受け止めていたり、諺も知らぬ時代になりつつあることに驚く。昔から言い伝えられている諺には「そつ」がない。大いに学ぶべしである。

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水も輸入

 最近、驚く事ばかりのニュース、呆れる番組に愛想を尽かし、三時の小休止の時間帯にNHK高校講座を見ているが、昨日、水に関しての講座で「エェー!」と驚いた。まさか水まで?思いも依らぬ事、今迄知らなかった事に、叉びっくり、一体どうなってしまうのだろう、如何して?と背筋が寒くなる思いがした。

 一人当たり1,800ℓの水を世界各国から輸入していると、世界地図上、日本に向けて各国から赤線が集中している。講師が迂闊に使う水を、もっと大切に心して使うようにと結んでいた。

 東京水と銘打って売られているのは隅田川から取り入れた水を最新科学施設で濾過、分離し美味しい水になっているとの事。売られているペットポトルの水は、輸入された水の加工品であるようだ。然し大量の輸入水は一体何処で使われているのか、利用の分類を知らせる必要があると思う。さすれば、水の節約心も生まれよう。

 温暖化で世界各地に於いて変化が起きている。オーストラリアでは旱魃でひび割れ状態の土地には生態系も損なわれているとか、アフリカも同じくである反面、水位が上り住む所を失いつつある島々もあり、この分で行くと60センチの水位が上ると日本の砂浜はなくなるという危険状態にある中、飲み水が各国で不足していると言う。アメリカなどでは地下水を大々的に汲み上げているが、ここ数年で半減しているにも関わらず、目処がつかないとか、斯うした状況の中で日本は水を輸入しているのであれば、近い将来行き詰まるのは必然。

 輸入すればあると楽観している考えに警鐘が鳴り始めている。手始めに、農薬入り食品とそろそろ問題が出始めている。生活上、衛生上か、処理に窮してか、一般家庭まで水洗に制定され、清潔ではあるが水道料に付随して下水道料金が請求され高額であり、此ればかりは節約出来かねる。聞くところに因れば、メーターとにらみ合わせ、近くのコンビニを利用して節約を計る家庭もあるとか、宜(ムベ)なるかなである。

 贅沢に慣れきった国民生活をどう引き締めて行くか、政策に依存の前に国民一人一人が知恵を絞らなければ生活事態が沈没しかねない事を憂う。余命指数程であるが、戦前、戦争中の不自由さに耐えた者にとっては耐える自信はあるが、戦後の方々は心引き締めて節約に心掛けて頂きたい。      

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遂に

 薬物中毒事件の報道に、昨年から起きている少人数の時に疑い、追究すべきで、関係者が「連絡しても上からの結果指導が来なかった」と縦割り行政の手緩さが諸に出た。

 此の報道に直ぐ思い出したのは、ミート偽装の社長が「安いものを好み、安くしなければ儲けが無い。だから考え出した」と。機械まで考案し棄てる物まで利用し、作り出した食品類で、よく被害者が出なかったとゾ-ッとしたが、もっと恐ろしい事が起きてしまった。

 「安物買いの銭失い」と言うが苦しい思いをし、命まで落ちしかねない輸入食品の危機の到来である。中国人には被害が無いとすれば、安値を迫る日本の買い付け業者が醸し出させたのではないか。買ってもらう為に、原価を落とす事に苦心し、貧困農家は生産量を増やす為に使用したのか、根本を追究しなくてはならない。

 食に限らず衣類、機械に於いても生産コストが低い国に流れて行く。食品で無いから未だしもだが、国内では生産コストが高くしなければ生活が立たない。高ければ仕事は来ないの悪循環。農村に於いても然り、農業だけでは貧しい、若者は都会へ流れ、一旦都会生活に馴染んだ者は汚れ仕事を嫌う。農家の跡継ぎは無く、畑は徐々に姿を消す。漁業も然り、後継者がいないのは生活が出来ない状態に追い込まれるからで、後継者が居ない、収穫量は減る、輸入に頼る、結果は国民が被害を受ける。

 安い食料を輸入し、方や近海での漁獲鮪は業者の手が出ない高値で中国へ買われ、純米は高値で中国へ売り込み、買い付けられてゆく。此の儘の状態では、戦争反対、平和存続と叫んでも、食材、衣料生活製品に至り、完全に敗北的様相がやがては来る事を、消費者は肝に据え、生活の基本を考え直すべき事態であることへの警告と受け止めるべきである。

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大食い

 コラムに「大食い」に関してTV 放映についてが載っていた。大食い競争に用いる食品を、時間切れ間近かに棄てる食品を使えばと、成る程。コンビニなどで時間切れ間近に、お弁当類が棄てられて行く。誰しも「勿体無い」の思いで見ているのは、当然の事と思う。

 我々、口にする事も控える高価な料理を、コギャルと称する女性タレントがパクパクと、容赦もなく「お代わり」とニコニコ顔。沢山食べる事で仕事が増え、ギャラを貰い、代価は局が支払う良い事尽くめ。国内でも食べられない「貧すれば鈍する」輩も増えつつある近頃、視聴者取りの為に面白おかしく番組の企画者。「消え行く日本」と題するも宜なるかなである。

 戦前から終戦20年間ぐらいは、「お米を粗末にすると目が瞑れる」食に対して粗末に扱うことを諌められてきた。今、法外な不道徳極まる要求を平気で言う人達が増えたのも、欲しい侭の生活で、心の目がつぶれ始めていると感じる。

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不便

 「集金制度はなくなります」と、月々訪れて呉れる郵便局員の言葉に、民営化の不便が遂に来たかとの思いと、地方の山間部の人達が歎いていた事を思い出す。

 「来ない」と一言だが、郵便局始まって以来慣れ親しんで来た関わりが切れる。集金に来てくれるから月々何がしかを通帳に入れ、其処から自動振込みがなされる。年寄りが足元覚束なく通帳に払い込まねば底を突き、自動振込みが出来なくなる。

 通帳に沢山ある人は何の不自由も無かろうが、年金収入から何がしかを入れなくては、住民税、健康保険料凡て自動振込みであれば、其の不便たるや押して知るべしである。バリヤフリーが奨励され、家の中が不自由なくも、外出できない老人の事は何も考えに入っていない。徴収しに来てくれなければ、未納、滞納が起きる。滞納すれば滞納金を取られ、泣き面に蜂である。此れは不便の序の口に過ぎないと思う。特種郵便局がなくなり、本局まで行かねばならぬ人々の不便さの、その後の追及はなされず、人々の不満も伝えられていない。

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CO2被害

 昨夜のTVで世界中で被害を蒙り、此の儘では更に被害拡大の恐れが迫っている事が放映されていた。最高峰のヒマラヤの中腹にある雪解け水による湖の面積は倍加し、天然の防波堤が何時決壊してもおかしくない状態に、人工の防波堤建設には目どが立たず、お手上げ状態で、もし決壊した場合の被害、死者数は驚きの数字である。

 これ等は皆、CO2に因るもので、日本の食生活を満たす60%以上の輸入による食材の運搬船、鮮度を保つ為の保冷に使う燃料から出される排気ガス。遠くは日本の裏側に位する国からの輸入の貨物船、飛行機からの害は世界を抜いて日本が一番と言う恥しい数字である。

 コンビニでのお弁当調査で、時間切れで売り場から幾つかの籠で人目につかぬ場所へ運び出され、廃棄処分になる量23%。最も勿体無く思うのは、パーティの立食に出され盛り沢山の食種。更に結婚披露宴の手の付けない料理が容赦なく棄てられる量は60%を上回る。コンビニの弁当の鮭一切れを、生産から入手迄の過程を追っていたが、如何に環境を汚染しているかに驚き、寒気さえ感じる。

 どれだけの人が此の放映を見ていたか、無論、仕事に関る人は見られないであろうが、弁えなければならぬ人が真剣に取り組むべきだが、消費者も大いに弁え、買わない、注文を控える、売る側も棄てる量を注文時に控える。棄てている費用は何処が負担しているのか?販売者は納入者に、納入者は生産者へと?泣きを見ているのは誰、何処。

 パーティや披露宴の企画者も、虚栄を棄て、質素に無駄を省き,次世代の為に限りある資源を使い果たす事なき様、心得ねばならぬ。ギクッとした言葉は、オイル資源云々と騒いでいるが、50年後水不足が来ると。水が無くなる事は生命を絶たれると同じ事、到底作り出すことは不可能である。今自粛せねば、取り返しが付かない恐るべき時代が迫っている。

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廃棄

 身の回りも処理せねばつ思いつつ捨て難く、元に納めてしまうの繰り返し。最近漸く少しづつ片付けててはいるものの、はかどらない。

 TVで、食品類の廃棄される量が都民の食を養う一日分が毎日捨てられていると言う。何と勿体無い「罰当たり」な事が日々行われているとの事。勿体無いと期限を書き換える心境も分からぬものではないが、「勿体無い」より、利益に繋げている事に腹立つ。原料の6割が輸入に依存しているとか、安く売らんカナで安い仕入れに手が伸びる。国内産は売れないの悪循環。如何したら歯止めが利くのか、末恐ろしい。

 毎日どさっと入る広告、月に何度も配達される通販のカタログ、よくも商品が溢れているものよと驚く生産量。其れを宣伝する紙の量。幾ら再利用できるとは言え、利用生産数以上に山済みされる回収された紙の量。石油高値であらゆる物が値上がりし、叉は、形を小さくして値段は据え置きとの算段をしているとか、おまけに消費税を上げるとかの政策がチラホラ。上つ方は左団扇で「庶民の苦しみは知らん顔」であっては困る。この「ぼやき」届く術はないものかと歎くのみ。

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真似

 中学三年生の驚きの行動は、摺り集団映画の仕草に関心を寄せ、憧れ真似をしたと言う。 習字も作法も師匠の動作を真似して覚えよと教えられ、親の背を見ても学び、少しでも上達しようと一挙一動、心して見習うようにと言われてきた。が、然し、見習いや真似もとんだ方向に考えが及んだものと、「親の顔が見たい」と、見た所で此の親も何を見習ってきたか、見習う術も分からず、教えてくれる人も居なかったのではないかと思われる。

 「憧れる」目標が異なり、理解の仕方が歪んでいる。普通なら、悪の映画を見ても、そうした事はしてはならぬ、世の中に悪い影響を及ぼしてはならぬと、諌めている面を受け止めねばならぬ筈が、唆されて仕舞うとは狂っているとしか言えないが、此れだけでは片付けられない深くまで浸透した不道徳さ、どの様に修正出来るのかが懸念される。

 フィットネスクラブでの出来事も然り、此れもアメリカでの出来事の真似宜しきを得たのか、英雄気取りの真似事にしては残酷であり過ぎる。明るいニュースが殆ど無い。事件の報道も詳し過ぎ、怖い物見たさの視聴者の関心をそそる為か、叉真似をする人間を増やすような物。其れより、火事が出た、何人犠牲になった、原因は取調べ中で終わり、尻切れトンボ。大事なのは、何が原因で火災が起きたかを知らせるべきで、器具によるのか、静電気の火花によるのか詳細に知らせる事で各々が用心出来る。

 トップニュースで功を競う記者の気持ちも分からぬでは無いが、斯くまでも不理解、道理を弁えぬ輩が多い時代に取材側も気を使い、コマーシャルの非常識さ、輸入映画の選び方にも気配りが必要ではなかろうか。

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値上がり

 何もかも値上がり、年金は目減りに、節約の箇所を考える。此れから先ず響くのは暖房費、ふんわり温まる灯油もタンクの買い替えを機にガスストーブに切り替えた。殆どの暖房器具が電気を必要としているので、停電時に閉口した事を踏まえ、電気併用なしの器具にし、ヤカンもかけられる機種にした。正解と言えるかどうか、来春から電気ガスも値上がりと言う。何れにせよ容赦なく、財布の中身は目減りして行く。

 一旦、贅沢な暮らしに慣れると引き締めは大変であるが、戦前の暮らしを思えばと振り返る。家では大きな火鉢が暖房の要、何時もヤカンからは蒸気が出ており、乾燥を防ぐの理に適っている。コタツも、床を刳り貫いて足を下ろせるようになったのは戦後である。火鉢の周りに家族が寄り、コタツで足や膝を温めあう。みかんやおせんべいが常時載っており、嫌でも家族は顔を突き合わせ、何となく話は絶えず、自然に家族の交流が出来ていた。

 値上がりに、家計は苦しい物の、今を機に生活のあり方を考え直す良い時期かもしれない。やがては食料も、今の無駄遣い、勿体無さを弁えぬ生活ぶりに、跳ね返りが必ず来ると思う。其の時期が先延ばし出来る様にとの警告と感じる。

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不信

 又しても大手の食品メーカーの不祥事が報道され、食品で名をなし、事業拡大出来るのは裏工作があるからだと立証されたような物である。食品に限らず、凡て事業が成功し、手を広げて行けるのは、下請け会社の協力や、袖の下的接待が物を言うし、大手は要求する。

 刃傷沙汰で命を落とした親子の親は、地方での名士であり、黄綬褒章とかを貰ったとか、此の賞を貰う為に何処から指定されるのか、誰が選び出すのか、裏がある。本当の功績で世界に名が知れ亘って戴く賞とは違い、推薦によって出た中から選ばれる。其の推薦に至るまでに醜い綾取りがある。

 本当に功績のある縁の下の力持ちは、中々表に出てこない。又、選ばれても晴れ晴れしい所へは出られる余裕すらない人もいる。家内同伴、色紋付と指定され、用意の出来る人は良いとして、只一度だけにと、仮衣装で間に合わす人もいる。陛下から戴くには其の位の礼を尽くすのは当然かも知れない。

 何を信用して良いやら、食品に不信が増すばかり。人に対しては、心から功績に拍手が送れる人は少ない。功を急ぎ、蓄財を急ぐと碌な事は無い。 

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 旅行シーズンで、新聞、チラシその他に盛り沢山の観光案内、豪華メニューの写真でツアーの募集が出ている。予約の日程表が来年三月頃まで受け付けている。何れも旅行への関心を唆している物の、二の足を踏む事が三件ある。

 未だ元気でいる者の、大正生まれにとっては、余り先の予約は天候によってはと躊躇する。 何れもお二人様対象で、一人での参加は相部屋となる。 豪華なメニューに若い人ならいざ知らず、年配者にとっては食べきれない。幾ら頑張った所で「腹も身の内」平らげるのは無理。若者でも同伴すれば、喜んで残りを平らげてくれるであろうが、日程はこちらの都合通りには行かない。

 友人と年二回旅行をするが、何処も豪華メニューで蓋も開けずに残してしまう。他の部屋の膳を見ても同じである。実に勿体無い。旅館にとっては残こす、残すまいと献立通り、代金は間違いなく入る。此れは旅館、ホテルばかりではない。一般の食堂も然りで、思うに、①②③もしくはⒶⒷⒸ分量差を付けて選択出来る様に工夫が出来ないものか。

 決められた通り出せば、「後は侭よ」では無く、折角の材料、板前、コックの腕に対しても失礼であり、勿体無い。若者達の旅行は、此の時とばかり食べ溜めも出来る。其れなりに楽しめば良い。ゆっくり旅を楽しむ年齢者達が豪華な食卓に、勿体無い思いで残す人が多いのではなかろうか、私だけの思いであろうか。食を扱う業者方、旅行組合、観光組合の方々お考え頂けない物かとぼやく。

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療養医療

 療養医療病床が15万床、削減制度によって現在、1万床削減されただけでも、受け入れられる病院も無く、止む無く家庭看護の惨めな現状と、父親の代から老人の為の医療に徹し、老人層が増える実情に鑑み、一億円もの借金を負って、療養ベットをワンフロワー改良した矢先、昨年、節減となり月々300万の赤字に病床は閉鎖。他の病院に受け入れられない病人を、診療が終わってから日に15件診察して回る献身的医者の実情が放映されていた。

 制度を提案し、可決に踏み切った政治家達は、この放映を見て貰いたいが、時間帯からして恐らく目にしないであろう。家族がビデオでも取り、現状を知らせる事もしなかろう。会議、打ち合わせ等々の名目で遅くまでホテルだ料亭だとに時間と金を費やし、忠実に議員らしさを演出している積もりであられようが、其の時間を現状を視察し、目線を庶民にまで下げて知るべきである。

 前触れなしに状況を視察したり、家庭療養に苦労している老人家庭を尋ね、直接苦情を聞き取り、真剣に態の良い姥捨て現状を知り、改革すべきである。議員等も年を取る。然し、肩書きや金持ちに平身低頭の医療も無くはない。この苦境を死ぬまで味わい知らず、かも知れない。老境に入った私を始め、各々方、自己管理し、情けない医療の仕打ちを受けない様に勤しむべしと思わざるを得ない。おちおち病気も侭ならず、夜間でも診察してもらえた昔、有り難かった。

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自決

 11万人の署名運動で、教科書訂正に反対する事は当然。県民の憤懣遣る方無き、切なる思いの表れである。此の教科書を企画、編集した人は当時を深く探り、調べ、経験者の声を聞き取るべきで、何処からの圧力、指示によって以前のを訂正したのか根源を知りたい。

 本土の盾となって軍人以外の国民が前線に立ち、米軍上陸後は壕に入り軍隊の命じる侭に行動を共にし、散って行った人達は浮かばれない。現に、米国側が撮影した断崖から飛び降りる女性達の映像は「敵の手に渡る前に自害せよ」との、軍の命令が無かったとは言わせない。追い詰められた時には自害用の手榴弾も使い果たし、飛び込むより他無かった惨い証拠写真である。「敵の手に渡る前に自害せよ」とは歴史上でも多々あり、日本の美徳として、「二君にまみえず」「二夫に仕えず」と教育されてきた。

 沖縄ばかりでなく、本土決戦も取り沙汰された頃、女子挺身隊に粉薬状の包みを渡され、「敵の手に渡る前に飲む事を命令された」と見せて貰った。今思えば、青酸カリであったのではと思う。国が滅びるなら潔く命を絶つ。まして女性に於いて、身を汚される事は此の上なき恥辱と心得ていた。

 我々も上陸してきた敵に、竹槍で立ち向う訓練とバケツリレーで消火訓練とを併せて受けた。心の中で「相手を突く前に、銃でやられるのに」と思いながら、挙国一致に洗脳され其れを善しとさえ思い、逆らえば憲兵に曳きづられ、時には殺されたのを見る時代、誰が逆らい得ようか。沖縄の人達が軍の命令に従った事は明らかである。今更、綺麗事に歴史を塗り替えるのか、腹が立つ。

 因みに、明治陛下ご崩御後、乃木将軍夫妻は自害して二君にまみえずと後を追った。忠誠を表し、潔き事を誇りとしてきた習性は、終戦まで少なからず軍隊には伝わっていた。悲しむべき歴史、犠牲になった人達の事実をもみ消してはならない。

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いじめ

 何と言う事かと、腹立たしく読んだ昨日の記事。虐めは学校ばかりでなく職場で、地域でも大なり小なりあるが、学生達の上級になる程あくどく、金銭も絡む。一人で抱え込んでしまう、思い詰めてしまう。命を絶つほどの辛さを打明けられない環境にあるとは?何故?と。

 だが昨日の紙上では、要介護施設職員による高齢者虐待があるとの通報は、全国で331件。専門家は、「氷山の一角に過ぎない」と警鐘を鳴らすとあった。年寄りいじめが其処彼処にあり、ポータプル便器で殴られ青あざだらけ、ヘルパーが見つけ、届けて明るみに出たという。原因は、年金を別居している嫁に渡す渡さないに因ると言う。

 身内の虐待12,575件、高齢者虐待された7割が女性。虐待者は息子、娘、夫、嫁。虐待の内訳は身体的虐待、心理的虐待、経済的虐待、介護放棄とある。虐待されても身内を庇い、通報されていない件数が多いと言う。

 福祉調査も同居者がいたり、近所に在住している場合、今までは個別に訪問して調査していたのが数年前から書き入れるだけで、訪れない。実態は掴めない状況の制度が邪魔をしている。

 虐待者も何れ其の年齢になる事など、考えに及ばないのであろうか。虐待される側に、何等かの落ち度があるにせよ、老いること事、生きる事が、年寄りには思っても見ない重荷であるのに、年金は減る、医療保険は値上がりする、要介護にも金銭が絡む。迷惑も掛けず正直に勤勉に努め、年金暮らしの高齢者への虐めは、身内に留まらず、行政側からもじりじりと迫っている。

 首相が決まったニュースを聞きながら、どの様な施政が為されるか?消費税がたとえ1パーセント上っても年金生活者には恐怖である。贅沢品だけにとか区切って貰いたい。高額取りの方々には、庶民の嘆きはわかるまいが、知る努力を期待する。

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台風

 遅い速度で八丈島を通り、どうやら東海、関東方面に近づきつつあるニュースに耳をそばだてる。今回のは、どうやら雨台風の部類かも知れない。経路に配置されたカメラから風雨の激しさを感じる。

 「朝ズバ」の司会者が室内から外の状況を映しているカメラマンに向って「カメラが濡れても良いから、窓を開け外を映せ」と命じる。朝一番と言うラジオ放送で、現地の台風体験者からの中継を聞いた。「少しの隙間から風が入ると屋根が持って行かれてしまうので、ぬき板を打ち付けたり、被害を防ぐ事に忙しい」と言っていた。知人の実家でも数十年前ガラスが壊れた所から吹き抜け、屋根が一瞬間にして持って行かれたと聞く。可成大きな屋敷である。

 斯うした現状をご存じないのか、嵐の渦中にある取材陣に「窓を開けて撮れ」とは無謀な命令。確かに、ガラス越しより実態は伝わるが、其の家の屋根を飛ばしたり、怪我人を出しても実況を重視している事を選び、職責を重んじる人間性をアピールする為かと、伸し上がった人柄の裏を見た感じがして落胆した。

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ラベル

 リサイクル出来る壜のゴミ出しにラベルを剥がす様、伝達されているが、べったり糊付けされている物、大きさによっては水に浸けて置く場所もなし苦心して剥す。処理場の放映ではラベルが着いた侭のがベルトコンベアに乗っていたりするので、其の儘でも良いのかなーと思ってみたり悩む。

 最近会社によって難なくスルット剥せるラベルもあり、斯うした処理が容易く出来る素材があるなら、ラベルを必要とする全製造会社がこぞって使用すべきと思う。リサイクル上に於いても、剥す為の費用の節減にもなる。

 売薬に至っては効能、使用法、含有素材、使用期限と虫眼鏡で見なくては読めない細かい文字がぎっしり、箱の中には同じく印刷されえた物が入っている二重解説となる。至れり尽くせりなのかも知れないが、此れに限らず凡てが過剰に思われる。要領よく解りやすく無駄を省く方法は無い物か、溢れる物資も資源には限りあある。末恐ろしさを感じる。

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次々と

 「何とお気の毒」?と申したい程、席の温まる暇もなく人事欠陥で首相の顔がちらつく。調べた上での人選と言うが、羨んでの密告があったのか、自覚しながら隠し遂せると引き受けたのか、調べた人の上をゆく探偵がいたのか。政界の方々は、多かれ少なかれ叩けば埃が出るのではなかろうか。

昔の政治家は、井戸塀まで無くなるほど自費を投じたと聞くが、政界に入って私腹を肥やす味が身に付き、習い性となってしまうのか、中には生一本身命をとして立ち向う人までが、同じムジナと疑われても仕方ない状態である。

 今、攻勢側にある党も立場が逆転すれば、出るわ、出るわでなかろうか。先ず、選挙民の各県民が「我田引水」の心をなくし、袖の下の通じない、国民の声を聞き、身を挺して国を蘇えらす為に心血を注ぐ人を選らばなくてはならない。

 思うに、政界も交通違反も見付らなければ違反しても平気。見付かれば運が悪かったとボヤク姿と似て、良心の欠片もない輩。国の為、国民の為に良心を目覚めさせて欲しい。

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民営

 経済アナリスト森永卓郎氏のコラムに「(菊池英博著・ダイアモンド社)実感なき景気回復に潜む金融恐慌の罠」を読まれ、此れまで漠然と郵政民営化を支持し、国民の血税を使って放漫経営をしていると思っていたが、菊池氏に寄れば郵政公社は、びた一文税金は使っていない。民営化を強行すれば、郵政公社の持つ日本国際は手放され、外債に資金が回り、結果として日本国際は暴落、国力は一気に低下する。国力が落ちても涼しい顔でいられるのは、外国投資で生き残る「富裕族層」といわれる金持ちである。」菊池氏の主張はどこも間違っていない。亡国のシナリオが撤回されないか、誰か答えてくれる人は居ないかと結んでいる。

 民営化が10月から実施される為の準備は終りに近づいている。もし、菊池氏論の内容が実態なれば、何の為に民営化案を推し進め、抵抗の声はかき消され、あれよあれよの内に実施されようとしているのか。単なる個人の発想によるものか、民営化によってどれだけの利点、損失。郵政公社でのりてん、損失があるかの比較は知らされていないのでは?森永氏と同じく郵政より民営化の方が良い様に、納得、賛成へコントロールされてしまったのか。

昔の如く国民からの目安箱を設置し、国民の声が直接届く方法を設えてもらいたい。目安箱は、毎月三回、将軍が閲読したと言う。今、もし、設置しても、下見した人物が、都合の良い所取りして渡すのではないかと、此の手も信用出来ないと勘繰りたくなる。

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電池

 ソニーが「お米、じゃが芋からバイオ電池」を考案し、取り組んで行くとの事。先日も玉蜀黍からガソリンに変わる油を生産する事に、食を蔑ろにするとの批判があった。

 戦前は「一粒のお米でも無駄にすると目が潰れる」と諌められてきた。お釜に残った一つまみのご飯も、笊にあけ、天日に干して「飯っこ」と称してお八つに食した。食べ物を粗末にすれば「罰当たりめ」ときつく叱られた。

 国交、貿易の為にか、国内産を疎かにしても安い輸入に傾き、休耕が増え、汚れ仕事を厭う若者が都会に集まり、農村人口減少に拍車を掛ける。食糧の輸送が効かなくなったら、天災があったらなどにはお構いなし。売らんかなで使用禁止の薬品まで平気で使う。其の上、食料として使うべき物まで生活用品として侵入する。

 他社に先を越す、新素材を発見する、自社の生き抜きの為には、国の発展の為には、エコの為と称して侵してはならない域にも手を染める。嘆かわしい時代である。電力節約で休む積りが憤懣遣る方なく己に負けた。 

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敬語

 対談の放映で、女子アナウンサーが「あなたの兄や父への思いは」と問いかけている。自分の兄、父に対しての言葉としてならいざ知らず、相手に対しての言葉として此れで良いのか?アナウンサーとして許されているのかと言葉の乱れを感じる。

 タレント達が起用されている場面ではなく、しかとした局の人である。同じ局の人でも、敬語を用いて対談している人もいる。若いからと許されるものではなく、先輩として、後輩に確り注意し、指導すべきではなかろうか。

 相撲界宜しく、厳しく指導し兼ねる雰囲気なのであろうか。公共の電波に乗せ、まして、言葉は此れからの世代に手本となる立場での発言である。厳しいテストを経てアナウンサーとして放送に、画面に出る人が、「何もわかって居ない」と笑って済まされない事態になっている事に気付いて頂きたい。

 外国語に幾ら堪能でも、日本人として先ず、完全な日本語を習得すべきである。

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尾ひれ

 まともに受け止め、腹立ちを覚えたり、嘆いたりと記事に翻弄されている事に怒りを感じる。判断力確かと思っていた人気絶頂の「みの・もんた」氏も確かめずして判断を下し、汚点を残す結果となった。

 暴走族取締り現場とか、密輸現場に潜入とかはタイトルを見ただけで「遣らせ」と察知するが、内部告発として、実しやかに聴取している画面まで流すに至っては騙されやすい。不二家チョコレートに至っては10年前に職場を離れた人を探し出している。話の順序を前後しても可成筋は違ってきたり、聞き手の理解によっても逆の結果にもなり兼ねない。言葉の前後を抜かしただけで、事の成り行きが違ってくる。顔をモザイクせずに、顕わにすれば出鱈目も言うまい。

 記者達の禮を失した取材姿勢にも、腹立ちを覚える事しばしばである。余りにもスクープ競争の過熱化がなせる業かもしれない。我が社こそとトップを狙い、記者達は褒章を得ることに真偽よりも、人を傷つけようが「我田引水」が先立つ結果の現われではなかろうか。此の儘では、白も黒になりかねない。恐ろしや、口に戸は立てられづの如く、何処まで過熱化して行く事か、良識ある態度と報道を願いたい。

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 旭鷲山が引退せざるを得なかった理由が載っていた。ヤクザからの因縁による物らしいが、餌食にならなかった事は不幸中の幸いである。彼はモンゴルと日本相撲の道筋をつけた人でもあり、賞金を母国の学校へ寄付したりと善行の持ち主で、モンゴルと日本の親善大使の役割をしていると感じていた。

 後輩たちが好成績を上げ、自らは後退しながらも見守って行くとばかり思っていたのに突然の引退は、病の所為と思っていたのに、飛んだ事が絡んでいたとは日本の恥である。

 恥といえば、毎日の記事に眉をひそめる事が余りにも多い。選挙にしてもマスコミが囃し立て過ぎ、個人の思惑が多分に入っているように思える。惑わされること無く、清き一票で無ければならない。願うらくは、違反者の皆無である。

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電力

 柏崎地方の震災で、想定外の被害を受けた原子力発電所の6号機に至るまでの被害で、電力不足を齎すと報じられている。他の発電所からの融通を交渉中であるらしいが、今夏への節電を求めている。

 エルニーニヨに加え、太平洋に起きるラニーニャとやらの発祥で、気温の変化による極暑が訪れるとか、50年前同じ現象が起きたと報じており、電力消費と水不足を憂いている。言われれば、以前、食堂での水はいっさい提供されず、水を使わなくては成り立たない職業の人達が難儀した時代を思い出す。有って当たり前に感じている人達の割合が増えた今、斯うした現況は良いお灸になるかも知れない。

 一般家庭人の生活に節電を求める前に、不必要な電力を消費している事に制限令でも出して、協力を求めて貰いたい。先日実施された消灯したビル街、観覧車、タワー、イルミネーション、宣伝の為の深夜の広告塔等々。二時間の消灯で、家庭の6時間が賄われるとか聞いた。必要以上に無駄遣いが多過ぎる電気、水、今回の災害は此れでもかと警告が発せられていると感じる。

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やらせ

 捏造、やらせ、聞いた、聞かせられたと紙面を賑わす記事に「馬鹿にしないでよー」歌の文句ではないが、馬鹿馬鹿しくて開いた口が塞がらない。「やらせによる物」と報道しても、此れもまた「やらせ」ではと信用出来ない。何の目的で「やらせ」るのか、読者を、視聴者を弄んでいるのか、どれだけの国を、どれだけの人々を渦に巻き込ませるかの報道合戦の遊びとするなら余りにも性質が悪い。

 報道面ばかりではない。近頃の番組みの企画も視聴率競争が目的で、内容たるや似たり寄ったり、誰の為の番組なのか、タレントが愉しむ為の物であって欲しくない。体に良いと真剣に見ても、他では良いとされず、一体何を信じたら良いか迷わされる。食べて痩せる体操といっても、若く痩せている先生と称する人では実証されない。スタイルがよいのは当たり前。

 本当に体重を減らさなくては膝の痛みが解消されない、年齢による肥満が解消されるのであれば、叉、解消された方が出られれば信用が出来るが、「やらせ」としか受け止められない番組が多過ぎる。企画者、取材者が殆ど若く、年齢による体形、体形による体への負担、不調の悩みは其の年齢に達しなければ分らない。製作者達は其の人達の悩みを取材し、理解した上で企画すべきと思う。

 二の腕の振袖を無くす体操と司会者の説明時に、ぶらぶらを直せないから暑いのに長袖、七分袖を着ていると仰るが、長年働いた腕の肘が、年と共に黒ずんで来るのを気にしたり、冷房で肘を隠すことで冷えを防ぐ効果があることも知らずして、たぶりを直せば袖なしが着られると簡単に言って欲しくない。指導者が骨皮筋衛門を連れ出し、視聴者を錯覚させ様とするのも「やらせ」に過ぎない。

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偽装

 偽装している事が内部告発で明るみに出され、数日報道が続いている。20数年暴かれもせず、被害者も出ず、其の間、攪拌機を考案して栄誉に輝くとは、何と幸運と言うか、悪運が強いと言うか言葉が無い。

 「何々もどき」と称して発売していれば未だしも、本物と偽った事が運の尽き。行為は甚だしく悪であるが、貧しく、馬鹿にされ、なにくそ、今に見ておれの根性から編み出された数々の工夫が、良い方向に使われれば、食材の無駄も無く、勿体無いの時勢に大受けされたであろうに、其の知恵の働き方が、欲望の満たし方を誤り、この知恵こそ「勿体無い」。

 「必要は発明の母」と言う。各種の食品の偽装を発案した事には恐れ入るが、食した人の舌さえ紛らわす巧みさ、廃棄寸前を利用して変身させる発案の巧妙さを、良い方に活用出来なかったかと残念に思う。ワンマンだから押し通して来たのであろうが、方向を一寸変えさせる息子達の助言は出来なかったのか。「同じ穴のムジナ」であったかもしれない。「慾、孕みて罪を生み」とある言葉通りである。

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候補者

  コラムに、「格闘技からの議員が出馬を辞める理由に、議員の夏休みが庶民も同じと考えての、投票日7月29日の反論説に思わず噴出した。6年前にも、投票日が同じく決められた過去がある。」

 何も議会のことも、過去の経緯も知ろうともせず、何の為の議員かも判っていないのではないか。何時もの事ながら、名前が知られている人であれば、「らしさ」を具えていなくても人数集めに駆り出す。何のことは無い党員の人数固めと「イエスマン」を増す事で思う侭に事が運ぶと言う計算が見え見得である。

 今の政治をとやかく言う前に、投票権を持つ者は、国民の為に心血を注ぐ真の政治家として役立つ人物を選らなくてはならないが、選挙間近ともなれば推薦文、我が党にと久しく途絶えていた人からも電話が来る。ご都合主義が罷り通り、其れに乗せられる人が居るゆえ、数そろえの議員が当選してしまう。

 我々の生活を安泰に導いてくれれば、殺伐とした世相も穏かに、美しい日本になるのでは、個々が関心を強め選挙に臨むべきと思う。前向きに取り組む姿勢の、安倍総理決断のお手並みに期待する。と言う事は、野党の言う会期延長を取りやめれば、今議会の検討案は廃案になってしまうとか、なれば、150日間の議会は「何だったのか」。怒号が飛び交い、腕力まで飛び出す醜態をさらけ出す為だけに税金を使ってもらっては困る。

 議会は、何でも突っつき、穿り出し、暴くだけが野党の存在に思える。今ある政権に、野党の知恵をアドバイスは出来ないのであろうか。守り立てる党の姿勢を国民は見逃さない。

 

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合併

 市町村合併によって不便を嘆いている人達の事が報道され、住民の不便を無視してまで合併が大事かを問うている。合併により子供達は遠くの学校に通わざるを得ず、医者も居らず、取り残された過疎地の住民に故郷の立ち退き迄も迫られ、不安は募る住民のボヤキは捨て置かれる。

 合併が彼方此方で為されており、呼び名も変えられ、様変わりしてしまう。硫黄島も米軍によって硫黄とう(島)が島(しま、)と呼び方が変えられ、生まれ育った人達によって元の呼び方に戻された事に綻ぶ顔は安堵が漲っている。住み続けている人達にとって丸っきり違った名称に変えられても、主張は聞き届けられないのか、行政に、ご無理ご尤もと従ってしまうだけの住民への利点があるのであろうか?

 合併に因る利点より、損失の方が大きいように感じる、何故なれば、庁舎の合併での移転、人員整理(整理された人達は何処へ、此れも天下りで難なく処理されているのか)使われていた事務用品の行方、名称が変えられる事により従来の印刷物から表札と言うか看板に至るまで取り替えられる費用たるや、利点だけを追って、細かい計算を等閑にし、採算が取れるのであろうか?

 年金にしても、簡保の療養施設にしても見込み予算で凡て失敗だらけ、尻拭いは国民の税金。合併に因る欠損は住民税で何食わぬ顔で処理されてしまうであろう。反対しても、計画されたら実行に推し進められて行く現状に、皆、疲れ果て、役人天国が罷り通る時代は、悪代官が肩で風切る時代と同じで、映画や芝居だけの出来事でない。泣きを見るのは、弱い者が真っ先である。アー情けなや。

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茄子の花

 区民農園二年使用権利が当選し、野菜造りに懸命な息子が立ち寄り、茄子の苗から話が弾む。【「親の意見と茄子の花は、千に一つの無駄も無い」とお袋から聞いたが、近頃は無駄花があるよ】と聞き、さもあろうと深く頷かざるを得ない現状であり、茄子の方が鋭くご時勢を先取りして表現したと見る。自然界は、先刻ご承知なのだと恐れ入る。

 昔の如く「性根を据えて、聞け」 「耳を良く、かっぽじって聞け」 「反省できるまで動くな」 「根性を叩きなおせ」 とか激しい口調での意見ができる親は殆ど無いと言ってよい。勿論、子供が詫びるまで押入れに入れたり、庭の木に括り付けたり、物差でぶたれたりの折檻を伴う事は当たり前でもあり、子供も素直に受け止め反省し謝る。強情張りの子は中々謝らず、日暮れにもなると、母親が一緒に「もう致しませんから許して下さい」と手をついて詫びる。斯うした行動の中で行動の良し悪しを知り、反省の心が培われ、怒らせた人に詫びる礼節も養われて来た。

 厳しい中に親子の情も深まり、親の顔を汚さぬ人間に成長してきたが、今は親との会話も少なく、意見すら言わない、寧ろ機嫌取りの親子関係で、子供部屋があてがわれ、塾へ通い、共稼ぎの両親とあれば、金銭的には恵まれても親から勉強を教えてもらう術も、会話も無い。食事が終われば子供部屋に直通、同居人宜しき様である。まして、意見など言える間柄で無くなって来ている。親は巣立った事を喜び、結婚すれば双方とも同居を好まず、老いれば他人の介護に身を委ね、親子でありながら飽く迄平行線を辿り、情は薄れるのみの家族が集まる町内で、「隣は何をする人ぞ」になるのは当然と思う。

 何とか無駄花の無い、稔りある人生であるように、老も若きも心掛けを見直差ねばならぬ崖っ淵にきていると感じるのだが?

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改善

 環境汚染改善が謳われつつも、認識を深め実行に至るまでは程遠いと感じる。レジ袋を廃止した商店は潰れ、ポイント制度の所では普及されつつあるが、食品専門的なマーケットでは、客足減を恐れてか従来通りである。マイ箸も率先して実行に移す人は少なく、変な所に「未だ皆が使っていないから」と、躊躇心を持っている事に驚く。皆が実行していないからこそ、携帯箸を」と率先して使う勇気?を持つべきと思う。

 「勿体無い」を実行している人達の事が放映された。封筒を裏返して再度使う、広告の裏を利用する、ゴミの分別は当然、棄てる物を少なくする工夫等々。 「欲しがりません勝つまでは」と、物資の無い時代を切り抜けた者にとって当たり前の工夫であり、ずっと実行しているが、汚染を食い止めようと奨励している局側が、実際協力しているのかと疑う。

 放送内容をメモした紙を次々めくる、FXを募集し、送られた紙が山となる。視聴者の目を引き付けようと、ボード版の文字を被い、進行によって剥して行く紙の数量たるや莫大である。再生紙を勿論使っているであろうが、使用済みの量を再生する為の行程に消えて行く資源。各局、全国にしてみれば恐ろしい使用量である。

 包装過剰、上げ底、商品のラベルの大きさも工夫できないものか、小さな字で一杯書き込んである効能や使用法、ドリンク剤など一々詠んで飲んでいる人を見たことが無い。商品名がわかるだけのラベルで、外装に書けばよいのでは。壜のラベルを剥して出すのに、(会社によってはするりと剥がれるのもあるが)、水につけたりと苦労する。どさっと入る広告に於いても凌ぎを削る商い合戦、解らない訳でもないが、分量を少なく資源節約に知恵を絞って貰えませんか?或る化粧品会社では、旧来効能書きなどの紙が入っていたが、最近では箱の内面に印刷してあり、良い案と思う。

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野次

 安倍総理と小澤民主党々首との国会中継で、討論中、誠に耳障りな野次の飛び交いに何時もの事ながら眉をひそめる。真剣にお互い代表としての意見を交わす最中に何故、静に聞く事が出来ないのか、自らの野次る声で、肝心な討論の内容が聞こえないのではないか。意識して内容を聞こえない様にしているのか、相手の言い分を邪魔する為のみの党議員ならば「さくら」と同格としか思えない。

 議員として当選しても一言も所信を述べる事も出来ず、着席しているから、せめて、内容の如何を問わず、野次って鬱憤を晴らしているのかと思いたくもなる。或いは、相手を牽制させる為、野次る事を使命づけているのか?何しろ、国民を代表して臨んでいる議員とは思えない下品さ此の上なし。斯うした人を選んだ国民も同類かも知れないが。

 採決を阻止しようと座席から引きずり出したり、言葉を阻止しようと、何人もが手を出して塞ごうとする中に、黄色や赤のスーツを着た女性も加わっている。 暴力はいけないと言いながら議員が範を示していては、示しが付かない。野次といい、暴力と言い「ごろつき」(無頼漢)宜しき態である。相手を納得させる言葉で所信を朗々と述べ、静粛に聞き入って貰いたい。

 人格の無い、単に党員を増やす為のみに推薦するのは止めて貰いたく、選ぶ側も人格のい有無を見極め無くてはならない。頼まれたからでは決して良い政治家は生まれない。

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 「自治体によっての差」と言う記事を見て、住む地区の財政により、介護援助の差があることを知る。然し凡ての事柄が、各区に於いての規制、企画も厳しい所、お構い無しの所との差が甚だしいことに驚く。

 不特定多数者利用の場所へ昇降機取り付け一つにしても、ある区に於いては、階段には一切取り付けや、物を置いてはならない。他では、取り付けに関して建築申請と同じく申請を必要とし、機器から1・4m.の距離を必要とする規定があり、非常口の標識がはっきりしている事。介護資格者が付き添えるか等色々あるが、これ等一切関係なく、申請も不要。皆が危険を感じていても、企画者達の設備項目の聞こえだけで計画は進行して行く。

 細かい事にいちいち調査するだけの人数も時間も無いかも知れぬが、同じ都内で、各地区によって斯くも異なるとは、福祉に於いても、然もあろうと感じる。まして全国ともなればてんでんバラバラ、災害時の救助要請云々、速やかであったり遅かったり、上部方の機転により差が広がるのは当然である。

 統制、統一されず、地区によっての自由は其れなりに運営、発展を競うことも好ましいが、人身を委ねる器具から住居に至るまで、安全に対しての基準は統一しても良いのではないか。然しながら法の目を誤魔化す人間も居り、困った時代である。

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クール

 環境=クールと題して新しいデザインの服装が載っていたが、官公庁では、環境汚染防止対策として、冷房温度調節の為と称し、涼感を呼ぶ素材の上着を着ているが、此れはお仕着せであろう。各人の財布は痛まないゆえ着る事が出来ようが、個人的に易々と買うわけには行かない。

 不思議に思うことは、お偉さん方が、被災地とか、工事現場、等に視察に出掛ける時、真新しい現場人と同じ制服めいた服装をしている、お供を連れて視察に出掛ける度に、提供する服装の費用を含め、何処から支出しているのであろう。招いた県、其の地区の行政からの出費なのか、何れにしても其の地区の税金で賄われるとしたら、来て貰う事も負担が嵩む。あちらこちらと忙しく、時間を割いて視察する姿は見てくれも、聞こえも良いが、其の出張費の決済は何処が受け持つのかと。

 環境汚染を考えて、最善を尽くしたいと思うが、見てくれや、聞こえばかり良くても結果においては笊に水の嫌いが多分にある。庶民が協力できる方法を、目線を下げて考えて貰いたい。

 若者への超安値の衣料売り場は、身動き出来ないほどの買い手で繁盛しているが、安さの為に気安く棄て、物を大切にする心を失っている。ジーパンの新しいのを、わざわざ切り、古く見せかける縫製作業に驚く。真に、長く身に纏い、繕い、それでも尚、勿体無く穴があいても着ているのであれば感心もするが、余りにも見て呉だけの様は、政治家から民間に至るまで浸透している事に情けなさが先立つ。

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品格

 土俵の品格についての記事を見て、全く同感であり、本腰を入れて相撲界の品格を立て直して欲しい。力士達への、相撲に対しての教育方針が崩れてきているのではと感じる。目に余るような力士の取り組みを見ていると、親方は何故、注意しないのかと腹立たしさを覚える。

 力士志願者が減少しているかも知れないが、勝負への強さだけをかき立て、日本古来の相撲道を蔑ろにしている傾向が出てきている。力尽くで、勝負に勝ちさえすれば良い的な取り組みが目立つ。相撲には四十八手と言われる技があり、技に適っての勝負ありを観戦する楽しみが、相撲の醍醐味ではなかろうか。

 然るに、一手だけで只、勝つ為には技無しでは面白味がない。気になることはテーピングと称する物をやたらに巻きつけ、指でも痛めているのかと思いきや、そうでもない。滑り止めの為なのか、勝負が終われば公衆の前でテープを外し始める。拳闘のグローブ代わりとでも思っているのか、双葉山、柏戸、大鵬、時代は本当の相撲であり、爽やかで真の国技と誇れた。

 曙時代も、外国人でありながら、日本人よりも日本人と言われるほど相撲界の礼儀を学び、相撲道を極めたと評された。当時の親方も立派であるからで、聞く所に寄れば、痛めつけるほどの厳しさで、数ヶ月も経たぬ内に逃げ出す弟子が居る部屋、機嫌取りが先に立ち、規律も疎かにしている部屋もあるとか、だらしが無さ過ぎる。

 弟子達が、だらしない着方の浴衣姿で、ウロチョロしている映像を見るたび、相撲界の緩みが窺い知れる。怪我で休場力士が出るのは、本当の相撲の手が使われず、我武者羅相撲だからではないか。力士が怪我をするなど以前には無かったし、若者の好みに合わせる為の食事の所為か、引き締まった体付きの力士が少なく、成人病も出てくる。伝統のあるゆかしき相撲道を甦らせ、佛首相に蔑まれないような国技であるべく親方を始めとして根性を叩き直すべきである。

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赤切符

 暴走自転車による被害件数2万500件に及び、接触事故も多い為今回、赤切符制を実行すると。遅すぎた感じがするが、何はともあれ自転車利用者にとって動く凶器である事への認識を深めて貰いたい。

 歩道を我が物顔に、「其処退け」とばかりにベルを鳴らし、歩行者を退かせる。狭い道を2台3台と横並びで、しかもお喋りしながら走る(学生に多い)。丁字路で遭遇するのは、ミラーがあっても自転車乗りは見もせず、停まりもせず、大きく曲がる。ミラーに映ったので手前で停車していたら、まともにぶつかって来た。さすがに自分の非を認め急停車したので傷はつかないが、良く遭遇する光景である。

 買い物の中高年者が、住宅街の道を沢山な買い物を荷台に乗せ、ゆっくりと然も道の中央を走っている。車の方が遠慮して徐行する故に、恐らくエンジンの音が聞こえないのであろう、悠々とのんびりした状況であり、公共の往来との意識は全くないといった感である。若者の二人乗りは危険極まりない。夜間、ライトをつけている人は稀である。夕暮れになれば点けるべきで、街灯がついているので自分は不自由でないかも知れぬが、危険を感じることしばである。

 自転車も道路交通法を学ぶべきで、ライトは必ず点灯すべき事を購入時に義務付けるべきである。安直に安く購入出来る昨今、古自転車が乗り捨て状に駐車してある。初めての人へは購入者証明、買い替えに、今までのを持ち込み処分代を払わなければ、新品が求められないような制度があって良いのではないかと思う。何事にも、自意識が勝手な方に強すぎる現代を感じる。規則が無ければ改まらない世に成り果て、只々、嘆くのみ。

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レジ袋

 朝のニュースで、地方の県で、率先してレジ袋廃止の協力が始まっているとの事、周辺では、まだまだレジ袋を両手に、叉、自転車に山と積んだ買い物姿を沢山見受ける。使用済みのレジ袋をゴミ出しに利用する為か、燃えないゴミを入れるのか、廃棄場から舞い上がり、気流に乗って遠くへ飛ぶ所為なのか、捕獲された鯨のお腹から50枚のレジ袋が取り出されたと。此の袋の為に消化不良となり、弱ってしまうとの事で、鯨の命が脅かされていると言う。鯨ばかりでなく鳥達も被害を蒙っている。

 最近の話であるが、或る個人商店が環境を考え、レジ袋廃止を打ち出したところ、客足は遠のき、遂に弊店となったと聞く。近くの生協では、持ち合せない人には5円で買い求められる様になっており、大部分の人が買物袋を携えて来る迄には可成の時間が掛かっている。会員制である場合は、徹底しやすいが、個人経営となると、他店との提携をしなければ浮き上がってしまい倒産に追いやられる現状だ。

 「あの店ではレジ袋がある」からと、客の流れが移動するのではなく、環境保全の為、率先して協力する意識を持たなければ改善への道は進まない。物資不足の折には、油紙を底に敷き、生物も入れられるよう工夫し、袋や風呂敷を持って、買い物する事は当たり前であった。如何様にも使える風呂敷は、使い方さえ知らぬ人も多くなり情け無い。

 買い物への意識を改め、地方に負けぬ様、便利さに甘んじる事無く、身近に出来る事から実行すべきである。割り箸も同じく、自分の箸を持ち歩けば、森林を守ることになる事を自覚せねばならない。

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リボン

 第二丸ビルが昨日オープン。何時でも何処でも、開設の時に行事として行われるテープカット。私の知る限りでは一人が行ったと記憶する。終戦後、何時の頃からか何人もの人が得意げに立並び、カットに臨む。主催者側にとっては誰を選ぶかに思案し、義理を欠かせぬとばかりに、あの人も此の人もになってしまうのか、或いは金一封を狙ってかと勘繰りたくもなる。

 数人分のリボンも人によっては記念として取り置くか、もしくは棄てられ、此処にも資源の無駄遣い。何等かの会合ともなれば、大きなリボンを胸に飾らせ、来賓者を目立たせる。誰の発案なのか、終戦後華やかになった。日本人の目立ちたがる根性を巧みに捉えて、商売に繋げたのかもしれない。此の作業の手内職で生活費の助けになった時代も過ぎ、機械化されたのではと思う。外国で、勲章を胸いっぱいの姿は見受けるが、余り、リボン姿は?目にしない。

 団十郎がフランスでの歌舞伎公演で、栄誉ある勲章を授与され、首に掛けた後は雛形の小さなピンをラベルにつけている。行く先で優遇されるとか、仰々しくなく爽やで、誠にスマートである。外見より、内容を感じ、何故か大きく見せよう、目立たせようと虚栄心が見え隠れするのが気に掛かる。さり気無く、善行を積む謙虚さを秘めやかに表す方法も有ってよいのではと。何時も気になるリボンである。

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新入社員

 新入社員の言葉遣いについて上司や、道行く人の批評が放映され、「ため口」をきくと解説者が言ったので字引を引くと「主に若者言葉で、相手と対等の立場で物を言う事。(かって賭博用語で、ぞろ目をさす言葉だったものが「五分五分」と言う意味で不良少年が転用し、若者に広がった」とある。

 新入社員が上司に対して、来客に対しての言葉遣いが、「うん」 「わかった」 「出来ない」 等と全く敬語を使うことすら知らない事に呆れると言う。注意をすれば黙って帰ってしまう等々、この場面を見た巷の人は、家庭教育がなされていないとの評が多い。思うに、アナウンサー自体が「ため口」を聞く人云々と何度も使う事も如何な物か。批評している言葉に使う事も可笑しい。

 家庭教育が疎かになっている事は確かで、家計の為に共稼ぎが多く、夫婦の会話は勿論、子供との会話も極く少ないと見る。会話が無い事は、言葉数を覚える機会とて無い。一に勉強、二に勉強で日常生活様式も買い物の仕方に連れての会話を覚えることも無い。「隣は何をする人ぞ」で近所付合いも殆ど無いといって良いので、挨拶の仕方も覚えるチャンスが無い。

 家庭では、「うん」 「いらない」 短編的な言葉で通じてしまい、学校や友達間では略語的な言葉で通じ合う現状では、言葉遣いを全く知らないのが当たり前と感じる。試験では○×式、本は読まない、文章は書かない、悪い事ばかり。昔のように厳しく教育されるアナウンサーも少なく、タレントが時代語を使い、コマーシャルに於いては非常識な動作ばかりと言っても過言ではない。

 美しい国にする為に言葉の教育もやり直さなくては日本の恥である。英語が堪能になる前に、美しい日本語を正しく使う事が基礎である。 

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はて?

 (22日のブログで、NHK放映の曜日と時間の間違いを訂正致します。5月4日(金)18時15分~40分です。似顔制作をご覧下さい)

 TVのスイッチを入れた途端、映し出された場面で、「若い女性がトイレの紙をガラガラガラと、どれだけの範囲を拭くのかと思われるほどに引き出している。慎んで欲しい。」かねがね感じていた事なので、ご尤もと頷く。ひょっとしたら、引っ張り出して持ち帰るのかなーとさえ思う程に引き出している。どのような家庭教育を受けた女性であろうかと想像を巡らす。容器を汚したから後始末をしているのか、和式ならいざ知らず、様式とあってはそんなに汚れまいにと思ってみたり。

 時には、引き出しにくかったのか、千切れた紙が散らばっていたりで、さぞ、掃除の方は骨が折れるであろうと察する。トイレの話しで同感したあとに続く内容で、「折角、使い出しを三角に畳んであるのを沢山引っ張り出し、ちぎった侭にしている。あれは叉、三角に畳んでおくのが常識だ。」と? ホテル等では、「この部屋のトイレは誰も使用していない。お客様の為に綺麗に掃除してある」との表示であり、公衆のトイレで自分が使用した後、使い出しを三角に畳む事は、寧ろ不潔である故、すべきではないと聞き、教えられもした。

 清潔上から言えば、後者のほうが正しいと思うのだが、前者の言い分は今、何局かに出ている女性。折には、躾、常識面、道徳面で耳をほじってよ~く聞けと言いたい位の良い事を言っているのだが、はてさて、皆さんはどう解釈なさるかな、と?

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学力

 「松本清張は学歴コンプレックスだったと言われていたのは、小学校では成績も良く、人一倍向上心も強かったのに、経済的な理由で中学進学叶わず、電気会社の給仕として働いており、制服姿の同級生と会うのが辛く、何時も横道に逸れていた」と言う記事と、学歴詐称と言う実際より高く見せ掛けるのではなく、大学や短大を卒業していながら高卒限定の職種に「高校卒」と書いて採用されていた」とコラムに載っていた。

 私立学校に入る為に塾通いの子供が多いとの事、塾へ通わねば合格しない学力を、小学校では学べないとしたら、一体、小学校では何を教える為にあるのかと疑問を持つ。義務教育とは、ところてん式に通り抜ければ免状が貰える程度なのか。義務教育とは学びの基礎で一番大切な過程でありながら、次へ進む為に学び足さなくては行かれないとなれば、何の為に義務教育なのか?

 昔は、上の学校へ進む為に予習といって学校に残るか、先生宅へ行って勉強する事を必要としたのは程度が達していないからで、教室で確り学んでいれば必要ないと言われていた。現在の状況では、学力低下の問題が絡み合っているのか、全国学力テストが43年振りに復活とか、競争心をあおり、程度を上げさせる為か、今より更に塾が大手を振り、義務教育の学校は用を為さなくなるのではなかろうか。

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狙撃

 あってはならない事件が次々に報道され、治安を誇った日本は過去の語り草となるのかと。然し、省みれば昔から狙撃事件はありはしたが、思想の違い、正義感に駆られたりで、人の命を殺める事は許せないにしても、卑怯にも後から狙撃する行為は無かったと思う。

 現代、横行する、簡単に人の命を奪う行為に心が痛む。自分の感情の赴く侭を行動に移す考えの浅はかさ、被害者と其の家族に対しての思い遣りも、詫びも持ち合せず、罪を犯した本人に連なる一族への恥さらしも考えず、犯した罪の重大さに疎く、何故、この様な人が次々と活字に載り、毎日の如く罪もない人の命が消えて行くのか、遣る瀬無い。

 如何なる主義主張があろうとも、命を殺めてはならない。人の命を殺めたら、死を以って償う刑があって然るべきではなかろうか。何年かして刑を終え、出所し、再び同じ事を繰り返す。その人の考え方が切り替わる事は先ず無いと見る。数字に罪が計算され、真面目に刑を追え、浦島太郎が戻ったように、様変わりした社会でどの様に立ち直れるか、救いの手が充分支えられるかに因っては、再び同じ事を繰り返し、再び犠牲者が出る。

 如何したら惨忍な犯罪を食い止められるか、精神的に根本から善悪の比を弁えさせることが子供の内から最も必要と思う。この侭では「美しい日本に」、は外観より精神的には美しさより遠ざかって行くのを憂う。

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サービスエリア

 サービスエリアの駐車場が満車で利用者から不満の声、満車の原因は、ゴルフに行く人達が銘々の車でサービスエリアで落ち合い、其の中の一人の車に相乗りして、ゴルフ場に行く。何の為に?ガソリンの節約との事。ついこの間は、サービスエリアに粗大ゴミが棄てられて、処理費用で困っていると出たばかり、何と、ご都合主義の人が多い事か。

 自分の遊びの為に、ゴルフ費用は出してもガソリン代をけちり、高速道路利用者の迷惑は省みない。粗大ゴミの費用を惜しんで、行楽に行く途中で粗大ゴミを捨てる。遊びの費用は出しても粗大ゴミへの費用は惜しむ、如何してこの様な自己勝手な人間が多くなったのであろうか。行楽には家族を伴っていよう、斯うした行為を子供は親がするからと、凡てに於いて非常識と思わず見習う。この子供達がどの様な大人になるか、末恐ろしさを感じる。

 何処でこのように崩れてしまったのか、情けなく思う。報道で、学問のオリンピックで日本は7位、中国は凡て1位。小学生で優秀である事を発見し、推薦されれば大学まで政府が凡て援助、発掘した教師には奨励金を出すとか徹底している。感心したことは、学問だけ優れていても駄目で、創意工夫が伴う事が要求されているので、入学試験的問題だけでない故、日本の教育で優秀でも太刀打ちがならない様である。

 幾ら学問を修め、エリートコースを歩み家庭を持ち、子供を親よりも優れるように学問を進めても、人間としての道徳、常識が教育されない社会はどうなかる?何処で訂正されるかが大きな問題である。

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通勤

 新聞のコラムに同感。「高級な建物、普通ならば高額の部屋に低額の家賃で入り、他の議員は議事堂の近くに新築したとか、何故、議事堂近くに住まわねばならぬのか、緊急時に対して近くに居るのは首相だけで事足りる。議員たる者は混雑した電車、バスに乗り庶民の中に混じって世相を肌で感じるべき」と、全くその通り。

 車で移動する便利さはあるが、目的周辺に駐車場が無い所が多いので、電車バスを利用して目的を達して感じたことは、先ず、窓から見る建物の変化、駅の変わり様、乗り換え都度、駅員に尋ねながら目的地に着く。何両目に乗れば乗り換え通路に近いとか、どちらの出口を利用すれば連絡口に近いか、目的地で電車の扉はどっちが開くか等、可成、頭も目も耳も使い、脳の活性化になると感じた。

 もう一つ勉強になった事は、乗り合わせた人達の会話、服装、マナーに呆れたり感心したり、眉をひそめたり、お節介したくなるのを堪えたり、持ち物にぶら提げているグッズ、何に利用するのかと思い当たらず遂に聞いてみたら、携帯の簡易充電器¥1,000でコンビニに売っていると教えられ「へ~」と、都会の田舎物になっている事に驚いたりで、飽きることが無い。

 所要時間、約一時間足らずで見聞きする中、庶民の生活様式、年代別の話題など身を持って知ることが出来る。コラムの如く議員たる者、人混みに揉まれ、議事堂を中心として八方から通勤し、人々の声を、雰囲気を肌で感ずべきである。宿舎に入る議員は、丁度、馬車馬がよそ見せぬ様に両側に目覆いし、決められた道を手綱の引き加減で動く姿と同様に思えてならない。目覆いと手綱が付かぬ前は、勢い良く活発に動き、選ばれて馬車を引く役につく途端、御者に従えば安楽に生活出来、どっぷり浸かる姿勢と同じく見える。勢い良く売り込んでいる候補者達、手綱と目覆いに慣らされぬようにと願う。

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憤り

 名医が其々の専門分野の診断、手術の放映の最後に、現場に携わっている立場から切実な状況を訴え、3500床を1500床に減らす問題に怒りをぶつけていた。議員が自民から2名、民主、社民も出席しての討論で、自民党の議員には、全く医者の訴えている危機感が解っていないのに悲しくなる。2300床の人達は介護施設、老人ホーム、家庭介護等へ分散するから心配無いと言う。現状を説明しているにも拘らず、理解しょうとしていない。其の答えは、党への忠節的だといわれても、実施までに6年の余裕があるので解決出来ると呑気な答えである。

 医師は、6年後に今の団塊の人達が老齢に突入する。今でさえ病床が足りなく、削減されれば老人虐待である。3ヶ月で出されれば家庭介護は出来ない。「願わくば死んでもらいたい」と、持病を持つ看護の夫は寝たきりの妻の病床で搾り出すように言っていた。医師は「少子化で人口は減り、老齢化は進み、家庭介護が出来ない家庭がこれからは増える。此の儘では日本が滅びる」と憂いていた。政府にはお金が無いと言う。ならば、、贅沢な宿舎を国民の税金で建てる厚かましさ、何百億の金を医療に回すことなど微塵も考えに無い。

 論文が通って、ひょいと当選して議員になった若者は、「宿舎に入るのが何で悪い」と悪びれも無く言う。確かに建てられた所へ入るのは当然、ではあるが、此れだけ騒がれている所、少しはえんりょ気味な態度があればまだしも、と感じる。

 討論で、この件でも「計画した人は名乗り出よ」と言っていた。誰が計画し、実行までお膳立てをしたのか。議員風を吹かせて、自分達だけが贅沢をして良いと思う人を選出した地元が悪い。近づく都議選、美辞麗句に惑わされぬよう、我田引水の欲心を捨て、投票すべきで、果たして相応しい人が?と思案する。

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花見

 花見の季節になると真っ先によぎるのは、座席取り、酔いどれの姿、ゴミの山。花を愛でるどころか、恐らく花に目も遣らず、無礼講とばかりに日頃の鬱憤晴らしに騒ぎ立て、恥も外聞も無く、おまけに自分達のゴミは散らかしっ放し。ゴミの始末に動員される収集車は数台に上り、我々の税金が使われる何たる無駄遣いの状態。

 大和魂の表徴とされた桜花、人格も失いつつある大和民族に、さぞや嘆き悲しみ、開花を狂わせたのも気温に乗じて、人の心に訴えているのではなかろうか。自分達が陣取った所の後始末は必ずする規約でも作らねば、もっと酷くなる事は疑いなし。前以て陣取りする時点で、使用責任者、叉は会社名を登録し、責任を持って後始末をさせる条例でも作る必要があり、其の地区に於いて制定すべきである。

 都に於ける条例も、地区に於いて実施方法が異なるゆえ、汚される地区においては必要な事は作れる筈である。作られていても平気で違反する人間もいるが、まして作られていなければ野放し状態で留まることは無い。

 春は花、いざ見に行かんと楽しむ季節は、見聞きしたくないニュースで嫌な思いをする季節でもあり、自分さえ良ければの厚かましさを捨て、自分がされたらと常に立場を変えて、美しい一人一人の心を呼び戻さ無くては、美しい日本とはならない。 

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投棄

 出来過ぎた野菜の投棄に対し、「勿体無い」 の声に、或る局でアイディアを募った所600通の応募があったが、司会者はもっと多数の応募を期待していた様で、余り良い結果が得られなかったようだ。農作物は如何に苦心しても、天候に左右され不作、豊作は時の運。昔は、豊作の後には不作があることを天候の変化で予知し、保存法に知恵を絞っていた事を掘り下げ、参考にするのも一つの方法と思う。

 凡てに不足の戦時中、庭も、道端さえ掘り起こし、野菜作りに励み、野の草も食料とした。配給された芋類は腐らせぬ様、拍子切りにして乾燥させ、大根は切干に葉も吊るして陰干や、キャベツの外側も勿論乾燥させたり、塩漬けにして保存した。「窮すれば通じる」で可成の知恵が生み出される。豊かになり、あの知恵は何処に潜んでしまったのであろうか、化学の発達した昨今、簡単に乾燥させ、戻して調理出来る方法を生み出させると思うのだが。

 投棄にも常識を逸した不法投棄に驚く。渋谷地区、府中では、清潔にと容器を備えた周辺に他地区から捨てに来る。挙句の果て、サービスエリアに粗大ゴミの投棄。一体誰が?わざわざ車で、高速料金を払って、ガソリンを使って、行楽ついでに捨てるのか。監視カメラを置くとの事、映像を大きく公表すれば良い。

 電化製品は購入時、使用済みを出さなければ新しく求められない規則を作るとか、何とか工夫をせねば、不法投棄を真似る愚か者が続出する。崩壊した常識、道徳を如何したら取り戻せるか、斯うした非常識こそ廃棄処分したいものである。

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速やか

 韓国での、激しい虐めを受けている女子生徒のニュースを見た。煙草の火を押し当てられたり、殴打のあざ数箇所が映し出されて惨さを知る。日本では文字だけで映像は出されないであろうが、お国柄かもしれないが物事はっきりしており、惨さが露わにされれば反面教師になっているのではないか。

 感心したことは直ちに犯人を捕らえ、被害者の治療費は行政で持ち、被害者は転校の手続きを取り完全に保護し、これ等の処理が速やかである。悪は悪として徹底的に罰する事は、人に害を及ぼす事の罪を深く認識させる一番の手だてに思う。

 人権を重んじると二言目に言うが、被害者の人権はどうなるのか、受ける側の苦痛、精心神的打撃への保護は手厚くない。未成年だからといって、名前も姿もモザイクで隠す。自分の犯した罪に対して、恥を自覚させることも悪の根を絶やす方法ではなかろうか。

 警察官の居座り、通報で駆けつけた警官は同じ穴のムジナ。顔も場所も公表し、昔で言えば晒せば良い。幾ら鈍感でも恥を知り公表される為、身の置き処なき辛さを知れば、,己を制する心も生まれるのではないか。ともすれば被害者より加害者の方が酌量されている感がする。

 政治的に悪さをしても、のらりくらりと判決は伸び伸び、ぬけぬけと再度同じ席を狙う厚かましさ、功績を挙げるためにでっち上げの罪人を作り、無実の罪を着せたり、人の心此処にあらずの情けなき世の中、速やかに正しい秩序が保たれる事を願う。

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 横綱が「自分は気が小さく、八百長といわれ、気が重い」と言うようなコメントの記事を見て、跳ね返してくれることを願っていたが、二日連敗に三日目は、はらはらして勝利を願いながら勝負は見られずに、結果だけで胸を撫で下ろしていたが、今朝の記事で人格を疑い、他国でよく頑張ってくれているとの思いは薄れた。

 どんなに恨み辛みがあろうとも、技を競う土俵の上で、勝負の決まった後で蹴るとは横綱の名を汚す。如何なる事があったかは知らぬが、土俵の上で私情を挟むことは恥じであり、親方は勿論注意したではあろうが、二度とあってはならぬ事である。

 曙や武蔵丸は日本人以上の日本人と謳われたほど礼節を守り、相撲道に徹していたと聞く。一度、印象に残ったことを消すことは至難ではあるが、さすがと記録に残る連勝に相応しい人格の向上が伴って貰いたい。

 今回の事で、折角積み上げた功績が泡と消えた感がして残念でならない。異国で一人横綱で奮闘してくれている事に声援を送っていただけに、八百長と揶揄されたご本人の落ち込み以上に、がっかりしている。日本の相撲界の為に立ち直って貰いたいし、日本人力士も、国技を日本人らしく誇りをもって精進して貰いたい。

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自治体毎に解釈の違い

 機長の冷静沈着なる操縦の技術にて、一人の怪我人も出ず着陸の快挙に思わず拍手を送り胸のすく思いがした。

 この明るいニュースの裏面に自治体毎に取り扱い方の違いで当惑している介護の問題が載っている。両親の介護の場合は、介護士としての報酬を受けられる所と、所属を辞めて介護に専念せざるを得ない所があるとの事。私の意見としては両親の介護に対して介護報酬を受け取るとは驚きであり、子として介護は当然の事と思っているが、自治体によっては、前者を行政扱いに分かれていること事態にも驚く。

 都の消防条例にしても、リフト設置条件が区によって取り扱いの部署での解釈の違いを知った。都の条例は「不特定多数の階段には設置も物品一つも置いてはいけない」然し、某区では許可を下すのは建築許可の取り扱い部署で、我々が見ても危険を感ずる場所でも許可が下りる。年寄り自体が、階段に設置は危ないから止めて欲しいとの声は届かない。一体誰の為に設けるのか、計画者の恩が独り歩きしており、消防署に問い合わせても、「其の区の許可部署が違うので、許可が下りれば手は出せない」との事。

 定められた事でも、地区によって解釈法を異にして良いとなれば、纏まりがつかない。以前、犯罪者を追っても、県外に逃れれば追いかけられない時代があったのと同じ感じを受ける。法があっても使い分けが出来ると在っては、野放し状態である。故に遣りたい放題が出来、夕張の如く借金地獄に陥れば、自らが始末をしろと、突き放すことも出来る抜け道政策を感じるのは、僻みであろうか。

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見通し

 見通しが利かなかったのか、見込み違いなのか、多摩地区の地下に設えたゴミ処理機が作動していないと報道されていた。当時と今とではゴミ処理法が違って来ている為との事。凄い施設であり費用も莫大と思われるが、原価消却も出来ぬままに眠らせるとは勿体無い。立案としては先駆けであったであろうが、時代の焼却品の変化の方が先を越した結果のようである。

 周りを見回しても似通った出来事が沢山ある。水洗、下水も確かに衛生的である。この地区も十年前に下水道が完備され直流となったが水道料金とほぼ同じ額が加算される。樋の雨水も合流しているので、雨水利用法も考えたが工事費を思うと躊躇してしまう。渇水期ともなると貯水池の水量を気にし、水撒きは台所の使い水を回す。水洗地域が広がる度に思うのは、使用戸数と貯水量を計算しての上なのか、天候のデーター上のみの雨量で見込み計算しているのか、不思議でならない。

 「取らぬ狸の皮算用」なる計画が至る所に出て来ているのは何故か、担当者が在籍中の功績を残したい為か、懐がほんのり暖まる事でもあるのかと勘繰りたくなる。計画して数年も経たぬ内に、廃棄処分。言葉は四文字なれど莫大な処分量は何処へ捨てる?運搬の費用は?皆、国民の税金の無駄遣い。

 選挙も近い、笑顔や呼び声、白手袋を振る麻酔に惑わされず見極められる人、朱に交わってしまわぬ人を選ぶべきで、我々も眼を開き見通す事が大切と思う、

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態度

 韓国からの留学生が、テレビを見ると日本語が覚え易いと言われて見るものの、先輩が後輩へ、後輩が先輩への態度や言葉遣いの悪さに驚き、自国の礼節を弁えている事を誇らしく投書していた。

 ボランティアで関わった韓国の人からも同じ様な話を耳にして、古き日本の良き時代を懐かしく、現在も国を、祖先を、家族を、先輩、後輩への礼節を尊んでいる事に羨ましさを感じた。

 二十歳そこそこの若者が感じられる程、体たらくの我が国に成り果てたかと、恥しくもあり、情けなく思う。地べたに座る男女、食べながら歩く恥知らず、歩きながらの煙草も然り、場所を弁えず化粧をし、何処の国の人間か、判断つきかねる装束、破れたジーパンで出演するタレントに憧れるのか真似をする。面白おかしく目に映る為に、常識を逸した服装や筋書きを判断出来ない人達が直ぐ真似る。

 テレビなどは、他国の人も見ている。放映される事、凡てがが日本であると思われかねない。視聴率を上げんかなで、日本の恥さらしを奨励する結果さえ生んでいる。自分の利の為に人が困ろうが迷惑しょうが構わぬ盗人猛々しい人々が、大事にしている物、生活に必要な物まで盗むとは、と呆れ果てる。家庭が「らしさを」無くしているから、其処に育った人間が崩れだしている。確りとした人間造りは、先ず家庭から正さねばと思う。

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どさくさ

 慰安婦問題や北方四島の問題が今頃浮上して来ているが、相手も然ることながら敗戦62年を経、当時を記憶する人も少なくなっている今、尾ひれを付けてとやかく取上げ、あわよくば自国への票稼ぎととられる。

 敗戦数日前連盟を結んでいながら突如廃棄し、米英と提携し北方国境から敗戦布告と同時に侵入し、どさくさに紛れ四島に居座り続けている。列記とした日本領土である所を占めているとは以ての外、何故、米国に協力しているなれば、当然日本の主張に協力を要請出来ないのか、何時も弱腰である事に歯がゆい。

 慰安婦問題も度々載せているが、慰安婦を強要してはいない。勝ち進む日本軍に敢えて言えば協力を申し出ていたまでのことが、勝てば官軍で、勝った方が正義となり、敗軍ともなれば平身低頭の姿勢に、ここぞとばかりに威丈高の姿勢とも受け取られる。日本の統治下にあって、苦労した事、苦労させられた事は充分わかるが、日本の国民も共に苦労をし、被害は、世界一受けている。

 戦争を指揮した人達は既に罰せられている、国民である以上は上からのお達しに逆らえない。被爆した人達への援助は国からでなく、落とした国からしてもらいたく思う。日本は大人しいし。戦いに疲れて朦朧としたところへの交渉に、早く穏かさを求めてしまったのであろう。嘘でも白状すれば罪が軽くなると言われ、自白に追い遣られるのと同じである。

 日本よ、政治家方よ、確り国を守って頂きたい。戦争を知らない方々が政治を取る時代、正しく掘り下げ、言われるが儘に右往左往するのでなく筋は通して貰いたい。

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計画

 全国至る所で計画の誤算=計画倒れで、残るのは莫大な借金で喘いでいる箇所が明るみに出て来た。斯うした計画のミスに因る被害は、区に於いても、加入している団体に於いても体面上だけを整え、一体誰の為に、何の為に計画したか無駄と思われることが余りにも多い。

 週一回の会合が、或る建物の二階で行われ、上る為にリフトを設定する計画が持ち上がり、アンケートを集めたまでは良いとしても、結果報告もされず、計画委員のみで話が進められている。費用は会費からであり、全員賛成ではない。謳い文句は年寄りの為、車椅子利用者の為で全く聞こえは良い。然し、其の会合には坂道を上る場所である為、欠席が殆ど。坂道を登る状況を何とかして欲しいの声は無視され、建物にはリフトが備えられていると言う設備上の体裁は整っても、誰が乗るの?絵に書いた餅になり兼ねない。結果がわかりながら敢えて実行しようとする姿勢に疑いを持つ。

 皆から集めた金銭を無駄遣いして欲しくないとの声は盛んでも、敢えて実行するならば、結果は見えている。でも、実効委員のメンツの為か魂胆の程がわからない。老人の為、車椅子の為と体裁は良いが、乗る老人は其処まで辿り着けない、車椅子は乗り換えなくては利用出来ない、介助する人手は足りない。只、飾っておく為かと問いたい。

 小さな所でも此の始末、まして行政の不始末はこれどころではない。火の粉は皆に降り掛かる。どうしてこの様なな理解に苦しむ事柄を、計画し、此れをよしとするのか、何処か狂っている時代としか思えない。

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保護

 或る通信誌で目にした記事に、イタリアの憲法第9条は「共和国は、文化の発展並びに科学的および技術的研究を推進する。共和国は、国の風景並びに歴史的および芸術的家産を保護する。」との件が出ていた。何と素晴らしき事かと羨み、我が国において見習うべき事である。処々方々で高い価値のある建物、当時を偲ぶ歴史ある建物、二度と得られない材料、建築等、容赦なく取り壊す。理由としては、老朽化が進むからとか、新しい計画の為にとか、移転先が無いとかの様々な理由の下に姿を消す。

 街の象徴としてある建造物が、高い建物に埋もれ、由緒ある歴史を秘める姿を蔑ろにする計画者の無神経が、美観を損ね、歴史を無視し、高い建物への流行を追っている。老朽化であれば補強をすれば良い。何故、歴史的、芸術的なる物を尊ばないのかと不思議に思う。

 イタリアの様に国で保護する手立てを作らねば、世界に類の無い日本の特徴が外国化されてしまう事は残念でならない。二百年もの民家も手入れすれば長く保存出来るのに、私財では賄えない。保存の為に行政が援助すれば、歴史を刻む私有の建物も保存出来ると思う。

 我が区のまだまだ使えるセンターが補強か建て直しかで、どうやら立て直す方向に傾いている。補強すればよい建物であるのに、何やら匂う。彼方此方で取り壊す廃材、手を加えて利用したとしても廃棄の分量は多い。捨てる場所、運ぶ労力、無駄遣いの陰に、ほくそ笑んでいる顔が見える。資金は血税である。一人一人が関心を持た無くては改まらない。

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捉えてみれば

 「捉えてみれば、わが子なり」で、教師たる者が、給食費や月謝まで滞納しているとの報道に、此の上なき恥さらしと言うか、此処まで成り下った人間が、よくもマー、教師の席に図々しくもと呆れた口が塞がらない。「盗人猛々しい」とは此の事で、どの面下げて教室に入るのか、人間失格である。非常識な事を平気で、何の躊躇いもなく行う精心の持ち主は教師たる資格はない。厳罰に処すべきである。

 給食費は一食¥230と言うが、人件費、経費を加算すると一食¥900になると言う。年間での数字と滞納者数を割り出せば膨大な数字となる。これ等がみな国民の血税から賄われているので、徹底的に洗い出し返済して貰わねばならぬ。昔と異なり、教師給料の待遇は良い。自分達の生活を潤すために、義務を怠る事は許されない。此の姿を見て育つ子供達への影響は、もっと恐ろしい結果を招く事、疑いなし。払える立場にありながら、払うべき物を恥じらいもなく怠る魂胆が、受け継がれる事への危機感を持つ。

 恥ずべき行為をした人間の名前と滞納分を公表し、全てを償う責任を持たすべきである。数日前には、支払えない子供の給食費を、自分の財布から出した教師へ恩返しをした記事を見た。天と地、、いや雲泥の差である。人命をとして人を救う人もあれば、自分さえ良ければ人の迷惑も省みぬ人非人が、しかも教師であるとは許しがたい事である。

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教員評価制度

 何を基準として評価するのかと疑いつつ記事を読んだ。様々な意見を総合し練り上げて作るのかも知れぬが、この制度自体、教員が萎縮してしまうのではと心配する。そもそも父母会なる体制が、教師を監視する様相を呈している中で、教師は身動き出来ぬ状態に追いやられるのではないかと案ずる。

 ある会合の発言で、「教師が事務的な仕事の時間が多過ぎる」と聞いた。教育とは何か、上級に進ませる為だけの教育である如き現在、教師の手が回らぬからと塾が補う。「本末転倒」の学校と成り果てている。学校とは、叉、教師たる者は、何を基本として教育に当たるべきかを原点に戻り、制定に当るべきと思う。自分が学んだ通り、コピーして渡すに過ぎない教え方でなく、花も実もある教育が出来る先生としての人間を育てる、教育者となる前からの教育から始めなくては何ら変わらぬ事であろう。

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出揃っても

 出揃って始められた審議は、相も変わらぬ揚げ足取り。得意顔で発言の面々にうんざり。「人の目の塵を言う前に、己の目の梁(ウツバリ)を取り除いてからにせよ」との言葉があるが、まさに其の通りで、菅議員が名古屋地区にての講演で「子供の出産率が、○○地区より△△地区の方が生産性が高い」と表現された文面が、地方紙に掲載されているが、取上げられなかったが、内容的には柳沢相の発言と同様、少子化に対する考えの原点が違っていると宝塚出身の議員が朝の放映で語っていた。

 少子化対策としては、少なくても一家庭が三人以上育てなくては将来一人も増えない。結婚したくても縁が無く、結婚しても子供に恵まれ無かったり理由は様々であるからこそ順調に恵まれた家庭への出産から義務教育終了迄の支援、高額な不妊の治療費の援助をどの様に実現するかを問題にして貰いたい。「自分の手で育てたいが、出産から始まる子育てへの費用が夫の収入だけでは賄えない為に、仕方なく働きに出る」との投書があった。母親が、我が手に抱くいとし子を育てたい切なる気持が伝わってくる。行政では保育園の数を増やすことへ考えを及ぼすが、人手に預けることでなく、母親が愛情を注ぎ四六時中、生活を共にしての家庭教育が一番大切なのである。

 核家族の今、子育てに悩む家庭へ出向いての指導員を、子育ての終わった人を募り、其の経験を生かして貰い、教え、教えられながら安心して子育てが出来る一挙両得の方法もある。預かる建物を増やす建築費、維持費、人件費をこれ等の方法に回せば出来る筈。

 揚げ足取りに専念の女性議員方の大半は失礼ながら「であろう」の耳学問に因る推測での少子化対策議論で、子育ての大変さは推測外である。子が授かり可愛さで時間の経つのも忘れる親子の交わり、初めて笑い、初めて受け答えの仕草、何もかもが喜びで愛しさが倍増し疲れも解消できる。夜泣きをしたからと事件を起こす原因は金銭的、肉体的の疲労が嵩むからで、政府の確かな援助があれば、事件は起き様筈は無い。

 この際子育ての為には何が必要で、如何したら安心して沢山子供を産み、育てられるかを徹底的に掘り下げ、真剣に取り組み実りを挙げて頂きたい。兄弟姉妹が多いい家庭に育つ子は思い遣りがあり、人間味が豊かに育つ。食うや食わずで、口減らしに奉公に出されても、親を思い兄弟を思い、せっせと仕送りするために主人に、職場に、同僚に忠実であった。家庭への思い遣りは、世の中へも広まって行く。

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装い

 近頃、和服を奨励する向きがあり、大変結構な事と思うものの、用い方、着付けにしても本筋から逸している事を憂う。和服は、世界に只一つ誇るべき日本の伝統衣装であり、基本を正しく伝え、叉、学び取って貰いたい。

 色、柄は時代に応じ、若者の好みに合わせるにしても基本色があり、そこはかとなく優雅さを漂わせている。此れは着尺独特な物である故に、着付けに於いては尚の事、崩してはならないと思う。今の若者の着付けに(特に成人式)抜き衣紋が殆どに驚く。此れは水商売である事を無言の内に表している着方。帯を締める位置によっても、年代や商売を表現している。帯揚げの合せ方も、結婚前と結婚後とでは異なるが、今はみな後者を用いている。帯の位置が異なる如くに、仕立ての袖付け、身八っ口の寸法も違うと言う様に分かれているが、今では味噌も糞も一緒で嘆かわしい。

 和服の場合は、金具は一切身に付けない決まりがあるが、何とした事かイヤリングまで着ける。正しく教える人が少なくなった証拠でもあろう。売れれば良い、飾ればよいのでは無い。TV上での衣装、凡てを真似せず、日本の誇るべき美を着こなすべく、正しく学んで頂きたい。

 以前にも載せたが、指輪の嵌める指によって娘である、婚約中、結婚、プロポーズは拒絶と其々意思表示が出来るのである。洋服においても和服と同様、着方の基本があるが、売る人も基本は知らず、知ろうともせず、単に身に付けていると言うだけで、洋装の国の人はさぞや驚いている事であろう。何事に於いても、単なる真似でなく基礎を知り、自分のものとして熟す(こなす)必要を感じる。

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出生率

 女性が働きながら出生率が上げられる様な審議をするべきとの記事を見たが、詰りは保育を委ねられる施設を完備させる事が含まれていると思うが、母親の手で人格構成が出来るまで、主婦業が安心して出来る様に、戦時中の如く補助金を出すとかの支援案を纏めるべきと思う。

 人出に任せ、数時間の母親との接触で良い子が育つ筈がない。達人の保育者でも母親とは違う、女性が産む機械ならば、育児も人手任せの流れ作業、定まった時間に預け、受け取り、休日は一家団欒と称して外食とか車で外出。さも団欒らしく見えるが、ベルコンベア状宜しく機械的に動いているだけと見る。其処には、真の愛情の流れる余裕がない。相談したい時に、身近に母親が存在しない。仕事から母親が帰ってきた頃にはぶちまけたい思いも薄れ、自分の心に納めてしまう。

 何事にも時があり、転げて笑った出来事も、後で思い出しても転げるほど笑えない。笑いと違って、子供達が外で遭遇する様々な出来事を我慢して帰ってくる。母の顔を見た途端、しゃくり泣くだけで胸が収まる。転んでも我慢して帰り、母の顔を見るなり大泣きした経験を持つ人は多いであろう。聞いてもらえずとも其処に母親が居る事で重荷が下りるのである。

 共働きの家では、人気の無い部屋で、心は自分の中に籠もってしまう。顔を合わせる頃には、頂点の思い其の侭を引き出すことが出来ない。この状態が続く故に子供の性格によっては引き篭りや暴力沙汰に及ぶ。勉強を見てやれなくとも、ご馳走が沢山ある食卓よりも、母親が何時でも家に居てくれると言う存在の重要性を、世の母御、これから母になる方、ご主人方、出生率を考えておられる政治に携わる方、其れに関連のある方々に考えて頂きたい。

 施設に投ずる金額を、経費をごまかして浮かせる費用を、議員宿舎の贅沢を、挙げれば切り無い無駄遣いを節約して、沢山産んでも安心して子育てが出来る金銭援助案を立てて頂きたい。塾に行かずとも本人が、たっての大学希望があれば学資援助を出す。学力差をなくし、大学を出なくとも開ける道を備える事をしなくては、皆が学業に勤しむ為、年季を掛けなくては腕につかない伝統技術が、廃れかけている事にも配慮すべきである。政治家も政治を志す人も、金儲け(出だしはそうでなくても、朱に交わればになる)、名誉の為でなく、日本を立て直す為に身を捨てて頂きたい。

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鬼の首

 柳沢相の失言に文句を出したが、野党の怒りもご同様と理解する物の、まるで鬼の首でも取った如く掲げて論戦に及ぶ構えを見て、何時ものことながら尊い時間を延々と費やし、捲くし立て、必要欠くべからざる論議を等閑にし、空席にして議事進行を妨げる何時もながらの行動にうんざりで、思いを変えた。

 安倍首相は今後の思惑もあっての上で弁護しておられるにしても、柳沢相も少子化対策の案を出された張本人とありながらの失言に、反省もし、さぞ苦しんでおられよう事を加味し、人間誰しも失敗あり、此れを肥やしに実を結ぶ人もあれば、何度も繰り返す愚か者もいるが、大臣に選ばれた事は其れなりの実績もあろう事として、今回は前者の人である事と期待して、掲げた案の成果を見てはと考え直した。全国民の目が集中している中で、職務を全うしたいと明言しているからには、お手並み拝見の期待を持つ。

 野党、第三者として批判は気楽に出来るし、批判も必要でもあり、聞く耳を持つことも重要で、沢山な批判の中で恥を忍んで、敢えて続行と言うなれば、其れなりの期待に沿う成果を挙げる覚悟もあられ様。若造と異なり70歳を越して居られれば、今回の失言は怒りを買い、槍玉に挙げられる失態の重さは充分知っての上で、尚、且つ続行とは余程の覚悟と受け止め、成果を見ようと思う。

 批判は必要であるが、攻撃の仕方では人物評価ができるし、次期選挙の選出評価の標準ともなると論議が見物と思っている。

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耐震

 耐震度70%未満の建物が発覚されたが、姉歯氏の事件は氷山の一角と見ていたが現実となった。口は拭っている物の掘れば次々出てくることは確かで、一箇所手抜きしても利益は入る。地震国日本で、上に伸びる建物は大丈夫かと恐ろしく感じる。揺れは上ほど大きく揺れ、走る如く家具は移動すると体験者は語る。倒れないように天上や壁に固定しても天井も壁も剥して動く恐ろしさは伝わっていない。

 耐震度審査量は拾万円掛かる。三割の補助が区から出るものの、やっとの思いで建てた家も、審査を要する年代に建てた家故、当然、補強を要する、となると年金生活者には出来ない。であれば、自費七万円出して審査しても無駄になる。補強は住みながらでは出来ないと言う、その間、間借、引越し諸々の費用を考えるだけでも気が遠くなる。潰れたら潰れた時の事と諦めざるを得ない現実をよそに、審査の奨励の知らせを受けても致しようがない事をご存知の上で、義務的に項目を掲げているとしか思えない。古くなったからと、いとも容易く税金を使って宿舎の建替えが出来るのとは訳が違う。

 規定を作る方々は、ぬくぬくと席を暖め、ご自分に目線で何事も見、頭の中だけの計画計算で自己満足している。どん底から叩き上げた苦労人が参加して、暮らし易い世の中に出来ない物かと、望んでも所詮無理なのか。

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給食費

 給食費未納者がいるとの報道に驚き、しかも、外車に乗り、ゆとりのある暮らしの人までが払う自覚を持ち合わせていないとの非常識さに叉吃驚。義務教育期間は食事まで無料と心得ているとしたら、何処で取り違えたのかを追求するべきで、払うべきを知りつつ未払いであれば無銭飲食の犯罪であり、徹底的に追求すべきである。給食費の徴収の仕事まで教員がすると記事にあったが、教育に充分時間が取れず、教育面が手薄になるのは当然。教師の負担が多過ぎる。

 終戦後、食糧難で栄養不足の子供達の為に、アメリカからの救援物資により始まった給食と心得る。豊かになり、栄養豊富な献立に子供達は確かに体位は向上した半面、精心面が稀薄な子供の率が多いと見る。私立校では給食が無い為、親は朝早く起き、一生懸命お弁当を作った。豊かになると競争の如く品数もまし、親の負担も多くなったが、親であれば当然の事と作った。

 戦前、戦時中も無い素材を工夫し、弁当作りに励んだし、貧しい家庭では梅干が一つ中央に「日の丸弁当」と名付けられたが、梅干があれば、ご飯があれば未だましもで、薩摩芋、じゃが芋を包んできた子も多くいた。何れにせよ、其れなりに親は工面したからこそ親子の情は深く、家庭は温かかった。

 僻みで言うわけでもなし、凡てが行っているのではないが、得てして高級車を乗り回している人の運転マナーは悪い。「俺は高級車を」、「私は」と悦に入って割り込み、追い抜きなど平気、ぶっけてもバンバは頑丈と威張っている。傷でも付けようものなら怒り心頭と、上品さが吹き飛ぶ様子を見た。誠に手前勝手である。斯うした態度が給食費にまで及んでいるとは情けない。根底に流れる物は一体なんであろうか。何処で曲がり、人間の心を失ってしまったのか。掘り下げればこの人達の親に迄、遡らねばなるまい。

 兎に角、代金を支払う義務を先ず認識し、取り立てる方法を取る。税金を支払う如く、支払わねば滞納金を払うと同じ様式にするべきと思う。億と言う数字になるまで取立てをなおざりにした怠慢さを恥て、責任を持って徴収すべきであり、支払いは親の責任である。この機会にお弁当を作る親の責任を、意識させる時期になっているのではないかと思うが。

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森林セラピー(治療)

 森林浴健康法として、全国の森林セラピー場所の地図が新聞に載っていた。健康に関心を持ち、時間と金銭に余裕の有る方は、芽吹く頃になれば巡り歩かれる事であろう。大変、体の為に良い事は確かであるが、心して欲しい事がある。歩く事が良いとなれば宣伝や情報を頼りに其処、彼処と人出で賑わい、ゴミも山となる。富士山、尾瀬も荒され、世界遺産に推薦されても富士山は失格。ボランティアがゴミ拾いに汗を流しても、尽きないゴミと言う情け無い現状。折角の場所が、又してもゴミで汚されるかと思うと気持は暗い。

 犯人は若者ばかりでない事に気づく。団塊世代が、恥しげもなく遣って退ける姿に腹立たしく思う。全部の人とは言わないが、一部の人の行為を真似する馬鹿者がいる。「あの人がしているから、しても良い」のではなく「してはいけない行為」と反省し、前者の分まで片付けるだけの心構えを持つべきだ。後に続く者に、範を垂れるべき立場にあることを忘れないで欲しい。

 自転車でも、自動車は遠慮しろと言わんばかりに道の真ん中を走る。若者は車の音で気付き、道を開けるが、聞こえないのか、ホーンを鳴らすわけにも行かず、後について走る。買い物、乗り物等々、厚かましさが目立つのはこの世代。未だ戦前の人には遠慮が見えるが、何事にも自分だけが良ければ、ではなく、自分がその様な状態に面したらと、常に相手が居る事を意識して振舞う事は、後に続く者への手本を示す、「不言実行}である。

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納豆

 売り場に姿を消すほどの効果を上げた番組で、健康の為より「痩せる」言葉に引き寄せられ、近くにある女子大の学生と思しき女性が抱えるほど買っていった「納豆」。品物自体は健康に良いと前々から言われ、朝食には添えられていたが、昨年は夕食に食べる方が健康に良いと放映されたが、心臓病の人は医者に相談してと注意を促していた。

 一週間ほど前の放映では、二週間続ける結果の数値が出された為、吸い寄せられる如く痩せたい人の関心が集まったが、でっち上げであることが判明し、企画側が謝罪したものの、謝って済む物ではない。別に納豆が人体へ被害を及ぼす事は無いにしても、番組から外れれば、企画通りに演出した人達にとっては痛手であるし、納豆も濡れ衣となり兼ねない。

 健康に事寄せれば視聴率が取れると、あの手この手で各局が競い、食に関しては大食い競争等は、勿体無さが目に余る。次々と渡り歩き、味の店紹介も店にとっては宣伝になり有難いかも知れぬが、タレントが体を張っての食べ歩きの姿は見るに忍びず、再び見る事はない。

 視聴率を取らんかなの番組が多過ぎる。笑いを取ろうとしてか、礼儀も弁えず、お宅拝見には土足で上がる。コマーシャルも然り。善し悪しも判断できない子供達は真似をするのを、窘める親も少ないことを弁えて企画をすべきである。

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アイドリングストップ

 環境汚染防止の為にアイドリングストップが奨励され、アイドリングストップ車のステッカーまで貼ってバス等は率先して実行してをり、一般車も実行を、との呼び掛けに、納得行かない点があった。と言うのは、トラックやバスの後ろで信号待ちの時、前車発進時にアクセルを踏むので、勢い良く排出される匂いや、車種によっては黒い排気ガスを出しつつ走り出す。うっかり外気を室内に入れる操作をしてあると、全部入ってくる。エンジンを切ってある為にエンジンをスタートさせる、アクセルを踏み込む、この操作で嫌でも排気ガスは出る。此れで本当に環境汚染防止になっているのかと疑問を持っていた。

 上手な発進法の記事には「車間を取り、オートマチッの動きを利用して静にアクセルを踏む」とあった。朝の混雑時に通勤に利用している車が此れを実施したとすれば、余計渋滞してしまうのは当然。アイドリングストップ事態、果たして成果が上がるかに疑問を持っていた。

 先日の記事に、「信号待ち渋滞の間隔によってアイドリングストップを判断しないと、反って環境汚染になり兼ねない」、と載っていた。やっぱりと胸につかえていた「ストップ」がどれ程の効果があるかへの疑問がおさまった。どの燃料がどれだけ汚染するかが問題になりながら、濾過装置も誤魔化しだらけ、そちらの解決出来ずに頭の中だけの計算で実施に移す事は、矢張りお役所案と感じる。「絵に書いた餅」の結果と見る。

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衛生

 連日、不二家の不祥事が次々と洗い出され、数年前には食中毒も出たが保健所からは2~3日作業停止で終わり、公表されなかったとある。有名ホテルとか大きな病院での食中毒は大きく報道される物の、其処此処で起きている給食とか食品店での不衛生に因る事件は公表されることは少ない。

 料理番組や、主婦向けの番組などで組み込まれる健康に良い、相乗効果がある調理法を調理人が実践して見せる。実地に見て覚えられるので勉強になるが、時折気になる事は、特に女性の場合、髪を垂らし、ご本人も気になるのか、手の甲で払い除ける。どんなに梳(くしけずる)っても髪の毛は落ちる。調理人はきちんと髪を被う事を心掛けるべきで、指輪も嵌めたままで調理している人が多いのには驚く。事前に手洗いは当然の事、爪先までブラシを使ったとしても、指輪を外して洗っても叉嵌めて、しかも調理に手で捏ねる場合もある。

 今迄、何事も無かったからとて、気にもしていないし、指輪を取り、髪の毛を落ちないようにする事すら考えに無いような人が多い。ある局で二人のタレントが料理番組を受け持って、調理師に教えられながら調理しているが、前掛けすらしていない無神経さと、だらしなさを感じもせず出演させている局の感覚を疑う。

 大衆の目に写る画面からこそ行き届いた衛生面および、身嗜みを会得させるべきである。17日夜、大衆芝居の女形役者の豪邸拝見に訪れた関西のお笑い女性芸人が、玄関床に土足で上がり、注意されたら其の儘スリッパを履く下品さ。寝室を案内されるとベットの上で飛んだり跳ねたり、高級な総絞りの兵児帯が畳紙から出されると、各々の首に巻き、ふざける姿に如何に笑いを取らんかなでも、悪すぎる。子供達も見ている時間帯であるだけに、笑いを誘う中で常識を織り込み教えて行く責任があると思う。腹立たしくなりチャンネルを換えた。心の衛生面も、斯うした企画で汚染されつつあることを感じる。

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経費

 北朝鮮での対談を終えて帰られた山崎議員の行動に、各党の意見が飛び交う放映を見たが、表に出せない駆け引きがあるように感じた。裏と言えば何処の社会にも裏は付き物ではあるが、政治団体の裏面が芋蔓式に出始めてきた。

 山崎議員の今回の行動に伴う経費は何処から出るのであろう、個人的思惑で行かれたのなら自費で行かれたのか?この件に付いて誰も問わないのは、出るべくして出せる内容不問の予備費が有るからなのかと勘繰りたくなる。先頃問題となっている議員事務所の事も、議員であれば罷り通る、使い放題を見逃している事に怒りを感ずる。

 家計簿においても、領収書が無くては正確に記録できない、うろ覚えでは帳尻が合わない。まして、議員方の事務所において当然と思われる事がなされていないのには驚きであり、領収書無で良いとは「何事ぞ」である。一般的には、申告時の為に領収書をそろえ付け落ちの無いようにと懸命であるのに、働いて、働いて、納めた税金が垂れ流し状態で使われているとは情けない。

 民主党党首の経費が3~4千万台から、一年で4億万台に跳ね上がった内容は明らかにされていない。何で?と、問いたくもなり、如何に耳障り良き演説内容でも信用しかねる。一体何を、誰を、どの党を、人も党も信じられない思いだが、春の選挙を控え、此のままではと憂いが深まるのみ。

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見込み違い?

 115億円も使って建造された船舶が、一度も運行されず一年数か月、繋留された儘でいる理由は、運行すれば年間20億円以上の赤字で、国土交通省と東京都との負担額が折り合わないとのことで就航を断念。建造には日本政策投資銀行等から資金調達して、三井造船に発注したとの事。活用もされず、利益も生まず只、漂流している物体、台風16号では浸水の被害があったとか、建造に当たって利点ばかりを追い、消費面を深く掘り下げない、粗利益の計算もしない杜撰さに驚くが、この出費は何処から、損失は何処が賄うのか、何処かに大穴が開いている筈、国土交通省が絡んでいれば、血税からではないか、謳い文句倒れの物体、「お前もか」と腹立たしい。自分の腹を痛めない輩は、口を拭っていればで終って欲しくない。

 風力発電機の25基の内、一基が根元から倒壊したとある。最大風速7,7mであったとか、建設時には最大風速は其れ以上をを計算済みであろうに、設計ミスなのか、手抜きなのか損得が絡んでいるのか、そこはかとなく忌まわしい事件的なものが匂う。曖昧さの見込み違いが暴露されたのではと勘繰りたくもなる。

 嫌なことの中に(タイトルとは別になるが)イチロウ選手が「例え、マリナーズが不振であっても、イチロウの技を見ようと来て貰えれば嬉しい」と。なぜか、ジーンと来る物を感じた「頑張れ、イチロー」。

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合併

 成人式が各地において行われているであろうが、晴れ渡った空の如く澄んだ心で、人に暖かさを与え、礼節を弁えた一人前の人としての歩みをして貰いたい。一足早く、夕張で成人祭が行われ、一致団結して自分達の力で成人を祝った行動は立派である。貧困に追いやられ、どん底から湧き上がる力こそ真の力であり、お金では買えない宝である。

 各地で行われている成人式はどの様に進行しているであろうか、、毎年、何処かで気違い沙汰の式が報道されるが、昨夜の報道による、夕張の気構えを知れば、よもや恥じの行動は取るまいと期待する。

 又しても、お役所仕事の欠陥が出た。合併により成人式を向かえる人数を収容出来る会場が無く、結局は合併前の地区で催す結果となったとの事。何たる不様、「想定外」とは言わせない。解り切っている事でありながら数字も弾き出せないお粗末な行政、不満足な仕事人に決められた給料は支払われ、失敗したからとて減給もされず、ぬくぬくとしている給料取り。

 合併に際しても名称から標示、看板から書き換える、部署の移動等、数え切れぬ浪費が伴っている事は窺いしれる。合併による利点を計算しての事であろうが、計上できる利益は果たして何年先の事か、利を弾き出すまでに損失を生み出している所ばかりが耳に入る。今回の会場分散にしても、急遽会場を設定、其々に通達するまでの諸々の費用たるや、何処から補うのか、自分の懐が痛まないから間に合えば良しとしているかも知れぬが、我が身を抓って見てはと言いたい。

 見回して見ても、頂点の地位に位すると、自分の業績を残したい為に計画し、自分の夢を実現させ、取り巻き連にちやほやされて悦に入り、結果は「野となれ、山となれ」、で「我田引水」であったり、「手前味噌」的行為ばかりに感じる。業績を残す事より、何が大切かを考えて行動を起こして頂きたいものである。

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有り余り

 ドサッと入る折り込み広告、専業主婦の方々は隈なく目を通し、何処の店が一円でも安いかを丹念にメモし、子供を送り出し、小さな子を自転車に乗せ買い物に走ると聞くは、安月給取りの孫娘家庭の遣り繰り奮闘振りである。周辺に居並ぶ店舗が客引きの為に競い、何を割安にと作戦を練るのも並大抵ではなかろうが、血眼で捜す消費者の労力もたいしたもの、戦いの日々ではある。

 然しながら思うことは、期限切れ、食材の売れ残りはどの様に処理されているのか、勿論捨てるのであろうが広告の枚数だけの店舗×数×箇所×地方に及べば莫大な量であり、勿体無いを通り越し、末恐ろしさを感じる。或る企業は、集めて肥料にしているとか、遅すぎた感はあるが、もっと普及する事を望む。

 今朝のニュースでも、資源に乏しい日本が、融和による他国との交渉をする、外交の手腕を期待しているようだが、日本に無い資源を得る為に、付随する物を入れざるを得ない、駆引きに応じて居るのであろうか?と感じる生鮮食がある。内地での生産品は高いから、安さを求めて輸入するのか、内地物は売れないから高くなるのでは?値崩れしない為に「出来過ぎ」と言っては無残に捨てる野菜類、生産者にとって身を切られる思いであろう。不作の時の為の助成金も、ヘクタールが決められ生産者虐めとしか考えられない。多すぎたら埋めずとも、利用する手立ての為にこそ助成金を出せばよい。もし、何らかの事で輸入が少なくなったとしたら、一旦生産不能にした土地は、元に戻す迠には期間が掛かる。

 通販雑誌が此れでもかと送り込まれる。内容はドングリの背比べ、中には全く同じ商品、生産者が各店舗に売り込んでいるのであろう。豊富すぎる商品、衝動買いする人は多分使わずに、やがては処理される。商売だと言えばそれまでだが、未だ使えるる家具より、目新しい物に変える真理を狙って商売が成り立つにしても勿体無い。衣服も然り、次々新しい素材、デザイン、手頃の値段と消費者の心をくすぐる。まだ着られるものも安易に捨てる。以前は、バザーに出す、残っても施設に送り、喜ばれたが、近頃は受け取り手がない。衣類の提出はお断りとする会が多いのも、有り余りの証拠である。

 物のない時代は継ぎ接ぎして使い、更生させて最後まで使う知恵と労力を惜しまなかった。キルトにしても発生地では古いものを利用するために生まれた手芸であり、日本では刺し子と称して木綿糸で図案を刺し、布地を強め何代も着る事が出来る質素、倹約から編み出された芸術であるが、今は、或る一部では美しさのみを追求し、新しい布で見事な作品を作り出している。見事であるが、発祥の原点を忘れてはならぬと思う。

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原因

 今日は天皇陛下御誕生日、73年前、親王様続きで待ち焦がれていた国民の喜びは、宙に舞う如きの喜びで、旗行列、夜は提灯行列で喜びを表した当時を、昨日の事のように思い出す。昭和天皇を超えられるご長寿を、皇后様御共々にと願い、祈る。

 報道されない日とて無い火災現場の写真は逸早く報道され、必ずといってよい程、死者が出る火災、原因はとなると、殺人犯罪のもみ消し、「放火」は報道されても一般出火での原因は調査中で終わる。犯罪の場合は、其の遣り口まで事細かに報道され、こんなにまで仔細に伝え、真似する馬鹿者も出てくるのではと心配する。

 同じ命に関る事件の火災には、直ぐ原因が判らぬであろうが、判明した時か、火事の原因を分類して統計的に伝えられれば、必ず火を扱う生活上、参考になり注意ができ、出火も減らすことが出来ると思う。手間も掛かろうが、斯うした原因を報道され、注意を促されれば、不燃焼で命を落とす事件も、機種の不備も早めに発見でき、何人もの犠牲者を出さずに食い止める事も出来様、報道界ゆえに出来る業ではなかろうか。

 

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ベビーカー

 「ベビーカーに子供を乗せ、ある駅でエレベーターは無し、腰痛も少しあり、荷物もあったので駅員に助けを求めたら、「介助の制定はないが」と言いつつも手伝ってくれた」との投書を読む。ホームで電車待ちで、溢れるばかりの人の中を当然と言った態度で避けさせ「有難う」の一言も言わず、次々に並ぶ列の人を退かして立ち去る母親に腹立ちを覚えていた。駅の進行方向最先端のホームにエレベーターがあったので、多分其れを利用し、目的とする位置まで掻き分けて行ったと思われる。

 ベビーカーなど無かった時代は、おんぶし、冬は守半纏で親子共々温かく、沢山の荷物も両手に持ち、移動していた。普段、家庭の仕事も背負ったまま動き回り、当然、足腰は鍛えられ、男性に頼らずとも可成の事は遣り通した。乗り物でも確り歩けるようになった子供は座席に座らせなかったし、座れる空きがあると子供は窓の方を向くので、親は必ず靴カバーを被せ、人様に迷惑の掛からぬ様、気遣うのが常であった。今は正反対、空いている席があろうものなら、駆け寄らせ、土足で席の上に立たせる。「あら、駄目よ」とホンのお義理で言うのみ、行動を改めさせ無い。譲り合いの席で年寄りが立っていても、譲らない。

 自分の意にそぐわなければ、叱り、怒るのが躾ではない。日常茶飯の中で礼儀、常識などが躾けて行ける事を、親が心得ていない。便利は人を愚かにしてゆく事を痛感する。

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麻痺

 叩けば出る埃の如く、県知事のお達しで動いた輩から、次々に出る証言にも「していない」と言い張っているとか。頂点に位し、我が意を得たりと行動しての結果とは思ってもおらず、自分が良いと判断しての上で行動した事が悪いとは思っていないかもしれない。銀行員が始めて札束の中で仕事をした時は極度の緊張を覚えたが、慣れるに連れ札束の山も品物してと扱えるようになると聞く。慣れとは恐ろしく、人の物でも、我が物的に錯覚が事実に勘違いを起こすのではと思える。

 「先生」という言葉も、人によっては麻薬的錯乱を齎す。自分は言われるほどに値なくても「先生」と呼ばれ続ける事で心は伸し上がり、横柄な態度が伴ったり、偉そぶる。中には、ご本人は、先生と呼ばれるに値する人物で謙虚であるのに、付随する人や、其の夫人たるや「虎の威を借る狐」宜しく権勢をかさに着て威張る態度には鼻持ちならない。

 頂点を極めた人も、権力の座に座った人も、教育者も絶えず己を省みる事であるが、始めは心得ていても、席が暖まるに連れ麻酔に罹ってしまい、当然の事のように思い込み、足元が見えなくなる。例え、注意をする人が居ても自分が最高と思っている御仁は聞く耳も持たず、主義主張を押し通し周りの迷惑等、気付く由もない。歩いた跡には草も生えない害を蒙る。

 今、見回すに、この様な害を蒙っている場所や人達が多過ぎる。場所で言えば夕張を筆頭に、何百年の歴史のある山間の温泉場も、ダムの計画の餌食になろうとしている。岐阜の駅にしても甘い汁の麻薬がちらついているとしか思えない。鼻薬を聞かさなくては前に進めない世の中であってはならないし、袖の下を要求する事柄は排除してゆかなければ改まらない。金の亡者が多過ぎる。

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財布は誰の物

 呆れっぱなしで、口が塞がる暇とて無き政府の体たらく。何事ぞ、議員宿舎建設に三百数十億円を使い、生活用品もセットされ、一般マンションならば家賃七十万円もするという豪華さの部屋を、僅か9万余円で貸すとは、しかも駐車場付き。此処へ、ぬくぬくと入る議員の顔が見たい。建築費の出所は国民の血税。公僕たる者が何故に贅沢の限りを尽くすのか、国民がせっせと溜めた税(財布)から、よくもマー贅沢な物を作り、高給取りに低家賃で貸し与え、甘やかすのか、一時、議員宿舎に批判があったが耳も貸さず、遂に遣って退けた図々しさ。

 このように甘やかすがら、ぺこぺこ頭を下げてお願い組みが、当選すれば踏ん反り返り、「先生」と呼ばれる響きに酔いしれ、為す術を怠る。地元の頼みを成就すれば、懐は暖まる。一度、この汁を吸えば、辞められない。是が非でも食らい就く姿の醜さが今回の復帰問題でもアリアリの態。国民が提言しょうが、訴えようが、匂わせるだけで真味が無い。

 新首相は深窓出、底辺の生活、凌ぎを削る生活の戦いなど知る由もない。知っていると言うなら耳学問に過ぎない。今朝の出演者が言っていた。「議員宿舎を金持ち族に貸して建設費を戻せと。」然りである。何処まで国民を弄ぶのか、もし、この宿舎に入る議員があれば、選出した地元民の恥であり、容赦するなれば、欲得の魂胆が絡んでいると察する。誰が入るかが見物であり、入居した人には次回当選させない決意を持たなくては図に乗る政策は止まない。泣きを見るのは国民だが送り出した責任も国民にある。頭数を揃える為の「公認」の選出に騙されない、確かな人物選出の目を持つ事が先決だ。

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我田引水

 「我田引水」。此の言葉にぴったりの○○党。議員数の三分の二を占めた我が党とホクホクの態だが、戻る方も入れる方も意地も無ければ気骨も無い。党が好きだから、党を愛するから、此の党で国民の為にと仰るが、「寄らば大樹の陰」、次の選挙で当選を狙っての事、党としては人数を増やすだけの考えとしか受け止められない。政治家の醜さが剥き出しで、本当に美しい日本になるであろうか。

 地元ではこれまた「我田引水」で、売れ筋、押しの強さ、コネの効く人物を送り出せば我が郷土は安泰と応援する。嘆願書を出して選出の議員さんのお力でと、鳴り物入りで計画しても、無駄金使いの結末が続々と表れている。二人の女性、一人は地元へ飛び、一人は研修か打合せか知らぬが旅行とは優雅な事。「一宿一飯の恩義を蒙った人の票を期待してかと疑う。議員給与は足りないと嘯く(ウソブク)ご尤も、斯うした接待では足りなかろう。ひょっとして、後援者が接待したとしたら、後の利を計算しての事、いやはや、見回しても政治に絡む醜さが見え隠れ。

 自分を犠牲にして、丸裸になっても国民の為と出てくる人は居ないものか。いや、例え居ても、敢え無く潰されてしまうであろう。産業廃棄物が山間の谷を埋め尽くす程の年数を、黙って見逃している行政、夕張に続いて出てくる街町の「ハコもの」と称する計画に費やした莫大な借金、村興しとやらで助成した金一封も無駄金。垂れ流し状態の国民の血税。単に済みませんでなく、何らかの形で返金すべきで、税金を増す事より、無駄金の流出に知恵を絞るべきである。汚れに汚れた日本、優しいのか、曖昧なのか安倍首相、意地を見せて下さいな。

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改革

 教育改革案が出されたが、で出し早々、何たる醜態。国民の血税を湯水の如く使うとは以ての外。改革は先ず、ご自分達からすべきで、頭が狂っているとしか思えない。何故、駅から歩いて五分の所の為に東京から四台もの専用車を走らせ、費用として五十七万円の請求をイケシャーシャーと出した物だ。使う事が当たり前と、悪びれもなく呼び寄せる事態、無神経さ、其の上、質問は台本まで作り、質問者も決め、仕組まれた筋通りに事を運ばせる穢さ、醜さ、よくも此処まで腐りきった物だと呆れるより情けない。此の情けない人物を、議員に選出した国民も目を覚まし、人に頼まれたからとか、お願いしますの白手袋に惑わされず、しかと選ぶ事である。

 今朝の紙面の三分の二は汚職、一方では気骨ある先達者は逝かれた知らせに惜しみつつも、骨身を削って尽くした国が、崩れつつある状態を見聞きしなくて済む事はお幸せ。

 嘆きの中で、松坂投手についで井川投手がアメリカへ、喜んで良いのか、喜ぶべきか戸惑う。ベースボール大国への夢が適った事へはオメデトウであるが、何か商品の値踏み的に感じる。確かに井川投手の言葉では「所属した球団への恩返し」誠に立派であり、受け止め方には感心する。然し、ご両者に成功を祈りながらも何処かモヤモヤとした思いは拭えない。昔で言えば「他流試合」の」武者修行にお出かけと受け止めますか?嫌な事だらけを払拭できるニュースにはならない。

 早、師走、早めにと雑事を片付けながらも心忙しい。喪中葉書の枚数も年毎に増え、其の分年賀の枚数も当然減る。中には此れを以って年賀のご挨拶は終わらせて頂くという昨年の年賀もあり、其の気持わからないでもないが、生きている事を年に一度知らせる手だてと考え、準備をし始める。さて、今日のスケートの成果でも期待してボヤキを納めよう。

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評価

 「生徒と親が先生を評価する」との記事を見て、此れが本当に決まるとしたら先生方は萎縮し、本当の教育は出来なくなる。そうでなくても親達が、わが子可愛さで、例え自分側に非があっても抗議をする今の時代に、此れでは拍車を掛け、先生側にしてみれば手も足も出ない状態で、生徒のご機嫌を伺い親にへつらう教師が出かねない。鬱になって自殺した教師もいる中で、この様な馬鹿げた案を出し、一体何処が許可をするのか。何を根拠に纏めようとしているのか。

 もし、此の件を成立させるのであれば、其の前に、各県を代表して立つ議員達を評価し整理すべきである。何故なら、議員たちは会議中に新聞を読み、居眠りし、甚だしきは携帯電話をかけ、事もあろうに、株の取引をしていると聞く。何たる「ぶざま」と言うか、自分は何であるかの自覚の欠片もない者は、議員たる資格なし、議員として選出した県民も恥を知り、評価して下ろすべきである。其処を整理出来てから、詰まり、善悪の判断が出来、人を見る目が養われてから、先生評価に踏み切れば良い。

 此の事が実行できなければ、我田引水、ご都合主義の「類は類を呼び」で、正しい人は虐げられ、腹黒がはびこる結果を生む事間違いなし。お先真っ暗である。形は異なっても「虐め」であり、先生らしき人は消え、良い評価を得ようと、点取り虫的な者が蔓延るのではないかと憂いが募る。非常識が常識となった「アーーニッポンよ」と嘆かずには居られない事ばかり。

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物の数え方

 物の数え方を知らない人口が増えているとのニュースに、どうなってるのと問いたい。何時頃から正しい日本語も話せない人間が育ってしまったのであろう。辞書を引けば正しい物の数え方が出ているが、試験問題のみの勉強に偏っている今は、その事以外に辞書を引くことも無いのであろう。此の分では多分、小、中、髙に在学の親達、ひょっとして大学に在学の親達も知らないかもしれない。何故なら、核家族となり、祖父母から日常の会話の中から伝わる大切な話し言葉が途切れてしまったからである。

 遊びの中から数の数え方、物の呼び方、自然から学ぶ遊び方の中から、工夫して作り出す知恵の伝授、禮犠作法、大人達からの知恵の伝授は一切無くなり、受け継がれていない親から子へ伝わらなくなって三代目となっている。大家族で暮らしている放映を見ると確り受け継いでいる姿を見るとほっとするが、恐らく一握り位の数となってしまっていよう。かすかに正しい事が記憶の中に残っていても、近頃の放送関係者達の日本語は、正しく教育されておらず、タレント達が使う曖昧な言葉も訂正されずに放映される。テレビから流れれば、凡て正しいと真似をするので言葉も服装も隅から隅まで行き渡る。「全然」の使い方も心得ていないし、年を一つ上えと言うのを「一こ上」と表現する。聞いている人が訂正もしないのは何故?局側で注意してしかるべきと思う。  

 哀しい事に若者にへつらう訳ではあるまいが、若者の言葉が良いと思ってか、真似をする事で若さを象徴したいのか、いい歳の人が平気で使っているのには閉口する。もう少し周りの年配者が後輩に注意すべきと思う。何故、注意が出来ないのか、出演して貰っているいからなのか、若いタレントには尚更教えるべきである。今日も電車の中で腹立たしいやら呆れるやら、がっかりした事は携帯電話はオフ、の優遇シートに20代後半の女性が携帯電話で取引先と連絡を取っている。余程注意をしようかと思った途端、隣に腰掛けている上司らしき二人連れに電話の結果報告をしている、何処の会社かとバッジを覗き込んだが小さくて見えない。携帯の電源を切るように放送されているのにと腹が立つ。次の駅で降りていったが、上司も上司なら社員もかくあろうと頷けたが、胸にしこりが残る。こんな日本の先が思いやられる。

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狂犬病

 狂犬病で、2名の死者が出たとの報道に驚き、「狂犬病」と言う言葉さえ知らぬ人もいるのではと思う程に久し振りである。昭和50年になってからは確か、狂犬病予防注射の義務が解除された。其れまでは必ず年に一度の予防接種の通知があり、接種した証明の札を門票と並べて貼るか、玄関の鴨居に貼る。当時は確か、犬の税金も払ったが此れも免除になった。

 豊かな時代になった所為か、家族の人数が減った所為か、ペットブームとなり、家族の一員として墓まで共にと墓地も売り出す商魂の逞しさに、乗る人がいるから売るのか、売るから買うのか?嫁ぎ先の墓には入らぬと言う人も居れば、犬と一緒と願う人、様々と首を傾げる。

 家族の一員と動物を飼うなれば、昔のように税金を取り、狂犬病の予防注射の義務も負う条例を出しても良い筈である。愛おしく思って飼うならば、当然負うべき責任がある。何十年も犬を飼い、時には4匹もいたが、注射をし税金を払った。飼う者の責任である。今から十年程前、飼い犬が16歳で死んでからは、自分達も年ゆえ、残ったら可哀想と思い飼いたい心を押さえ打ち止めとした。

 飼えば愛情が湧き、へたすると人間より忠実でもあり、抵抗もせず服従する事に好感が持て、人気があるのではとも思う。然し、飼い主のマナーは依然として実行されていない現状である。散歩する姿には一応、糞の始末の道具は持っているが、人が見ていないと始末をしない。糞をする姿勢に、飼い主は急いで紙を敷く、「よし」との号令で確り排便をした微笑ましい光景を見た事があり、飼い主の躾方である。

 一番腹立たしいのは、好奇心で飼うのか、途中で捨てる行為である。気まぐれで、衝動的に行動を起こして貰いたくない。狂犬病の流行の兆しが見え始めた今こそ、速やかに法的に義務付けて蔓延を防いで貰いたい。昔、狂犬病に罹り水を見て恐れ死んだ人の事実を知っているからこそ切に願う。

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優遇

 在外務手当てとか、人脈構築経費と称して懐を温めている記事を見た。海外出張の場合は、お役所を初め民間でも内地での月給のほかに外国出張の手当で充分生活でき、内地での月給は丸々貯蓄し、帰国時には家が建てられると聞いていたが、噂ではなく現実であった。

 役人ともなれば、殿様扱いとの事。在外邦人達は目をかけて貰いたき一心から、ちやほやし、貢との事。昔、一身を挺して人身を救った大使の爪の垢でも煎じて飲んで貰いたい。次々に逮捕される役職者、この際、徹底的に洗い出し、悪徳奉行的なやからをなくして欲しいと思う事切である。

 消費税の事も、先ず政府、役人、議員方の人数減らし、給料減額、出張費を洗いなをす。と言うのは議員たちは旅費は無料なのに交通費が出ると聞き、此処にも無駄がある。小さな事ぐらいに思っておられるかも知れぬが、積もれば莫大な額となる。曖昧模糊なやり方で庶民の目をごまかし、気分を逸らさないで欲しい。

 嫌な事ばかりの見聞きの中で、今朝は「題名の無い音楽会」の放映で、久々に「蝶々夫人」のオペラの一場面を見聞きして新進ソプラノ歌手の声「ある晴れた日に」で魅了され、小沢指揮者に告ぐといわれる佐渡裕指揮者の指揮振りにも好感が持て、一時的ながらすっきりした。始めて此の曲を耳にしたのは三浦環と言う日本では始めての?(と思う)ソプラノ歌手が得意とした此の曲。日本の環か、蝶々夫人かと言われる程、有名であった。「今の若手から言えば上手ではない」とけなすソプラノ歌手の声も聞いたが、何でも進歩している時代から見れば、そうかも知れないが、日本人でオペラの第一人者になった功績、洋楽がまだ耳慣れない当時としては驚異的存在であつたし、日本にオペラを導入させる糸口となられた事は確かである。

 昔は役者とか音楽に携わる人を、「河原乞食」と蔑んだ時代でもあった中で、苦労を重ね世界に名を馳せた一人でもある。何事も先駆者たる者は、いじめにも嘲笑にも耐え忍んだことを学ぶ事と伝える事も大切と思う。

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此処もやらせ

 何もかも崩れているとしか言えない体たらく、国民から質疑応答の場を設うける迄は良かったものの、質問事項を予め打合せしていたとは何事か、仕組まれた質疑応答では真の国民の声は届かない。正しくあるべきと範を示す人達までが「やらせ」をするとはと呆れる。 

 駅建設の中止を唱え、住民の投票で知事になっても、業者と結託している人達にとっては目の上の瘤。正しい事を唱えれば排除される。やらせに同乗しなければ、疎外され、虐めに合う。政治にも、役所にも至る所にやらせが潜む。同調しなければ孤立の憂き目を見る。余程の強い意志を持っていなければ、太刀打ちは出来ないであろう。おのれ可愛さで「同じ穴のムジナ」となる。おのれを映す鏡、心を移す鏡を持たせなくては、到底改まらないであろう。 

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差額ベット

 病院側での診断により、一方的に個室に入れておきながら、差額ベット代を請求されている方が多い事に驚く。病状により個室を必要と、病院側から移された場合は、差額は支払わなくて良い事を心得、請求されても内容を確かめないと、高額を支払う憂き目に会う事を知った。

 個室を増やし、差額ベット代で増収してきたとあるが、差額を払えない一般の年金生活者はどうなるのかと、末期がんで苦しみ、痛みに耐えかねての声も押し殺す6人部屋で亡くなった夫人の記事に胸が痛くなる。良い病院もあるであろうが、此の所、病院、医師達の医は仁術ではなく、研究の材料、モルモット代わりにされている様に思える。

 「医者も薬も寿命の内」と言われるのも頷ける。早朝のラジオで、新潟の医者が、熱を持つ事は菌と戦っている為なので、安易に薬で治そうとすれば反って長引く。風邪も熱を下げる為に薬を飲めば、大体2~3日で治る風邪も、倍日数がかかり、段々薬漬けになってしまうので、患者も熱が出る理由を弁えると良いとの事。知識を得る事が大切と感じた。

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着物PR

 着物文化をPRしようと、京都府出身の倖田来未歌手の、着物姿のライブ写真が新聞に掲載され、其の姿に唖然とした。何たる事か、「よくもまあー恥知らず」 着付けする人も、企画者も着物の歴史、文化を弁えているのかと問い質したい。

 写真の着方が着物文化として伝わり、最下等の姿を、此れが良いとして真似されたら先人達は嘆くどころか、怒り心頭に発するであろう。

 写真の着方は売れない女郎か、こも被りを「たつき」としている人達の姿で、位の高い女郎ともなれば、許されない着付けである。まして振袖の娘姿となれば、片肌脱いでの姿など持っての外、思っても見ない姿である。見る方が冷や汗をかく。願わくば、即刻取り下げて貰いたい。何故ならば、日本の恥である。

 これ等に携わった人達は、何を参考とし、誰に教えられたか、洋服紛いの単なるひらめきで着付けられたのか、此の姿で街を歩いたら気が狂ったと思われる。情け無いの一言に尽きる。斯うした企画をする前に着物界の権威ある方に学んでからにして頂きたい。

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削除

 生活保護者の病院通い等のタクシー代を無くすと新聞に出ていた。本当に必要とする人意外は、此の制度は良いと思う。安直に利用している実態を知っているからだ。本当に必要としているかの判断を何処でするかが問題でもある。

 生活保護受給者の判断も曖昧な所があり、身障者への手当ても、親が社長であろうが生活に困っていようが同じである事に首をかしげる。裕福な家庭であれば収入率で換算して良いのではと思う。

 議員の宿舎に於いても、都内に家がありながら宿舎を借り、子供達に部屋をあてがっている報道に驚く。必要以上に車を乗り回し、旅費の至急を受けながら交通費は無料。議員達の人数も多過ぎるし、知事、市長の任期も四期と打ち出している如く、議員に於いても四期したら一期は必ず出さない様に決めるとか、人間席が暖まると怠慢になるか、顔を聞かせて我田引水の結果を産む。

 見渡せば政界を初め、世の中には削除しなくてはならぬ事が一杯ある。然し、ご都合主義者たちには削除する勇気は無いと見る。陛下より直接、叙勲を受けられる方は当然と思う方ばかりであるがその他の勲章を受けられる人たちはどの様にして誰が選ぶのか、知る所によると、推薦時にどろどろした物がある。名誉な事は誰でも受けたいし、自分が推薦した人が選ばれる事を望む、探りあいが始まり、依頼が始まる其処に流れる○○は押して知るべし。ここにも削除すべき物がある様に思う。

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規則

 敗戦後、何年か経つ内、自由をたてに学校でも規則の枠を緩め、此の頃では規則あって無きの如く放任状態と見る。喫煙、茶髪、ピアス、化粧、マニキュア、スカート丈も目を被いたくなる程の短さ、男性とのズボンの丈は引き摺り、道路掃除をしている。自転車通学者は二人乗り、しかも後輪の軸に足を掛け立ち姿、車が来ないとは言え、道路の真ん中を走る。目に余る姿は言い出したら切が無い。

 校則と言うものは必ずあるはずだが、野放しになっているように思える。しかと守らせる先生方、親御の権威は失せたのか。学校とは自由奔放に過す所でも無ければ、お洒落を競う所でもない。身の安全をを帰する為の携帯は、場所も心得ず娯楽として使われる。学生たる者此れで良いのかと腹立たしく思う。学生の時にこそ規則を正しく守る事、規律を守る事を身に付けてこそ、社会人となっては、社会の規律も容易く守る事ができる大切な基礎教育の時期でもある。

 世の中に規則が存在しなければどうなるか?国家の安泰も無く、安心して道も歩けない。信号を守ってこそ道路の秩序が保たれる如く、凡てに於いて規則が守られてこそ安泰に過せる。自由とは自らを統御する自律性を持つ行為である筈が、全く履き違えている。戦争で疲れ果て、戦いから開放され、アメリカからの自由の言葉は甘く、野放し状態になってしまい、何をしても良い自己主義的な思想が浸透し、現在が生み出されてしまった。

 生まれて来たからには責任があり、生きる為には規律を守る事を教えられていれば、集団的な虐めは恥ずかしい行為であり、立ち向う勇気も備える事が出来、正義の味方として共に立ち向う味方も出る。今は事故主義者が多く、見て見ぬ振り、味方をすれば自分まで虐めを受ける三竦みの状態。此の様子は先生方にも及ぶ。情けない。虐め云々より、死なせない心への補填と言うか、強さを養うこと、死は凡てが解決されない事、自分の苦しみは、永遠に逃れられない故に、生きていてこそ、苦しみに立ち向い克服しなければならぬ事を確り教えるべきである。

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死ねば済むものではない

 校長までが自殺。真面目で、教育熱心であられたとか。追い詰められ、逃げ場に死を選んでしまったのか、痛ましいと言うか「窮鼠猫を噛む」の言葉もある。強く立ち向って頂けなかったのか、死者に鞭かも知れないが、残念に思う。

 「死」の解釈の仕方を勘違いしているのではないか、此の侭で行くと死を安直な解決法と錯覚し、次々感染して行くのではないかと心配する。この世と「さよなら」すれば、辛さから、虐めから、苦しみから、重圧から開放されると思い、軽く考えているように思える。死とは、現状をそのまま背負い、永遠に負い続けてゆくと理解している。肉体を持っていれば何度でもやり直せるし、新しい道を見つけることも出来る。泥沼的立場からでも人に助けを求めて、這い上がれる。自分から助けを求めれば、必ず手を差し延べてくれる人がいるはず。自分だけが不幸のドン底にいると、悲劇の主人公と思い込み、大きな荷物はこの世に置いて行けるとの勘違いが死に追いやる。

 本能的にも魂は永遠であると知り、この世での試練に打ち勝ち、魂を汚さぬように努め、天国に迎え入れられる事を望み、又は極楽浄土に入れて貰うべく善行を重ねる事に努力する。其れは死の世界では二度と死ぬ事が出来ない、この世から背負った物を永久に負い続ける事のないように天国を望み、自分自身では矯正出来ない事を宗教の教によって是正して行く。人生のつけが、死後、永遠に纏うことを感知する故に、今を尊ぶのである。

 「死ぬ気でやる」との言葉があるのは、死を超えて、又、其の先の荷の重さを教えているし、「死んで花実が咲くものか」とは死後何も良い事は無いと諌めている。斯うした言葉に含められている「死」に対しての受け止め方を核家族となった現代では、伝えられていない、故に直ぐ死を選ぶ。今、「死」に対して深く掘り下げ戦後生まれの親、其の子供、孫へと噛み砕いて教えて行かなくては、自殺は留まるところ知らずになる。

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座席

 駐車場が無い為、久々にバス、私鉄、山手線と乗り継いで目的地に辿り着く。驚きに目を見張りっぱなし、呆れて口は塞がらない。耳にはするが斯うも乱れたかと悲しみで胸が塞ぐ。指定席に掛ける子供を親は注意しない、鏡を取り出して化粧を始める。しかも11時頃、「早起きして身だしなみを整えて来い」と怒鳴りたい思いを押し殺し、駅員に目的地への乗り換えホームを尋ねる。何と丁寧に、親切に教えて下さる態度に胸の怒りが治まる。

 用を済ませ山手線に乗り、つり革につかまり、ふと前を見ると男子中学生三人が座席を占領し(三人掛け)二人は携帯、一人はゲーム機であろう、一心不乱に指を動かしている。隣に立っている婦人を見ると、そこそこの年齢。自分の年も忘れて「席を譲って頂けませんか」と声を掛けたいが、「私は次に降りるし」と言葉に出せない。苛々しながら次の駅で降り、来た道順で帰る。十数年前、和歌山へ行くべく大阪の私鉄等を乗り継いだ時、感心した事は、学生は腰掛けない。聞いてみたら掛けてはいけない規則との事。今でも続いているであろうか、実行して貰いたいが。 恥ずかしく思った事は、年配者が我先に入り、空席に腰から割り込む姿である。若者に嫌がられるのも無理なしと思った。

 どの路線に乗り換えても、驚いた事に半数以上の人が携帯で指を動かしている。ある人は、時折動かしているのは多分イヤホーンからの曲の切り替えか?電車のつり革には携帯の絵の上にOFFとしてある。通話しなければ良いと勘違いしているのではないか?電源を切る事であるとは、さらさら気付いていない様子。ペースメーカーを入れている人に対しては、特に注意が必要と聞く。視野の聞く範囲でも、持たない人の割合の方が少ない事に又、驚く。車中で、ホームで、歩きながら指を動かす。

 イヤホーンで繊毛が潰れ、難聴にでもなれば気付くのか、指が腱鞘炎にでもなれば止めるのか、視線が携帯に集中しているので注意力に欠け周囲が見えない。高齢者が前に立とうが気付きもしない。寸暇を惜しんで携帯、少しはゆとりを持ち視野を広げて見て、他人の無様な姿を教訓には出来ないのか、見ても解らないかも知れないが。

 

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学歴

 合格者を多く出さんが為の受験勉強で、必修科目を疎かにしている高校が続、続、出て来ている事に驚き、はてな?と考えた。

 先ず、就職選考にしても、出身校、成績によって勤め先が優先的に決まる。一流会社から段々に格付けされ、希望会社に入るには、何処其処の大学を出なくてはと受験勉強に励む。其の高校へ入るには、何処何処の中学へ入る為に小学校から受験勉強に励む。

 優越感を抱いている家庭においては、結婚相手も相当の大学を、勤め先をと選ぶ。斯うした事が激化して現代が形成され、子供の意志より親の意思が先行し、子供は操り人形の如く親依存。さて、社会に出る段階に至っては、糸が切れた人形は動けず「ニート」とやらに成り果てるのではと思う。

 この際、求人側の考えを改め、必修科目を納め、家庭生活を調査し、健康体である事を第一条件として成績もさることながら、如何に勉強に取り組んでいるかの生活態度が肝要である。幾ら勉強しても身に付いていなければ無に等しく。例え、高校卒でも学びが身に付き、物事が理解出来、社会に出ても理解力が養われていれば、取り組み方が違い役に立つ人間が形成される。

 学暦本位に押し出され、ホワイトカラー族を望み、汚れ仕事を嫌う。大切な田畑、工芸技術、日本伝統の技も後継者不足の原因は、後継者を育てる事を忘れ、我が息子娘には相当の学問をさせてと、自分が出来なかった憧れを子供に託した目標違いが後継者不足の原因と見る、皆が大学を望むから遅れをとるまいと、ある種の虚栄も手伝い、田舎離れ、後継者離れで伝えるべき物がが絶滅しかねない窮地にまで来ている。

 今こそ根底から考え直して行かねば、極端に言えば日本は立ち消えしかねない。日本の歴史に学んで頂きたい。日本に血統を重んじ日本古来の徳を身に付け、先祖に恥じない、より美しい日本に立て直すために一致団結して原点に帰る必要がある。敗戦時に於いては、日本の優秀さを恐れて、指導された結果でもある。

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教育

 何たる事かと驚きを通り越し、嘆きである。自分の高校から受験生の人数を増やす事のみを考えての教科で、必須科目を抜かすとは教師としての使命感も、誇りも持たぬ教師の名に恥じる人達の教育を受け有名校に入り、試験科目を予想して集中勉強をし、卒業する、故に大学は出たけれど満足に漢字も読めず、知識不足、常識も心得ず嘆かわしい人間が送り出されている原因が理解できた。

 付け刃的勉強の連続ゆえ、咽もと過ぎればで直ぐ忘れ、高い月謝を払い、ところてん式に人間味も無い人物が送り出される。学校教育とは、学問の基礎を身に付けさせる所と心得るが、学校側の成績を上げる為の人数を作り出す所に変身しているとは情けない。

 学校によれば、「そんな問題が出来ないなら、塾で勉強して来い」と言われたとか。学校で確り勉強させれば、どうして塾が必要なのかと不思議に思う。「学校より熟の方が良くわかる」と言う言葉も聞く。ならば、学校は要らないのでは、然し、卒業免状は学校のでなければ世間では通用しない。親は必死で工面して塾に通わせる。時間に追われる子供。夕食の分まで弁当を持って行く。此れでは温かい家庭の味も、親との接触も無い生活で、人間味溢れる人物が育つ筈が無い。人を押しのけ、自分さえ良ければの自己主義者が育つ。人への思い遣りなど微塵も持たぬ人が多いわけが読めた気がする。

 高校が問題になっているが、中学も、下手をすれば小学校も多分に此の要素があると思う。芋ずる式に此の手の問題が出てくるのでは、出て来て、此の狂いが訂正される事を願う

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儚む(はかなむ)

 「老妻を殺し自首」 「痴呆の妻を殺し自分も自殺」 胸が痛くなるニュースに、大学講師であり介護に関る事にも関係されておられると言う人が「行政は整っている」の発言に、実情を少しもご存じない机上論と感じた。底辺を知らない、知ろうとしない方々か議論しあって作り上げた介護保険、福祉、民生委員設定の結果である。

 近隣の協力で知らせても、動いて欲しい所が動かない。介護保険を利用するにしても年金生活者では限度がある。週に一度、一日に一度ぐらいでは手助けにはならない。お金さえあれば毎日でも頼めるが、時間制度があり 、四六時中目が離せない認知症ともなれば時間帯が逆転し、大声を出したり、徘徊となれば面倒が見切れない。介護の人が時間制度内でどれだけ介護出来るか、施設も順番待ち、金持ちや顔利きはすんなり入る。問題は山積である。

 介護を依頼しても制度があり、介護を受ける側も、する側も、制度に縛られ人間味が通う奉仕が出来ないと言う。認知症になって一人暮らしの知人が居る。未亡人となった息子の嫁が居るが、区内ながらも遠い。時折、民生委員に依頼して見回ってもらうが、せいぜい玄関までで、それ以上の事は出来ないと言う。何やら、厚い壁がある様で規定に縛られているらしい。事件でも起きぬ限り、深くは踏み込めない内規があるのか?

 献立は作られても、果たして注文し、食べる事が出来るまでの手立てが出来ているのかと疑わしい。上等な献立には貧者は手が届かない。何しろ老夫妻の一人が倒れれば、年金だけでは遣り繰り出来ない底辺の生活を考えて頂きたい。今、案を練っている人も老いる。然し、高給取りには考えられない生活を送らねばならぬ老人が沢山居る事を念頭にいれ、事件が重ならぬ内に、手を尽くしていただく事を願う。

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糸のもつれ

 日中韓会談、中朝との会談が紙上を賑わしている。中国の強気は元に戻り、柔らかくなったとある。私如きが感じることは、米も韓も我が国ほどの強気は幾らか引いた様に感じる。顕にできない含みがあるとも受け取れる。武器を持たない日本は、標的にされる事を恐れ戦いていると手の内を読まれ、今後、どう出るかと傍観されているようにも思える。

 確かに拉致されている家族にとっては重大事件であり、訴えても取り合っても貰えず、辛く悔しい思いの数十年、政府が取上げ、小泉首相が訪朝して解決の糸口が少し出来たものの、前進していない。社会党の土井さんが訪朝した時代もあったのではとも思うが?あの頃、何故もっと突っ込んだ会談なり、調査が出来無かったのか、創価学会の会長とやらも訪朝して交流しているにも拘らず、何故秘かに手を回して調べられなかったのか、数十年、何も刺さって来ず、今更、と笑っているであろう。

 縺れに縺れた糸を強く引っ張れば引くほどに、固くなり解けなくなる事は必然。切れてしまったら糸口さえ見つからず切りほぐしても、使い道がない糸屑となる結果は見えている。糸なら捨てればよいが捨てられない糸もあり、丹念に、時間を掛けて、引いて駄目なら押してみなの唄の如く、すかして見たり宥めたり、緩める手段が取れないものか。したたかな相手だ、一筋縄では行かぬ相手だと言うが、棒にも端にもかからぬ相手ゆえに、手練手管の限りを尽くすと言う言葉もある。中韓は、此の手に回っているように思う。

 強気の米国の前歴では、イラクでは見込み違い、大失敗を正当化しようと懸命になっているとしか写らない。日本の協力を求め如何にも頼りにしている如く装うが、負けた国、再び武器をもたされたとしても惨めな、槍の先にしか思っていないのではと感じる。猛獣も鞭と餌で猛獣使いの意の儘になる。手段を考えるべきではないかと思う。

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次々に

 命を落とすニュースが後を絶たない。どうして命を粗末にするの?と、命の重さを知る昔人間には理解出来ない。「死ぬほどの勇気があれば、何でも出来る」とか「死ぬ気でやる」と言われたが、自らの命を絶つことは勇気が入る事と思う。又、肉親への情も絶ち難く、迷惑をを掛けることが先ず心によぎる。人生には人夫々辛さ、苦しみが覆いかぶさり死んだ方が楽だとの思いを抱く事もある。重荷に思う問題も人によって受け止め方も違い、自分だけが不幸のどん底に居ると思い込んでしまう。誰かに話す事で、荷が軽くなる。

 死ねば物事終わりではない。死に追い込まれる思いが、死んでも心に刻まれたまま続くのではないかと思う。隣の世界にでも行くような、余りにも軽く思い込んでいる事を何とかして早急に改めさせなくてはならぬ。

 命をお落とした方には打ち明けられる人も居なかったのかと、訴えてもそれほど真剣に受け止めて貰えなかったのか。必ず、何らかの兆候があったと思うが、「知られぬ様に振舞ったと」、遺書にあったと言うが、其れ程の演技が出来るであろうか。気付いて貰えなかった、気付かなかった周りの人達は、関係すればしっぺ返しを恐れて、触らぬ神に祟り無しで「知らん顔」 「見て見ぬ振り」をしてた方が無難を選んだのではないか。

 十何年、同居していた女性も内縁関係を認められず命を絶つ。訴えても聞き入れられなかった。酌量して貰えなかった。命を絶った子供の母親は、先生に相談した事を漏らした事が原因で虐めが始まったと。先生が人の痛みを推察出来たなら事件は起き無かったであろう。校長を始め教育関係者、他の事件においても知事、社長、上司、雁首を揃えて「済みませんでした」と頭を下げる映像は毎日見る。「知らぬ」「存ぜぬ」事件は変われど返答は同じ。

 今は亡き玉川学園の創設者、全人教育をされた「小原国芳先生」の言葉が耳に残る。「小学校の受け持ちの先生を選ぶとき、算数担任は、算数が一番出来なくて苦労した人を選ぶ。すらすら出来る人は、解らないでいる子の気持が理解できない。自分が出来ずに苦労した人間は教え上手。宿舎の舎監には、おねしょを経験した人にお願いする。粗相した者の気持が推し量る事が出来るから」。何の苦しみも味合わず、乳母日傘で育った人には人の痛みは理解出来ない。「我が身つねって、人の痛さを知れ」との格言がある。心痛める報道ばかりで感じることは、「我田引水」自分さえ良ければの事件ばかり。人を泣かして富を得ても死んで持って行ける訳で無し、ダンテの地獄編でも読まれては如何、教師も子供達の会話の中で死に対しての思いとどまるる言葉を勉強できると良いが。

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勿体無い

 夕張の遊園地?閉鎖。気の遠くなる様な巨額を投じ、多額の借金を抱え、市営の病院までも道連れに、経営不振とて、閉鎖。残る借金は市民に負い被さる。此処には住めない人も出て来ると言う。夕張炭鉱で栄えた町でも、時代の波に押しまくられ、貧乏を取り返そうと計画したのかもしれないが、目先の事(自分達の利益だけ?)を考え、目が眩んだのではないか。岡目八目で、私でさえ経営が成り立たない立地条件であるとわかる。頭の中では収入がちらつき、どれだけ人集めが出来るか、経費、人件費など、てんで計算には入っていなかった様だ。

 千体以上の剥製、遊具、とうなるのか?壊すにしても費用は莫大・働いている人の生活問題。事も無げに切り捨てる。維持費は何もない、支払う金は無い。ならば、自分達の給料は?と問いたくなる。

 此れに准ずる出来事は沢山ある中で、東海道新幹線の羽島駅然り、近くは、賛否でごたつく岐阜県の駅。京都へ僅か20分手前にに造る計画に、反対の県知事が窮地に立っている。例え、予算の半分出ていてもこれ以上進行しては、夕張の二の舞になる事は目に見えている。今、中止に賛成出来ない人は何か臭い。

 大きな事から小さい事まで勿体無い無駄が多すぎる。レジ袋を廃止して資源の無駄遣い、塵をなくすの運動を起こす、大変良い事で、賛成であるが、もう一つ手前で過剰包装も塵の元。袋より先に実行すべきでは無いか。小さな菓子を包み、柵囲いに並べ、箱に入れパラピン紙で包装と言う念の要り様。上げ底も以前問題になり、一時停止したが未だ止まない。一握りほどの菓子から出る塵の量は三倍ほどになる。生産者側も考える必要があり購買者の協力も必要である。

 式典などで、お偉さん方達を何人も呼び、紅白のテープカットの姿を見る度に、何故、何人も?昔は代表で一人。あの人が呼ばれたのに、この私はと言われぬ為の義理立てなのか?呼ぶ方も、得々として出る方も、馬鹿げている。大会があると大きなリボン細工を胸に付け、大小によって地位を表現するのか、あとはゴミ箱行き。全国では莫大な資源の無駄となる。

 無駄の多い現状では、個々に、区から都から、地方とて同じく小さな事から無駄を省く運動を起こす必要がある。如何お考えか?

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医療

 昨夜、NHKテレビで三時間に亘って放映された「此れからの医療に就いて」、終戦後、医者養成で人数増加と共に医療費がうなぎ上り、政府が取った政策は医学生の受付を縮小し、順次医療費の節減を図った為、現在の状況が作り出された。結論は保険制度による膨大な医療費節減を図り、長期入院で介護のみの患者は介護施設へ移って貰わなくては経営の目どが立たないとの事。治療も要しない、管から食事をとり、排泄と体の清潔だけと言う老人の移転先は見つからず、自宅へ引き取ったが、一人置く訳にも行かず、息子が会社を辞めて介護に当たっている現状が映し出された。

 医師、看護師、評論家、癌患者、肝炎患者、患者を抱える家族、厚労省等を交えて此れからの問題を検討し、激論を交わし、視聴者からのアンケートも加えて問題に対する賛否を取っていた。此れからの医療費節減を如何すればよいかに就いては、医療の無駄を省く。薬漬け・検査漬け・医師不足の病院へは開業医の協力を得る・たらい回しにしない・高額者からは実費を取る・とか外国の例を取り上げて討論されていた。

 外国には無い優れた医療保険制度により、少し前までは高齢者は無料の時期もあり、安易に医者に掛かる。老人クラブ的になり、本当に必要とする人への手当てが遅れる事もあったと言う。人によっては薬を出すか出さないかで、医師の優劣を評価する取り違えた考えを持つ人も出てきている。或る薬学者が「薬は、一利百害だ」と、正に其の通りと思う。

 入院治療でも危険域を脱し、家庭療養が出来るならば、家族の手で看護する。昔は当たり前の事がなされていない現在、親を引き取って看取る気力が無い様に受け取れた。けれど、見回せば、親と別に暮らしている家族も高齢者族になりつつの二人暮らし、どちらかが病めば看ることが可能でも、残された者は?息子娘達も相当な年になり、結婚していても当てにはならず、結婚しない独身貴族も多い世の中になってきている。病は何時襲うかわからない。受け皿の病院や医療問題が行き詰まり状態ではお先真っ暗。

 まあ、自己管理を徹底して、それでも蝕まれたらの場合に備え、アンテナを張って調べて置くより方法は無いのかと溜息交じり。医療費を払えても治してもらえない?病院が少なくなっているかもしれない大変な世の中になりそうだ。

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教師とは、医者とは

 「日本が危ない」とのテーマーでTVを見た。➀核実験・・・➁消費税15%・・社保庁不正で消えた年金➂ダメ医者に殺される➃体罰復活?教育の崩壊と、此の四項目で夫々の分野の方が登場されて質疑応答があった。何れも崩壊している事、崩壊しつつある事に腹立たしく、立て直せるかも心配になる。

 ➀ は、日本単独も必要かも知れぬが、各国が団結して説得に当たらなければと感じるが、文句を言っている米国は千何百回、英国、仏国、露国、にても何回か実験しており、どれだけ説得出来るか、相手は特に米国に対しての反感を顕にしている。駄々をこねている子供を黙らせるお手並み拝見。

 ➁ も消費税15%値上前に、社保庁の不正を正し、穴埋めしてからにして欲しい。自分達だけ良い思いをして、あとは「ハイさようなら」では困る。  先日も議員宿舎においても、一般人の家賃に換算すると70万円が、一割にも満たない額で貸し出されるとは、余りにも優遇、議員達は月給では足りないと言うが、旅費を受け取っていながら交通費は無料である。どちらかに決めて頂きたい。国民の代表だからと言って何でも優遇されると思っておられるのか?公僕たる真髄を発揮して貰いたい。

 ➂ 近頃の医者は仁術何処に、赤髭先生と言われる方はホンにひとかけら。聴診器を使わず一人20分の流れ作業。医者も嘆いていた、熱を測り血圧をはかり問診で大体風邪と診断するが、同じ風邪のような症状でも、聴診器を当て心臓の動きを聞く事で命を落とす状態に在る事を診断しなくてはならぬが、今は聴診器を使う医者は殆どいないと。自分でとことん良い医者を探さねば命も落としかねない時代の様だ。アメリカで6年勤務した医者が、要請で帰国し勤務した月給は年間八百万。アメリカでは八千万。笑顔は出ないと言っていた。人情のかけらも見出せない。

 ➃ びびる教員、鞭と飴より、甘やかす事が生徒が育つと嘯く教師。悩んで鬱になる教員、生徒が時間中に面白くないと外へ出る生徒を窘められない教員、何故?こうした教員を育てたのは父母達であると。確かに今の、特に母親の謙虚さの無さ、目線は我が子のみ、昔は我が子が悪いと言われれば親が詫びに行った。今は「内の子が如何して悪い」といちゃもんをつける。万引きした子の親に店や警察から連絡が行く、忙しいから受け持ちの先生に言ってくれと。考えられない事だが、此れに対して若い女教員が、「教師は24時間教師だから対応すべき」と。一寸お門違いではないか、何処で間違って此の答えが出るのか聞きたい。結論は自分の行いが悪い事だと言う事を認識させる為には体罰も必要、教師によっては感情的になるので生徒の行動によって段階を決める事も必要となった。昔は先生は偉いと親から言われ育ち、今に劣らぬガキ大将もいたが、悪さをすれば立たされ宿題をしなければバケツを持たされて廊下に立たされる。そうした姿を目の当たりにして生徒は反省した。

 もっと驚いた事に、小学校の女性徒が教室で化粧をし、ピアスもして来る姿が映し出された。諌められない先生、親の家庭教育はどうなってるのと問いたい。耳には全身を支配する沢山のツボがあると言う。国柄によっては生まれて間も無く孔を開け特殊な物で塞がらぬ様に埋め、長じて金属をはめると聞く。孔も漢方医などのその道の指示により、ツボを避けてあけると言う。簡単に開ける現代では、年を取ってから体に変調をきたすと聞く。ピアスを求めた店でも簡単に穴を施すと聞く。さてさて、恐ろしやの時代である。

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核実験

 安倍首相、訪韓の今日、脅かしでなく遂に核実験がなされた。世界中の国々から注目の的になり、騒々しくなる事を「其れ見ろ」」と言わんばかりに冷い目でみているのであろうか?追い込まれ、窮鼠猫をかむの容相は、何処か昔の日本の姿を思わせる。

 然し、昔と異なり、扱っているものが違う。まかり間違えば広島、長崎の二の舞となる最大の悲劇が襲う。怖い物知らずと言うか、向こう見ずと言うか、馬鹿にされて堪るかと自分の国の力量を誇示し、威嚇している様に思える。軍隊に支配されていた当時、国民である故に耐えに耐えた生活と同じく、北鮮の人民は辛い思いをしているであろう。

 当時の日本の様に、他の国は持っているのに、自分達には持たせない、締め付けられている、大きな顔をしている米国に、「物、見せてくれよう」とばかりに挑んでいるともとられる。辿るは同じ道と忠告したくも術はなし、此の侭突っ走れば犠牲者は、己が国だけには留まらない、風向きによっては周辺国が蒙る被害は大きい。

 今回は成功かもしれないが、世界の出様によっては調子付いて、二度三度と繰り返すのではないかと懸念される。困った物だ、手に負えないと思わせるのが狙いなのか。私如きが心配しても始まらない。

 安倍首相の訪中、訪韓の滑り出しは順調、先ずは目出度し、目出度し。だが、まさか此の機を狙ってではあるまいが、出先での此の件についての話し合いの纏めは如何に?

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へこたれまい

 朝からTVでニュースで此れでもかと医療値上、病院食費の値上、電気代徴収、病床38万床を15万床に減らすと。23万のベットの方は何処へ?解説には介護を要する患者はそれなりの専門病院へ配分するからと、受け入れられる病床のある病院は少ない。リハビリの補助費も少なくなるのに受け入れられない現状ではないか。出来れば自宅療養をと言うが、引き取ってくれる家族が少ない状態をご存知であろうか。

 高給取りで親とは暮らさず、高齢者の現状を知らぬ役人仕事の結論で実施されたのでは堪らない。「姥捨てだ」 「老人は死ね」と言うことかと、吐き出すように怒りをぶっつけていた声が残る。病院の院長が「9月28日に通達が来た」と、当惑な面持ち。有無を言わせぬ電光石火の仕打ち。みのさんは怒った、「社保が使い込んだお金、社保の整理も出来ず有耶無耶の状態、先ずこれ等を明白にせず、国を此処までに協力し年金を納めた高齢者への此れが仕打ちか」と。皆怒っている、怒るのが当然。然し一方通行になり兼ねない。赤子の手をねじるが如き仕打ち。

 当然保護してもらえると思っていた制度が当てにならない、「当て事と越中褌は向こうから外れる」、当てにしていることは往々にして相手の都合次第でうまく行かない事を諭しているが、政府のご都合次第で外されては堪らない。嘆いてばかりいても始まらない。幸いどうにか健康を保っている現在を、何とか維持してゆく方法を自らが考えて行かねば病んだら泣きを見ると考えた。

 何事も良いからと言って過剰にならない様に、筋肉を保つ運動、目の運動、背筋を伸ばす。食事時間をずらさぬよう心掛け、年齢に応じて腹8分を7~6~5と控え、栄養過多にならぬ様調節し、良く噛む事。早起き早寝を実行する等に自身の時間割を作り行動すればと考え、病は気からで気を病まぬことを心掛けている。自分を自分で守る他はない。

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老人排除

 70歳以上でも所得によって医療費3割負担、10月から値上がりである。入院費も、食費一部自己負担を加えて7万円台から9万円台に跳ね上がり、しかも、相部屋での費用である。年金は目減りし、僅かな貯金は利息なし、介護制度も内容が厳しくなり、時間超過は認められないとの事。忠実な人??は時間が来たからと仕事の途中で帰って行くと、困り果てている。一人暮らしではどうにもならぬ状態である。一体、誰が此の制度を決めたのか?

 リハビリーも打ち切られ、自費では到底今までどおりには続行できない。しなければ元の木阿弥だ、如何すればよいかと嘆いている。訓練なくしては自分でリハビリは出来ない、悲嘆にくれている姿は、悲壮感が漂う。老てゆく身にとって不安だらけの扱いである。3ヶ月で病院を移転しなくてはならない体験をした。入院続行できない制度があるとの事、紹介された病院は通いきれない遠方であったり、患者以外は5階まで階段を利用せねばならなかったり、通う身も老いている事等はお構いなし。冷酷とも言える今の制度である。

 斯うした切実な内容を詳らかにご存知か?高給取りで、例え、介護を要するご老人が居られたとしても、お金で解決できるだけの生活にあっては、想像も付かれないであろう。現実を見て貰いたい。肩書きを持って視察なさっても、底辺は見えない。喘ぐ者の声を受け止めて欲しい。

 認知症で火事でも出さねば良いがと周囲がはらはらして申し出ても、身内が一人でも居れば、その人の許可も必要で、たまにしか来ない人には認知症の内容がわからない。此れが認知症独特の症状であるが、机上論、数字的評価で無ければ取り合わない。事が起きてからでなければ動かない、児童虐待の事件と同じ状態が認知症に於いても介護の処置に於いても何ら変わらない。

 介護に疲れ、死を選ぶ老夫婦の報道も数が増す。まだ年齢に達しない人達は、「何故、福祉に訴えないの」と思うであろうが、そう簡単に取上げて貰えないのである。出歩いて家に戻って来ることが出来れば、相談には乗ってもらえない。出たきり戻って来られなくなれば動き出すのが現状である。年とともに不安が募り、何とかなりませんかねー.

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 思慮分別もある年齢、人の上に立つ立場の人が何故、犯してはならぬことを遣って退けるのか。自分だけは大丈夫、職権が利用できると時代錯誤をしているのか、理解に苦しむ規則違反。軽々しく人の命を奪う事件の報道が後を絶たない。「美しい日本を」と言われるが「言うは安く、行うは難し」で、乱れ始めた人々の心の修正は並大抵ではない。

 男女ともに誰でも鏡に向って身繕いする。戦前は、女性は素顔を男性に見せるを恥とし早起きして身繕いするべきとの教えが、親から伝えられた来た。又、家庭に於いても学校教育にも道徳教育、修身教育にて常識として教え込まれ、してはならぬことには自分を諌めることを弁えていた。詰まり、心に鏡とする手本が刻まれていた。然し、戦後は鏡を失ったと言うより日本精神を失わせる為に教育法から外された。心の芯と鏡が無くなった。

 良心に恥じないと言うことも当てにはならぬ、良心とは何に映し出しての事か、何を手本としての事か、時には勝手気儘な方向へ転がって行くご都合主義の良心である。自分を照らしだすものを小さい時から備えるべきで、家庭においても学校教育にも道徳教育、修身教育が必要である。乱れるのは早いが、修正するのは容易な事ではないが、美しい日本を取り戻す為には言葉だけでなく、教育の根本から見直すことをして頂きたい。

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滋賀新幹線駅新設賛否

 滋賀県知事に女性が選出され、計画中の新幹線駅の廃止を唱えて選ばれたものの、在職議員、賛成派に押しまくられ、賛否の渦が再燃していると報道されていた。東海道新幹線でも昔、有力者の無理押しで羽島駅が建設され、停まる必要性も、利用者も少ない只、有力者が己が地元に帰るときに停まらせると言う、職権乱用的な行動をされた。然し遂に通過するのみとなり、建設の費用は一体どうなってるのと尋ねたい。有耶無耶となっている。

 記憶も薄れた頃、又しても持ち上がった新駅建設、知事が当選したのも此の案に反対意見を掲げての当選。つまりは反対意見者が多いのに今更何故、? 言い分は「今まで進めて来た費用が勿体無いから」。=「自分達の懐に入る予算が入らなくなるから」と言った方が正直である。前例の如く押し通して建設し、利益を得た人達は知らぬ顔。損失の穴埋めは誰がするのか、国の補助と県民の血税ではないか。

 完成時の費用をを100として、現在30~40%費やしたとしても、此れからまだ土地買収、駅建設、周囲の環境を整えると構想もあろうが、20分も走れば京都駅とかの近くにどうして駅の必要があるのか、私が考えても無駄と思われるのに、まして、土地の人達が反対している声が新知事誕生となったのが何よりの証明。これ以上費やして、計算通りの利益が羽島のように出なかったら、計算違いでは済まされない。今中止した方が遥かに損失は少ない。どうも臭い。何かあるとしか思えない。

 造る、造らないの問題は至る所にある。昔からある佇まい、利用していた温泉も湖底に沈める。何らかの利害あっての規格であるかもしれないが、本当に必要性があるのか?自分の手柄として名を後世に残したいとの名誉欲が絡んでいるとしか思えない。造っても、利用されていない代物が沢山ある。自分のお腹を痛めないから、閉鎖は簡単に決める。損害は誰が償うのか、まるで垂れ流し、被害を蒙り泣くのは納税者。

 行き止まりの新道路、何時開通のあてもなし。見回せば其処彼処にある。  ご存知か?新橋の地下鉄にそって広い地下道がその昔造られている。使われることも無く百年近くなるのでは?積み重ねられた無駄遣いが、積り積もって一人何百万の借金を抱えていると言う。消費税を上げなければ採算が取れないと。国民を泣かせる前に無駄を省く事に頭を切り替えれば、成り立ってゆく。役所にしても事務費の節約から考えれば良い。小さい事から、手元から、足元から見直すべきである。

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統一行動の必要性

 石原都知事が控訴すると宣言していたが、当然である。教育庁の人が、「自由を唱えるのは解らぬでもないが、近頃、校歌もうたわない学校が増えつつあり、統一行動の必要性がある」 と論じていた。呆れ果てた世になりつつある事に又しても驚く。

 中学、高校、大学に進学するにしても、上を志て其処に身を置き学ぶ。学びを得る所に愛着を持ち、其処にて学びえたことに誇りを持つ。人との交わりも出来、社会へ向けての準備の場所でもあり、人生での大事な一齣でもある事も認識できないのか。校歌すらうたえない人間が社会に出て統一行動は出来ないのは当然。

 「小さな物に忠実なるは、大なる物にも忠実なり」 との言葉がある。校歌さえ歌わない人間を黙認し、其れを善しとし、此れをカッコいいと思わせるのであれば教育者の恥である。社会には規則があり、此れに従って統一行動を取らなければ、信号を無視して突っ走るのと同じではないか。認識不測の教師達に学んだ生徒らが長じた今、飲酒運転、信号無視、親を親とも思わず、人を危める事も罪と思わぬ人が増えるのは当然で、元を断たなきゃ直らないのコマーシャル通りだ。

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常識無き判決

 裁判官ともあろうお方が、何を勘違いなされての判決か。国旗が、国歌が戦争を起こしたのではない。侵略と言われる向きもあるが、当時としては止むを得ない状態にあって他国へ足を踏み入れる。何処の国の人かを判らせるために、国旗を先頭に行進する。一騎打ちであれば先ず、名乗りを上げるのが慣わしと同様である。オリンピックに於いても然り、国を象徴する旗を掲げる。勝利すれば国歌が歌われ、功をなした選手は誇り高く胸を張り、国民は挙って喜ぶ。もし、代表が敗れたとする。国旗がそうさせたと言うのと同じ事ではないか。此の判決は無知蒙昧と言わざるを得ない。何処でこのような考え(思想)を教え込まれたのか、此れでも日本の裁判官として恥ずかしくないのかと言いたい。

 訴訟を起こした先生と称する人達が、都内に400人以上も居るとか、此の人達に教育された生徒が洗脳されてゆくとしたら末恐ろしさに、鳥肌が立つ。朝の放送でも「此の教師達が、教育者としての教育のされ方が曖昧の故だ。昔は、師範学校で、教育法や教師たる者の人格教育もみっちり教え込まれて資格を得た。」 教師教育の質が違う事を嘆いていた。

 裁判官たる者が、個人的思想を加味した判断をしてはならない。又、訴訟を起こした教師達が、主義、思想を主張し、固持する事が正しいと思い込んでいるとしたら教育者ではない。個人の思想を伝達し、仲間を増やし、生徒達をマインドコントロールしてゆくのは、新興宗教にも等しいと思う。教育とは何か、教育者とは何をなすべきかを根本的に考え直して貰いたい。一部の教師に過ぎないかも知れぬが、鼠算式を考えると恐ろしい。

 化学はこんなにも面白いのだと、学ぶ側に、如何に興味をそそって学ばせるかに心血を注いでいる教師、科学、文学等に於いても、理解し易い解説方法に心を砕いている教師を見ると感服するが、裏を返せば教師たる者の真髄を発揮しているのである。当然な事がなされなくなっている現実を嘆く。

 学ぶ側の生徒、親御達も、何が正しいかを判断して洗脳されないように意見を出すべきと思う。ただし、透明な眼鏡をかけて見るべきで、色つきは紫外線除けだけで結構。此れも余り濃いのは反って目を悪くするとの事、今は透明な紫外線除けが好ましいと医者は言う。何事においても透明が一番。

 思い出した歌を披露する 「富士の山高く、琵琶の湖深し、君見ずや此の国を、我が代々の父母の国。」 此の美しい国を表徴した世界に只一つの日の丸であり、世界で唯一皇系を持つのは日本だけで、誇りある国である。此の国の国歌、国旗を否定するのは他国民なのか?何処に生まれ、何処の血統を受け継いでいるのかを問う。

 

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何故?次々と

 教育すべき立場、模範になるべき年齢でありながら、どうして?何故?不法行為であることは毎日の如く、耳からも入り当然弁えている筈の年齢、立場でありながら恥を知らぬか!と怒鳴りたくなる。19歳の飲酒運転?二十歳にならねば飲酒は禁止されていることを自覚しないのか?少年とあまやかしてはならぬ。飲酒するからには、大人として罰すべきだ。二輪車の事故に対しては罰則はないと報道していたが、走る物に対しては車と同じく凶器となる。自転車においても然りで、自転車による骨折の被害者を知るが、泣き寝入りである。学生達が二人乗り、歩道を走る、指定された横断を渡らない、この状態で事故が起きる、相手が車なら自転車が違法しているにも拘らず、当然、車が悪いとなる。間尺に合わない。

 思考力を持つ動物は唯一人間と、万物の霊長であるにも拘らず、近頃の体たらくでは、犬畜生にも劣る恥ずべき事と、肝に銘じもせず、開いた口が塞がらぬでは済まされぬ状態の昨今。こ~んな人間に、だ~れがした。やるせない。如何したら自覚させることが出来るのか、周りの人達も考え、協力しなくては止まらない。

 相撲界でも何たる乱れ様、国技である。曙とか武蔵丸時代は、日本人以上に礼節を守り力士の鑑とさえ言われたと言う事は、親方の教育が徹底していたと思う。私の伯父が同郷のよしみで双葉山と交流を持っていたが、規則を重んじ、礼節を守り(目上に対しての礼儀は特に厳しい)修行一徹であった。

 然し、中継を見ても力士の無作法さ、相撲の技法は何処えやら、只の殴り合いに如かず、四十八手の一部に使うなら許せるが、終始張りの一手、痛手を負ってのテーピングなら致し方ないが、ぐるぐると指先を巻き、何の為に、ただ、勝つ為の手法に利用しているとすれば違反である。昔は許されない。此れを阻止できない親方は、勝つ為には手段を選ばずと訓練させているのかを問いたい。自分の部屋から勝者を出す数字に捕らわれているとしか思えない。

 行事に迄、いちゃもんつけるとは何事。「江戸の敵を長崎で」と楽屋で仕返しをするとはあるまじき事。親方の統率力が悪いのか、親方の権威が失せているのか、乱れた世相が相撲界にも反映去れていることに嘆かずには居られない。如何にかならぬものですかねー。

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介護付きマンション

 誰しも、年老いてからの身の振り方に不安を抱く。総合住宅に住む人も、一戸建に住む人も、年齢と共に古くなる建物の維持費の事、医療の事、目減りする年金、汗水流して働き、子供に費やし、幾らかでも老後の為にと蓄えた預金は無利息に等しく、やりくりして入った保険も一番必要とする年齢に達する頃は契約期限で終わり。新しくは年齢制限で入れない。耐震対策、りホームと騒がれても対策できる余裕はない。

 「介護」の言葉を耳にするが、低額で入れる所は7年待ち、人の死を待っている何ともやるせない現状。最近、行き届いた設備、介護付きのマンションが出来た。1億~3億5千万との事。食事内容の写真を見ると、栄養は考えてあろうが食べきれない量、一体誰が入るの?と庶民は首を傾げたくなる。以前、ホテル並みの介護付きのマンションに入られた方を見舞った事があるが、入居している方々の雰囲気は、「我こそ金持ち」との匂いぷんぷん。とても付き合えたものではない。(貧乏人の僻みかも知れないが)

 介護に疲れ姑を残して出て行った嫁、仕事を辞めて介護をせざるを得ない夫。床が抜けても修理ができないと言う、惨めな家庭を知っているが、行政は何もしてくれないと嘆いていた。来年は、定年退職者が増えるとか、年々高齢者が増えるのみ。定年者に働いて貰う企画を立て、募集を始めた県もあると報道された。全国的に始めて貰いたい。働けば認知症も少なくなる筈、現に日野原先生も現役で働いておられるからこそ、あのお元気が保たれていると思う。

 低額で、心配なく入れる介護施設を備えて欲しいが、出来ることならご厄介にならないで済む生活環境、詰まり、仕事の出来る人には仕事を、目標を立てて過せる生き甲斐なるものを与えられれば、病む事もなくなるのではないか。することもなく日を過せば、自然、体の事のみへ考えが及ぶ。少しの事でも病院へ行く。医療費はかさむの悪循環となる。

 驚いたことに、「今日00さん見えないが、風邪でも引かれたのかな」。此れが病院での会話である。病は気から、気が病むから病気になる、ここにも悪循環がある。到底、介護施設に入れる事には巡り合えない私は、自分の管理を怠らぬ様、努力している。「お元気ね、どの様に過ごしているの?」 『食べる量は00、運動は朝晩00、歩く分に見合うだけ必ず実行しているの』 「私には出来ないわ」。私も出来なかったが、少しづつ怠りなく続けることで必ず出来るようになる。「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」である。

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懲りない面々

 飲酒運転は禁止と解っているはずなのに、毎日の如く酒酔い運転による惨事のニュースと、惨い写真まで目にしているのに、ニュースも聞かぬわけでもあるまいに。何故駄目な事を敢えて行うのか、全く気が知れない。自分は大丈夫との過信がさせるのか、してはならぬ事とは露ほども思っていないのか、判断力も持ち合せていないのか。驚きで言葉もない。

 如何に重罰を科しても、罪悪だと言うことを一人一人が自覚せぬ限り、この種の事故は無くならぬと思う。誰にも迷惑掛けず、自分だけが事故を起こして死ぬならば、自業自得とも言えるが、事故を起こした本人にも身内が居り、誰でも一人ではない。まして相手のある事故ともなれば、どれ程多くの人の繋がりがあり、悲しませ、不幸を齎すかを考えないのか?余りにも自分勝手過ぎる。

 今朝の新聞にも、席を譲らない、所構わず腰を下ろし座りこむ。車内や人の目の前で化粧をする、使用禁止の所でも携帯を使う。病院内でも通話が駄目で、メールなら良いと思っているのか、平気で使用する。電波が影響することの知識が無い。此の人達にアンケートをとったら「悪いとは思わない」との答えの多いとあったのには又しても驚く。親の顔が見たいと言いたくなる。まだ驚く事に、分別を弁えていそうな年配者迄が、若振っての事か同じ行動をしているのを見ると、何を考えているのと言いたくなる。

 注意をすれば、逆に「きれる」となる。悪い若者ばかりでもない。常識を弁えた若者も居り胸なでおろすが、弁えた人達が増えて欲しいと心から願う。

 これから免許を取る若い人達、惨劇を良く目に焼き付けて、人への思い遣りを身に付けて、起こりえない事件にして貰いたいとひたすら願う。

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敬老

 九月に入る少し前に、区からの回覧が回り、九月敬老の日の祝いを頂く申請用紙が入ってきた。其の区によって方法は異なるかも知れないが、最近ではカステラの小箱(昔の徳用マッチ箱大位)が届けられるが、申請者年齢であっても書き入れる人は少ない。

 母の時代から数年前までは、敬老の日に、ひざ掛け、毛布、バスタオルセット、座椅子(足が痺れない為、座る時の椅子)米寿、卒壽には大きなカステラと金一封が添えられて来た。長命の母に次いで主人も頂く年齢となり、品物が毎年の事とて重なり、バザーに出しても売れ行き悪く、区に一軒の家に二人の場合は、一人分にし、品物は溜まる一方なので例え¥500、¥1000でもお小遣いの方が有難いと、申し出た。

 返答には「申し出の人も多いが、品物は購入先と契約をしているので、変える訳には行かない」と。一定の購入先であることは包み紙からわかるし、区との取引ともなれば何かあると勘繰らざるを得ない。一寸其の点を突いて見たが、「私達にはわからない」確かに、聞くだけ野暮だと思った。それ以後カステラ以外は断る事にしたが、予算が余る分、如何するのかしら?との声もあり、重なる品物を頂いたとしても始末にも困るし、矢張り断る方を選んだ。

 最近では区民の声が届いたのか、区長が変わった所為なのか、冒頭の品に変わったものの、書き入れる人が少ないのは?70歳以上の人が貰える事は良いが、今の時代は、年齢より10~20年も体力も、思考も好みも若くなってきた所為でもあろうと推察する。

 何はともあれ、年寄りを労わって頂く行為は有難いが、鼻薬的より、年金の目減り、介護保険、医療費の値上がり等の高齢者虐めにも似た施政を改めて頂きたい。

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地震

 9月1日防災の日の前日、17時18分、地震。震源地東京湾、東京では震度3と報じられた。身体に感じたのは、ドン!家はミシッ!と同時に揺れる事5秒ぐらいに思えた。TVをつけていたので情報は直ちに流れた。

 気に懸かったアナウンスの言葉 「揺れが治まってから火を消して下さい」 と何度も繰り返していた。丁度、夕餉の支度に取り掛かっていた家も多い時間帯。調理中であれば、コンロには直ぐ手が伸ばせる処にいる筈。「火の側の方は火を消して下さい」 と言うべきで、激しいときは自然にガスは止まる様にはなっているが、震度4~5位ではガスは止まらない。煮炊きの内容によっては、こぼれて火がつく怖れもある。調理を司る者の責任として先ず、何はともあれ 「火を消す」 事に神経を使うことを日頃から自分自身に訓練しておくことが必要である。身に付いていれば、瞬間的に出来る所作である。

 次に大切なことは、非難するような地震の時、必ずブレーカーを切る事。神戸の火災は震災後ライフライン復旧時に起きた。何故なら通電による火災であり、必ず、忘れずに実行すべきことを家族全員が心得る事柄で、出来れば役付けしておくのも一つの方法であると思う。

 避難訓練も大事であるが、身の回りから、家族から、隣同士から、町内からと協力の輪を広める事である。強い地震に遭われたことのない方たちが多いので、凄さ、怖さ、特に火の恐ろしさも頭に入れて、行動を考える。

「隣は何をする人ぞ」、「我、関せず」、甚だしきは背中合わせの隣では、顔も知らぬ現状で、親切にすればプライバシー侵害と避ける。災害時はどうなる事やら、先が案じられる。

  

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五輪招致

 五輪誘致の投票結果は、11票差で東京に決まったが、報道では、賛否両論。何れにしても候補に名乗り出ている国々を見るとと、東京へ招く事は難しいと感ずる。

 だが然し、福岡にしても東京にしても、スポーツ観戦の応援でもあるまいにと苦々しく思った事は、応援団紛い(まがい)の人々が、バタバタと応援棒?を叩く、この棒の費用は何処から出るのか?夜には祝賀パーティを開いたとかのお祭り騒ぎ、この費用も何処からの出費?何処が賄うのか、まさか、お手盛りの「交際費」なるものからか、はっきりして欲しい。

 福岡にしても、チャリティショウ紛いの(まがい)揃いのTシャツ。この費用も何処から出ているのか、まさか福岡市民の血税からでは?もし、福岡に決まったら我が家は、立ち退きを迫られると言う土地に住んでいる人は、「ほっとした」と言っていた。

 或る人は、開設の為に費やす費用を、国民を守るべき事へ費やして欲しいと。同感である。10年先、世界に日本の存在を認識させられる状態であろうか、今の日本を見ると覚束ない感がする。費やす金額を上回る収入が得られると踏んでおられる様だが、懐が温もるのは一部の人で、果たして、血税を支払った貧者が潤えるであろうか。

 昔、招致した時代の日本とでは様変わりしている。現在から推して見るに、今、政治、教育、人間のあり方を根本から起て治さなくては、どうにもならぬ事態にある。此の侭での10年先、治安が保たれているであろうか、現状を憂う者としては心配であるが、10年先、生きているかも解らぬ老の身では「知った事では無い」と投げ槍な思いになり兼ねない。

 「下手な考え、休むに似たり」と、もたもたしている時、あれこれ計画に迷う時、言われた言葉を思い出す。

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何故?次々と

 悲劇と言うか、悲惨な出来事に唖然とする。「自分だけは大丈夫」と過信の想いでなく、「自分が一番注意が必要人物」との心構えを持つ事。以前から、耳が胼胝(タコ)になる位、「飲んだら乗るな、乗ったら飲むな」の標語が浸透している筈なのに、何故、どうしてと問いたい。

 何故、同乗者が、注意しないのか、注意されても聞かないのか、飲酒運転者が事故を起こしたら、同乗者も、飲ませたほうも罰を受けると。然し、未だ法的には実施されていないとか。お囃子で終わらず、早急に実施すべきである。何人犠牲さを出せば、法が成り立つのか、飲み屋の亭主が「車に乗って来ているかどうかは解らない」と、確かに。でも、「車ですか」と問うことも義務付ける事。同伴者が居るならば、厳しく止める責任がある。良くも、酔っ払いの運転に乗る向こう見ずの人間の居る事にも、ほとほと呆れる。罰を厳しくすれば多少事故は少なくなるかも知れぬが自制心を養う事が必死である。

 子供の少ない現代、誠に勿体無い。如何様に詫びても生き返らない。前途ある人生を、子育てへの親の愛情を、将来への楽しみを一瞬にして闇に突き落とした責任は償う事は出来ない。皮肉な事に、加害者の親が救助に参加していたとは、「まさか」我が子が!!辛かろう、恥ずかしかろうが、車を持たせる前に自己責任の重さの教育を怠っていたのではないか。子供から嫌われたくないとの真理が、此処にも潜んでいる。

 「泥棒を、捉えてみれば、我が子なり」の句が昔も今も通用するとは情けない。

 今朝、TVで放映の葬儀から、幼子三人、一時に失った親の悲しみは如何ばかりと心痛み、涙を誘う。魂の安らぎを心から祈り、今後、二度と此の様な悲惨な事件の起こらぬ事を乞い願う。

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深夜

 深夜に土手で4~5人の高校生が話中、「うるさい」と、どの様な応答があったかは報道されないが、引き返してきて殺傷した。近所の人は「そんなに喧しくは無かった」と。どんな理由にせよ、人を殺し傷付ける事は赦せない。殺す積りは無かったと殺人者は殆ど同じ弁解をする。刃物を振り回せば積りは無くとも当然、死傷者は出る事さえ弁えぬこと事態狂っている。

 犯罪者に肩を持つ訳では決して無いが、深夜に男女がたむろして話をしているとは、しかも高校生であれば尚の事、生活態度と言うか、親の躾がなっていない。門限を決めるべきである。幾ら夏休みの終わりとは言え、近所の話では数日集まっていたと言う。

 高校生ともなれば、生活態度も自己管理出来る筈。深夜ともなれば、声高に話さずとも可成、耳に伝わる。まして日頃、面白く思わぬ相手が居れば、神経が逆撫でされ、自制心の無い、精神衰弱気味の神経が苛立ったであろうが、然し殺す事はない。皆は口をつぐんでいるが「うるさい」に対しての無言であったとは思えない。もし、無言であったら、無視されたと受け止められる態度があったのではないか。

 「三つ子の魂、百までも」と、言われる如く、親の肌から受ける家庭教育。善悪の判断が出来る小学6年迄の道徳教育が怠っていたのではないか。被害者、加害者の家庭に責任がある。子供を制する親の威厳は消えつつある。

 喧しく言ったり、厳しく言うと子供に嫌われるからと子供に媚びる。怒るとは、親の感情の高まりが加わると「自分だってしている」と反発心が子供に芽生える。諌めることを親は心得なくては、子供の反発心を唆してしまう。

 斯うした事件の度毎に、社会人となる前までに、親たるものが子供に対しての躾け方を根本から見直し、今から真剣に実行して欲しい。

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水難

 毎日の如く、水による事故死の報道を耳にする。子供だけで不慣れな水辺で、久し振りに尋ねてきた孫を連れて、水に流された子供を救おうと大人迄も犠牲になった等々。

 昔からの言い伝えで、「お盆が済んだら決して水に近寄るな」ときつく注意されている。「何故か」の理由は、地方によって異なるかも知れぬが、お盆で供養されない霊が、連れ去るとか、迷信めいてはいるが、此の謂れの中には8月15日過ぎ頃からの気象の変化による地上に齎す災害を注意しているのだと思う。勿論川ばかりでなく海も同じくである。

 斯うした言い伝えが、核家族となった現在、全く伝わる事が無くなった。たまに親、祖父母に会った所で伝えられる物ではない。共に暮らしていてこそ、折に触れ事に触れ、其の時々の所作から教えられ、伝えられてゆく物である。

 此の事に限らず、生活の全てに於いて伝え、学ばせる、教科書には無い教えを、伝えて行かねばならぬ事が山程ある。自分達が受け継いだ事々を、何とか伝授させてゆく方法は無い物であろうか。余りにも事故が多すぎる。折角生を受けた者が不注意の為に、知っていればこんな事にはとの悔いを残さぬようにしたい。又、聞く耳も持って欲しい。

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解体

先週、東京と大阪の中央郵便局の解体?のニュースが載っていた。古い為、使用出来ないのではなく、周囲の建物にそぐわないからとの理由もあるとか。

 当時の建築様相を残して置いてもと思われる建物も、古いからといって、釣り合わぬからと言って壊してよい物であろうか。老朽化して危険をはらむ物であるなれば致し方なしであるが、洋式建築は耐久力は無いのか?ヨーロッパの町並みは、古い建物を維持し、其の周辺には其の建物の景観を壊さぬ配慮が為されている。

 大阪城にしても名古屋城にしても、ビルが背景に迫り、ビルの谷間に沈みそうである。日本の代表的、歴史を物語る日本特有の城の周囲の建物の許可を何故、安易に出すのか、城の存在を尊び、景観を損ねない範囲の高さ制限なりの建築法によって守れないのかを不思議に思う。

 今の建物は30年ぐらいしか持たないと聞くが、鉄筋は堅牢ではないのは何故。次々と立て替えられてゆく町並み、壊されて出る廃材は何処へ処理されているのか、次々に埋め立てられて行く海辺、沖合いに土地の面積は増えるであろうが、みづかさが増えはせぬかと案ずる。小さな考えと笑われるかも知れないが、蟻の穴から崩れる事もある。

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年金分割~離婚

 平成19年4月から年金分割が可能になり、此れを見据えた離婚予備軍は、熟年層を中心に4万2千組と報道された。

 此処まで人道、地に落ちたかと言葉も出ない。人間の情は欠けらも持たないのか、言い分はあろう。「我慢してきた」 「自分の人生を自分らしく生きたい」 「残りの人生を楽しみたい」……人と言う字は、支えあってこそ人なので、支え合って来た相手が如何にせよ、突き放しては其れこそ人でなしである。

 幾ら、子供は独立したとしても、親子の縁は切れない。親達の勝手な振る舞いを見せつけられた子供は又、同じ事を繰り返すであろう。種を蒔けば、余程の事が無い限り芽生える。悪い種ほどしたたかに芽を出す。

 「順のこぼし(溢す)は倍こぼし」と言われている。必ず自分が行った事は、良き事も悪しき事も倍になって返って来るとの諌めである。

 「隣人を愛せよ」とは、自分に接する人から愛する。愛とは返礼を求める物ではない。愛とは、惜しみなく施す物である。離婚を望んでいる人は、相手に不満を持っているからで、相手から自分を満たす物を要求している。其の積み重ねが膨らみ、分割を機に当然貰うべき物を得てから離婚となる。

 支え合ってきた相手、いえ、支えてきたのは自分、相手は勝手な事をしてきた。私の事は一向に構ってくれない、振り向いても呉れないと不満が並ぶであろうが、安心して任せてくれた、相手が自分勝手な事をしてこられただけ、自分が役立ってきたと、誇る気持に転換させ、相手を見直す余裕は持てないのであろうか。

 哀れな団塊の人数が増えないことを望む。自由気儘な生活には認知症の落とし穴もあることも踏まえ、相手に気遣い、耐えて行く事も認知症の予防となること疑いなし。

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言葉

 昨夜の日本語クイズで、人に全てを任せる事の表現の答え「下駄を預ける」と答えられたのは、数人のタレント中で一人であった。

 近頃のTV番組の程度の低さ、コマーシャルでの礼儀を欠くタレントの使い方、笑わせればよい、如何したら目に留まらせようと苦心するのは良くわかるが、余りにも羽目を外しているとしか思われない。良し悪しもわからぬ年代層がタレントがしているからと真似をする。答えが外れていてもただ、ゼスチュアが面白ければ良いでは済まない。

 言葉の使い方にしても「全然」の使い方に首をかしげる。甚だしいのは、人気のあるタレントをニュースキャスターや、司会者に起用して放映しているが、日本語の使い方の間違いが多い。正しい日本語の使い方が出来るタレント、又は基礎を学ばせてからにして欲しい。人気者であれば視聴率は上がるであろうが、正しくない事も正しいと錯覚させる事の結果が恐ろしい。

 全ての番組が悪いとは言わないが、面白おかしい視聴率が高い番組ほど一齣からでも、言葉、礼儀、常識、道徳が伝わるように企画して貰わねば、乱れた世は尚更、乱れて来る。視覚、聴覚から来る学びは浸透が早い。今からやらねば、行く末が思いやられる。

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廃棄

 豪華フェリーが赤字続きで6億の欠損、経営不能、引き手を捜したが見つからず、遂に廃棄処分にすると報道された。

 此のフェリーで、沢山の観光客を当て込んで民宿を始めた人も居るとか、島の住民に被害も広がってゆく。画面では豪華船であり、利用者が少なかったのか画面でのシートは美しく見えた。此れを造船する為の借財も残っていると言うが、解体するのにも費用は掛かり、其の廃材の処理はどうするのか?詳しく知りたいが、計画の甘さと言うか無鉄砲。何の為に、どうして造らなくてはならぬのか、「取らぬ狸の皮算用」の言葉が当てはまる。

 静岡の議員さんの計画能力を疑いたくなるのは、飛行場建設の件もある。「狭い日本、そんなにあちらこちら飛行場が必要ですか」。造っては使わず、の勿体無い無駄遣いが多すぎる。巧妙手柄を意図としているとしか思えない。

 岐阜の必要もなさそうな駅の建設にしても、同じ事が言える。途中まで造ったから完成させると主張する議員、此処で中止した方が欠損が少ないと言う新知事との対立が始まったと聞く。

 岐阜の方々、静岡県のフェリーの件を「他山の石」と見習うべきと思う。

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礼節

 情けないやら腹立たしいやら、此処まで日本人も成り下ったかと思いつつ亀田興毅ボクサーの調印式の写真を見た。ニュースによればパンを食べながら会場に入ってきたと。

 王座決定戦の相手はにこやかに関係者と並んで腰を掛けている。其の前に食べかけのパンを右手に、左手にプレゼントのキューピーを差し出している横柄な態度が写し出されている。

 「闘技」とは字の如く技を持って戦う事で、相手を威嚇する積りの態度なのか、まして、調印式であれば礼を尽くして接して欲しい。如何に強く戦ったにせよ人間的には敗北者である。技を持って戦い、勝ちを得る競技においては礼節を重んじている。相手を威嚇するならリング上でなら赦せるにしても、ルールは必ず守らねばならぬ。動物にも劣る無礼な態度で、一歩を踏み出すとは赦しがたい。調印式は競技の開幕、マラソンで言うならスタートラインに立ったのである。もしチャンピオンになったとしても、こうした態度に於いては日本の恥である。

 斯うした態度を何故、関係者は注意しないのか。勝たせる事のみに集中して人間としての人格を育てていない。勝ちさえすれば、非常識な事をしても赦されると思い込ませてしまったと見る。彼の戦いぶりをニュースなどで見ても、人の戦いでなく動物を戦わせているとしか見えない。戦っている本人も、何が何でも我武者羅に勝ちさえすれば天下人になれると思い込ませているとしたら、末恐ろしい。

 相撲界に於いても、技を磨かず、勝ちさえすればの取り組みを見る。高校野球の選手達の中でも選ばれた事だけで得々となり、本分をを忘れ羽目を外す。一番大切なことは優勝者に相応しいい人格を、技と共に教育すべきである。

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児童虐待

 心の痛みを覚えない日とてない報道の今日此の頃、またもや5月の虐待による子供の死の実態が明らかにされ、人間の心を持たぬ人の多いことに驚く。

 昔は、犬、畜生にも劣る行動だと世間から非難され、住まう所も失うほどに罪の深さを知らしめた。鳥獣類に至るまで親は必死に子供を育て、身をもって危険から子を守る事が当たり前の生態なのに、世界中で一番頼りになる親が、一番恐ろしい人物に変身しているニュースが後を絶たない。

 鬼子母神の物語に、幼児を食べる悪女であったが、仏が鬼子母神の行為を嘆き、末の可愛がっている子を隠す。子を失った嘆きを味わい、自分の此れまでの行為を詫び、帰依し、子育て、安産の神として懺悔の生活となる。此の話のように如何なる悪女でも、我が子の為には自分勝手な行為をしたが、自分本位ではならぬとの戒めであるが、幾ら鬼でも我が子は可愛いのに、何故、お腹を痛め、生みの苦しみを味わいながら、生まれた我が子に愛情を注げないのか?不思議でならない。

 「子宝」と称して、子供は自分達だけの物ではない、授かった得がたい宝、国の宝、家の宝として育てる責任を感じてきた。善悪を弁え知り、正義に強い精神の持ち主として育てる義務を負っている。宝は磨きを掛け、一層光を放つように大事に扱う。此の精神が何処で失ってしまったのか。自分の子であっても自分のみの持ち物ではない。やがて社会に貢献する一人を預かり、育て、親としての経験をさせて貰っていると考えねばならぬと思う。

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廃止

 簡保施設が15箇所廃止と新聞紙上で見る。9箇所は療養施設。一度利用した事があるが、手続きが一ヶ月前からの申し込みとか同伴者の証明とか、煩わしい。其の上料金は決して安くない。もっと、一般人でも健康保険証でも持っていれば簡単に利用できるとか、部屋が空いていれば、其の日でも泊まることが出来るとか、お役所的な四角四面の手続きでなく、利用しやすい方法であれば利用者も多く、採算も取れたと思う。

 利用者は、若者より中年以降の人が多い。一ヶ月前からの予約では、体調がどう変わるか、天候によってはと考えると気が重くなり。果ては止めて置こうかと、計画したから何が何でも決行できる年齢層ではないことも考えに入れていたであろうか。莫大な建設費用、ずさんな経営方針で運営不可能になったからと、簡単に廃止と言われても、納得行かない。

 昔は利息もよく沢山の人が加入した。豊かになったから利用して加入者に便宜を図ろうと計画したのではあろうが、利用者の立場になっての計画でなく、頭でっかちの考え方の結果である。廃止した建物は何かに再利用するのか、始末はどうするのか、又、気に懸かることが増えた。

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消費税

 総理候補と騒がれているお方が、消費税は免れないと。無駄遣いを見逃していた付けは膨れ上がり、其の遣り繰りの為、国民に背負わせようとしている。貧しい者から大金持ちに至るまで、物を買えば容赦なく消費税を取られる。此の案を出されるお方様には何の痛みも感じないであろうが、貧者にとっては、大変な事である。どうしても掛ける必要があるなれば、生活必需品以外、いわゆる贅沢品。此れがなくても生きてゆかれる物に沢山かければよいのでは、もう少し庶民の事を考えて欲しい。まして年金生活者、年寄りいじめ、体の良い姥捨てと感じる。

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靖国

 靖国神社参拝で色々問題にされているが、当時、お上の命令とあれば泣きの涙で召集に応じた。表面はお国の為、陛下への忠義、滅私奉公と二十歳になれば男性は二年間の兵役に就き、その後は一旦緩急あれば赤紙の召集令状で出征した。逃げたりすれば憲兵が隈なく探し、引き立てられ重営倉と言う一番重い刑罰を受ける。隠れ方によっては親の目の前で突き殺された。避けられない国民の義務であり、逃げれば厳罰を受ける事への見せしめであり、一族や家の不名誉として辱めを受けた。国際連合から松岡洋介代表が脱退せざるを得なかった理由は、軍備や所有資源の割り当て率が少なく、日本の成長を阻まむ意図を感じたからであると聞く。

 止む無く戦争に追いやられるが、勝利が災いし、戦火は広がってしまった。国民は食糧難、物資難にも耐え、前線の兵士の危難に思いを馳せ、耐えに耐えた。出征兵士の無事帰還を願って街角に千人針を集める姿が多くなった。寅年の人は全部一人で針を進める事が出来たのは、虎は千里行って千里戻るの縁起を担ぎ、ひたすら無事の帰還を願っての事だ。召集を受けた男子達が、あえなく戦死した時「靖国で会おう」と誓い合い、名誉の戦死と称えられて死んでいった。遺骨が満足に集められなかった兵士の箱には戦場の石ころが入っていたと言う。

 こうした人々の心が集まる靖国神社が何故、問題になるのか。命令一つで戦場に赴き命を落とした兵士の遺骨と、戦火をくぐった事もなく命令を下し、敗戦へ追いやってしまった人と何故、合祀するのであろう。誰にも間違いはあるが、指令のために犠牲になった人達である。戦場でも冷酷非道な隊長は戦闘中、誰かの弾で・・・戦死にはなってはいるものの?部下の恨みは深いと聞く。又、別の所に外国の知名人も詣でる事ができる所を造るとの案が出されているが、一寸待った!「靖国で会おう」と散っていった人たちの心を、苦しみを、悲しみを、何も解っていない。国を守る為、家族を守る為に犠牲になったのだ。国の表徴である国旗を身に纏い、血潮を流し、母国の靖国へ帰り、会おうと。

 こうした辛さを味わった日本が、再び戦争を起こす事はありえない。日本国民の間違った自由の捉え方で、腑抜け同然の国民と成り果てた。自分さえ良ければ人の迷惑も省みない。日本人古来の奥ゆかしさ、先祖の名を汚さぬ大和魂は失せ果てた。悲しいの一言に尽きる。

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相続税

 森あり、畑ありと武蔵野の面影を充分残す所に移転して30年。地主が他界する度に遺産相続税の為とかで土地が物納され、暫くすると、広い土地で建ぺい率の良い所にはマンション、住宅地には建売住宅が次々と建てられ、年々昔の姿は消えてゆく。

 人口が減っていると言うが、どうしてこんなに家が、マンションが増えるのか?一戸建では若者が好みそうな設計。表札には日本人なのに英文字が多く、読みが同じでも字が異なる日本文字では何か事があってもさっぱり通じない。其の上10件も一度に建ち、一度に町内の会員が増え、何処の何方様か道で会ってもわからない。隣同士でも背中合わせであれば全く交流は無く、隣組の役はなさない。

 広々とした土地の畑にしても携わる人も老いて来ている。近所の者が菜園を作りたいから貸して欲しいと言っても、草だらけになって持ち主の手に負えなくても、貸してはいけない法律があるとかで、区民農園として区で管理している土地を小さく区切って、期間も定められて箱庭的でも作る喜びを味わいたい人が沢山いるのに。

 昔からの家も、大木も皆取り去られ、じわじわと家並みが郊外に広がってゆく。大通りに面しては、梯子車が届かないほどの高層住宅が聳え立つ。周りの人々が幾ら反対運動を起こして陳情しても、何処吹く風と建ってしまう。

 納められた税金は何処へ行って、どう使われているのか、環境、環境と聞こえは良いが決して良い環境は生まれていない政治のあり方、一体どうなっているの???

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無駄遣い

 借りたら返すのは常識なのに、簡保にしても積み立てた額を利用して(聞こえはよいが)我々一生かかっても手に出来ない金額を使って(引き出して)、保養所を幾つも建て、最近では考えられない安値で売りに出している所が幾つかあると言う。理由は経費がかかり、採算が取れないからと。

 利用するのに手続きが面倒な事もあり、年齢と共に足も向かなくなる。もっと簡単に、気軽に利用できる方法であれば、もっと利用者は増えたと思う。簡保の宿と言えども可成の金額で、びっくり。一般の宿では、週日は安く設備もサービスも良い。お役所仕事が窺える。

 人が来ない理由をもっと真剣に考えれば閉鎖しなくて済むのに、利用させてやっているのだと言う高飛車な経営が現在に追いやったと感じる。

 これ等に使った費用に利益を生むことなく終わるとは。引き出した(利用した分)所へ戻すのが当たり前、我々の積み立てた金額を利用し、自分達の計画が上手く行かないから損出も気にせず、保険の利息は下げるし踏んだり蹴ったりの仕打ち。此の腹立ちを何処へ持って行けば良いのか?

 政治家、や高給取りには庶民の苦しさ、嘆きは耳に入らない、聞こうともしない。ボーナスは減らす、退職金は無くすと鼻先で嗅がせ、耳を掠めるだけで又お流れになりそうだ。政治家はもっと我々の辛さをわかって欲しいし、自分達の目線を庶民達と同じ目線にして見直すべきと思う。と言ってもお解かりかな?

 大蔵議員の最初の発言こそ政治家の姿を捉え、彼の政治家が味わう特権への憧れであったであろう。乞食も議員も三日やったら止められないと聞いた事があるが、頷ける。何とかしようと意気込んで政治家になっても、所詮流されてしまうのが落ちなのだ。

 簡保の事ばかりでない。処々方々に多いい無駄遣い、呆れるばかり。

 

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