体験
投書に、怪我をするから、したからと教材を取りやめ、遊具を取りはずし子供達は何ら体験もせず乳母日傘で育て上げる近頃の教科に憂慮し、多少の怪我も恐れず体験させる事で対処出来る要素が作り出されるとあり、全く其の通と思う。
狭い公道でのゴミ集積所が不便の為、収集場を私道へ分散しゴミ集数車乗り入れを町内に計った折、子供が危険だからと反対されたが、危険だからこそ幼い時から危険に対しての感覚的予防を身に付けさせることの必要性を申し出、乗り入れ可となった。
運動会でも棒倒し、騎馬戦も怪我を恐れて中止の学校が多いと聞く。ひ弱な子供になり、危険に対して免疫が備なわらない。昔は小学四年で切り出小刀でボール紙を5㍉巾の細長に切り、編み込んで文箱を作ったり、針金細工で笊などを作るのにペンチ等も使い、手に血豆や小刀で指を傷したりしながら巧みに使いこなす術を身につけることが出来た。
小刀で数本の鉛筆を削り筆箱に納めて登校し、途中で折れれば休み時間に削る。削りカスは大和糊の空瓶か味の素の空き缶に入れ持ち帰るか、放課後ゴミ箱に棄てる後始末も自然に身につく。斯うした習慣性が全く無い現在、小刀を持たせても扱い方が身についていない生活の中に育った子供にしてみれば戸惑う事であろう。
オリンピックで戦う選手達の姿に勝ち負けは別として一つの目的の為への執念と訓練と根性は大いに見習うべきで、選手だけではない我々の日常生活に於いても健康と頭脳活性のために根性と訓練は必要と心掛ける日々である。
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