尋常小学校の朝礼で毎朝歌ったのは「君が代」と「金剛石」である。「君が代」は一部の人によっては戦争責任者の如くに嫌い、国歌を変えよと迄仰るが、戦争中も国歌である故に歌い続けられて来ただけで、歌詞の理解によっては、内容を取り違えてしまうと戦争と結び付く。
「君が代」=天皇の世としてしまった。然し「君」=貴方(あなた)、貴方の世は、「千代に八千代に」=づっと長く、「さざれ石の巌となりて」小さい石が流れの中で寄り集まって固まり、段々年が重なって大きな岩となり、「苔の生(む)すまで」崩れることなく苔が生えるまで長く保たれるように。詰り、皆が(国民)寄り集まって、心を合わせ、国が何時までも続くように、国歌安泰を願っているのを、戦争に利用されたに過ぎない。
日本の国が安泰で、長く栄える事を日本国民であれば望む筈。国旗も然りで、国歌の紋所である故、日本人である証拠に、国旗を掲げ、体に巻き、他国民で無い印として使用した場所が戦争現場で使われ、あたかも国旗の為に死んでいった様に誤解している。
朝ドラ「純情きらり」で見る如く、赤紙で否応無く召集された。国際連合で日本の主張を通して貰えず、松岡洋介代表が連合脱退を表明し、やがて、軍隊が指導権を握った日本は、平和を望む天皇の意思は通らず、勝利に勝利が災いし、手を広げ過ぎ、退く事を忘れ、負け戦になりつつあるもなを猛進した。軍人の中にも戦争中止を望む人も多く提案しても、口を封じられ、或る大将は命を絶たれた。赤紙一つで私情を捨て、身を挺して行った。残された家族達の悲劇はドラマどころではない。
令状から逃げれば命は無く、惨い罰が下された。軍隊においても厳しい訓練に耐えられず逃げ出せば充営倉の極刑が待っており、休暇中に恋人と逃げた兵士が見つかり、私の目の前で二人は引きずられていった。逆らえばこうなるとの見せしめでもあった。
食物は配給、衣料は切符制、金物、貴金属、鉄製品は凡て提出。疎開先で焼け出された人達は縁故を頼って田舎へ移る、子供は親と離れて集団疎開、挺身隊として女性は勤労を強いられ、飛行場作りなど。女学生まで挺身隊として駆り出され学業どころではない。中学生は軍隊、海軍兵学校へ志願することが称えられ、1~2年生から志願して行った。
斯うした時期に女性挺身隊が交代制で縫い上げたものは、きなり色の分厚い絹地の幅広い長い袋状の物。何かは後から知らされたが、飛行機の翼で銀箔色のペンキを塗り木で作った胴体につけ、飛ばない飛行機を作る。偵察された時、何十機も待機している様に見せる為であった。如何に日本が追い込まれていたか、国民は疲れ果てていた。茅ヶ崎に住む人は見たと、水平線上にアメリカの軍艦が一列に並び、黒い直線であったと恐怖を語っていた。何時上陸されるかわからぬ時、陛下の降伏提案をさせまいと軍が監視する中、側近者等が身を挺して隠密裏に陛下の降伏宣言を録音し、当日(8月15日目)迄、隠すのに苦心したと言う。
敗戦、苦しさのあおりが自由奔放に走り過ぎ、三~四世代にもなると、芯の抜けた人間、自由のはき違えた人たちが多くなったように感じる、苦しさに耐えた日本魂よ蘇えれ。君が代の真の意味を味わい、人間らしさ、日本人らしさを取り戻すことに心ある方々、何らかを奔走して頂きたい。
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