母の言葉
朝五時前のラジオ放送で、久し振りに武田鉄也の「母に捧げるパラード」を聞き、激しく厳しい言葉の中に子を思う母の愛を深く感じた。「屑じゃ!出来んかったら死ね!」と気骨ある子供に育てたい気迫、「なにくそ」と受け止める子供の逞しさが伝わる。
今の子供であれば、斯うした言葉に意気消沈し、ふて腐れるか刃物三昧にもなり兼ねない。叉、此れだけの言葉を吐ける親としての自信も威厳も持ち合せている人は少ない。尋常小学校の修身で、八歳で学問修行に出された中江藤樹が、母親が「あかぎれ」に苦しんでいると聞くや、居た堪れず師匠の許しを得、持たされた僅かな小遣いの中から薬を求め、雪の山道を帰る。井戸端で水仕事の母に縋りつく、薬を渡された母は、休ませもせず「疾く帰れ」と踵を返えさせる。冷たい母親ではない。志し半ばに親を思う心情に打ち負けてはならぬ事を態度で示したのであり、此の親にして此の子ありで、近江聖人と謳われる人となる。
今も尚、聞こえる母の言葉に「さっさとしなさい!グヅグヅしていないで!」手鈍(のろ)なのは、手にしている事を途中で手放し、次に取り掛かるから仕事が増える、と言われた。家事万端において移り箸の如く、確かに手移りし、時間を掛けてしまう。料理中も纏めて洗うからと、流しが山になる。「調理の切り目きり目で、手にしたものは洗いなさい」と、調理が終わった時には流しには洗い桶だけとする身についた習慣や、手っ取り早く仕事をこなせるのも、耳にたこが出来るほど何事にも、厳しく言われた母の声のお陰である。うるさく躾ける母にとって、さぞかし忍耐を要したであろうと感謝している。
最近のコメント