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流行

 スペイン風邪に次ぐと言われる大流行の新インフルエンザは、以前より交通の発達により流行は世界中に広がりの速さに脅威を感じる。メキシコに於いては、発生源も未だ解明されていないと言う。

 昨日、旅行に出発する親子連れにインタビューの答えに怖さ知らずと言うより自分達はもし罹ったとしても、自業自得、好んで然も発祥の地と知っての上での事。然し、罹ってしまうか、もしくは保菌者となっていたら、自分だけではなく周囲の人達まで巻き込む事になるとは考えに及ばないのであろうかと。

 「止める気は無いですか」の問に「折角計画し、この様な連休は又と無いですから」 小学5~6年生と見られる男児は得意顔。普通なら最悪の場合を考慮し中止したくなるのが通常と思うが、計画した事は何が何でも押し徹す、誰の為?退くことへの勇気と言うか決断も必要であり、子供への良い教育となろうにと、親子の顔が印象に残り情けなく思った場面であった。

 水際作戦が成功し、大流行の難を逃れればと祈り、人混みへの外出は致さぬこと。注意事項の嗽、手洗い、通常とは異なった変化の時は医者に行かず先ず保健所、もしくは相談所へ電話することを肝に銘じる。

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真似

 中国でそっくりの車が展示されたり、有名ブランドの偽物が横行したり偽装商品が出回ったり、本物好みの弱点を付いての商売が盛んである。

 記事には日本の漢字も、元は中国からで大分日本化され略字も多くなっているが、本元の漢字を見るに目にしたことも無いような字も多く、中国人の漢字の記憶数は大変なものと感心する。

 何処にも真似されない物が日本にはあると私は思っている。其れは、ひらがなとカタカナである。ひらがなは漢字を崩したものではあるが、筆字の文字は譬えようの無い美しさがある。日本の誇るべき物の一つと言って良いと思う。

 然し近頃は、書道を学ぶ人がいても、巻紙へ筆で手紙を書く人も少なくなり、廃れて行くのではと淋しく思う。筆ばかりではなく、手紙其の物がメールで用を足してしまう人が多くなり、上書きに至ってはパソコンでのシールで済ます人も多くなりつつあり、事務的に扱われる。丁寧に心を籠めて筆といわずともペンなりで直筆で、出来なければ代筆でも人の手で書かれたものには温かみがあると思うのは古いのであろうか。

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言葉

「ぼかし言葉」と言うのは耳にしてはいたが、先日の新聞に、フランスに転勤、久し振りに帰国した人が若者の話している言葉が聞き取れない。何度か聞きなおし理解は出来たものの言葉の乱れに驚いたとあった。

 ぼかしたり、縮めたり中間をはしょったり、確かに新語が増えているし、辞書にも出ていなかったり、其の上カタカナ文字でも全部が英語ではなく、フランス語、オランダ語と入り混じり、英語辞書では出てこず、日本語辞書に(注)フランス語と書かれていたりもする。

 正しい日本語の為に良き事と理解して良いのか戸惑うが、国語検定が盛んになり国語に取り組む人が多き事はと喜んでもおられない金儲けに繋げているとは恐れ入る。商魂逞し過ぎる。

 小学校でも英語科目が取上げられ始めてはいるが、其れも世界に伍すには必要でも有ろうが、先ず正しい国語も身に付ける様な教育方針も必要と思う。

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悼む

 上坂冬子女史、気骨有り歯に衣を着せぬ発言に、何時も胸の空く思いを抱きつつ正論やコラムを読んでは頷き拍手を送っていたが、彼方へ旅立たれ、日本の将来を憂い、確かな発言をなさる方が叉一人消えた事に寂しさを感じる。

 戦前から戦後今日までの日本の姿を見てこられ、嘆かわしく思われることの多き事を延べられておられたが全く同感であり、女史に匹敵なさる正論を述べられる女性が進出され、大いに発言されることを期待する。

 北方領土についても日本領土であり、終戦僅か八日前に侵入、然も協定を日本危うしとみるや前触れも無く破棄し、のこのこと侵入して住み付いているとは「盗人猛々しい」と言いたくなる。言いなりになっている我が国も可笑しく、強く言い切れない政治家達は何故と問いたくなる。

 上坂女史は、わざわざ本籍を北方へ写して返還に取り組まれ、然も病を抱えながら訴える行事に参加されておられた返還への思いの火を消してはならぬと感じる。「半々」と提案する首相の弱腰は何故、日本の領土と言いきれないのは何故、歴史を紐解かれ、彼の地を守り通し骨を埋めておられる開拓の先祖、後継者方の達者な内に返還が実現されることを祈り、女子の思いが遂げられることを願う。

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お花見

 お花見の陣取りに夜を徹したり、早朝からと年に一度の事とは言え苦労なご事である。飲めや歌えで愉しんでおられるが、本当に花を愛でているのか疑いたい。

 新聞の投稿欄に「シートの下に咲く花も愛でて欲しい」と載っていた。此の言葉に胸を付かれる思いがした。優しい心の持ち主に敬意を表したい。斯うした心根の優しい方がいて下さる事に心和み、花よりも更に美しさを感じた。

 今年は余り報道されなかったが、塵の持ち帰りは実行されたのであろうか。花を愛でさせて貰った場所に対して当然の心遣いが怠りがちであった事への.心得が徹底されたのであろうか?

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給付金

 定額給付金申請届書が届き、頂ける事は有難く開封、住所、氏名、振込先を書き入れ、チェック事項を読み指定通りコピーして封入、投函に至った物の、コピー機も無く出掛ける事も侭ならぬ一人暮らしであったら全く迷惑な指定である。

 手続き方法は一般社会人相手の方法で、一人暮らしの老人を対象には全く考えに及んで居らず、不親切極まりない。(地方によっては異なると思うが)振込先通帳又はカードをコピーして封入するとあるが、体の不自由な老人がコピー出来る所まで行ける筈も無く、さりとて他人に任せるわけにも行かず、何方のお考えかは存ぜぬが、手続きの標準年齢を何歳に置かれたのかお尋ね致したい。

 思いやりも無く、この不親切さは私共の区のみなのか、呆れる他無い。真にお役所仕事の代表的現われと感じる。情けないというより他に言葉が無い。

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打上げ

 北朝鮮の行動に必要以上とさえ思われる神経の尖らせように、多分彼らの思う壺に嵌っている感じがする。泰然自若と出来ないものかと思うが「相手が相手だから」と言うであろうが、狡さに於いては北ばかりではない。

 敗戦後64年を経、戦争放棄平和の中に、平和惚けと思われる位四面海の国の有難さかも知れない平穏無事。一旦緩急あれば米国が守ってくれる?との思いが浸透しているであろうが、チラホラとそうでもないらしい言葉が行き交っている。

 何はともあれ、非難の的となりながらも支援する国もあり、真偽の程は別として衛星らしいものを打ち上げた事は天晴れである。思えば昔、日本は各国から雪隠詰め的制限をされ、止む無く連盟脱退。北のように陸続きで援助される術も無く、自力で得なければならざるを得ない状態とは異なり、此処まで漕ぎ付けられるとは大した物と思う反面、非難される状態は昭和の始めの日本の姿を見る心地がする。

 竹島は完全に日本が足を踏み入れる余地も無く、対馬を始め尖閣諸島に於いても中国が領有権を主張しており、北方四島も未だに解決できず、じりじりと外堀が埋められて行きそうな気配、政府も議員、国民凡て如何様に感じているのであろう。此の儘では日本が失せると案ずる声も聞くが同じくである。亡き夫が「此の儘では日本は無くなってしまう。だが知った事では無い、其れまで俺は生きてはいないから」と心配していた。

 何でも「泥縄」主義で、事が始まってからの措置では手遅れである。非難や停止の措置も寧ろ反発を大きくするだけではと思う。

 土足で踏み込んだ輩に何の抵抗も出来ない弱腰の日本、当時を知らない人が言う「お金で買えば」と冗談も程ほどに。 

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相手

 「何時まで保つか」 「やっぱり」 と思わせた陣内・紀香の離婚沙汰に医師でもあり小説家の渡邊氏のコラムに「浮気をさせる原因を作った側も悪い」とあり、同感である。仕事の為とは言え家に落ち着くことの無い紀香。それほど仕事が大事なら結婚しなければ良い。結婚は何の為にしたのかと思う位、妻としての役を果たしていない。只、衣装を付けて式を挙げて見たかっただけなのかもしれない。選ばれた相手は気の毒である。

 浮気したと責める前に、させたか、男性であれば余程強靭な精神の持ち主で無い限り、お腹を空かした人間の鼻先に食べ物がちらつけば手出しをしてしまうであろう。かと言って浮気を勧めるわけではない。原因を作り出した側の反省を促したいのである。

 近頃は相手を責める事へは声を大にするが、自分達えの反省は殆ど無いといってよい程に相手を責めまくる。子供に注意をしても逆切れし、自転車に乗ったままエレベーターを利用し、乗ったまま降り、事故が起きたからとエレベーター側が問われる。同じく乗り合わせた人は無事である。何故自転車から降りてエレベーターに乗らないか、乗ったままでは傍迷惑である。使者に鞭打つ事かも知れないが何故、常日頃非常識な行動を取っていたか、誰rも此の件に対しては被害者の方を憐れむ。

 してはならぬ事をすれば当然の報いが来る事を幼い時から事件を通して学び取ることが必要で、反面教師とすべしと思う。

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