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団結

 不思議にさえ思う団結力、たった一人の反対者の他は全員一致。或る記事に、全員一致と言うことは崩れ易いと言っていたことを思い出す。

 其れほどまでに団結させたのはご本人の凄腕なのか、纏め役の方法が上手なのか、或いは顕わにしたくない点を隠し通さぬと次期を狙えない故なのか、皆々が斯くも繫がりを持っている事は余程の統率力有る方が纏めておられるのか、気味悪ささえ感じられる。

 麻生さんも何やかやと言われながら良く頑張っておられる。民主党の如く内側を確り纏め役がおられればもっと動けられるのではと、マスコミの無作為としての評価結果に我々が振り回されないようにと思われる。

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告知

 「告知」するべきかどうかを相談された。若い人は知らされた方が「あれもして」「これもしなければ」と整理できると言う。我が身になればと考えるが、告知される場合は病む身であり、如何に身の回りの整理をと思っても体の動きがとれず、かえって出来ない事へ情けなさが加わると思うので知らされない方が良いと思う。

 実際、当事者にならなければ心中は計り難いが、告知されての心の整理は中々出来得ないと思う。出来るとすれば余程達観しておられる人と思う。告知されて、自らの命を絶つ人の気持が漸く分かる気がする。一年と長ければと思うが、1~2ヶ月と言われ病の苦しさに耐えながら、あと幾日と待つ身となれば耐え難い苦しさは計り知れず、其処から逃れたい気持ちになろうと察する。

 信仰心の厚い人でも、3ヶ月と言われ莞爾として受け止めたと言えども、家族への苛立つ言葉の端々に心中穏かでない事が伺えた。所詮人間は弱く、如何に強みを見せても誤魔化しに過ぎない。家族に辛く当たることで紛らわしていると思える。

 告知されても10年も生かされている人もおられ、医学上の統計で計算されての日数は当たらぬ場合もあり、要は本人が病と闘う、生きる使命に燃えるかで病魔を跳ね返す奇跡が起こりうるのではと思う。

 「知らぬが仏」と言う言葉も有るが、知ったが故に苦労を背負う事もあり、知らないで過せる方が幸せではないかと思う。

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政治献金

 先日、塩ジーのコラムに政治献金は要らない。秘書3人を抱える手当てが出ているのだから、其れ以上の秘書は必要ない。7~8人も抱え、地元や応援有力地に事務所を置き秘書が配置され経費が嵩むので献金が必要となると載っていた。

 不思議に思うのは、選挙時期でなくても其処彼処に議員のポスターが年中貼られている。個人住宅の塀や壁に2~3枚並べて張り出している。其の家の支援党が直ぐ分かる。個人の住宅である所為か、年がら年中張り出しても良いのであろうか。然も、取り替えるのか何時も綺麗である。詰まりは費用を沢山かけている証拠である。

 献金で大揺れの党首さんが記者会見で淀みなく「何もやましい事はない」と言い切っておられたが、何処かすっきりしない。献金があり、受け取る、頂いた事へ御礼をする。言わば当然の行為と受け止めれば、何等やましくは無いと公然と言える。物は取りよう、叉言いようで、解釈の仕方で大きな開きがある。

 下さるものは受け取る。ご厚意に対して返礼は当たり前とすれば何等疚しい事ではない。凡ては信頼している秘書による取り計らいを信じているとすれば疚しい好意はしていないと断言できよう。

 献金そのものを失くさなくては何時になっても袖の下事件は続くことであろうし、便宜を図って貰いたい欲望が事業家、政治家双方の根底に蠢いている限り、見付かるか見付からない様にするか、巧みな動き方で潜り抜けて来た迄で、今回の件も氷山の一角かもしれない。

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揚げ足

 朝刊に又もや麻生首相の「株や」との仰せを取上げておりますが、本当の事で、場所によっては「ごろつき」呼ばわりする所もあり、「相場師」とも申し、勝負師の感覚で受け留められており、総理のご発言は違ってはおりませず、「揚げ足」的に捉える記者がおるとすれば昔の事をご存じない、お若い層と感じます。

 怪しい~怖さを感じられました。株に手を出して凡てを失う「すってんてん」になり夜逃げをした家族も知っており、大きな屋敷も、挙句の果てに娘さえ苦界に身を沈めさせた人も降りますほどに株に手を出した人は怖がられた時代を経て、今日の株に対する感覚が変わって来た事で、総理の言葉を奇異に感じてしまうのかもしれません。

 今でも、私は怖いものと思っており、遊んでいるお金を投資するのならばいざ知らず、上がり下がりに一喜一憂、是が非でも資産を増やす目的としては危険な賭け事と感じております。

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返済

 奨学金で勉学し、社会人になれば借りた金は返す事は当然の事である筈が、近頃は返済がなされておらず、返さなくても良い位に思っている輩もいるとか。情けない根性と腹立たしく思う。

 どうしてその様な厚かましい根性が植えつけられたのか、良心の呵責に苛まれる事はないのであろうか、借りたものは返すべきで自分が恩恵を受け、一人前になった事への感謝の欠片も持ち合わせないのかが不思議にさえ思われる。

 もし、感謝の気持があれば自分が返すことによって一人の後輩が育ち、世に送り出す事が出来る使命感より責任を持たねばならない筈である。

 まるで給食費は払わなくて良いと思っている愚かな親の考えと同じ、常識のなさを嘆かわしく思う。

 

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免許

 免許書き換え時期になり高齢者講習も受け、期限切れ日には余裕を持って試験場に行き、視力検査を受けたが不安の思いが的中0.6。試験管が「目を冷やしてもう一度」との仰せに間をおいて検査をしてもらうが駄目、「貴女は大型を持っており此の時代にしてはモダンですね、勿体無いから検眼、眼鏡を取り替えてもう一度受けに来て下さい。それでも駄目なら一ランク下げたのが取れますよ」と教えてくれ、言われたとおり眼科で視力検査、一週間後眼鏡の出来上がりを待つ。

 講習時は実地など50代と言われ、気を良くしたが自分が幾ら気をつけていても、紅葉マーク故に意地悪される話もあり、運転をやめる時期ではなかろうかと心は動くものの決心し、迷いが出てはと去年暮れに変えたばかりの車ではあるが、早いほど値も良かろうと求めた店に連絡、売りを依頼した。

 16日、出来た眼鏡を取りに行き、午後、車を引き取りに来た。乗り心地の良い車ではあったが、写真を取り別れを告げた。翌17日、天気も良し、一応試験場に出向き、視力検査を受けたら合格、前の検査官が覚えておられ、「良かったですね」と。周りに居た係官も声を揃えて「おめでとう御座います」 「車手放してしまったんです」「惜しいですね、貴女より5歳も上の方が先程、更新して行かれましたよ」

 免許証だけ持っていれば身分証明にもなるしと、バスを乗り継ぎし帰宅する。此れで良いのだ、自分の歴史の一幕がおりたが、次、新しき物(プサルタリー)に向って踏み出すべしと心躍らせる。

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中国ー中国

 ニュースで耳にする度に、で出しだけ聞くと?内容では判断できるものの、はて?と首を傾げる事もある。中華民国の略=中国、我が国に於ける中国地方も中国。昔は山陰地方と表現したように思うが、迂闊に聞いていると大変ややこしい。中国=戦前は、支那大陸と称して一般的には支那と呼んでいた。

 日本で中国の呼び方を変える訳には行かないものかと常々思うが古い人間が少なくなってきたから変に思う人もおらず、私一人だけなのかも知れない。ニュースを聞く度にどちらかを判断するには最後まで聞かなくてはと、自分が鈍いのかも知れない。

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調査

 近日中に調査に伺いますのでご協力をとの封書がポストに入っており、差出人は社団法人「中央調査社とある。2~3日して係りの人が来た。開口一番、「女性は65歳以下、男性は70歳以下の方からお答え頂きたい」 との事。何れも該当者なし。配布の紙面には16歳以上の方にお答え頂きたいとある。

 何の為のアンケートかを問うと、新しく建つタワーについての由。地デジに切り替わる事の理解も、受信できる用意もなされていない家が多いとか。然し何故年齢で切るのか、平等ではない。周りは殆ど指定年齢を上回っている家庭ばかり、指定年齢の家と生活状態は何等変りは無い。

 調査員を雇って20件に一軒も指定年齢層がいない家庭が多い現状で、何が為の調査かと首を傾げる。管理部、首都圏担当とある。問い合わせはフリーダイヤル0120-49-3023とあり、年齢差別的に感じた所以で尋ねてて見るべしと思っている。

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三無い

 裏千家家元様のコラムに「三無い」①字が書けない。 ②字が読めない。 ③意味がわからない。政府も議論だけに終わらず現実になるようにと載っており同感である。

 キイを打ち、変換で文字が出て、書か無くても事が済み、字を書かない故に字は覚えない。難しい字になると読めない、意味がわからないとなるのは当然である。

 大学を出たけれどの「おばかさん」を売り物のタレント番組を見て子供達が良いと思い込むことが恐ろしくさえ感じる。

 日本語の美しさ、漢字に秘められる豊な意味、偏と旁が相俟って形が整えられ、意味が含まれている事にも興味を以って学生時代に確り学ばせるべきと思う。

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法制

 「海賊に有利な法制」との見出しに目をやると、どうして?成程と思った。軍艦を派遣まではすんなり通過ながら、内容たるや見張りに過ぎず、海賊が不法j行為をしても阻止も他国の船を襲っても援助すら出来ない法則では海賊達に見縊られ、遣りたい放題振舞われても手も足も出ないとあっては、何の為に費用を使ってはるばる現地に行くのか、体裁だけを繕って付き合い程度に顔を出すに過ぎない出動である。

 無謀な振る舞いには発砲も止むを得ず、の処置権限を与えなくては出動の意義も価値もないと思う。恥さらしの行動に過ぎなくなると思うのだが、時間を掛けて大勢よって、此れだけの結論しかでないとは情けない。

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学び

 「学べ、学べ、世の中からお金で買えない美しいものを」と言う記事に触れ、多くの方が悟って貰いたいと思った。

 お金を出せば何でも手に出来る時代は、人を「なまくら」に仕上げがちで、忍耐も努力も出来ない人を作り上げているように思う

 お金を出して学ぶ事は仕上がった物を教えて貰うが、お金で買えない尊いものは仕上がる前から師匠の動作から真似し、会得し自分の物になり、其処に自分の知恵で磨きを掛け美しさをまして行くのではと感じる。

 親から子へ受け継がれて行く有るべき姿は、核家族で完全に途絶え、子育て一つにしても知識から受け取る事で、大家族の中で、又は、となり近所の出来事の中から体験して学び知恵を得ることが出来た。

 小児科病院が少なく、医者も足りず、救急で駆けつける小児患者は、殆どが軽症と言う。子育ての経験者である親から伝授される子育ての知恵が受け継がれていないので直ぐ病院へ走る。

 熱が出れば何で出たかを親から伝授され、大事に至らす病院へも駆けつけずに子育てが出来た。若い母親方は近所の子育て経験者から知恵を授けてもらう手立てもあると載っていた。全く然りである。

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