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休耕地

 一旦、休耕地にすると元に戻すのに3年以上掛かると聞いている。後継者が農業を離れ、高齢化で、もう農耕をする事が出来ずに田畑を放置せざるを得ないのかと思っていたが、何の事は無い、「休耕すればお金が貰える」制度を作り、農民の精神を破壊したのは農水省だと載っていた。驚きである。

 いつぞやも、助成金は何ヘクタールか纏まらなければ出さない。新しい機械を入れるにしても資金が無い。助成金が貰える広さは無い故に何軒か纏まってとなるが、飛び飛びに田畑を持っている人にとっては合流も出来ない。お金を貰って休耕する以外手がない事になる。態よく小農家は弾き出されて行く。

 生産不足は野菜の値を上げ、消費者は安物を買い漁る事を付狙い、輸入を増やす。気候の関係で野菜が豊富に取れてもコストを抑える事と相俟って折角の野菜も埋められる矛盾さ、牛乳にしても余る、牛を減らす、輸入が止まる、牛乳が足りないと翻弄されている。

 一つの案も中々纏まらない政治。各都道府県内で賄うと言う案を実行し始めていると聞く。確かに、確実な成果が現れると思われる。国民が豊かになるなれば知事さんがた頑張って欲しい。

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節目

 明治21年、翌年の憲法発布への準備態勢の年。

 昭和21年、帝国の枠組みが壊れ、日本新生への模索。

 平成21年はどの様なものとして位置づけするか。と記事にあった。

 果たしてどの様な展開を見せるのか、報道からは皆目つかめず今迄に無い政治家たちの足の引っ張り合い、貶し合い、恥も外聞も無く、今流行の「いじめ」さながらである。

 党の揚げ足を取り、作戦を練り、如何に我が党が政権を握るかに傾倒し、肝心の政策はまるっきり疎かの態。マスコミの報道に可成踊らされ、浮き足立っている。或る面では、「麻生さん可哀想」との声も出始めている。

 国民が選び、送り出した筈の議員方の体たらく。白手袋を振り振り「お願いします」の声と「しがらみ」に「つい」と投票の無知の結果ではなかろうか。持論はとうとうと述べられるが、何等実行は出来ていないとい言うより出来ない、論文だけで推選され当選した若造さんは、野次るだけの役柄、先生と呼ばれて偉そうにと言いたい。

 今日あるは、投票した側の責任大と感じる。選挙が近付けば、葉書や電話の数が増す。敗戦後、初めて投票権を得た女性達は、立候補者を始め投票側も真剣に取り組んだ。

 タレントM氏が麻生総理の読み違いを酷評するが、ご自身「団塊(だんかい)」を(だんこん)と読み、注意されている。鬼の首でも取った様に口汚く罵って貰いたくない。

 誰にでも失敗、欠点もある。ホローする位の言葉でも少しでも覗かせれば少しは人格が上ろうが、天狗になりっぱなしに思える。

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未来

 「予想可能な未来前提と予想不可能な未来前提」と題してコラムが載っていた。前者は終身雇用を願っての就職、後者はどの様に変化するか未定、詰まり現在のように終身雇用さえも打ち切られる状態に対しての説であった。

 平和な時代ではあるが、心構え、気構えを必要とせねばならない事は戦時中と同じ様に思える。どの様に変わって行くか、どの様に変えられて行くか不安が漂う状態は同じ様に思える。

 当時も現在も同じ気構えとして書かれていた事は、手に職を持つ。心構えとしては如何なる職にも順応できる、仕事を選ばないで携る精神を鍛えるにあると言う。確かなことである。

 兵隊にとられれば、地位の高低の有無を言わず、部署は選ばれず、配属された所で黙々と働く。不平などは以っての他、皆、耐えた。此れが良いと言うのではない。精神的な訓練に乏しく、綺麗仕事で高給を狙い、其れが学歴如何で叶う時代が続き、ホワイトカラー族とかに憧れ、親は共稼ぎで学費を捻出、遠くからでも名立たる塾に通わせ、名門校を目指し安定性のある官公庁や有名会社を望むのがお定まりとなり、地方から都会へと人口は移動し始め、集中都市は人口密度が増し、地方は閑散としてしまった事は当然の結果である。

 誰の責任であろうか?戦争で悲惨さを味わった親世代は、子供には此の苦労はさせたくない思いが子から孫へ伝わり、孫の代になると楽が当然との思いのみが腰を据えてしまい、不自由さに耐えた事さえ知らない世代となった。もう一度原点に帰れと言えども原点を知らない世代が多く、薄っすらと子供心に覚えている時代の人達が奮い立ち、思い起こして精神の立ち直りをするべきと思う。

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不安

新聞、TV報道でも不安に思う事柄が毎日の如く、これでもかと言うほどの連続である。「一体日本はどうなるの?」と思わざるを得ない。政治は勿論言うに及ばず乍ら、骨髄移植の提供者はあっても不必要成分を除去する器具が不足で少人数のみの対応との事。

 原因は、アメリカでの製造のみで、其の会社が対応できなくなり他への依存が順調に行かないのが原因との事。助かる命にも 不安が圧し掛かる。斯うした実情は始めて知る。ドナ提供は耳にするが、実際、完全に使用できるまでの手順の複雑さは知らず、ドナによって難病が救われていると安易に受け止めていた。

 感染症へのワクチンに関しても対応しかね、海外では「不治化ワクチン」なるものが用いられ、飲むワクチンは先進国中に日本のみとの事。対応の遅さが覗える。此れもその筋の規制が阻んでいるらしい。申請しても処理の遅さが次々と皺寄せで輪に輪をかけての結果の犠牲者は国民である。

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風向き

 民主困惑との記事に目をやる。民主党は麻生首相を土俵際まで追い込んだものの、党内で麻生降ろしの風が吹き始め総裁選が前倒しになり、新首相が誕生すれば支持率が息を吹き返すのではないかと懸念していると言う。

 民主党幹部等は「自分達がやるべき事は首相を守る事で、いたぶるが辞めさせない事だ」と。「こちらから仕掛けなくても、首相が勝手につまずいてくれる」か、解散カードを切らざるを得ない状況に追い込む事が民主党にとっての「最高のシナリオ」とある。

 ご自分達の論戦は何の為、退席したり欠席したり、政権を奪いたい、ならば今の政策との違いを披露する事もなく、席取り合戦の遊戯としか受け取れない。三竦みのお遊びはお座敷でどうぞ。

 「100人に聞きました」と帰宅を急ぐ人々の声を放映していたが、ほろ酔い加減の殿方の意見は、果たして本音であろうか、若者、中高年夫人、国民の声と聞こえは良いが其々我田引水的で、果たして本当に国を憂い国民の生活が安定できる政治家が選べるか、統治出来る政治家が出てくるであろうかと案ずるのみ。

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北方領土

 期待すること事態が間違いであろうとは思いつつも、心の片隅で返還交渉の触りでも聞かれる事かと、見事に外れであった。ロシア側に協力する発言の為にわざわざ行かれたとしたならば、ロシア側の言い分を承認したと取られても文句の付け様もない。

 樺太を領土と出来たのも、先人達の血と汗と涙と犠牲によるもので、彼の地に骨を埋めた方々の思いは如何ばかりであろう。叉、いつかは戻れる事を望んでおられた方々の無念も察せられる。

 四島に於いても然りで、ソ連は味方にしては不利と見るや提携を打ち破り、敗戦でのどさくさに勝利者の虎の意を借る狐如く紛れて入り込んで来て、何の条約もなしにまるで「軒先貸して、母屋まで」の遣り方に何故渡り合えないのか、歯がゆく思う。

 何か弱みでも捕まえられているのであろうか、へっぴり腰どころが尻つぼみの状態。60数年も経たぬ内にはっきりすべきであるのに、先方から見れば承知の上と取られても仕方ない。此処ばかりではない。竹島、対馬、中国との海域も押し切られている。

 どうなる日本。国旗を堂々と翻す事も出来ない国民となり、何処の人かとなり果てている国民の代表が、交渉すら出来ない弱腰では宜なるかなである。目覚めよ日本と言いたい。

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 聞くのも見るのも辛い。何処を回しても重なる報道。確かに恥知らずと言われても致し方なしの体たらく。然し、報道側も口を揃えて非難するが同じ日本人の記者も同席、ならば何故、様子がおかしいと気付いたならば「体調を崩しておられるから一時休憩を」とでも機転を利かさないのか。両側の御仁に於いても然りで、何故、助け舟を出さないのか。

 日本の恥とまで言うならば何故、カバーしてあげる心遣いは持ち合わせないのか。人の落ち度を待ちうけ、喜んで特種としているとも受け取れる。近頃の日本人は見て見ぬ振りの態度が多く「義を見てせざるは勇無きなり」とはお蔵入りしてしまっている。

 競技している選手同士が相手の失敗を心待ちしている如くに思える相手の欠点を突っつき、ほじりだす如き政治家連。出る釘は打たれるとあるが、斯うも打ちっ放しでは強かな御仁と言えども足まで掬われてしまう。

 何故、良い所を一つでも持ち合わせているならば、皆が助け支え、協力して国を運営するべきと思う。学問の知識より知恵を持てと言う言葉もある。良い所があるから総理に押し出したならば、皆が責任を持って任務を全うさせるべく協力すべきである。重箱の隅を突っつく如き非難が多く、情けない。

 麻生下しがが始まっているが、叉も総理が変わるとあれば恥の上塗りで、今回の件どころではなく、信用は丸潰れ、日本の格は下がるのみ。我が党がよければのみでなく、国を考えて頂きたい。

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批判

 次々と報道素材に事欠かない事柄が絶えない。各新聞者の記者や、各局のテレビ、ラジオのキャスターの思惑も入り、聞く側も洗脳されかねない。とは言う物の報道意外に知る由もない。

 はて、どうなって行くのかと思うほどに世の中混沌としている。「まさか」と思うような事が起き、此処まで入り込んで良いのかと思うような言葉も使い、言われれば人権蹂躙と捲し立て、言う分にはお構いなし。政治家から父母会、子供達では虐めと化している。

 何処までで留めるべきかの際限がなくなっている。自由と言ってしまえば留め様もない。物事には限度があり、一線を超えてはならぬ人間同士の法則もあるが、線引きは難しい。

 中川大臣の場合、無理を押して任務を果たすべく出席。此処まではご立派。ご自分では職務に忠実の行動が悪い結果となり、場所柄だけにどれだけの人が理解出来るか。国内での出来事で無いだけに批判は吹き出る。

 記者会見の席での両側の方々は、状況判断で欠席のアドバイスは出来なかったであろうか、又は具合が悪いか、酒酔いかを判断し、代弁は出来なかったのであろうか。

 「父は長良の人柱、雉も鳴かずば撃たれまい」と詠んだ長良川に纏わる逸話を思い出す。

 

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やる気

 「仕事とは」と題し三種あると記事にあった。             ① 一人で出来る仕事。                              ② 人に教えることが出来る仕事。                           ③ 教えて貰えば出来る仕事。  必要な能力は、わかる(知識)。出来る(スキル)。やる気になる(態度)とあった。成程、確かなことである。

 仕事ばかりではなく、高齢者の大部分の方々が「私は年だから」  「私には出来ない」 「とてもとても駄目」 と引き下がる。年だからこそ、成せば成るで出来る様になる。三歩進んで二歩下がっても確実に一歩進んでいる。積み重ねが必要で、雨だれも岩をも穿つと教えられているのに実行に移せない。

 一回ぐらいは休んでもと、得てして自分には甘い。腰椎が圧迫されて激痛が走り、治療を受けつつも中々痛みは薄らがない人が身の回りでも数人居る。医者は「歩かなければいけないし、歩き過ぎてもいけないことを心得て毎日少しは歩きなさい」と。リハビリに通い、リハビリに来宅して貰っても思わしく治らないと言う。

 自分もスクワット中、肉離れして治るのに3ヶ月掛かったが、医者に通ったのは一日のみ、医者の仰せの通り自分で動かなければとそろそろと実行を試みた。人に動かしてもらう事も良いかもしれないが、自分で動かすことで効果が有ると思い、少しづつ気長に朝晩自分なりに動きを組み合わせ怠る事無く行った。半年、一年と経つ内に硬い動きも柔軟になり、最初2~3回も出来ない腕立て伏せが今は35回を限度として無理はしないことを原則として行って居る。勿論呼吸も吐くことから始まり10回は最低繰り返す。放映される柔軟体操の良い所取りをして、手、足、腰、手首、足首回し、前後の動き等を組合している。

 要は、「やる気」であり、自分が自分を動かさなければ、努力しなければ衰えれば自分が困るだけ、痛みも苦しみも誰にも担っては貰えない。自らを励まし怠る事無くやる事である。寝込まないためにも。                                    

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距離

 インフルエンザ予防接種が医師会での独占になっている事に反発している記事が載っており、医師会に加入していない開業医にもと言う事である。成程、医師会加入の開業医では¥2,500であるが他では¥5,000払うとか。地域の医者であれば凡て同一金額かと思っていた。

 今まで不都合に思っていたことは道路一本隔てた向側に医院が在っても、区外であると予防接種は倍額払う。区外の医院は可成り歩くと言う不都合があり融通が利かない。まして年寄りには幾ら奨励されても遠ければ行けない。住居から半径何某かの距離ならばとの融通を持たせることは出来ないのかと思う。

 小学校にしても(現在は幾らか解除された様だが)近くの学校の前を通り抜けて指定された学校へ通う姿を見るにつけ、区をこ異にすれば目の前でも通学が許されない不都合に、知人宅に寄留(事務上)して近くへ通学している例もある。

 小学生なら多少遠くても運動にもなり結構であるが年寄りの場合は近くを選ぶ事が出来る様に便宜を取り計らって頂きたいと思う。

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領土

 麻生総理がロシヤ側と会見し、北方領土に対して話し合うとの事であるが、戦後六十数年当たらず触らず生ぬるい態度に先方は益々態度を強め、押し切られるかも知れないと心配する。

 何しろ相手が相手である。日本劣勢と見るや、今まで提携していたにも拘らず、敗戦数日前(確か八日位前)突如、提携破棄し安心し切っていた満州国境から雪崩の如く侵入し敗戦と同時に男性は捕虜となり、女性は手当たり次第、子供の前であろうが、否応無しに犯され生き地獄であったと引揚者は語る。

 現に知人は女性であることを悟られぬ様、坊主刈りにし、胸は子供のオシメ等で強く巻き、命辛々引き揚げてきた話を現実に耳にして居る。

 ハルピンに駐屯していた従兄弟の話では、ソ連では落下傘部隊が編成され、敵の背後に落下し楽々挟み撃ちに出来、勝利は間違いないとの作戦は日本に当てはめられていたとは知る由もなく、寧ろ凄い軍力と提携しているとの安心感さえ抱かれていた。

 手の裏を返すとはまさしくソ連の態度であり、忘れもしない驚きであった。一度ある事は二度三度と言う。充分相手の言動から読み取る事をして頂かぬ事には、箸にも棒にもかからぬ相手である事には違いない。ゆめゆめご油断めさるな総理様。

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援助

新聞記事にベトナムで日本語を学ぶ人が多く、俳優の杉良太郎氏が私財を投じて日本語学校その他に援助しているとの事である。

 日本語を学ぶ人の中には勿論、介護に携わるべく勤しんでいる人もあり、やがては来日して介護に力を貸してくれることであろうし、人手不足が補われれば大助かりである。

 然しながら、職を失われた人達の中でも介護に志す方もある様だが、間に合わせ的な気持で出来る仕事ではない。相手の気持ちになることは年齢的にも到底出来得ない。相手の気持を読める事が出来、思い遣りの精神が無ければ勤まらない。時には子供より対応は難しい。

 年々老人が増える一方、老人が老人を介護する例は益々増えている現在、疲れきって悲惨な結果を度々耳にする。出来るだけ若者方に携って頂きたい仕事である。

 はるばる海外から介護に来て下さるのは有り難いが、国内で補えない事が悲しく思う。衣食住まで外国の製品に頼る、田畑は休耕、森林は荒れ、綺麗仕事では人員削除、何処かでずれている。修正法は無いものかと案ずるのみ。

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沿岸

 高知県の海岸で大麻を船で運び、先に数人が観光者として入国して受け取る「密輸}であるとの報道記事に、日本の海岸線は三万四千キロ、米国は二万キロと載っている。我が国は遥かに長い距離、四面海であり無防備、雨戸なしの家同然である。

 今回の密輸は住民の報告で捕える事が出来たとあり、海岸線の住民は挙って協力をと呼びかけている。拉致にしても表面に出ておられない、行方不明者で片付けられている人も居られよう。難民者も巡視船に見付からなければ、何処の海岸にも上陸出来、肌の色が際立って異ならぬ以外は見過ごされよう。

 対馬に旅行された人が韓国一色に見え、驚いておられたが、長い海岸線では、地方地方で協力して怪しいと見たら通報し、速やかな処置を取らなければ、世界を襲う不況で密入国無きにしも非ずで、用心に如くはなしである。

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効き目

署名運動して反対しても一向に効果なく、上部が決めた事は突き進んでしまう事が多々あるが、結果として良い事より失敗が多いと感じる。何故、怯む事無く実行するのであろう?国民の声に耳を傾ける余裕も無いのであろうか。元首相の中曽根談は人の話を良く聞く事とか。

 新銀行にしても、多くの人は増資の追加は焼け石に水如きと評していたが押し切られ、築地の移転問題も、食品を扱う場所として不適当と思われる移転先に地下深く掘り下げ土壌の入れ替えに莫大な費用をかけて迄させたい意志の根底にはオリンピック誘致を成功させたい為とわかるが、莫大な投資をしても必ず誘致できるか、報道では楽観は許されない状態である。

 小さな団体の長とされる人が、人の懐から差し出された物で、自分の発想を最善として計画を推し進める。反対しても強さに役員は押し切られ設定しても何等役立たず、飾り物。設備されていると言う「うわべ」の宣伝にすぎす、計画者自身の自己満足と、記録に名前が残る事を名誉とするに過ぎない卑しさが覗える。

 言い出した事をゴリ押しでも通す如く、反対者も強気で、とも思うが通らない、通さない。一体何故?麻生総理の発言で「郵政民営化は私も反対だった」と仰せられるが、長い物には巻かれろ主義で、或る程度逆らっても結果としては靡いている。あくまでも抵抗すれば居た堪れない状況に追いやられ、押し出されてしまうのが落ちである。

 今問題になっている事に対してだけでも国民の声が通れば良いがと一人思っている。

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トンネル

 北朝鮮からソウルへ向けてトンネルを掘削中、とのニュースに思わず耳を傾けた。確か、30メートル下での深さのトンネルが二本掘りつつあり、一本は国境線背後に出られる設計で、緊急事態には北側からと背後から国境部隊を挟み撃ちにする計算との事。

 二本共に掘削を阻止する方法を講じているとの事。凄い費用と労力を駆使して大胆な計画を立てている事に驚く。国民達は将軍様の仰せには絶対服従でなければ生きては行けない、飢えに苦しんでいる人達も居ると言うが、真実であるかも定かではない。大それた計画も人手が無ければ運ばれず、人員が大切である故協力すれば飢えに苦しむことも無いであろう。飢えさせて、協力せざるを得ない手段かも知れず、作戦勝ちである。軍国主義当時を思い起こす。

 新聞には韓国国民はどうやら北寄りが多くなって来ているとか、とすれば万が一の場合、我が国は手も足も出せないどころか素手での状態であれば言わずもがな、さりとて今の日本国民の国に対する思いはどうであろう?生前主人が「此の儘では、何れ日本は消える」と嘆いていた言葉を思い出す。当らぬ事を願うのみ。

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精一杯

盲目と苦境の中から意志を貫徹し、津軽三味線の妙技をパリ、アメリカに迄、招かれ87歳で世を去られた方や、81歳から学んでケアマネージャーの資格を獲得された女性、高齢者になられてからアイデアが商品化され高収入を得られたとか、「凄い」の一言に尽きる。

 ケアマネージャーになられた方の意気込みには教えられる。「私の前には道がある。但し、自分が動かなければ進まない」と、確かである。幾らご馳走を目の前に並べられても、自らの手で口に運ばなければ味わう事は出来ず、労せずして得る事は無い。

 或る新興宗教の信者と称する人が、念仏を唱えていれば病も癒え願い事も叶うと。其の人の従姉妹が不幸を背負っておられ連れてこられたので「申し訳ないが従姉妹さんが治られたらお連れ下さい」。あれから数十年、姿を見せない。

 先日、新聞に派遣切りで「職も無く住む所も無く提供される食事に空腹を凌いでる人が、ぷかぷかとタバコを吸っている」とある。煙草賃があるならばと思いたくなる。

 会社経営者が倒産し家は取られ住むも所もなく一家族、軽自動車の中で飢えと寒さに震えたどん底の生活から、皿洗いの仕事を見つけ、其の働き振りが認められ、店長から現在の店舗を構えるまでになった人が、一杯のラーメンを空腹の人に食べて貰い、其の中から意欲ある人に手伝わせ工賃を払い活気をつけていると言う。

 昔の酷い不況時代、便所掃除をさせて貰い一食に与り其処から立ち上がった人や、土方の手伝いをさせて貰ったりと汚れ仕事を選んで功を成した人は多い。あれこれの好みを棄て自分が動く、動く事の出来る道に邁進する時、道は開けてゆく。先人に学ぶべしである。

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外注

 放映の中で金美麗女史が「私は日本製であるか無いかを確かめ、日本製のみを求めている。外国に発注しないで日本で製作すれば」と雇用に関連しての発言があった。確かにそう思う。

 縫製を始め、電気製品製作、食品に至るまで日本製品は少ない。材料は日本、作成は外国と明記してある。工賃が格安の為少しでも安く売るため、消費者も安い物を求めたい心理を狙っての結果と思う。盛んに生産していた縫製工場は軒並み廃業、此れと同様下請け工場も数軒が一~二軒辛うじて作業を続けている。

 日本の伝統の技もどんどん先細り、手仕事から機会の流れ作業に移り、工賃の安さは南方、中国には敵わない。従業者は職を無くし、安直に派遣会社から職を得られて来たものの、今日のような不況が来るとは予想も出来ない。

 若者に棄てられた田畑は休耕となり、ガスや電化生活になったため蒔きの需要は無くなり、森林の整備も出来ず荒れ放題の山々、消費者は王様との声に囃子立てられ使い捨てを美徳とと勘違いの人々も少しづつ目覚め、しまいこんであるものを取り出し更生させたり、山の整備に乗り出し、木材を利用した新しい燃料と其れを利用できる器具を発案されたり、中高生等が休耕地を蘇生させるグループ作りをして活動を開始したとのニュースに一筋の光りが射し始めた様に感じる

 何とかして流出した物作りが戻り、凡てが国内で生産できるような方向に組織が考え直し、国民を潤す事で国も潤い、余波は世界にも及ぶのではなかろうか。敗戦で何も無い所から這い上がって来た日本、あの頃の活気を取り戻し、人頼みで助け合いも結構ではあるが何が自分には出来るか、「身を落としてこそ、浮かぶ瀬もあり」で、汚れ仕事、労働の中から道が見つかると思う。

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見て見ぬ振り

 対馬問題を取上げている番組の中で「見て見ぬ振りをしている国である」と発言されていたが、国も国民も確かに「見ぬ振り」が多いと感じる。

 かに漁船が流されたと言えども領域外との事でウラジオストックへ曳航されたが厳しい。然し、日本に於いては対馬の自衛隊の基地隣や、陛下行幸記念碑の周辺が韓国観光業者に買い取られても見て見ぬ振り、竹島に於いても見て見ぬ振りどころか手も足も出せない。行政で何とか売買を取り締まらねば、議席云々どころでは済まされない事態が起こりかねない。

 趣味で始めた楽器の研究会に楽器を肩に参加した行き帰り、リユックを背負い楽器を肩に迷惑の掛からぬ場所に立っていたが、何方様も見て見ぬ振りに徹しており、誠に上手である。若く見られたと思うものの私ばかりではなく見るからに老人と判断できる人にさえ席は譲らない。夢中で指を動かし携帯を操作している人、小説でも読んでいるのか画面から目を話さない。周りを見ようとしない人等様々である。

 「勝手でしょ」と言う言葉が流行ったが、座るのも立つのも人其々勝手でしょの気持の表れかも知れない。人に譲っても、譲られようなどとさもしい心を持ってはいけない、腰掛けなければいられないような状態になれば外出致さぬことを心得るべきと感じた。

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