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いのち

 毎日の如く人の手によって大切な命が絶たれるニュースに、手をかける人の気持が理解出来ない。自分の身に引き替えて考える事も出来ない、只、腹立ち紛れなのか、手を下した後、断末魔の苦しむ姿に苛まれないのであろうか、捜査の手を逃れても良心の呵責に責められても平気なのか、不思議に思う。

 生まれた時は、恐ろしい犯罪を犯す人間に育つとは誰が想像できよう。純真無垢な美しい瞳を持つ幼子が何時、どの様にして折曲がり、人の命を蔑ろにする魂の持ち主になってしまうのであろう。

 旧約の時代から戒めを破ったり、妬みにより命を奪ったり、親の溺愛で偽ったり人間の醜さは綿々と今日まで途絶える事無く続いているが、近頃は罪の恐ろしさなど念頭になく自分の心を制する事も、省みる事も出来ない心の赴く侭に行動し、反省の欠片も持ち合わせていないのであろうか。

 生まれる時は家族だけで喜び合うのに、長じるに及んで祝い事が増し加わり、最後を迎えては葬儀と言う儀式は華やかになり、儀礼的に虚栄心も加わり盛大を誇る向きも覗える。然し、最近ではしめやかに内内で済ませる人も多くなってきて結構な事と思う。

 人一人が世を去った後の諸手続きの大変なことに驚く。本籍が住所と異なる場合は、出身地まで遡ったり、その他、社保、金融関係、名義変更と何ヶ月も駆けずり回らねばならない。一人暮らしや、何も無いと言えども居住地での手続きには手間を要する。最近では、一人暮らしの方の亡き後、片付け屋と言う専門職も居るとの事。

 僅かでも財があれば身内の争いの基になりかねないので、生前、面倒でも法的遺言を残しておくのが、残された者への煩わしさを残さない贈り物かも知れない。人の一生の終わりは、何れにせよ大変な事である。

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町興し

 不況は更に拍車を掛け、夕張に並ぶ苦慮を強いられている町が、町興しにに「カジノ」誘致に名乗りを上げている所が二十数箇所あるとの報道に驚く。

 一攫千金を狙つて集まってくる人々が落としてゆくであろうと「取らぬ狸の皮算用」である。「濡れ手で粟の掴み取り」とは決して行かぬもの。上に立つ者がどうして恐ろしいと思われるような計画をするかと呆れる。労して得た金銭による計画ならもっと慎重に考えるであろうに、労せずして集まる金銭ゆえに途轍もない考えが浮ぶのであろう。

 簡保の宿にしても、誘致した場所は人が集まる事を期待していたであろうし、集まった保険の利用価値の皮算用は見事に外れ、挙句の果てには一箇所僅か千円で売り出していると、利息も恩恵もなくなった加入者へ計画者は弁償して貰いたい。

 凡てが余りにも杜撰な計画、ひとつが良いとなれば雨後の竹の子的に便乗する安易な考え、もっと慎重な国民性ではなかったのか、此れが良いといえばそちらに傾く、付和雷同型になっている。

 食料、衣料、住居、職もない敗戦の当時から立ち上がった凄まじいばかりの復興への努力を省みて、地道に這い上がる根性を持って、地域が知恵を絞り復興に努力すべきと思う。

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異変

 ブログ上で常に拝見している投稿者の画面で、例年、積もる雪であり昨年の積雪の場面と雪の欠片も見えない画面を見て驚きと何故か天変地変の予告めいた気味悪ささえ感じた。勿論、投稿者の方も環境問題への政府の手緩さを嘆いておられた。

 然し、其の地域に限らず全国的に温暖化と報道されているだけに余計心配である。CO2を減らすと唱えても東京の夜景を見ても不景気をよそにビル街には遅くまで明かりが点り、宣伝の画面はビルの壁面を占領し、客呼びにに各所ではライトアップと少しも控えている様子は覗えない。時間短縮と雖も本当に危機感を持つなれば消灯すべきで、第一議会に於いても深夜遅くまで引き伸ばし作戦は、国民を苛立たせ、経費の無駄遣いも甚だしく議員方の動きの費用は凡て国民の血税による事は頭に置いていない。

 反対議論をするなら自分達の政策を披露すれば国民は理解し大いに賛同する。何も明らかにせず、只反対では不評を買うのみ。時間内に取りまとめ経費を節約し範を示して頂きたい。

 日本に課せられた軽減割り当てが実行されていない現状、政府、官僚からして実践の姿勢を見れば、国民は知恵を出し合い協力するであろう。此の儘では国土自体崩壊し兼ねない。

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一周年

 昨日の今日は何の日で、韓国留学生イ・スヒョン氏が線路に落ちた人を助けるべく、日本人の写真家と共に助けに降りたが間に合わず、亡くなられた日と報道されていた。

 日本への恨み辛みを持つ韓国で、もっと日本を知りたいと進んで留学を望み、日本の良さを学び日本と韓国の架け橋になりたいと志を膨らましていた青年が、自分の身を呈して人を救う天晴れな精神に改めて敬意を表したい。

 数日前か数時間前かに母親への電話で、日本を案内したいから是非来るようにと話したとの事、日本に学ぶべき事が沢山あるとの言葉を残し23歳の命を落とされ、我々以上にご家族は悔やみきれぬ思いであられよう。然し、ご家族は集まった資金を奨学金として多くの留学生に捧げられている事に、感激である。

 一人一人が双方の国を理解し、友好関係を打ち立ててゆくことを願っていると結んであった。儒教の国、先祖を家族を大切にしている姿を我々は大いに学ぶべきと思う。

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勝負

 久し振りに白鵬と朝青龍の相撲らしい勝負を見せて貰った。朝青龍のやんちゃ坊的と言うか我儘なのか気儘振りには快く思えなかったが、余りにも報道による批判が多すぎ、一人横綱で頑張り、相撲を盛り上げてくれた時代を忘れてしまっている事に寧ろ同情心が湧いてきた。

 他国の地で、先ず言葉から風習、相撲界の仕来たりと学ぶ事多く、厳しき訓練にもめげず、頂点に達し、勝てば騒がれ負ければこっぴどく叩かれる報道やフアン離れ、泣き面に蜂の怪我、おまけに離婚と精神的にも多分に参っていたであろうと思われる。

 危ぶまれていた今場所の勝負には、多少荒っぽい所もありはしたものの、最後の勝ち抜き戦での戦いは双方とも見事な相撲であり、胸のすくような競い合いと称したい。左肘を庇うテーピングも痛々しかったが力を出し切っての戦い、受け止める白鵬も参りましたの礼に良く現れていた。久し振りに国技館を沸かし、満員の会場、町のテレビの前、家庭での観戦者の率は最高であろう。勝利者にも敗者にも拍手を送りたい。「愉しませてくださり有り難う」である。

 愛娘を傍らに、心底からの喜びの笑顔。胸に去来する数々の思いに、こみ上げる涙は当然であろう。「お疲れ様でした」 どうか今回に驕る事無く体力の続くかがり日本の国技の為にも、観衆者の為にも本当の相撲道を歩んで頂きたい。体力の衰えた日本人力士方も指を巻いたりせず堂々と裸一貫、技に徹した相撲道を歩み、力を養い技を磨き、勝利を獲得して頂きたい。

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規制

 傘をさしての自転車運転が規制され、違反者には5万円以内の罰金がきめられ、幼児を紐で確り背負ってならばの二人乗りの規制は緩和されたと載っていた。

 当地では歩道での自転車通行は高齢者と子供は許されている物の、依然として従来通り歩道運転がなされている。しかも後ろからベルを鳴らし「其処退け」とばかりの人もいる。たまに真面目な若者が規則を守り車道を走っているが一車線道路では車運転者の充分な注意が必要と感じる。

 自転車を車道で走らせるならば、自転車専用の車幅線を設定出来る車道巾を有さない場合は寧ろ危険が伴うので、歩道を走らせない規制は有り難いが、安全に車道を自転車運転できる配慮がなされなくては人身事故に繋がる恐れが孕んでいる。

 歩道を運転する自転車の方も、歩行者に心遣いをして双方共に譲り合い、規制に拠らずとも常識的に配慮して、より良い安全を期するべきと思う。

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 「むしゃくしゃした」からと自制心もなく、思い付きの侭、簡単に人殺しをする、何たる世の中に成り果てたものよと嘆かずには居られない。何か事件を起こせば監獄へ入れると安易な考えの持ち主もいる為、監獄は溢れ、新設を計画した都知事の案は反対多数で保留の現在。裁判は一事件の判決までには長期間を費やしている。

 娘を殺害された母親の心中が明かされていたが「死刑」を求める心境の程は当然と思う。首に紐を掛けられ、絞め、殴打しうめき声を上げたとの供述には他人でも身の毛がよだつ惨忍さ。人の命を奪ったものは命で返す事は当然ではないかと思う。死刑にしても命は還される筈はなくても、命が奪い取られる瞬間の恐怖を味わい知ることで少しでも過ちを反省する瞬間があればと思うからで、一部では人の命の尊さからか「死刑」反対の声も多い。

 二度と得られない命である故、命を奪う事は許されない。此の重みを無視して殺害した罪、犯人の命が死刑で失せたとしても、殺害された命は戻らぬ事は確かではあるが、犯人が死の恐怖を味わう事で心から反省が出来るのであれば死刑は必要であると感じる。

 同じ殺人でも情状酌量できる事件もあるが、「死んだ積りで」と努力や、人の情けに縋ったり、発想の転間によって思いとどまる事も出来る筈。一途に思い込むことによって開かれる道もふさがらしてしまう。斯うした結果による事件であれば指導によって再び繰り返す事はあるまいが、私利私欲に絡む事件に於いては終身刑でも恩赦で出所すれば再び繰り返している。

 安易に残虐な行為に走る人間形成がどうして培われてしまったのか、成長過程から調べ、恭儉己を持し、博愛衆に及ぼす教育が土台になされるべきと思う。

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過保護

 小中学生の体力テストで平均より減退していると発表されていた。さも有ろう事と兼ねてより案じていた通りで、今頃になって遅きに失すると言えよう。

 過保護的なPTAの強さに屈してか、騎馬戦も進駐軍の指令に依るものなのか、危険を孕むからと姿を消し、遊具なども怪我人が出れば撤去したり、安全を期するの余り、危険に対する防備の知識など持ち合わせなくしてしまった。

 自然界の動物は、生き延びる為に逸早く危険を悟り、防備する知恵を危険を潜り抜ける事で備わって来る。親はある一定の期間を過ぎれば必要以外の手助けはせず、厳しい自然界の法則の中で鍛えられたものだけが生き延びる。

 消費期限、賞味期限なるものを設定し、期限が過ぎれば質実剛健の人間が自分の舌や嗅覚での判断力を失い、数字にての判断で勿体無くも廃棄する自衛力の無い人間が仕上がってしまった。

 暑さ寒さに対しても、人間の皮膚は対応できる。寒さに対しては鳥肌が立ち、外気を防ぐ戸の役目を果たし、暑さには毛穴が開き汗を出し、体温の調節を量る賢い皮膚であるにも拘らず、過保護過ぎる環境の中で、皮膚は自らの使命を放棄させられ、働く場を失っている。

 温暖化を憂う今こそ、一時に変身は不可能ながら徐々にあらゆる点に於いて人間に備えられた機能を呼び起こし、質実剛健型に戻して行く時であり、勿体無いの精神も生かされると思う。

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ブログと言う不思議な糸

 久しく遠ざかっていたココログ・ブログ。700回以上の投稿に常にお目通し下さっておられたお方のブログは毎日拝見致し、載せられるお写真で愉しませて頂きおりましたが、其のお方のブログに、私如きブログにも関心をお持ち頂き、復帰を望んで下さった事に感謝と感激を覚え、迷っている自分の背中を押された心地が致し、ブログを通しての不思議な縁の糸を深く感じさせられました。

 当ても無く、誰にとも無く、漠然と鬱憤を晴らしてみたり、時には嘆いてみたり、昔を思い出し懐かしんでみたりの独り言にも甘心を寄せてくださるお方がお一人でも居てくださった事に、改めて驚きさえ覚え、空しさから星を見つけた思いが致し励ましを頂き、折に触れ載せたき思いを抱きました。

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