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喪中葉書

 喪中葉書が次々届き、縁故者の先の人の死まで喪中として葉書が来る。喪中の意味を本当に知っているのであろうかと思う。

 忌中とは死者が其の家に留まる又は宙にさ迷っている49日間家人が慎んでいる期間を言い、喪中とは、地方によって異なるが3ヶ月外出も避け、交際も避け、故人を偲び慎んで過す。

 喪に服する家族とは、戸主の統率下にある家の構成員であるにも拘らず、最近では嫁ぎ先の家族、嫁の実家の家族、夫の兄弟の死に至るまで、喪中として葉書が舞い込む。意味を取り違えており、関係者が亡くなると出さなければ悪いと思い違いをしている。

 正しいあり方を電波にでも乗せて伝えない限り、訂正出来そうにもない。一定の期間が有るのに、1月に亡くなっておられるのに葉書が来る。長い期間、謹慎生活を送っておられるのかと?困った事が広まり正しい事と勘違い。何時頃から思い込まれてしまったのであろう。

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医療保険

 麻生首相のご発言で又もや紙上を賑わしているが、嘗て主人も 同じ事を口にし、ぼやいていた事を思い出す。「一寸の事で直ぐ医者に駆けつけ、《誰それは今日来ていないが、風邪でも引いたのか》と言うほど病院好きな人の溜まり場的になっているとの話を耳にする。自分をもっと真剣に管理すれば良い。高い保険料払う分、貯金した方がましだ」と言うのを 「掛からない人がいるから保険料が足りているのでは」と宥めたものだが、無駄遣いされていた事には驚く。

 友人の子息が医者をしているが、「母親が風邪を引いても「風邪に効く薬はない。温かいうどんでも食べ、温かくして寝ていれば治る。」と言われるとの事。風邪が流行るころは、病院で風邪を貰ってくる場合もある。確かに息子さんの言う通りで、ラジオでも度々同じ事を聞き、風邪かなと感じたら、葱を沢山入れた煮うどんに卵かけ、又は玉子酒でもして兎に角、体を休めることに限り、人にも移さず早く治る。

 首相の言わんとする事が理解はできるが、表現のなさり方がお下手である。訳すれば、「余り医者に掛からないで済む様に、丈夫な体作りをすべし」 と言いたいのであろうと思う。確かに、「運動や食べ物を心掛けては」 と助言しても「私は駄目」とか 「出来ない」とか積極的ではない。老いれば体力も弱ってくるのは致し方がないにしても、最後まで努力する必要はある。誰の為でもない、自分が病に負けない体力をつけることで寝込まないで済むと思う。寝込んでしまったら急激に足腰が弱り、気力までが衰え、立ち上がれなくなってしまう事を実感している故に、自らを奮い立たせている。

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耐える

 上坂女史の記載に、嘗ての時代より数段耐える事が出来ない人達になっていると嘆いておられる。確かに其の通と感じる。子供の頃「武士は食はねど、高楊枝」 ひもじくても楊枝を使って、充分な食事を終えて居る態度を示せと言う教えで、物欲しそうな顔をするなと窘められた。此れも我慢の躾である。

 物資が不足の折、一家の主と長男には尾頭付き、主人は一家を支える責任者を尊び、長男は跡取りとしての自覚を覚えさせる躾である。何があってもお父さんの許可を得てからと(実際の主権的なことを母親がしていても)父親、一家の主を立て、権威を持たせた。

 父親の許しが無ければ如何に欲しい物も、したい事にも耐え、我慢が身に付き人の物を欲しがったり、羨む心は醜いと教えられもした。寒さにも耐え多少の怪我などには泣くなと叱られ、虐められたら自分が悪くなければ虐め返せ、めそめそするなと叱られる。自分で物事を判断する精神も自然に培われた。

 子供の喧嘩に親が出ようものなら「子供の喧嘩に親が出る~」と囃し立てられ、逆に子供が恥をかく。現在はまるで逆さま、矢張り耐える事を躾ない方々が、そろそろ出始めたどころではなく、物の判断さえ出来ない人間の率が多くなってきていることに嘆く。

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張替え

 屋根修復に引き続き、10年振りに襖の張替えで部屋も明るくなりはしたものの懐は寒い。年を重ねるに従って出費事項は増えてくるのと反比例に年金は減り介護保険は値上がり、思い掛けない出費に生活は厳しくなる。

 他の物は凌げるとしても、屋根が傷んできた事には修復せざるを得ない。軒だけと思っていたのが、剥してみれば棟も傷んでおり修復には良い時期であったかも知れない。「35年も経れば、どこの家でも屋根は傷みますよ」 成程、納得。

 襖も、少し先に張替えてとも思いはしたが、今して置かないと10年後まではとても覚束ない。あとに残る者の為に今、手をかけて置けばとの思いも有っての事である。この様な思いを持つ年になっている事に我乍ら驚く「何時の間に」と。

 助成金云々と報道が賑やかだが、3年後は消費税が上ると、益々生活は厳しくなる。鼻先に人参をぶら提げられ、其れに吊られて屠殺場へ的な状況に追い込まれ兼ねない不安がよぎる。

 混沌とした行政の渦の中に翻弄される国民になりつつある事に、平和で穏やかであるかの如きに表情の裏に、生活を脅かす何かが潜んで居る感は拭われない。

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盥回し

 盥回しされた後、一人は死亡、一人は未だに意識不明と言う妊産婦、お二人の悲劇。病院の受け入れ拒否により盥回しの末の在ってはならない事件である。

 頼む側、受け入れ側、双方の言い分も食い違いがあり、慌てて電話連絡には言い違い、聞き取り違いも出て来るゆえに水掛け論。所謂、擦り合いに感じるが、一番辛く悲しいのは遺族であり、家族である。

 詳らかに報道している割にと言うか、顕わに出来ないのか分からぬが、妊婦お二人とも脳内出血との事、出産間近まで診断しておられた医者の妊婦の体調はどのような様子であったか、前兆の有無、突然変調を来したのか、懐妊なされる前後の体調管理はどの様であったのかは個人消息ゆえに明らかに出来ないのか、只、結果のみが報道されているが、現在、出産を前にしている妊産婦の方々や家族にとって不安が募るばかりである。

 出産を間近に控えている方々の為にも、状態を崩される前後の様子などを詳しく、例えば、常用薬、食事の獲り方、運動、嗜好品はと、其の一部なりと記事にされれば後続の方々への勧告ともなり、医者側も妊婦の体調経緯が掛かり付け医から連絡に付加されれば手順も手間取らぬと思うが、残念でならない。

 子供の減少期に、折角授かり育児への夢を抱き、出産を指折り数えて居られたであろうに、叉、生まれながらに母の顔も知る事無く、残された家族の難儀さは察するに余りある。 

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ご説ご尤も

 「お坊ちゃま」と題して投稿したが、今日の金女史の提言で「成程」と反省をする。言われている如く、記者達や評論家方達の見解による報道を見聞きしての判断は、現在の経済危機と相俟って身贔屓による批判的な解釈となっている事に気付く。

 女子は仰る、「首相たるものがホテルのバーで」云々と問題にする視野の狭さ、一国一城の首相たる人間が世界の主だった人物達と会合するに、一流の作法を知らずして伍しては行けない。村山元首相が、首脳会談後の晩餐会で突然理由無しに欠席された。其の席に伍して行けなかったのでは?

 我々の首相ではあるが、日本を世界にアピールする方でもある。寧ろ首相を支える各大臣方が国民の為、首相の手となり足となって国民への配慮を綿密に行き届く為の行動力を発揮願いたい。

 これ等を鑑みて、日本国と言う船の水先案内人としてを見回すに誰?女史の言われる如く麻生首相が適役であるかも知れず、ジャーナリストの言葉に惑わされる事なく確かな判断をもつべしと反省する。

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記者会見

欧州ご訪問からから戻られて、初の記者会見をなされた昭和天皇のお写真と記事が載ったお姿を拝見して、終戦当時「私は、現人神ではない」と宣言されたお言葉を思い出す。

 今では想像もつかない、叉、戦前は畏れ多き事と且、有り得ない状況、大勢の国民に揉みくちゃにされながら、お帽子を持つ手を高く上げられ、大きく振られながら接しておられたお姿は国民と一体になったお喜びに満ちておられたと感じ、国民も非情に近親感を覚えた。

 然し、此れも束の間の出来事で、宮内庁のお計らいか、国民と直に触れ合う事などは畏れ多き事、直に国民と接しられる場は、葉山か軽井沢に限られてしまい、ご公務として宮内庁?かによって組まれたスケジュールをこなされるお忙しさ、ご自由に選ぶ事もお出来になられぬご不自由は、さぞかしとお忍び申上げる。

 父母とも生活できない特殊な仕来りを打破なさり、精神的打撃を受けられつつも現天皇を支えられておられる美智子妃には敬服申し上げる。お二方様共々ご健康にてお過ごしあそばされる事を只管祈る。

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