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お坊ちゃま

 期待して昨夕の記者会見を拝見、矢張りお坊ちゃまであり、庶民の生活への理解は到底無理。首相ばかりでなく、お家柄とか二代、三台続く裕福な家庭に育った方々に理解出来よう筈も無く、期待する方が間違いであろう。となると、民主党の党首も然り、上位に位する方々は庶民の暮らしを経験した方は居られない。資産を見ても格段の差がある。

 首相の政見に拠れば聞こえの良い部分は有る物の、本当に満足どころか、付けが後から回ってくる事が読み取れる。高速道路を¥1,000にすれば道路は混むことは必然、CO2協定に相反する。一律に妊産婦の献身回数を16回無量にする。此れは所得に応じてでなければ不公平と言うもの。

 各家庭に一律6万円の補助、此れも可笑しい。所得に応じるとか住居の返済を抱えているとか、老人介護の負担に苦しんでいるとかの経済的に喘いでいる人の条件をつけなければ一律とはピンからキリまでとなると余りに杜撰な計らいである。

物流運搬の業者が遊びの為でなく、生活物資の運搬で利用する高速代金を、遠くまででも¥1,000なら物価への好影響もあろうにとぼやいていた。

 英断を下したと思っておられるであろうが、庶民には絵に書いた餅如きで、無駄遣い的発想の付けが3年先、消費税を上げて賄うと、街行く人は今の無駄な発想を止めれば、消費税を上げずに済むであろうにとぼやく。

 消費税も贅沢品、娯楽品、遊興、等に掛け、生活に無くてはならぬ物、食品類、此れに関する生産への必需品などは免税にするとか生きる為への援助法をもっと真剣に考慮頂きたい。

 人間の体も老いれば其処此処故障で医療費が嵩むが保険料は値上がり、年金生活者の懐を脅かす。住まいに於いても古くなれば屋根が傷み屋根取替えの修復に想定外の出費、耐震補助も結構ではあるが朽ちてきた家の修理補助も考えて頂きたいものである。せめて修理額によって一年間だけでも税を免除願えないものか、修理しなければ先日のニュースの如く、老人の住む家が自然崩壊、幸い助け出され命に別状は無かったが住む家は無くなる。斯うした例は今後数多く出てくると思う。後藤新平氏如き切れ者の政治家が出ないものかと、期待するだけ無駄かも知れないが

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 現在地に移転の35年前迄は、我が家には庭とお勝手に井戸があり、毎年保健所が調査に来たり、持参して水質調査が行われていたが、後期には飲料水にはこのましくないと言われ、水道を引き井戸水はお風呂、洗濯、水撒きに使用していた。

 あれから三十数年後に関わらず、食品会社が使用している井戸水には害のある物が含まれていると言う。何故、保険所からの検査が無いのか、検査を受けないのか、当時でさえ飲料には可成の深さを掘らなくては使用出来ない。

 雨水そのものにも有害なる物質が含まれ、水脈に届くまでの土壌の濾過力も可成衰えて来ている筈である。にも関わらず、地下水は万全と思い込みなのか、万人向けの食品作りに何の躊躇いも無く使用するとは驚きである。

 例え微量たりと言えども、長期とも成れば何らかの変化が生じかねない。石綿にしても当時としては画期的素材であり、竈の煙突には一般家庭に利用され、石綿のコンロさえあった。製作者達が行程期間に長期に亘って就労され、後になってじわじわと体が蝕まれていたことが判明したのと同じくに思える。

 今迄は、の慣れと言うか、大丈夫との思い込みの怖さを知り、改めて、「はてな?」との疑心で諸作業を見直す必要があると感じ、消費者も安直に手に入り、安値に誘惑されず、手抜き料理を好まず安全な食の為、娯楽の時間を割いても手間を掛け、野菜も葉も皮も使い切る手料理を工夫したり先人に教えを請い努力すべき時である。

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医師不足

 八箇所の大病院から拒否され、我が子との対面も叶わずして亡くなった36歳の女性の報道は、此処三日間続き心が痛む。何事に於いても事件が起きてから騒ぎ出すが、取り沙汰されなければ問題視なされず、悲劇が起きても通過してしまう神経の図太さも感じる。

 20年程前は医師が溢れており、医者希望者を規制すると言う話も耳にした。一人前の医師になるまでには並みの給料は貰えず、不足分を補うのに夜勤をして稼ぐ為、教生の医師が沢山夜勤に就いていた。

 当時からも耳にする事は、医者になるには学資や医学書購入、生活費とで莫大な費用が掛かり、一般家庭の姉弟には幾ら希望しても望みは叶えられず、金持ちか医者の家庭からでなくては行かせられないと言う。医者になりたいと希望しても費用が続かないので諦める。財産家の姉弟のみが入る故に、当然数は減ってくる。

 最近、腹立たしく思うのは折角医師になりながら、犯罪者になったり、資格を持ちながらタレントとしてきらびやかな衣装をつけ、彼方此方のテレビ局の回答番組で秀才振りをほのめかし、「医は仁術」の心得など微塵も無い。予行と出演時間の余裕があるなれば、不足の夜勤に就いて貰いたい。

 3年間ほど人体の医学的学びをした後、専門コースを選ぶと聞く。専門部署でなくても医学的知識は持っているなれば部署が違っても緊急処置はできる筈。今朝のニュースでも緊急の場合は部署外から召集すると報道していた。

 益々医師不足なる状態の現在、医師の仁術に徹する志しある若者を援助する足長おじさん的篤志家が居ないものか、政府において奨学金の額も費用に応じて増やすとか、何等かの援助方法を取らねば医師不足はもっと深刻になる。急がねば間に合わない。今日明日に腕の良い医者が仕上がるわけには行かない。勉学し、経験を経て一人前になるまでの期間を要する。急いで欲しいと切に願う。

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ラジオ体操

 ラジオ体操開始80年との事、時の経つ早さに改めて驚く。体の弱い私の為、鉄道の駅に近く、温泉場への交通の便利なある町へ移り住み其処の小学校へ通う。

 或る日郵便局からラジオ体操奨励で図解入りのビラが配られ、学校では朝礼時には必ず体操が実施された。町全体でも実行される様にとの計画で、歌舞伎座にも匹敵する町一番の劇場(昔で言う芝居小屋)で実技指導が行はれる事になり、三つの学校から二人づつ選ばれ舞台上で模範体操をすることになり、其の内の一人になった。

 数日後、褒美として一冊のアルバムが届いた。紫色のビロードの表紙、右開きの横長で表紙の裏には金文字で、「ラジオ体操記念」郵便局と書いてあったと記憶する。大切に私専用に用いていたが、戦争たけなわ、荷物を減らすべく中身を剥ぎ取りアルバムは棄てた。今思えば残念ながら、当時としては感慨に浸っている余裕は無い。

 品物は無くても当時の事は昨日の事のように記憶に残っている。ドキドキした事、「ラジオ体操ヨーイ!はじめっ!タァンカ タァンカ タンタン タァーンタン」と当時の伴奏曲も聞こえてくる。懐かしく、忘れ得ぬ思い出でもある。

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修復

 知人からの電話で、40を過ぎられた娘さんのご主人の実家で屋根が傷み、修復の費用を出してくれとの事に自分達の生活で一杯なのに出せないとぼやかれたとの事、建て替えられてから36年経つと言う。

 身につまされて伺ったと言うのは、我が家も35年目にして屋根が傷み、取替え作業の真っ最中。軒先だけが傷んでいると思いきや、トタン屋根を剥したら棟も傷んでおり、総取替えの予定であったので下板取替え費用が加算されたが外壁塗装、樋も取替えと大出血。

 一時は買い替えもと考え、子供達に相談したが、生活の面倒を見ていないから何とも言えないとの事。勿論、同居の娘夫婦は持っていないからと始めから予防線。自分で考える他なしと修復を決定。

 昔は、本家が台風で損害を受け、援助するのは当たり前と心得、搾り出す思いで送金した。主人の生まれ育った本家を守る一端を担う事は当然との考えを持っていたが今は、自分達本位の考えである。

 何故、斯うも考えが変わったのかとつらつら思うに、年金の無い頃、跡取りが両親を見る事が義務的に感じており、娘だけなら養子を取って家を継ぐ事は暗黙の内に了解されていた。次男三男は口減らしといって働きに出るのが当然と受け止めており、不満も無かった。

 核家族となり、財産は平等と言う制度と年金制度で、親の面倒を見る責任感覚は無くなり、親の年金さえ当てにする人間さえ出て来る始末。亡くなれば財産分与で血肉の争いも起きる話しは多く、乱れたて居ると言う他は無い。

 一緒に暮らして貰え、穏かに過す事が出来れば上々、迷惑を掛けないよう自身の健康は自身で充分管理し、迷惑を掛けないよう絶えず自分自身の修復に心掛けるべしと自身に言い聞かせる。

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憂う

 紙上に対馬の現状が報じられていた内容に驚き、「やっぱり」と心配していた事が着々と行われていた事に憂う。

 竹島の問題も60有余年を経て騒いだ所で、先方は国旗は勿論、建物も建て、観光地として存在を明らかにし、韓国民に国領と印象付け、幼稚園から独島は韓国領土と歌わしめ、独自の領土としての印象を植え付けている。

 我が国は腫れ物に触る如く傍観のみ、何ら術なし。報道に因ると対馬の土地を韓国の資産家が広く買い求め、ホテルを建て韓国人の観光地とし、民宿も数件、リゾート地として広めており、天皇行啓記念碑がこれ等の施設に挟まれ、ひっそりしており、土地の買収は広がりつつ有るとの事、建築にも施設にも土地の住民が雇われ、少なからず潤っているとある。

 何故、狭い土地、しかも韓国に近い国有島を日本人ならぬ人に売り渡して良いのであろうか、全土を買われたら一体どうなるのであろう。又もや見て見ぬ振りで過すのであろうか。

 陣取り合戦的、現在の政治家の有様に国民は翻弄されつつある。一度やらせてみるかと思わしめる様相も漂い始めているが、よくよく見詰めると、党が換われば必ず日本は良くなるの一点張り、どう良くなるのかの内容は明かさないのか、無いのか単に陣を取りたいだけなのかと疑う。

 斯うした政治家の陣取り合戦のお遊びに夢中になっている隙に、ひたひたと銃なくしてせしめる方法に気付かずに居るのか、其れよりも我が党大事と夢中になるには余程のメリットがおありなのであろうかと勘繰りたくもなる。日本は、やがて無くなると何度か耳にする言葉が現実とならぬことを願うのみ。

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呼称

 三日程前の新聞に、呼び名にこだわり過ぎている事が書かれていた。「高齢者」「老人」「年寄り」「後期高齢者」と様々。老人に対しての気配りであるかも知れないが、呼び方より扱い方が問題で、要は、老人を言葉だけでなく対応を粗末にしないで欲しいと言う内容であった。

 確かに其の通りで、何れの呼び方にせよ老人であることには違いない。近頃の高齢者には可愛気の無い人もおり、若者の行為を素直に受け入れず若ぶっている姿も見受ける。席を譲られたら例え次に降りるにせよ、行為に対して心から感謝を籠めて受け入れるべきと思う。

 譲って良かったと、ほのぼのとした思いを与える事も年寄りの使命と思う。席を譲るにしても今では勇気ある行為で、態度に表せず気付かぬ振りをしているのであろうと感じる。当たり前の行為でも感謝をされれば心の中では満足感を味わっているに違いない。年寄も力み過ぎず、可愛らしき年寄りになる事も大切と思う。

 「痴呆」も「惚け」も同じであり、呼び方を変えても扱い方には変り無い。呼び方より、斯うした病に犯されている方への接し方の心遣いを心得ておく必要があり、4~5人に一人は発病するらしく自分は大丈夫ではなく、老人人口が増えつつある此れから、老人が老人介護者となる事態は始まっている。

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地デジ

 聞き取り調査で、公団に住まわれる中高年の女性の憤りは集団住宅の方々を始め年金生活者も同じ思いを持っていると思う。

 3年後に迫る地デヂへの切り替えで、今までのアナグロは見られなくなると言う。チュウナ~を取り付けるか、買い換えるかととなるが、この婦人は現在のテレビに¥10,000のチュウーナーを取り付ければ良いと言われたが、公団住宅の現在の共同アンテナを撤去費用と新しい設置費用とで一軒当り二十数万円掛かるとの事で、年金生活者には支払えない金額と憤る。

 建設された当時は、活気もあり子供達の声も聞こえた時代は過ぎ、殆どが高齢者、負担は重過ぎる。唯一の娯楽のテレビも見るなとの事かと憤慨していた。

 何故、地デヂに切り替えなければならないかの説明は、子供ニュースの時間で、お父さん役が詳しく説明していたので成る程と理解出来たが、一般には行き渡っていないし真剣に受け止めてはいないらしい。

 経済上の都合もあり、一時に切り替えるのでなく余裕を持たせての切り替え方法は出来ないものか、切り替え予告は確かに何年も前から耳にしてはいるが、実施に伴う費用の点では家庭の状況、経済状態も考慮に入れて、年金生活者に又もや負担の掛かる事柄を緩和できる方法が取れないかと、幾らアナログ回線が満杯になったと言え、徐々に移行して行く事が出来ないのであろうか、素人には分からないが、切羽詰っている人も多くいることは眼中になし、切捨て御免のやり方に「お前もか」と感じる。

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整理

 屋根の下板が35年目にして傷み、取り替えなければならぬ状態で、一時は買い替えも考えたものの老いてからの転居は痴呆を誘発する事が多いと聞き、修理に踏み切る。

 此れを切っ掛けに身辺整理の必要を感じ、一昨日から始める。使わない道具、押入れに入れた儘の寝具類、箪笥の肥やしの衣類、特に2-3度使用のみの江戸褄(夏・冬用)袋帯、母、からの錦織帯。母の時代からの役者似顔押し絵の羽子板数枚、吉右衛門、猿之助、福助、幸四郎、菊五郎と何れも先々代の十八番芸の役どころ場面。昔は天井が高く、長押に三尺、二尺五寸物と大きさの順に並べて、お正月を待つ行事の一つでもあった。

 将棋の大中小、小は今で言う携帯用。昔の釜、セルロイドの30cm程のサンタクロース、謡曲の見台、常磐津本、謡曲本等々。どれも此れも思い出が一杯詰まっているが、伝えたくも受け止められる時代では無くなっている。残した所で処理に困るであろうと思うのは母の亡き後、処理に困り(時代の差)棄てるに捨てられず、今も多少残っている。

 潔く専門業者に託した。娘が写真でも取ればと助言があったが、自分の脳裏に留め於けばそれで終りと、何かの場合にと業者の写真は撮り置いた。諦めを含みながらも重荷が降りた気もする。

 お金には全くならぬらしいが棄てずに持って行ってくれただけでも有り難いと思っている。

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思い違い

 「思い違い」と題しての記事に「終戦」ではない「敗戦」であり、自由と言う言葉の思い違いで礼節も家族愛も棄て、個人主義の時代になってしまったとある。全く其の通で、自分の都合で親が子を、子が親を、恩を受けようと情も無く殺し合い悪びれもせず、自由に振舞う「自由の思い違い」も甚だしい。肉親への犯罪刑は一番重く、妊娠中絶は監獄行きであった。

 平等は相続権争いを起こし、親を面倒を見て最後を見送り、面倒を見ない子供等が相続権を振り回し、住んでいる家を売らせてまで分割させる状態に追いやられ、兄弟が犬猿の仲になっている例は少なくない。平等を振りかざしている。

 戦前は、跡取りが家を継ぎ、大勢の兄弟は其々に独立しており、本家は永続できたが、今では跡取りが戻って来ず、遺産相続で家屋敷を手放す羽目になり、伝来の土地を手放さざるを得なくなっ居る人も多い。

 昔は家系を大切に、血統を重んじ、家名に恥じない行動をと誇りを持った。裕福であろうと貧乏であろうと先祖様への感謝と名を汚さぬ事を重んじた。今では何たることか、家を棄て家族を棄て、一人路上生活に身を投じている輩も居る。何処で、どう取り違ってしまったのか。

 結婚式場予約も取り消しが多いとか、縁あれば一生添い遂げる心構えも失せ、芸能人の報道が多過ぎるので耳慣れ、平気で離婚は当たり前の如くおおっぴら、恥じらいなど微塵も無い。貞節は軽んじられ、結婚の意義もお互いの責任感覚もまるで無く、野鳥にも劣る行為が巷に溢れているとは情けない。

 新聞の一説に、赤線廃止が乱れや、病が蔓延している原因で、検査の行き届いた地帯の復活説が載っていた。出会い喫茶も如何わしい営業と摘発を受けたが遅きに失する。

 思い違い履き違いが当然の事のように思い違いされ、家庭のあり方、核家族を元に戻す方法はあるか?政府が奨励金でも出して打ち出さないことには崩れっぱなしの将来、子育て以前の問題で結婚を回避している人が多い事を打開する事が先決の様である。

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ハリス

 実話である「唐人お吉」の生涯が放送された。開港当時ハリス来日に、人身御供として美人なるが故に白羽の矢が立ち、言い交わした人との仲を裂かれ、お国の為と身を呈し、ハリス帰国後は唐人に身を任せた穢れ者として蔑まれ、身の置き場無く下田の川に身を投じて命を絶った開国当時の犠牲者である。何時の世にも政治の「出し」に使われる女性は正妻にしろ、側女にしろ後を絶たない。

 敗戦直後、マッカーサーが来るにつき「お吉」的存在者の選択が話しに上る。先ず、花柳小菊と言う女優が選ばれたが彼女はきっぱりと断り、立派と心で拍手を送る。次は、三益愛子と言う女優、当時は有名女優ともなれば結婚も出産も隠密裏、今の様に公表すれば命を絶つのと同じで干乾にされる。白羽の矢が立った時点で川口松太郎氏夫人と始めて公表され一般人も吃驚、女優からの候補者は消えた(表向きは、噂もなくなる)

 敗戦後、撮影所も復活し、野上千鶴子主演で題名は忘れたが慰安婦の実情を映画にした作品で、戦場へ赴く未婚の兵士にとっては励ましとなり、この世の名残として軍が公然と開設した遊び場で、人身御供になる女性は、お国の為と駆り出されたり、志願者を募ったりで戦地に赴いた。勿論内容は明かされぬ侭に赴いた人は多い。

 他国の方は「慰安婦」への賠償問題として日本国を訴えているが、何十倍の日本女性が憂き目に会っているし、其の為に病に苦しみ心から平和を感じ得ない人達の居た事を忘れられない。堂々と賠償請求できない、身を明かせない人達の苦しみに、保証も無く苦しみを抱えながら懸命に生き抜いた戦争犠牲者は、軍人ばかりではない。軍人は恩給を貰えたが、口に出せない縁の下的犠牲者には何ら手当ては出ず、泣き寝入り、他国の人の様には口が裂けても言えない苦しさを味わっている方々も今では残り少ないと思う。

 斯うした事を思うにつけ戦争の惨めさ、辛さはまだまだ癒えていないが、陰の犠牲者の事を知る人が少なくなって来ており、陰の功労者の事も忘れないで欲しいと思う。

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豊作

 天候の加減で今年は豊作とのニュースに続き、米余りとなるとまたしても減反を強いられると付け足していた。

 事故米を輸入し、被害が全国に行き渡っているニュースがある中、何故豊作の年に国産米を確保、保存処置が取れないのか、お付き合い的に粗悪品でも断れない弱みがあるのか政府の遣り方と言うか、判断と言うか不思議でならない。

 有害な品物であれば返品すれば良い。国の生産を抑えてまで何故、輸入しなければならないのか、国産で不足分を補う為ならばわかるが、米、粉、牛乳等、生産過剰で棄てさせ、コスト調整とやらで野菜も土に埋めさせ、乳牛の数を削減、現在バターが店頭から姿を消すほど生産不足と言う。何事によらずアンバランスの方針を打ち出す。

 後で、後での行政で泥棒を捕まえてから縄をなう方法であるが故に何処か抜けたところが出てくる。素人でも分かる三竦み状態の現在、政治化が政権争奪戦を交えるどころの騒ぎではない。政府が頼りになになら都道府県単位で見直しをやらねば間に合わぬ。

 役人の無駄遣いを止めて、人手のない農家へ手伝いに出向かせる農家の跡取りには報奨金を出すとか何等かの手を打たないことには後継者が居ない。まして近頃、病院閉鎖が過疎地に襲い掛かる。年を取るほどに病院は必要であるにも関わらず、運転する人も居らなければ病院に運んでも貰えず、地方へ行くほどに行政は届いていない。

 どうなる此の国はと憂う一方では、政権を我が党に、渡すまじとの戦いのみで国民にはお構いなし、いっそ、各県ごとに最善をつく手段を考え不足予算を申請し、成果を競い良い結果を生む県を見習い、向上に勤めては如何なものか、素人の考え休むに似たりではあろうが全く歯がゆい昨今である。

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