« 介護側 | トップページ | 実施 »

袖の下

 何時の世でも「我田引水」の為に袖の下を遣う醜い行為は止まない。又もや、教育者たる者が行うとは、だが「蛇の道は蛇」で内容を知り尽くしているから容易く出来、通々であるから、ばれる恐れは無いと思っていたのが、何処からか通じ、露見となってしまったのであろう。

 何十年も前からもあった話、「試験は受けて下さい。もし、合格したら百万円学校へ寄付して下さい」 「勿論です」。勿論合格しているのが通常とされている事を耳にしていた。学校への寄付で聞こえは良い。

 袖の下を遣って親の虚栄心を通した所で、袖の下を遣わねば入れないような学校に入れても、果たして内容について行ける学力があるのであろうか、勿論、最後まで袖の下が巾を利かし、難無く卒業出来るかも知れないが、学校が誇りとする教養が身についているであろうか、この親にしてこの子ありで自分の程度より、学校を出たことだけで傲慢になるのではないかと案じる。

 金銭をばら撒き、望みを叶える醜い野心は選挙を始めとして至る所で見られる。受ける側も出す側も凡て慾に引かれて誘われ、適切な判断力を失ってしまう。詐欺に引っかかるのも元は慾が凡て原因となっている。

 宗教家に至るまで金銭が纏わり付く。説教は学んだとおりの話し上手であれば偉さを感じ、その人の内面を見破れず、汁を吸い取られている件が目に付く。宗教家に限らず人を教える側に立つ身は、先ず己を制すべしである。

|

コメント

拝啓
 今日も暑く、自分なりの梅雨明け宣言を行うも、未だ早いでしょうか。又、気象庁は、自信なさそうな表現を使いますね。
コメントありがとうございます。昨日から今日にかけて、だいぶ回復いたしました。一所懸命に生活することで、時間をかけることで、自分をとりもどすことはできるでしょう。
                      敬具

投稿 chaoちゃん | 2008年7月 7日 (月) 22時09分

コメントを書く