子供
投書欄に大阪の中年夫人が電車に乗った際、途中から小学低学年生が一クラス乗ってきた。内心「騒がしく嫌だな」と思ったが、静にしており、空席に誰一人腰掛けない。丁度、前に立った生徒に「腰掛けないの?」 「はい」 「決まりなの」 「お母さんに言われています。先生からも、皆の迷惑にならぬ様と言われています」 家庭教育の大切さを感じさせられた、とあった。
親によっては席取りを命じ、子供は大人をかき分ける様に乗り込み、席に手を広げ「早く早く」と親は悠然と腰掛ける。混んだバスに乗って来た子供が、席がないと駄々をこねる。席が開くと老人寄りも先に我が子を座らせる。譲る精神などまるで無い親の躾を受けた子供の将来が思い遣られ、情けない。歩けるようになった子供は、立たせておけばバランスの取り方を直ぐ会得する。
小さい時に親が腰掛られた際、膝の間に体を入れて支え、バランスの取り方は教えられなくとも自然に身につき、今以て、席が無くともバランスを取る事が沁み込んでいる。幼い時の、人間としての教育が行き届いていない親が多く見られる。
買い物先で、四ヶ月と言う幼児を胸に抱えた親子に出会い、思わずあやした、母親は笑顔で会釈してくれた。子供の瞳は黒く、穢れない美しさに澄んで見えた。生まれた時は皆、穢れなく瞳の如く心も澄んでいる。知恵が付き始めると、して欲しい事を訴える。この時期から人格が備えられる年齢までの家庭教育が一番大切であるが、保育園なりに預ける。せめて三歳児まで親の手元で育てられるよう政策に配慮が為されれば、孤独に悩む少年少女は少なくなるのでは、「三つ子の魂百までも」である。
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