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原点

 温暖化、CO2と騒がれ、国内産の食品たるや生産量は僅か3割に過ぎず、凡て海外に頼っている現状とか。減反制度が徹底し、跡継ぎは家を離れ汚れ仕事は好まず、一旦楽な仕事に着けば再び戻る人は殆ど居ない。例え戻ったとしても畑だけでは生活が難しく、戻りたくても戻れない状況が阻んでいる。

 辛うじて踏み留まっている農業生産者は、需要者の好みを満たす為に、季節外でも収穫できる各種の野菜作りに苦心する。結果としてはCO2を排出、石油値上がりで値上を余儀なくされる。消費者は物価高に悩み、安い輸入野菜に走るの悪循環。

 戦前を思えば戦地に駆りだされ男手のない農家には学生が田植や害虫取りをし、収穫は国防婦人会が稲刈り、脱穀と手伝う。寒い土地意外は二毛作、麦踏を手伝ったり、麦刈りの後が田植となる。田圃の畔には枝豆が植えられていたが、今のように機械での田植では細かい作業は出来ないらしい。

 昔と違い、凡てが良質になり、贅沢な味に慣らされた舌は更に上を望むが故、肥料に費用をかけ、品物高は留まらない。原油が高くなり、生産国は出し渋り、値上に拍車を掛ける。地下資源の埋蔵も限りありで更に獲得権の奪い合いの兆しも見える。こうした情勢の中、少しでも自国生産で需要が満たせるべく、国を挙げて国土利用に力を注ぎ、消費者も生産者も凡てに於いて協力すべき時と思う。

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闘い

 難しい病名だが、癌に侵され眼球と瞼まで摘出の大手術に耐えたのが5年前、2年後の入院では全身に転移、薬害に耐えながら自宅療養、6月半ば、体調を崩し肺炎を併発して身罷った知人、我慢強い夫人ながら「こんなに苦しく辛いものか」と一言洩らしたものの、何時も穏かに過されていたと聞く。

 ご主人は車椅子の生活で95歳、最期を看取る事も適わず、ご遺体をご自宅へ運び最後の別れ時に「やっと楽になれたね」と手をさすりながら言われたと心中の辛さ、寂しさ如何ばかりと察するに余りあり。

 紙上で「癌による死亡」とあっても、壮絶とも言える病との闘いの様子は窺い知れないが、癌も広がりによっては厳しい事を知る。健康である事が不思議な位恵まれている事に、深く感謝せざるを得ない。心痛む昨日であった。

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逝く

 古くからのメンバーで、私と生まれ月日が同じである夫人が90歳を越したご主人より先に逝かれ、ご主人の気落ちはさぞやと察する。午後1時からの葬儀である。病名は分らないが、癌研に入院であったと聞く。

 たまたま、今朝の放送で、夫人に先立たれた男性の平均生存率は2年、ご主人に先立たれた夫人の生存率は平均17年。主人に束縛された生活から解放され、伸び伸びするからであろうし、かたや男性は頼りきっているつっつかえ棒的存在の夫人に先立たれては、支えをなくしてしまうからで、人と言う文字にしても書き出し側は男性、右は女性と見ても分る如く、短い右側でも無くなれば一溜りもなく倒れると話していた。

 長く生きるほどに、人との別れは度重なり、年毎に葬儀への出席も大儀に感じる。最近は、身内でなくとも黒一色に身を包む。仕舞い込んである衣装をを取り出しアイロンをかけ小物や靴を揃えてと、考えるだけでも疲れてくる。出席云々も相手によっては義理も欠かせない。見送ってあげたい気に駆られもするし、重荷にさえ感じるのも歳の所為か、情けない。

 其の点、主人は達観しており立派と改めて思う。皆に迷惑は掛けたくないし、家族以外にお棺を覗き込まれたくない。葬式は家族だけで見送って欲しいとの言葉を守った。が、然し、知らせてくれればとの声に一般的葬儀を出さなかった事が良いのか心に引っかかるが、主人の言葉に従った事で良いのだと言い聞かせている。

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海亀

 海亀のメス化について報道され、絶滅の危機が心配されている。29・7度の温度が性の分岐点で、最近の温暖化でメスに変換する海亀が多く、叉産卵の場所も荒らされ減少の一途を辿っているとの事。

 海亀ばかりでなく人間の良識も崩れ、事業への意欲は貪欲に変換されて来ている事に驚く。個人エゴ、集団エゴ、企業エゴ、地域エゴ等が野放しになっているとも報道されているが、範を示すべき大人共がエゴの醜態を曝け出しては、全うな次世代が育てられる筈が無いが、「他山の石をもって、玉をおさむべし」と受け止められる次世代が如何程居ようか、諭すべき年代が狂い始めており、他山の石とすべきを諭せる年代とは同居しておらず、伝えようが無い。

 小学生の投書に、「ハンドルが絡むように置かれた自転車置き場で、買い物をした人が自転車を出そうと苦心していた折、横の自転車がドミノ倒しとなり、この少年はどうして良いか分らず、すくんでしまった折、一人の青年が飛んで来て体を入れて倒れてくるのを止めた行為に、自分もそうした大人になり、困った人の手助けをしたい。」と。美しい行為に見習う決意をする少年の言葉にほっと心が癒された。

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何故

 又もや惨事。最愛であるべき家族を最悪の、しかも団欒の家庭を悲劇のどん底に沈めるとは、何故?考えられない。

 確かにお父さんは臭い、嫌いだ!側に来ないでと言う今時の家族の会話を耳にする。私の育った年代では在り得ない表現であり、禁句でもある。一家の柱たる主人、父親に対して妻は仕え、従い忍耐して過す姿を子供達は母親を憐れみながらも、父親とは偉い人と、尊敬の念を持たせたのは母親の子供への教育の一端であり、父親の権威を保たせ、父親の許可がなければと我儘も抑えられて来た。

 然し、権威を持たせず「女、賢(さか)しくて牛売り損なう」的で、権威は母親が持ってしまう家庭が多い様だ。女性の進出は大いにあるべきだが、一家に於いては主人の価値を高める、主人は主役、女房は脇役に徹する事で丸く収まる。

 生まれも育ちも異なるもの同士が結ばれ、凡てが満足である筈がない。お互いの不足面を補い合いつつ家庭を築き、次世代を確り育てる責任がある。「父さんと母さんとどっちが好き」と問うのも愚かであり、夫に対しての愚痴を子供に聞かせること自体母親失格と言いたい。子供の父親の悪口を聞かせて良いであろうか。夫への不満は耐え、子供が長じて判断がつく年齢になってから話せばよい。

 「邪魔者にされている」と、父親としての存在感も失せ、必要とされない孤独感に苛まれ、分別力を失い惨事を引き起こしたと推測する。誰かに胸の内を話せる人でも居れば悲劇は起こらなかったであろうが、居場所のない孤独に追いやられ凍り付いてしまっては人に話すことも出来なかろう。再び悲劇の起こらぬことを願って止まない。

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繰り返し

 飛騨牛と偽ったり、上肉に見せかけたり見付からなければ手段を問わずで、利益に走る遣り口は後を絶たない。使い回しも次々と、果ては注射針まで、「お前もか」である。

 銘柄に拘る人、高級志向人も多く、贅沢を良しとする人々へ高値で取引できる商品は、商人にとって絶好の儲け口である。銘柄といえば偽物を出されても判別出来ない裸の王様其の者を見透かし、手玉に乗せ、乗せられて、何億と言う利益まで与えてしまっている。

 贅沢は敵だと質素を旨とし、物資不足の折には配給で手にする肉たるや、干乾びた様な肉切れでも行列を作って配給を手にした。二・五合の米の配給では足りない家族は米と肉、砂糖と交換した時代から見ればまるで夢の話。

 TVで与野党、評論家達での討論で「吉兆の使い回しも客でなく従業員に与えるか、持ち帰りの容器を渡せばよい。詰りは利益計算に走った為だ」と。現在持ち帰りの容器を要求しても、食品管理上渡せないとの返事が返ってくる事をご存じないのでは?叉、恐らくご自身が容器を要求などしたことも無く、現状をご存知でないから容易く仰る。持ち帰りたくも持ち帰られない現状をご存じない。

 実際に残して行く事にどれ程勿体無さを感じる事か、容器を請求し持ち帰った者の責任にして渡せばよい。中毒は持ち帰らなくても現場で起きている。何時何処で制度が決められたのか、元は何処から発進しているのか、制度其の物を変えなければ延々と続くであろう。賞味期限も遣いまわしに繫がり棄てれば大損、利益に走っての結果ではあるが、根本のスタート時点での思惑の狂いが末広がりの悪影響を齎しているように思える。

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墓参

 祥月命日の今日、午前中に亡母の墓参に行く。早くも25年の月日が流れても余計思いが募る事がある。沢山な小言と言うか、躾の厳しさが懐かしく、もっと真剣に受け止め、言い習わしも沢山聞き、書き留めて置けばよかったと後悔しても先に立たずである。

 用事を言いつけられ、持ってきた物が不足すると「鑿(ノミ)と言わば槌」何が足りないか考えなさい」と。考えている内に遅くなる。「サッサと」 「早くしなさい」と下知が飛ぶ。何を揃えるか言ってくれれば直ぐ揃えられるのにと思ったものだが、考える力をつけさせる為の躾であろう。待つ身にすれば、さぞ忍耐が要った事と今にして思う。

 時には拳骨も飛んで来た事もあるが、身に沁みて覚え、忘れられない。今の時代であれば虐待と騒がれかねないが、当時としては当たり前、親でなければ注意できないし、躾られない事柄が沢山ある。

 年を重ねた人に、誰が心底慮って注意してくれる人が居ようかとつくづく思う。「言われるうちが花、注意されなくなったら終わり」との言葉が甦ってくる。年と共に聞く耳を見を持たぬ人も多い。他山の石とせねばと己を戒める。

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禁止

 吹き抜けの屋上プラスチック製の蓋の上にのぼり、12m下に落ち命を落とした小学六年生のニュースが流れる。上ってはいけないと注意事項が張られてあるが、設置上のミスは無いか、点検はと原因究明に走る。歩数測量の実験に、引率者は一般道路より安全な屋上を選んだのであろう。運動場では出来無かったのか状況がわからぬが、不幸な結末となり引率の女教師は、身の置き所亡き思いであろう。

 以前にも上ったとされる数名の靴跡があると報道された。4ミリのプラスチック製半月型の蓋の下には、金網入りの強化ガラスが張られていたと言う。よもや上るまいとの一般的良識感覚で設計され、安全が確認されて設置しているであろうが、耐火壁、強化ガラス、万年トタンと評されるタキロンにしても、出来たてのテストは計算以上の出来栄えでも、日光や雨風に晒されてからの結果は未知である。

 設計ミスは無かったか、点検は怠っていなかったか、柵はしていなかった、今後屋上は閉鎖と、より安全を期し、事件の起こらない事への策を練り、親も多分我が子の落ち度より、引率者の落ち度へ目を向けるのではなかろうか。安全を願は無い者はいないが、乳母日傘的では逞しく克つ、如何に好奇心がそそられても禁じられている事は絶対してはならぬ自制心を養えるであろうか。

 折角の命を亡くし、将来を楽しみに育てられていた親御は悔し涙や、監督不行き届きと恨みは尽き無い事と察するが、側にいた子供達の中には禁じられている事を破った結果を心に焼き付け、常識ある人間として成長して欲しい。心痛む事件である。

 当世代の学校の贅沢と思われるほどの建築、設備には驚きの他無い。 

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ジャム

 1kの梅でジャムを作ったのが上々なので、更に2キロの梅ジャムを午前中かかって作り終えた。壜に詰め、したり顔で眺め、ヨーグルトにかけて良し、パンに好し、薄めて飲み物に良しと満足するが、トルストイの靴屋の物語をふと思い出し、人間の計画の儚さを思う。

 さりとて生かされているからには健康保持の為、あれこれ慮る必要もありと、被災者方達の不自由な生活であろう事に思いを馳せ、平穏無事である今日に感謝する。

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執行

 鳩山法相の決断により執行された事で、賛否が載っており、宣告を受けた人の恐怖を覚えたとの文面もある。命を絶たれた幼い方々も20年後の今日、立派な社会人となっておられようし、生きて居ればと歳を数え、遣る瀬無き想いに涙しておられよう。

 人権云々と弁護士は言うが、殺害された側の人権はどうなると言いたい。死刑より終生、悔いに苛まれた方が本人に取っては辛いと言う人もいるが、遺族に詫びの一言も無いとの事、無残な事を平気で行う人が己を苛むほど後悔しているであろうか。衣食住の心配なく20年もの歳月を養ってきた費用は何処から出ているのであろう?書くまでも無い。

 再び戻らぬ人の命、まして将来ある幼子を恐怖の中で殺される瞬間、思うだに恐ろしい。人を殺めれば己の命と交換しても罪は償い得ないことを深く知らしめる為にも、法に依る裁きを現代人に知らしめるべきと思う。

 以前には悪い事をすればと、裁きの恐ろしさを知らしめる絵図などがあり、小さい頃から「嘘は泥棒の始まり」と戒められ、お天道様が見ていなさると年寄りは厳しく言い聞かせた。まして人を殺めれば狂い死にするほど良心の呵責に攻められると諭され、幽霊に脅かされるなどと、悪に対しての報いの恐ろしさを、何かにつけて見聞き出来、悪い事はしてはいけないと刻まれてきた。

 諭す年寄りとの同居も無く、怖いもの知らず、自分の勝手が通らなければ人の所為、世間の所為にする我儘を増長させてしまっているのは何が原因であろうか?「三つ子の魂百までも」の言葉の意味は深い。親となる者が、育む愛と、良識を確り植え付ける責任があると思う。

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被災

 災害で亡くなられた方々を心から悼む。丸一週間経ても行方不明、身内を失われた悲しみのご家族の思いは如何ばかりと察するに余りありである。

 駒の湯のご次男が、一階の洗濯機の側にいて「ドン}と言う音と共に二階に突き上げられ死を免れたとある。生と死は紙一重、まさに其の物である。未だにご遺体が見つからない方々、一時も早く探し出される事を願う。

 紙上に、もし都会で同じ現象が起きたとしたらと載っていたが、予告10秒前では為す術が見当たらない。被災者は異口同音に、防災用品を用意してあっても、持ち出す余裕は無かったと。

 気の毒なのは、出荷を控えての苺の廃棄、運送は出来ず、品物あれど其の他への加工も出来ない。詰められた箱から廃棄している辛そうな姿、勿体無い、何とかならぬものか、行政はと思えど其処へ到達する術はヘリコプター以外になしと、為す術なし。

 82歳の男性が、「歳に不足は無い。生まれ育った此処で家畜と一緒に死んでも構わない」と。再三の避難勧告に「負けたよ」と大切に育てている家畜を残して従った姿は、辛そうだった。戻る事が出来るまで、餌を二日に一度でも運べる手立てがあれば、安心して非難出来たであろうに、山奥に数人取り残された人への配慮は無理なのであろうか。殆どが年老いており、生まれて初めてと突然降りかかった災難、101歳の婦人も居た。体調を案じつつ、何時、我が身にも降りかかるか、多分、用意してあるリュックも持ち出せないであろう。今、無事である事に感謝の念は尽きない。

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天災

 予期せぬ事に命を落とす出来事が、天災、人災と続いており遣る瀬無い。明治時代にも、岩手地震と同じ日に三陸津波が起き、揺れは酷くないが20mの大津波で多くの被害が出たと報道していた。昨夜9時過ぎに震度2、震源地は埼玉で発生の深さが深いので揺れる地域は広範囲ではなかったとの事。

 四川に引き続き岩手の崩れ方を報道で見るに、むき出にされた山肌の状態では面積は兎に角、同じ状態と思える。学者に因ると地層が老朽し始めていると。何億万年もの間に地続きが離れて列島が出来、大陸が分裂して五つの大陸が出来たと聞く。それ以来地図を変えるほどの変化は無いにしても、爆発による新山や、形の変化はあるが温暖化による気象の変化は、地球上を蝕み始めている様に思える。

 昔、断層地震が起きた時、トンネルを掘るから地震脈に触れたのだと言う人も居た。山間の山の斜面に延々と続く舗装道路は無残にもズタズタに絶たれ、谷間に架けられた道路はへし折れ、叡智を尽くした工事も天災には敢え無い。一瞬の間に命を亡くし、家を失い山間に取り残された住民達の恐怖と悲しみは察するに余りありで、折悪しくその場に出張した方も居られ、20m.下の転げ落ちたバスの中でも九死に一生を得られた方もあり、生死の境の不思議さに思いを寄せる。

 今日も無事に居られる事さえも不思議に思えるが、地震国と知りながら依然と高層ビルが建つ国との記事を見、高い所を好んで住む地震国であることを認識しない人も多い。未だ克ってない揺れ方の数値であるとの事、もし、東京に起きたとしたら被害は想像もつかないと結んであった。

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意識

 コラムに「他人を加害者、自らを被害者に仕立てる」とあった。大なり小なり人の所為にする嫌いがある。自分の大きな欠点はさて置き、人の欠点を突っき出すことを得意とする人もいる。注意されても聞く耳持たず、逆恨みされたりで、注意するには余程の勇気が要る。

 「注意されたら有り難いと思え」と親からよく言われ、其の時は「叉か」、とか「わかってる」とか、素直に受け止められない時代を思い出す。人の所為にする事が長じて被害者意識となり、人を加害者と仕立てしまうのであろう。思えばこそ注意をしてくれる、あざ笑っても他人は注意をしてくれない親身の有り難さが解った時は親が亡くなり、注意をして貰えなくなった時にしみじみわかる。

 然し、今はうるさく子供の為に親身になって注意をしている親はどれ程いるであろうか、人間として最低限の常識、道徳を懇々と諭している親はどれ程居られ様か。ニュースから察するに世間体のみにこだわり、成績を取る為、良い学校に行く為、良い所へ勤めよ、遊んでいたら見っとも無いと小言のみを言っているとしか受け取れない。

 うるさいことを言うと子供に嫌われる、との言葉も聞いた。本当に子供から慕われ、尊敬される親となるべく、親自身も考え直す時代ではなかろうか。近所に、外見からは苦労して育て子供も苦労に耐えている事がわかる親子。子供が腕を磨き一人前になっての一言「親を尊敬して居ます」と。苦労し、苦労をかけさせても成果が挙げられた事に尊敬した。子供へどの様にして人間に必要な意識を養い持たせるかは、人格構成までの親の責任と思う。

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果たして

 役人のタクシー利用が激減したと新聞で見るが、果たして何時まで自粛出来るか?咽もと過ぎればで、噂も75日とばかりに元へ戻らなけば良いがと案ずる。

 給食をやめるか、続けるかをタレントやTVに顔が出る政治家、エッセイストと称する方々、子供まで交えて討論していたが十人十色、言い分はまちまち、、給食費不払いが何と22億円とか、海外旅行で留守であったり、車の支払いがあるからと支払い能力がありながら利己主義の徹底振り。義務教育だから支払う必要が無いとかには呆れる。

 もっと驚いた事は、支払い請求されたことで校長室まで押しかけ、深夜まで徹底講義をする父母が多いと、政治家は、不法侵入として警察を呼べと言う。然し警察は動かないと、或る教員は疲れるまで言わしておけと、我々の時代には想像も付かない世相に成り果てていることに驚く。

 平然と恥じらいも無く税金の無駄遣いは氷山の一角、掘り出せば切りがなかろう。然し給食の未払い、残飯の費用はさて置き、成長期の栄養面で必要性を説く人、共稼ぎだから手間が省ける、生活に困っている人は如何する等々、昔はお弁当を持ってこない子には先生が分け与えたり、友達同士で分けたり助け合ったし、共稼ぎの夫婦も居た。然し今ほど心はぎすぎすしておらず、貧にも耐え皆這い上がって来た。豊過ぎて望むことばかりが先行し過ぎているように思う。果たして如何になり行くのかと憂う。

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星空を

 ラジオ深夜便の終わり頃、起床しつつ聞く。今朝の日の出は4・25時、今年の一番早い時間で明日から遅くなり始めるとの事。放送内容は、星について来年はガリレオガリレイの記念の催しの前準備として天文台の事、星に関する知識を解りやすく話していた。

 一時的観光の為のライトアップを止め、サーチライトをなくし、無駄な灯りを消して夜空の星が眺められるようにする事がCO ₂を無くす。月の光も美しくなり、夜空に輝く星を眺められる空を戻したいと。最後の締めくくりの言葉に大いに同感であり、誰もが空に関心を持ち、月や星の輝きを仰ぐ事で心も洗われ、生かされている尊さを知ることも出来る。

 空をしげしげ眺める事をしている人さえ少なくなったし、十数年前の夜空の輝きは冴え無くなっている。灯りの自制が出来なければ行政を以って、外灯以外の点灯を規制できればと思う。

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警鐘

 親が作った作文で賞を取り、親が描いた絵で褒められ、親の希望校に入り良い成績を取る為に勉強を強いられても、追いついてゆけぬうちに孤独感に苛まれた様子を紙面で知る。

近所でも小学校で優秀、東大コースの中学に入るが各所から集まる秀才児には追いつけず、今では勤めもしていない様子。親は自分が叶えなかった夢を子供に託し、自分の成績はさて置いて子供の成績向上に懸命過ぎ、自分の物差通りに仕上げようとする事で子供へ負担が掛かる。子供が望む、望まずに関わらず軒並みピアノを習わしている時代があり、長じてはピアノは飾り物となっているのと同じく、親の理想を叶えてくれる子供は少ない。

 昔は皆貧しく、つましい暮らしであり、大学へ進むのは学級で一人か二人、中学へ行くのも7~8人高等小学校へさえ進まれず、小学校で丁稚や子守に行かされ、紡績工場へは前金で集団で就職した。どうしても勉学の心止み難く通信教育で中学を出たり、書生として住み込んで大学を志した。皆真剣で苦労が人を育て、恩義を感じ貧乏を糧として努力した人々は今の大きな会社の基礎を作っている。

 今の親達は子供のためを思って、子供を知り尽しているであろうか、わが子であっても子供を真底、理解できているかが疑わしい。何故なら、何処其処の学校へ、少しでも誇りたい虚栄が心底で渦巻いている事が子供へ大きな負担となる結果を生んでいるのではなかろうか。良い学校を出なければ良い就職が出来ないという社会も悪い。人を見る目を持たない。学業は優秀でも役立たずの人もいる。秋葉原の事件は、社会の求め方も親の認識も狂いだしている事への警鐘と感じる。

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梅酒

 我が家の梅酒作りは欠くことの出来ない年中行事の一つ。よそ様は梅より「リカー」が多い事と思うが、手前どもでは青梅は使わず梅干用の赤く色づいた梅を使い、壜に梅を入れ一キロ半の氷砂糖を入れ壜の肩まで更に梅をつめ、最後にリカーを入れ一晩様子を見て上げ蓋の中に納め、二年末置くの繰り返し。

 二年目の梅を取り出し、梅酒はビンに入れ、今年の梅を漬ける手順である。取り出した梅は程よく膨らみ、其の味たるや格別。含んでいたい様な味に仕上がってをり、沢山の梅からの梅酒は暑気払いとして此れからの季節には必需品、毎日の如く愛飲する。

 南紅梅一箱で梅酒壜4壜、残りが約1キロ。此れを砂糖1キロと少々の酒とほんの少し酢を入れ、圧力鍋で5分で蒸らし、「へら」でかき回すうちに種がとれ、取り出して更に煮詰め美味しいジャムの出来上がり。半日が過ぎてしまったが一安心。暑さよ来いである。娘も引き、続き受け継いで行く事であろう。

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自制国政

 CO2を減らす行動に対して討論会の放映で、個々で工夫し合ってて協力すべき自制組みと、国が制定して守らせるべきとの意見の国政組みで比率は後者のほうが多かった。現在状況では両者必要と感じる。本来なれば国で制定せずも、自発的に協力すべきと思うが、余りにも無関心な人達が多過ぎると感じる。

 何故ならば、ごみの収集場を始め散歩道、観光地を見てもわかる。果ては登山道に至るまで依然ゴミを捨てる人が耐えないと、登山家の野口健さんは嘆いている。ゴミの分別に協力し、食べ物を無駄にしない(ゴミを減らす)、節電に工夫を凝らす等々課題は多いが、制度が無ければ認識できない人達には国の制定も必要であろう。一人一人が実行する事に協力すべきである。

 家庭におけるソケットを小まめに引き抜くとか温水器のスイッチを夜は切るとか指導しており、成る程と身辺の無駄遣いに目を向け節約に励むものの、ライトアップ、イルミネーション、ビルの窓に遅くまでつく明かり, 放送局の温度調節(出演者が上着を着るほどクーラーが聞きすぎていると発言)、紙の無駄使いも気に掛かる。

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利己

 賂(まいない)と言うか、袖の下と言うか欲望や願いを叶えて欲しい魂胆から付け届けをする。同じ付け届けでもお世話になった感謝の礼を尽くしての付け届けもあるが、得てして前者の方が現世では多い。

 タクシーの運転手が回数多く利用して欲しいばかりに付け届けが金子に迄及んでいるとのニュース。貰えば情にほだされ利用するの繰り返し、この情報が流れ、我もわれもと右に倣う。差し出すのを受け取るから繰り返され、成績を上げんが為に高額で釣り上げ、引っかかる輩が増えるの悪循環。

 業務上残業ならで、飲み屋で酔い潰れても利用するタクシー代。何処から支払われているかも問題である。役人の特権とばかりに乱用乱費は許せない。上役人が変わっても、従来の習慣に慣れた人々の突き上げに押し潰されるのが今迄で、変えられ無い。

 大阪の橋下知事が突き上げに頑張っている。お手盛り給料で生活費が緩んでいるのを引き締めるのは大変ではあるが、借金を無くす為に捻出場所は先ず身内から節約すべきで、逆らうのは可笑しい。

 「貰い乞食」と言う言葉があった。貰う事になれ、貰わなければ不服に思う人間の浅ましさ、袖の下、付け届け、席に甘んじ横柄になって行くのが人の常。よほど己を引き締め公僕たる事を肝に銘じ、上役は下積み時代を思い起こして自制して行かねば、醜い行為は止まらぬであろう。

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国籍

 日本人を父に持ちながら、国籍を持たない子供達が漸く認められた事は喜ばしい事である。長い間どんなに辛く、悲しいく虐めにも遭った事であろうと察する。認知した男性は未だしも、逃げ遂せている人も未だ居よう。多分家庭を持ちながら、一時的感情の行為からの付けを、知らぬ存ぜぬで過している人も多いと推察する。

 ボランティアで日本語を長く教えに行っていた時代、中国、フィリッピンとかに結婚できない3~40代の日本人男性に対し、集団見合い的な会合を組み込んだツアーの旅行会社があり、結納的金子を何某か親元に払い結婚させ、日本での生活が営まれる仕組みのある事を知って驚く。

 言葉も習慣も異なる国へ、良い条件に乗って来たであろうが苦しみを抱えている事は涙で直ぐわかる。少しでも和らげる為日本の事を理解させようと家に招き彼女も喜んで来たが、男性の反対で来なくなった。その後の消息では本国へ帰ったらしい。不幸な人が叉一人と感じ、日本人をどの様に理解できたか日本の恥にならねば良いがと思う。

 中には地方にて温かい家族に見守られ、良い家庭を育んでいる人もいるが稀である。何はともあれ、日本男子たる者、汚名を残さぬ行動を取ってもらいたいと願う。

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納付通知書

 昨日、固定資産税納付通知書が届き、値上がりに驚く。後期高齢者保険料が安くなった人は、固定資産税を払っているから安くなると聞き、安くなるに越した事はないと3,000程度でも助かると通知を見た。然し、敵もさることながら抜かりは無い。下がった分の倍以上跳ね上がっている「お主、中々遣るのう」!抜け目は無い手立てに、国民の声を受け止めているように審議などしている底で確り計算がなされている。

 丁度、浮き草が風で水面に漂っている下で確り固めている土壌の如きと思う。新しく迎え入れられる「長」と証する人の提案は、従来の役人の攻勢に新案は合えなく押し潰されてしまうことが大方らしい。古参の役人の意地悪である。

 辛い経験を思い出す。斬新さを入れたいと招かれて室長を受け持つたが、配下の人々の言葉には出さない行動での反抗に閉口したが、意思が伝わるまで一年猶予掛かった。執拗なまでの忍耐と努力が必要であるが、政治家の世界では、反対勢力に押し流されてしまうのであろう。

 後期高齢者保険の見直し論が出ているが、此れと引き換え如くに消費税問題が浮上している。8%になれば生活は苦しくなる。今でさえ食品類は軒並み値上がりで、更に消費税が上れば見なおしとかの甘い言葉で悦に入っては居られない。どうしても上げざるを得ないなら、食品以外にすればと思う。何故なれば、雑貨娯楽等は節約できるが、食は一日たりとも絶つ事は出来ない。

 高給取りの政治家達には、庶民の暮らしはわかるまい、庶民から成り上がった御仁達は豊さに慣れ染み、真剣に考えないであろうと思われる節がある。

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礼儀(マナー)

 今朝のニュースで、エレバーターがブレーキの掛かったまま動き出し、自転車に乗つた侭降り様とした高校生が亡くなって二年と報道されていた。亡くなった遺族には申し訳ないが、自転車に乗った侭、降りさえしなければ、素早く体を交わし命を落とさずに済んだと思う。此れもマナーの欠如から起きなくて済む人身事故と言えよう。

 ローカルニュースでは北陸地方のみの標高300メートル位の山に咲く姫野百合、別名、乙女の百合と言う美しい花を資材を投じ絶滅から丹念に育て一般に公開したが、心無き人が摘み取る為減少しつつあるので今年で閉鎖し、増殖を試みるとの事。花の咲くまでには6年掛かるとか、マナーの無い人に対して嘆いていた。

 名古屋ではエスカレーターの歩行を禁止したとの事、当然で、事件が起きなければ動き出さない行政。然し他県では実行していない。法的に取り締まらなければ改まらない初歩的のマナーを、悪びれも無く平然と踏み躙り、注意を仕様ものなら逆切れされる情けない日本に成り下ったと嘆く。

 一応、エスカレーターでは歩かないで下さいと放送は流れるが、何処吹く風とドタドタト駆け上がってゆくたびに片側に立つものは揺れる。機械が故障するのは当然の事と思うが、事故が起きればやれ管理が悪い、製作ミスかと責任が転嫁され利用者側への注意は無いと言って良い。消費者は王様とばかりに甘やかすのも良くない。

 余りにもマナー(礼儀、行儀)が欠け過ぎている事が目立つ。学校、家庭、職場に於いて守るべきマナーを教育すべきではなかろうか。マナーを破る恥さえ感じない人間がこれ以上増えないで欲しい。

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避難

 もし東京に四川省並みの大地震が起きた場合、家路に急ぐ人達が東京駅周辺では1平米に11人、身動き出来ない状況に陥るという。家に帰り付くまで勿論乗り物は動かず、数日を要するであろう。

 家具の倒れ防止策の支え棒の適切な位置を説明していたが、話の内容は凡て集合住宅、一戸建向きでは無い。天井は板で出来ているため使え棒は役立たない。もう少し広範囲でも役立つ防止法を放送して貰いたいと思った。柱の数の多いところは安全と、此れは役立つ。其の揺れ方や状況によって逸早く外へ出るか揺れ返しまでに出るかを判断するのは個々ではあるが、未経験者が殆どである故難しい。

 外に飛び出してもブロック塀が殆ど、古ければ押し潰され兼ねない。紙上でも憂慮していたが、近頃、蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線、有線などで重なるように電柱から出ている。嵐のときでさへ大変な揺れようであり、地震となると外へ避難した途端、頭上に覆い被さりかねない。一時、地下に埋め込み立並ぶ電柱、電線をなくすとの話は何時の間にやら立ち消え、前にもまして電線数は増している。地デジを控えての切り替え、光ファイバーとか引き込みの商業合戦で、今までのと切り替えるには叉引込み線工事とかで電柱からの線が増える。

 進歩につれ、新しい物が以前より多く場所を占領する。CO2を減らす日本に課せられた数値ー6が+6になっている現在、省エネとは言葉上だけで、クールビズと称して新しい服装を整える政治家を始め、其れに連なる役所連の無駄遣い。今までのワイシャツで腕まくりすれば良い。少しも改まらない面々に呆れて言葉も無く溜息のみ。

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茶道

 短期間で、首相が交代している国は日本だけだと評しているのを目にした。確かに、協力より引き摺り落とそうとする粗探し的な言動が多く感じる。協力の有り方によっては次期政権を委ねる思いが強くなるのではなかろうか。現在では交代にしても、現状維持にしても国民は迷うのでは、どの社会でも「長」となる者は孤独である。強かな精神力と信念が無ければ努め遂せるものではない。

 舛添大臣も真剣に取り組んでいることが解るが、褒め言葉よりけなし言葉が多く飛ぶ。ある程度強かな根性がないと精神的に参るであろう。応援するより引き摺り下ろそうとする輩が多いのは、仕事上の世界には付き物である。

 茶道会の大御所がこれ等の事で歎いていた記事を見る。昔の政治家は多少の野次に左右されず、世相を見極め、どっしりと構え茶道を嗜み、茶道精神から学ぶ余裕を備え持っていたと。

 「十人十色」様々な思惑を取りまとめて行く事は並々ならぬ事ゆえ、支えて良き方向に纏める協力者は居ないものか。解散だ選挙だと、どれだけ無駄な税金を費やせば気が済むのか、政治は遊戯ではない。国民も耳障りの良い言葉に惑わされず真剣に耳を傾けるべきと思う。

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