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未知

 南アメリカで、違法森林伐採によりブラジル側の密林に追い込まれ、文明との接触を持たない部族が住んでいると言う。上空を通過する航空機を見つけた人々が、「槍」如き武器で攻撃を仕掛けているように見えると解説付きの写真が掲載され、ブラジルの国土は広大なので外の世界との接触を拒む集団が未だ存在するらしいとある。

 終戦後間も無く、アメリカの宣教師と其の家族十数人がアフリカの奥地に宣教と開拓に入ったが、殺されてしまったとニュースで聞いた。横浜で開かれているアフリカの五十数カ国を知るフェスティバルの様子を垣間見るに、凄い発展振りに驚く。然し彼の国も広大であり、中には奥地の部族民達は取り残されているやも知れぬ。

 文明の世を知るのが幸せか、全く現世界を知らず、未だに原始的な生活に甘んじ、未知の世界に住む事の方が彼等にとっては幸せなのかも知れないが、開拓が進むに連れ、やがては追い詰められて行くであろう。皆殺しのニュースから六十猶予年経た今日、文明に染んでいない人達の居る事に驚きを感じた。

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 竹刀で叩かれた痣が問題となり協議された結果、三ヶ月の減俸処分でマスコミ連が、とやかく醸している。評価は様々であろうが、昔で言えば当たり前に行われており、これ程の騒ぎにもならず体罰を受ける側も耐えた。

 軍隊では重営倉に入れられ、瀕死の境をさまよっても一言の抵抗もならず鍛えられたと言う。軽い罰にしても一人の失敗はグループ全員が同じ処罰を受ける。其の厳しさが、仲間に迷惑を掛けないようにと精進する。隊長によって処罰は個々に異なるらしいが、平手打ちは軽い方で両ビンタは言うに及ばず竹刀は勿論、銃剣の石突で小突かれたと聞く。悔し涙を飲み辛さに堪え、強く逞しく一人前になった。

 小学校の頃は宿題をしなければ水の入ったバケツを両手に持たされ、立たされる姿を見て、宿題を忘れないように励む。答えが拙ければその場で立たされ、涙を流せばビンタが飛んでくる。忘れられない光景で、四年生頃と記憶するが、毎回宿題を忘れる女の子、理由を問われて答えなかった。いきなり、お下げ髪を手に巻き、講壇の端から端まで往復引き摺った。その子は泣かなかった。教室はシーンとした。翌日、顔を腫らして登校して来た姿にに偉いと思った。小柄であったが根性がある。家は貧乏で子守で思うように宿題が出来なかったのではと後で解るが、やる気があれば子守しながらでも出来るとの躾であったと思う。親からは不平の一言も無い。

 成績は伸び先生に笑顔で見送られて行った当時の事をまざまざと思い出し、今の世であったら豪い騒ぎとなるであろう。「叱る」のと「怒る」とは異なる。「躾」と称して鞭も良いが、然し思う様に成果が現れないからと言って、腹立ちの感情を籠めての鞭は「躾」ではなく腹いせである。どうやら今回の件は後者と見る。

 子供に対しての暴力的鞭は、得てして親の鬱憤の捌け処どころとしている向きがある。相撲界に於いても同じく言える。鞭は悪いとは思わない。本当に心を籠めての愛の鞭を揮い、立派な師弟を育てて貰いたい。子供を持つ親御さんにも願いたい。

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喫煙

 今朝のラジオで、禁煙マラソンを立ち上げられた女医の放送を聴いて驚いた。子供と言っても、幼稚園児から喫煙していると言う事にはドキリである。何たる事、親が吸っている事で大人への願望が行動化させているとの事。

 「禁煙マラソン」とは一人では挫折者が多いが、同じ苦しみ(禁断症状)や自分自身との戦いに負けそうでも、立場を同じくする人達との連携で禁煙達成者が増え続けている。子供にはどの様に連携を取るかで思案なされ、携帯を持つ子供に喫煙も多くある事で携帯を通じて禁煙マラソンを発信。

 「大人が吸っているのに子供が吸って何故悪い」との反発メールもある中に「やめて良かった、ご飯も美味しく食べられ、成績も良くなった」「止めるのに苦しかったけど、やめて良かった」等のメールで反発した子供も感化され、禁煙できたとのメールがあり喜ばしいと。

 大人は勿論、体にも周囲にも害を及ぼしているが、まして幼児時代からの喫煙は成長に大きな悪影響を齎し、思考力を無くし引き篭りの行動に及ぶと。大人は家の中で吸わなければと「蛍族」と称する戸外で喫煙、部屋に戻っても吐く息から有害物を吐き出している為に害を及ぼす事には同じとの事。

 将来ある子供の健康、自分の健康を思い禁煙マラソンに加わり輪を広げて貰いたい。出来れば個人個人が強い意志を持ち、努力する勇気を持ち子供等に範を示すべきである。特に妊婦がスパスパの姿を見るが、体内の子供への悪影響を深く知り、自分の欲求を殺して胎児の為に禁煙することが母となる人間の責任であり、母の愛があれば出来る筈である。

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エクセル

 友人がエクセルの使いこなしを教えに遠路わざわざ訪ねて下さり、月謝と時間を掛けて学ばれた事を惜しげもなく伝授下さった親切に心から感謝。「百聞は一見にしかず」と一生懸命覚えた積り、テキストもコピーさせて貰い、分かった積りでは居るものの、実践となるとどれだけ呑み込んでいるかが危ぶい。

 数式とやらを入れると一瞬にして望み通り表示される賢さ、操作を覚えれば容易く出来る計算、覚えるまでの知能を働かせても後は楽々、計算能力は、はて?後退せねば良いがと愚かしい考え「下手な考え、休むに似たり」であろうと一人苦笑。

 何はともあれ近親者達の生死の年月日を含めた住所録でも作成し、脳の鍛錬としての挑戦とする。

 与野党の行動が新聞ニュースを賑わし、評論家達は思いのままを口にし、政治家の弱者の味方紛いの甘い口に乗らぬよう「言うは易く、されど行うは難し」であり、我々は良く見極めねば、エクセルのように確かな答えが出るには難しである。

 

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民生委員

 年一回、高齢者のみの家族や一人暮らしの高齢者の住まいを訪問して安否を問う役目を担っているが、元気な年寄りが多い昨今、高齢者との言葉の響きにさえ反発を顕わにする人も居ると言う。

 調査票を見るだけで70歳になりたての人は「エッ」と驚く言葉の中に認めたくない、未だ若い、内心はこの枠内に入りたくない気持の動きが出る事は経験上読み取れる。「元気だから回って来なくても良い」とか玄関内にも入れない人もいたり、老人の生活状況を知ることに大変な思いをするらしいが、中には一人暮らしの方は歓迎し来訪を楽しみにしている。

 知人で一人暮らし、民生委員も福祉の人も門から中に入れない。尋ねる時は前以て電話し開けて貰うが、至極健康ではあるが最近、少し痴呆が混じり、判断がつきかねる様子に委員には連絡して様子を見て貰っているが火の元が心配である。

 民生委員の活動範囲も昔とは異なり、プライバシイの侵害とならぬ線が引かれているらしく、訪問を受けても玄関内に入るのを遠慮される行動を余儀なくさせられる老人側の横柄さもある。

 年金問題にしても然り、言論の自由とばかりに言いたい放題と受け取れる発言が多い。ならば、如何すれば良いかとの名案は少しも出さず、言葉の虐めに過ぎないとも感じる。怠慢と言うか「人の金は我が金」と思い遣りの無い計画の付けが凡ての面に大きく被さって来始めている様に思える。

 勿体無いの精神を忘れさせ、使い捨てや消費者は王様と煽りたて、自らの首を絞める結果を招きつつある現在、今なら幾らか間に合うであろう「勿体無い」の精神を徹底させるべし。最近、食堂での割り箸を使わない所を見かける。他も大いに実行して貰いたい。

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 曽野綾子氏談に「親として機能を果たさぬ親」とあり、全く同感で、こうした親に育てられた子供は、やがて親になり。親として機能を果たせぬ人達が増えてゆく世代を思うと末が案じられる。

 核家族となり、親から学ばぬ人が親となり、学業本位に躾が疎かになり、大学を志せば一人暮らし、卒業すれば独り立ちと称して一人暮らし、親から何を学ぶか?只、貢いで貰うだけ、足りなければアルバイトで賄える、安易な生活にどっぷり浸かり、人の言葉には耳も貸さず、気に入らねば引き篭り、何とも早手の付けようもない人間が構成されつつある。

 義務教育過程の先生方は、親の剣幕に押し切られ、精神的にも弊害を蒙っている方も多いと聞く。当然支払うべき給食費も払える状態にありながらも払わぬ横柄な親、恥を知れと怒鳴りたいが、反対に怒鳴り返されるのが落ちであろう。感謝の念は更々無い。

 産婦人科医も出産に立ち会う夫の暴言に辟易としていると放映され、立ち合わさなければ怒り、陣痛で苦しんでいれば何とか打つ手が無いかと医師に食って掛かり、止む無く無痛分娩に切り替えれば妻の傷はどうしてくれるかと詰め寄る。言語道断である。「この人達に育てられた子供はどうなるだろう」と評論家が歎いていた。

 手術の結果が悪ければ医師に詰め寄るが、手術の前に家族共々同意書に捺印するが、結果が意の侭ならずば当然の権利の如く詰め寄り、医師たちは平謝り、依頼者は当然の事のように完璧を望み、場合によっては慰謝料を請求される。こうした事の連続では医者になり手が無くなるのは当然であろう。

 機能しない親達は、自分等をさて置い完全を求めるご都合主義者達を、何処でどのようにして矯正して行けるのか、頭の痛い問題であろう。昔は先生様様、此れに応える赤髭先生や心血を注ぐ教師が溢れていた。よき時代に戻らぬものかと歎く。

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持ち帰り

 曽野綾子氏談に「余った食べ物を残す事への「勿体無い」は高齢化の現在、メニューの品数の多さに食べ切れずに残す、以前はお持ち帰りが出来たのに食中毒で取り沙汰される事を恐れ、持ち帰りを拒むようになった。容器を渡した以後の責任は客側にあるとし、持ち帰り希望者に容器を買わして持ち帰らせれば良い。」と。

 大賛成である。量や品数を少なくして残さずに済むようにするか、希望者に容器を渡して持ち帰らせれば家族も喜ぶ。昔とは違い、交通の便や乗り物のスピードもアップし傷む迄の時間も無し、本人の責任ともなれば寄り道もせず、食べられる食品を棄てなくて済む。勿論、傷むか痛まないかの判断は出来よう。

 レストラン、宴会、巷の食堂からの食べ残しの量、コンビニ弁当、スーパーの食品売り場から時間切れで棄てられる量たるや莫大である。何とか引き締めねば勿体無さ過ぎる。

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追悼

 年に一度、亡き方々の遺族が集まり追悼会を開く。今年度、他界されたご家族が加わり、一言づつ思い出を語られた中で、家族で出かけられる支度中に倒れ、数時間後手当ての甲斐なく、ご主人と娘さんを残して逝かれた。娘さんは涙で言葉にならず、悲しみの深さが伝わる。

 あっけなく、誰に面倒をかける事無く逝かれた事、羨ましく思い、斯くありたいと願っているが、遺された者にとっては限りなく残念であろうと思う。恋しさや悔やまれる事など日を追うて悲しみの要素となり、胸を締め付けられ、慰めごとも役立たない。

 会の終わりに「来年お会い出来る様に、お体お大切に」 「そちら様も」と言葉を交わし別れたが、自分の命であっても終りは予知出来ない。許されるならばお会いできるかも知れない。今日あることの命の尊さを噛み締めながら帰途に就いた。

 ニュースに流れる中国やミャンマーでの災害による一瞬にして命が絶たれた人々の数、救いの手が届かぬまま逝かれた人々の数の多さに言葉が無い。もし、此処に起きたら!!処置なし、願わくば一瞬にして息絶えたほうが幸せと勝手な願いを抱く。神の御旨に任せるべし。

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苦悩

 小泉信三展を昨日、娘夫婦が見に出かけた。警官が立並ぶ物々しい雰囲気に、何事かがあるかと立ち止まると、手前の車線は車がストップされ、間も無く二台の黒塗りの車が通り過ぎ、瞬間的に二代目の車に目をやると目線がパット合う。思わず手を振る、振りかえされる其のお方は何と、美智子皇后様。気品溢れる其のお美しさ、わざわざ窓を開けられて手を振られる温かなご表情、報道で拝するお姿からは感じ取れない素晴らしさは、生涯忘れる事の出来ない感激であったと聞かせてくれた。

 今朝の新聞で小泉信三展に行かせられてのお帰りに、人もまばらな通でお目もじ叶ったという幸運に巡り会ったわけである。

 お二方様にとっては忘れ得ないお方のご遺品に、思い出深くご覧遊ばされたと拝する。民間から初めて皇室入りをされた妃殿下、小泉先生の心の支えは如何ばかりであられたか、精神的ご苦悩は、ご体調にも何度か現れながらも耐え抜かれ、控えめに陛下を支えられておられるお姿は、美智子皇后ならでは遂せぬことであろうと感じ、「ご立派」の一言に尽きる。

 雅子妃も傍で見るのと内情とは可成の差があり、お悩みも多き事と推察申し上げる。週刊誌などに批判記事が度々載るが、少しの事でも凡てを知り尽しているかのごとく大きく書かれ、反発できないお立場であれば、治るものも長引くことであろう。皇后様に小泉信三先生のような陰の支えが居られた様に、存在感のあられるお方が支えて下さっておられれば気も休められ様がと思う。「人の口には戸を立てられず」で、耐える事以外に無い。

 我々の生活にもそれなりの苦悩はある。然し、「人の振り見て我が振り直せ」、自分がされたら自分はしないの精神を養い、角を取り心を丸く感謝の日々でありたい。

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5・15

 昭和7年5月15日、海軍青年将校らが愛郷塾などの右翼と結んで起こした事件で、首相官邸、日本銀行などを襲撃し犬養毅首相が殺害された日である。政党内閣の時代は終り、軍部の発言が強くなりその後盧溝橋事変へと広がり、11年2月26日の未明、陸軍青年将校等が起こしたクーデター事件は鎮圧されたが軍の内閣介入の端緒となり、戦争が拡大し始めた。戦争はあってはならないが国民は一致団結、今ほど人の心が開放的と言うか秩序は乱れておらず助け合い、労わり合いの精心が強かった。

 一人暮らしの知人宅に、鍵をこじ開けて空き巣が入ったとの事。住人行動を凡て偵察しての犯行で、集合住宅軒並み、外装塗り替えの足場を利用して上の階まで荒らされているとの事。身に危険が及ばなくて幸いであるが、物騒な話ばかりで乱れているとしか言えない。用心用心。

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水着

 英国で優れた水着が開発され、記録更新に繫がり日本選手も着用した結果は上々、早速日本のメーカー三社に研究、作成を依頼したが到底今期には間に合わぬとの事。開発の遅れを認めるとあった。

 速さを競う事を目的とするなれば、身に纏う凡て定められたものを纏い、競技を行ってこそ本当の記録と認定すべきでは無かろうか。アベベは裸足で走って記録を出し、真価を評された。人間の持つ力を競技するのでなく、如何に記録を出すか、其の為には手段を選ばないが如き感を受け、オリンピックとはの疑問を抱かざるを得ない。

 与えられた天性と努力で競う美しさ、世界の国が集まり、和平を互いに確かめ合うのが発祥であったのではなかろうか。勝利を売る為に人間の真価より、姑息な手段を用いてまでメダル獲得となるのは発案者達は歎いておられよう。勝利を得た人に疑いの眼差しを持つ事の無い様にと願う。

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 本家の跡取りが尿路結石で激しい痛みに襲われ、一日余で快復、体質に因るとの診断の由、常々健康で活躍の彼氏にとってさぞ驚きの現象であろうが、医療の力、快復の早さ上々至極と安堵した。

 石が体内に潜み動き出した時の痛みの激しさは男でも我慢がならぬと医師に言われた経験者である。「サイレントストーン」といわれた親指大の石を胆嚢に40年近く抱え持っていた或る日、突然激しい痛みに襲われたものの波状攻撃的の痛みなので堪えながら三日を過すが、夜も寝らず息も出来ぬほどの痛みの激しさに、夜明けを待ち息子の車で病院へ。

 三日我慢した事が祟り、胆嚢の入り口を塞いだ石の為に胆嚢内の液が膿となり、抽出しなければ手術も出来ぬと数日間抽出後手術、周囲まで膿の影響があれば取り除かねばとの解説を受けたが胆嚢摘出のみで事なきを得た。以前三度ほど開腹手術を受けた時は傷口の痛みや傷は早く治ったが、年を重ねては痛みは時折チクチクと、傷はケロイド状、糸の様な傷跡とは行かない。七年前の事である。

 命は授かり物、生かされている意義を深く考えさせられる。世にある間、預かっている器としての体を大切に管理保護すべき事を学ばせられて今日がある。

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カーネーション

 母の日のプレゼント用にと、虹色つきの薔薇とカーネーションの写真が新聞に載っていた。オランダで発案され、徐々に広まり日本でも売れ筋とか。白の花に吸わせる水に何色かの色をいれると、虹色になるらしく企業秘密ではっきりした事はわからないとある。

個人的には余り好ましく思わないが、喜ぶ人が居るから造るのであろうが、最初、母の日に感謝を籠めて贈った純粋な気持から始まり、アメリカで行事化され、戦後日本に伝わり商魂逞しさに乗せられて華やかな行事と化して来た。

 母への感謝の気持を表さないよりはましではあるが、品物に託す思いは今日一日限りではなく持ち続け、折に触れ表す態度を子から孫へ伝えられる事が、核家族の現在一番大切な行動と思う。

 誰もが老いる。60代では親の老に接して薄々老とはと知るものの、実際自分が其の境地に立って知る老の厳しさは見たり聞いたり接しただけでは解らない。生きる事だけでも大変な老の山坂である。

 ご主人に先立たれ、透析を受けながら子供達に迷惑を掛けたくないと一人暮らしを続けていた近所の知人が、息子が「一緒に暮らそうと言ってくれる内に」と千葉の息子宅に移ると分かれに来た。後姿は小さく見え寂しさが滲み出ていた。長く住み慣れた家を離れる事は辛かろう、ご主人との生活、子育ての苦労の数々が詰まった思い出が刻まれた家を去る寂しさは格別である。老いてからの新天地での近所づきあいも侭ならず、家族だけが頼りの生活で孤独にならぬ様と胸が熱くなった。母の日を前に幸せである事を祈る。

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エスカレーター

 又もやエスカレーター事故、起きて当然とも思われる理由は、利用者側の利用法に器具を早く傷める要因があるのではと思う。

 二列に並ぶ幅広でも何時の頃からか左側により右側を空け、どたどたと駆け上がってゆく振動で体が揺す振られる。アナウンスは「駆け昇らないで下さい」と何度も繰り返されるが、何処吹く風と行動は止まらない。

 その道の専門家が「ブレーキが作動して停止しても、人体の重みで下方に戻る今回の状態になり得る」と解説している。機械の動きに身を委ねていても金属疲労とかで故障は起きるであろうが、何人もが通路の如くエスカレーターを昇ってゆけば故障が起きない筈は無い。

 うっかり右側に立とうものなら、駆け上がる足音に退かざるを得ない。何時、何処で、誰がこうした風習を流行らしたのか不思議でならない。良い事は強いても伝わらないのに、ずるい事は直ぐ右へ倣えで忽ち広がる。してはいけない事をする姿勢自体、恥じである事への認識が薄れ、と言うより認識が無い。流感の様に広まって行く。

 一人一人が、各家庭から、老若男女「恥を知れ」を植えつける必要を感じる。機械の整備も去ることながら、人間の心の整備の必要が急がれる。

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与えるもの

 NHK 「この人にときめき」でフェミング・ふじ子氏の放映を見た。5歳から始めたピアノレッスンに始まり、19歳で渡欧、風邪からの難聴、貧乏の苦労にも耐え、ピアノ一筋、中年以降になって日本はもとより世界中から招かる忙しさ、体に気をつけているとの事。

 幾つかの質問で、愚問と思われるものもあり、女性アナウンサーの言葉遣いがお粗末な事に驚く。以前のNHK では許される言葉遣いではない。駆け出しの若いタレントではなく、然も年齢的にも親子以上の違いがあり、世界中での場数を踏んでおられる人に対して失礼である。

 質問に対しての答えの一つに「信用の出来る人は少ない。猫を相手にしているのが一番、野良猫を20匹近く家の中で飼っている」と。確かに動物は裏切らないし、表面だけの装いはしない。」今まで相当人に裏切られ、悲しい思いをなさった事が伝わってきた。

 締めくくりの言葉に「愛は人に与えるもの。今の人は「して貰いたい」の思いが強い為、色々な事(悲劇等)が起きている」と、仰せの如しである。「受くるより、与うるは幸いなり」 「愛は惜しみなく与えよ(施せ)」とある。ついつい「此れだけしているのに」と心の片隅に何かを期待してしまう醜さが潜む。反省すべしである。

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使い回し

 又もや吉兆の舞台裏が曝された。「勿体無い」が高じてとの事で、確かに気持は判らないでは無いが、客相手ともなれば不潔であり気持が悪い。特に火を入れない品に対しては衛生上最悪である。

 何時も感じている事は料亭、旅館、レストランでも食を楽しむ年齢層にとっては品数も量も多過ぎる。手も付けず蓋も開けずに残す事しばしば、勿体無いの思いは募る。何とか工夫は出来ないものか?

 味を楽しみ、安らぎを求めての旅も、定められたコースの中で真のくつろぎは得られない。使い回しも必ずしも吉兆だけとは限らないのではと、誰しも利益も去る事ながら「勿体無い」の気持は持つて当然、残すほうも「腹も身の内」で残さざるを得ない。

 好きなだけ取るバイキング法式も良いが落ち着かない。据え膳の場合、献立の種類、分量を何通りかに設え、選べる方法を取れば、年齢そうなりに注文出来、勿体無いの心置きなく満足できるのではないか。棄てる分量の多さが報じられていたが、真剣に考え直す時期ではなかろうか。

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着付け

 近頃の着物の着付けが大いに変化しているのに驚く。俳優や歌手達が、役柄で着る着付けが其の儘一般人にも及ぼしていることは嘆かわしい。

 着方によって年齢、職業を表している事に無頓着、流行らせている着付る人にも責任はあるが、着付け人も何も知らず、時々に流れる映像の着物の着付けを取上げ、流行らせ真似をすることが流行の先端を切っていると勘違いしているのではないか。

 娘さんの着物の着方は、襟元や帯の位置も初々しさを表していおり、胸高に帯を締めと物語にも出てくる。近頃は娘も中年も抜き衣紋、帯の締め方、位置も年増風と言うより商売人を表徴させている。着付けの正しさを知らぬ事故とは言え、何も知らずに着付けをさせられているとしか言えない。然もわざわざ胸にタオル(パット)まで入れて、情けない。礼儀に適った正しい日本の着付けの原点を良く学んで、着付け方を広めて貰いたい。

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社会的罪

 曽野綾子氏の投稿に「マハトマ・ガンジーが書き残した七つの社会的罪」を知人から教えて貰ったとして載せていた。只々頷くのみで、転載させて貰う。

㈠ 原則の無い政治。 ㈡ 労働を伴わない富。 ㈢ 良心のない快楽。 ㈣ 個性の無い知識。 ㈤ 道徳の無い経済行為。 ⑹ 人間性の無い科学。 ⑺ 犠牲の伴わない信仰。 七番目に対し、「自分の持っている大切なものを全く捧げない信仰」と訳したいくらいである。と曽野氏は付け加えてある。

 うわべだけの行為、知っていても知らん振り、悪い行為も楽しいと感じる恐ろしさ 、何処で捩じれて来てしまったのであろう。急ぎ修正を必要と思うが見習う対象が余りにも少ない。七つの項目をとくと学んで欲しいものである。

 

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解散と費用

 衆議院解散説に一般からの賛成票が多いと、さもあろうが、選挙~結果までに八百億の費用が掛かるとの事。又もや税金から、首相交代が短期間で二人変わるのは世界で日本だけの事とかで、見下げられるのではないかと心配する。

 「我が党は」で振り回しているのか、振り回されているのか、国民中心より主張を通そうと喧々諤々。果たして本当に国民の為になっているのか?後期高齢者保険金も、前より額が上っている人は騒ぐが、下がっている人は可成多い事を知るが、ひっそりと有り難さは口に出さないと言うより、細かい字て通達が来ても読まないで、耳から入る取られると言う言葉が老後の不安をかき立てる。

 はっきりとテレビ等で耳から目からで75歳以上の人の今迄と、これからの差し引かれる額の計算と数字を知らせれば充分理解出来、凡ての老人が被害を蒙っていない事が判る筈である。所謂、説明不充分から差し引かれると言う言葉に恐怖感が煽られてしまった結果、自民党は損をしており、民主党は勢い付いている様に感じる。

 75歳以上の方々、もう一度通達書を丹念に見直すか、問い合わせてみれば多く取られているか、いないかがわかり安心できる。係りの方も親切に説明されることを願う。

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ダム

 日本一大きなダムが近々完成するが用途は未定と、何百件もの生まれ育った土地を人の為になるならばと立ち退いた人達の労苦は報われない事に、さぞ無念であろう。計画が始まってより40年余、故郷の面影を残そうと不慣れな手つきで写真を撮った婦人も、早く役立てて欲しいと願う。

 満水の水の落差を利用しての発電計画はあるものの設計図すらなく、実施に移っても8年後、並行して流れる川との連絡地下トンネルも計画にはあるが実施の段階にすら入っていない。何の為に多くの人々を犠牲にし、何百億の金銭を費やし、何を目的として工事に望んだのか?完成後は、隣接の三県が工事費を負担する事になっているとか、恩恵を浴するトンネル無くして負担のみを分担するとは、県民方も納得は出来まい。

 何とも早、思い付きだけだったのか、工事によって甘い汁を吸った輩も居ようし、陰にうごめく何かがあると勘繰りたくもなる。次々に暴かれる途方も無い無駄遣いの数々、増える国の借金、遣り繰りつかない尻拭いを国民から搾り出そうと、手を変え品を変えての徴収はやめて貰いたいが、国会に送りだされるまでは耳障りのよい庶民の味方も、当選すれば朱に交わってしまうのが落ち、情けない。

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歴史は繰り返す?

 「日本の鋸の使用法は「引き」アメリカの鋸は「押し」で切るとの事。森林学者が調査した所によると、日本法式が使い易さを知り現在は引き鋸のみ使用とか。この法式が発案されたのは室町時代、民家の建築が盛んになった頃、此の他にも発明品は多く農業生産も飛躍的に伸び、経済が大いに発達した反面、政治は全くだらしなく特に将軍継承争いが元で起こった応仁の乱で京都は焼き尽くされ、下克上の世を生み出し戦国大名の台頭を許した……何時果てるとも知れぬ政治の混乱を応仁の乱になぞらえる見方がある。……文化や文明は政治より経済の発達に大いに関係があるのだろう。」とコラムに載っていた。

 ガソリン税に振り回された国民、この一ヶ月何だったのか?「深夜まで安いスタンドを探し、やっと見つけて満タンにした」と笑顔の男性。時間とガソリン消費の計算は無いらしく、安いガソリンを得た満足、探すスリルに酔っている如きで、締りの無い国、豊かさにどっぷりの国民の姿にうら寂しさを感じる。

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