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スタート

 明治31年の今日、函館に女子修道院が創設された日と言う。男子修道院は明治29年に当別町に創立され、酪農などの労働に従事し、絶対沈黙・共同生活を守ったとの事。世の煩わしさから逃れられてと思った事もあるが、戒律は厳しく真の献身であることに敬服する。

 コーヒーをブラックで一日数杯飲むと良いと放映していたが簡単に手に入る今、貧困日本であった頃、別天地との勧誘の言葉とは裏腹な、荒野での開拓の労苦は並の物でなかったと聞く。気候風土の異なりは甚だしく、開拓に使う道具すら満足なものも無く、精根尽き果て病に倒れ、命も失い帰国したくも旅費もなし、おめおめ帰れるかの根性で闘い抜いた一世達がコーヒー栽培に取り組み、ブラジル産を有名にした事は日本人のスタートに因る事を忘れてはならない。

 年金制度のスタート時点では、厚生年金に入っている家族は遠慮して欲しいとの通達があり、数年後全員加入と改正され遡って納めた。年金とは、自分達が老いた時に利用出来るかのごとき解説もあったように思う。当時は納める人数は多く、利用する老人は少ない時代、沢山な金額をどう利用したのか、保養施設を数多く設置、浪費も甚だしく近頃は閉鎖している箇所が多くある、今になって不足云々老人からも平等に、若者達に負担をかけない為とかご都合主義。

 私達老人から言わせれば、無駄使いした分を先ず返して貰いたい。使われない施設を売るなり、当時の役人が私腹を肥やした分返金するべきで、穴埋めが先決と思う。年金のスタート時の計画の甘さ、時代の読みの浅さの結果を、一番長く年金を支払った人から叉支出を促すとは、愚痴も出よと言うものだ。

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ピント

 各局で政治家の討論会を放映し、医療問題、ガソリン税と激論を戦わしている。介護保険料、ガソリン税共に無くした場合何処から予算を捻出されるのか定かでない。ゼロにしたら助かる事に違いないが、ガソリンが安くなればCo2が増え基準値を越し、本当に医療を受けたい人が盥回しになり、安直に医者に掛かり社交場的な待合室になる恐れがある。

 数年前から何処での制定であるのか、三ヶ月経つと病院の転移を促される。同じ条件で、家族の通院距離も程々の地理的条件が揃う所は無いと言ってよく、仕方なく家庭介護に移らざるを得ない。10年ほど前から6人部屋は4人に、4人部屋は2人部屋に改造され始め、後で知ったのは病床数が半数に減らされる規定が出されたのである。何故に、当時は医者が余っていると聞いたが。

 救急車の患者が盥回しにされる、病室が無い、当然の結果である。リハビリも途中で打ち切られ、個人で頼めば費用は嵩む。今迄週に二回家庭介護も一回になり、一回の人は中止となっている。一人暮らしの病人は困り果てている。

 自民党の政策に反論している事は耳障りもよく有り難い事ながら、現状がどう解決されるのか、何処かピントが狂っている。元を糺さなくては聞こえの良いだけでは解決はつくまい。

 勿体無いの精神を生かしてつつましく、病気に罹らぬ様自己管理に徹しなければ老は生き延びられない険しさを感じる。 

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識別

 コラムに、未成年喫煙防止の為、カード及び識別機設置に億単位の費用が投じられる事に歎き、昔はタバコ屋の看板娘に恋をしてと歌にまでなる、人との触れ合いを今こそ必要とする旨が載っていた。

 24時間発売される自動販売機が復活される記事も目にするが、果たして必要であろうか?便利になり当然の事の様に利用し、中止になれば不便に不満を抱く。夜中働く人には必要であろうが何処の街角にも据えられ、然も節電の呼びかけとは裏腹に煌々と明るい。「贅沢は敵だ」の時代から見れば勿体無いの一語に尽きる。無ければ無いで堪える事が養われ、あるもので工夫する知恵も生じたが、何時でも得られる贅沢さは人間を愚かにし始めた。

 店に行っても口を利かずとも事足り、思えば声を発する事無く帰宅する日が多いのではと思う。人と言葉を交わしての買い物は少なくなった所為か、家庭においても言葉数が少ないらしい。親子でも保育所に預け、学校へ行けば勉強や塾へで親との接触時間は少ない。そうした日常の習慣が身についてしまったのか、以前とは異なり行き交う人との挨拶などは全く無い。集会へ参加しても余程親しくならぬ限り、顔を合わせても「にこり」ともせず、まして挨拶など交わすよしもない。集会の人であるかと識別していれば会釈なりともするべき礼儀も失くしてをり、薄情極まりない。せめて自分だけでも散歩時には行き交う人には「お早う御座います」 「今日は」と声を掛け、バスの運転手には無事に目的地まで運んで呉れた労に対して「有難う御座います」と声に出して降りている。

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高嶺

 今朝の広告にサービスの行き届いた老人ホーム開設、入居頭金格安の文字に目をやる。設備も行き届いており入居費850~900万、確かに従来のよりは格安ながら、一ヶ月食費27万5千円とある。其の上天引きされる後期医療保険+介護保険1万余出費となり、どう言うお方たちが入れるのであろう。余程、預貯金や不動産からの現金収入でも無ければ、食事代だけでは生活は成り立たない。今までの付き合いもあり、衣服の補充もせねばならず雑費がかかる。

 多分、入居の為には持ち家を売っての計算であろうが、ホーム自体が経営難で解散し戻る家は無く、困り果てた人達の行く末は報じられていない。何年生きるか予定が経たぬ年寄りに多少の余裕を見なくては、なけなしを出して迄とは行かない。まして二年前からの此の計画実施にせよ、とやかく批判する政治家連は、この二年間何故、沈黙していたのか、実施してから年寄りに媚びるような言葉は聞きたくも無い。

 確かに社交場的に病院を利用する老人も居るが、病院側も来れば薬を出し、出された薬は忠実に飲み、其の為胃腸を壊し、叉病院との関わりは延々と続く。ある有名医は言う「薬は一利あって百害あり。回復力を麻痺させる薬は程々に」と忠告している。薬を出さない医者は藪医者といわれない為に薬を安易に出さず、老人も自分の回復力を養って、病院通いや貰った薬を控えるとか、医旅費の軽減に協力すべきではあるまいか。

 「病は気から」の向きの人が多く、救急車を安直に使うのと同じ結果が医療費問題の火付けになっていると思える。

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裁決

 9年の歳月を経ての裁決に「喜べないが区切りがついた」と発言された遺族の心中、察するに余りありである。「命を以って償っても結果として3人の命が失われる、此れを期に命の尊さを解って貰いたい」と語る。

 死刑になりたいから誰でも良かったと、又しても殺人が繰り替えされる。死刑廃止論に拍車が掛かるであろうと報道陣は言うが、廃止したとて、刑務所に入りたかったからと罪を犯す馬鹿者もいる。衣食住、何ら心配する事無くして刑期を終える。世間の雨風は冷たく、当然、恋しくなるのは刑務所であろう。必ず舞い戻ると言う記事があったが、職を求めずもあてがわれ、職には事欠かない楽天地とも言えよう。

 人権的には死刑廃止論が再燃しようが、如何したら刑務所行きを無くす事が出来るのか、上は政治家、役人を始め労せずして楽を求める輩が犯罪を起こす。楽して食べようと刑務所行きを求めて罪を犯すとあっては、開いた口が塞がらない。

 「働くもの食うべからず」「労して得たる物にて楽しむはよし」とあるも意に介する人も少ないのであろう。人の命も我が命も軽々しく取り扱う昨今、何処で、どうして人の道義心が失われて来始めたのか?今朝のニュースでも、自分の勝手で何万人もの人への迷惑等、微塵も考えず新幹線からコックを開けて飛び降りる。何処かが狂い始めている。

 鉄道自殺にしても損害費は家族が負担すると聞いたが、真実を明らかにすれば、自分の身勝手で家族に迄、散財や悲劇が及ぶ事かを知れば少しは思い留まるのでは?尻切れトンボの報道ばかりで、真似したがる人が増えることが多く、結末まで報道すれば多少は留める事も出来様にと思うが?

  何しろ犯罪者を減らさない事には、新設置も話題に上っている満杯状態の刑務所運営も庶民の税金が使われている事である。

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変化

 志を持って仕事を始めたり、家庭を解放して子供を与ったり、子女達に教養を身に付けさせ始めた事が時代を経て、屈指の会社に発展したり、有名校として入学率の競争も激しく、希望しても入学侭ならぬ時代となった。内容も創立者の意志が完全に受け継げられていないところが多くなっており、さぞや創始者は歎いておられよう。

 小さな規模の会合に於いても、代が変われば開設者の思いと異なり、優れる面の伸びより、趣旨とは裏腹な面が邪魔をし始めている向きがある。

 武田鉄也氏の漢字に就いての博学に恐れ入り、大変勉強になったと言うか、今時の人達の漢字に対する理解力の変化に驚く。どの当りから理解力が乏しく変化してきたのか、教えられても吸収できないのか不思議に思い、勝手に解釈している事にも驚く。

 「春」と言う字の起源は?春と言う字を逆様にすると理解出来ると、お日様が上に昇り、地面から芽が出る状態が変化して春と言う字になると、成る程。意味がわかれば子供でも直ぐ覚えられる。然し、中には言葉の使い方も意味の取り片も違って用いられ始めている。諺でも全く反対の意味に受け止めていたり、諺も知らぬ時代になりつつあることに驚く。昔から言い伝えられている諺には「そつ」がない。大いに学ぶべしである。

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情報

 「どうしても知らせたい状態で移転先が解らず、役所に身分証明や続柄の載る抄本まで添えて出して、初めて移転先を教えて貰った」と載っていた。何時の頃から厳重になったのか、此処二~三年の様に思うが、詐欺などが余りにも多く発生する為であろうか、以前には閲覧できる時代もあった。住所録を宣伝に利用したり、悪用したり迷惑を蒙る事が多過ぎる所為でもあろう。

 知人が入院したと聞き、見舞いも時にはご本人にとって親切が迷惑になる事もあるので、手紙を出そうと病院へ問い合わせた。以前は名前を言うと何病棟、何号室まで教えてくれたが、「お教えできません。確かに此の病院に入院しておられるなら〇〇病院内〇〇様で出してください」で終わった。これほど情報を漏らさない体制でも事件の起きる世の中である事に情の薄れを果敢無く思う。

 今、本家から竹の子が届く、ブログを中断して早速茹でる。竹の子と共に糠までたっぷり添えてくれてある心遣いに感激しつつ、さぞや掘り起こしに大変であられた事に思いを馳せ、心を籠めて送って下さる温情に胸があつくなる、世間は情が薄くなり心が冷えるが、人から受ける情の厚さに心和む。つれない情報の中で情の伝わる人情を持ち続けたい。

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濃霧

 久々に長男夫婦の招待で国民宿舎妙高へ二泊三日のドライブ旅行へ出かけた。良い日和に恵まれ、其処彼処と見物させて貰い、いささか疲れを覚え、旅はもう少し若い時に限ると残念至極。

 道中は雪を戴く山を遥かに眺め、今年は雪が少ないと聞いていたがと納得。途中松本城を見物、午後五時近く高原に差し掛かった途端、突然湧き出るが如き霧に驚く。行き交う車は慣れているのか余り速度は落としていないが、長男は慎重に運転。宿と連絡を取りつつ無事到着、濃霧の中約30分は長く感じた。

 翌朝、驚いた事に妙高に連なる山々、宿の周辺は一面銀世界。道路も駐車場も雪は取り払われており、濃霧の所為でもあり全く気付かなかった。一日にして春から冬へ「トンネルを抜けると」の文面を思い出す。20度を越す温度に汗ばみながら善光寺、周辺の桜見物。何十年振りかで知人宅を訪問したが留守、残念。丁度其の日は透析の日であったとか。健康であった人なのに、年月は人により体調の変化を齎す。

 濃霧で感じた事は、霧は晴れるが、今の日本の老人問題、次々出る役人達の無駄遣い。役人宿舎の豪勢振り、湧いてくる霧の如く乍ら、何時晴れるかもわからない。年金制度が始まった頃は、確か「自分建ちの為に蓄える」であった。其の頃は受け取る老人は少なく、支払う層が多くあった為、額は増える金利は付くで、お手盛りに使用した結果当て外れ、払い込む人数は逆転、現状となる。お手盛りで潤った人、計画した役人方は返却すべきであるのに、懲りない面々は未だ、税金を無駄遣いしている。この霧は何時晴れるのであろうか。

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プラハ

 ソビエートの圧力に耐え、プラハを守り抜いた人々と、美しい町並みの放映を見た。共産党の占領下で荒れ放題の宮殿や建物も美しく甦り、取り戻してから昔からの建築物を大切に、新しいビルのかけらもない。新しい物に移り気なし、伝統を重んじている国民性が窺い知れる。

 其れに引き換え、東京の建物はニョキニョキと高くそびえ、何代も続いた住民の建物は惜しげもなく取り壊しビルに吸収され、地震に強いとの言葉に踊らされ、木造家屋は建て替えられている。

 昨日の首相の言葉に「百年以上保つ木造家屋、20年ごとに手入れして住み続けられる家を」と提案している。今頃、遅いと言いたいが、今からでも墓場のようなビル街でなく、類焼出来ない道幅と昔のような防火壁を造れば火事も恐れる事の無い木造家屋が出来る筈、コンクリートより長持ちする。築40数年でマンションは建て直されているが其の廃材の行方はと案ずる。

 大火や地震、焼夷弾で町並みを焼き尽くされた当時は、道幅を広く、家の建築基準も家との間隔も広く設定されていたが、何時の間にやら間隔は狭くても許可が下り、特に個人では許可されない建築様式でも何故か建売ともなれば基準外でもどんどん建つ不思議な現象、建売を買い、30年後、個人で許可を求めると基準はうるさい。何処が違うのか?将来道が広がる赤線が引いてある(土木課地図)所でも其の上に建築許可が下りる。数年後、道が出来、立ち退く其の立ち退き料は何処が支払っているのか?始めから許可しなければと我々は思うのだが、此処にも税金の無駄遣い。

 此れだけ無駄遣いと騒がれていても、議員宿舎建設の話がぶり返す。敷地に公園を取り入れ、高さも制限しと、飴をなぶらせる様な条件で庶民を誤魔化し、引き下がらずゴリ押しに建築を進め様と言う懲りない面々、高給を取り、豪華な建物まで要求する議員と言う立場を利用し、先生と呼ばれる言葉に酔い、進展の無い論議に時間を費やし、国民の政治より自分の党の発展のみ、主張の内容も絵に書いた餅の如くで、我々の生活は潤わない。

 四苦八苦している議論の内容も何年か前、野党に移った人達が関与していた事柄ではないか。今実施された後期高齢者の保険の事も二年前に組み込まれた事、我々も迂闊であった。然し気付いたとしても抵抗の声は如何ににすれば届くのか、一旦選出した議員達は、聞く耳を持たない。聞こうともしない。庶民の代表として我々の声を託された責任は当選と同時に宣伝カーに置き忘れるのであろう。

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バス

 吉祥寺へ買い物に出るバスの中で、後ろの座席の夫人が10cmほど開いた上下する窓を閉めようと苦心しているので、手を貸そうと座席に近いバネに手をかけた、「そちらはいいのですが私の方が動かないのです」 「では、上に少し引き揚げてご覧なさい」 「ア!動きました」。すーっと難なく締まった。年寄りの知恵なんだよ!と心で呟いた。「押して駄目なら引いてみな」途端に歌の文句を思い出した。

 観光バスが高速道路で、下り反対車線から車軸が折れたタイヤが運転者席の頭上に降って来て、とんでもない事故に遭遇、運転者は死亡、乗客は数名の怪我で済んだと。運転者は模範運転者と評され、永続期間三十数年、無事故無違反、後輩の指導にも当たっており、この日は57歳の誕生日てあったとか。家族の悲しみは如何ばかりかと察し、まさに降って湧いた悲劇である。

 乗客と警察の証言によると、ブレーキを踏み、サイドブレーキに手をかけたまま意識を失っていたと言う。何と責任感の強い咄嗟の判断の正確さ、四十数名の命を守った模範運転者と言われるに相応しい態度である。もし、この動作が無ければ意識なき操縦者の車はどの様になったか、想像するだけでも「ぞーっと」する。

 バスツアーを楽しむ中高年齢者が多く、仕事仕事の生活から開放され、健康な内にと計画して楽しむ人も多い中、高年齢者保険を徴収する手続き事務の初歩的段階からのミス続き、何たる失態。振り込めと役人は座ったまま、説明を聞いても理解が出来ない年寄や、出掛ける事も侭ならぬ人も居るにも拘らず、説明を聞きに来いとは何事ぞ、少なからず世の中に貢献度は役人よりは「まし」な高齢者達である。

 バスの旅を楽しむ中高年者を、命をかけて守り通した運転者の爪の垢でも煎じて飲んで貰いたい。余りにも無責任な仕事ぶりの人達にである。

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懐かしむ

「この人にトキメキ」と言う放映番組で、小澤昭一氏が得意のハーモニカと表現豊かに懐かしの童謡を聞かせてくれた。昭和四年、蒲田に生まれ育ったとかで、当時はトンボを追い、川でドジョウを掬い自然が豊かであったと写真で説明されていた。 

 貧生国と名付けたと言うほど国は貧しかったが人の心は温かく、不自由も意に介せず、工夫し知恵を働かし耐え、助け合いの精心に富み、よき時代であったと懐かしむ思いは全く同感である。

 四期下の志を同じくする女性と結婚され、夫を支える事に専念、芸の道を捨てさせた事を詫び、感謝の深さが感じられた。女性は斯くあるべきが「らしさ」ではなかろうか、現代は自由奔放、同権を振りかざし「二兎を追うものは、一兎をも得ず」の結果が多く感じる。特に芸能人の奔放さに影響を受ける嫌いがある事は残念である。

 「童謡を口ずさむ時、家内が共に口ずさみ、自分の忘れた箇所を正しく歌ってくれ、思い出させてくれるのが有り難い」との言葉に、慎ましく且つほのぼのとした夫婦愛が伝わり、これぞ本当のご夫婦、陰の如く従う日本の妻の姿を伺い知る。

 「シャボン玉とんだ、何処までとんだ」歌詞の思いが、ひしと伝わる歌い方、さすが役者、最後に「とんがり帽子の時計台」「緑の丘の赤い屋根、とんがり帽子の時計台、鐘がなりますキンコンカン……」と最後の歌詞まで歌われた。父さん母さん居ないけど……僕等の家よ」戦争孤児の辛さ、寂しさが伝わり思わず涙する。

 巷に溢れる浮浪児、進駐軍にチョコレートをせびる児、靴磨きの子等は垢だらけの手足、汚れきった衣服、銀座の歩道に進駐軍向けなのか出店が並ぶ、スカーフを頭に進駐軍と腕を組む女性、三越、服部は進駐軍専用、日本人は入れない。笑顔を見せようものなら進駐兵士が付き纏う、笑顔を見せるなと、お達しがある。新宿、池袋などには闇市と称する露天商が居並ぶ。当時の卵代と今とたいして変わらぬのが不思議。色々思い出した時間帯であった。

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水着

 撥水性と吸水性を兼ね備えた新しい水着が発案され、由り良い泳ぎが出来るとオリンピック予選会に金メダリストたちが着用して競うと新聞に載っている。マラソン選手の靴においても良い走りが出来るべく材質、構図、デザインまで開発に余念が無いと言う。

 メダル獲得の為、費用、時間を惜しまず開発に精魂を打ち込む。もし新記録が打ち出されたとしても、本人の実力なのか、身に付けている補助具によるのかと首を捻りたくなる。選出された各国の人々が同じ衣服を纏い、同じ靴を履いて競って出る記録こそ本物ではなかろうか。

 秘策を練って作り上げた物を身に纏って競技し、記録が出たとしても果たして本人の実力による正真正銘の記録であろうか?疑問に思う。オリンピックの始まりを思うと何処かで趣旨も認識も在らぬ方へ曲折してしまっているのではとさえ思える。

 故に政治色が絡み、聖火リレーも本来の姿は失せてしまう結果となる。「こんな筈ではなかった」と先人達は歎いておられよう。選出の仕組みにも疑問を投げ掛けている面もある様で、すっきりしない。オリンピックとは何なのか、原点に戻って考え直すべきと思う。

 内容は窺い知る術も無いが、選出されるまでの本人の努力以外に練習の為の諸費用、衣服費を誰が出費しているのか、社会人であれば会社が宣伝の為に負担もしようが、15~6の学生ではスポンサーは誰?さぞや親の負担はと考えてしまう。「蛇の道は蛇」が有るのかも知れないが、余計な心配をする。

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木の芽

 昨日の激しい雨風も夜半にはやみ、朝八時過ぎ頃から爽やかな日が差し始める。「一夜にして木の芽が伸びたわよ」と娘の言葉に急ぎ袋を手に木の芽取りを始めた。枝が揺れるほどの風でちくちくと棘が手の甲を刺すのも厭わず、柔らかい葉を夢中で摘み取る。独特の香りが漂い春を満喫。新芽も葉も柔らかい為か袋を満たすのに余り時間は掛からず、木の芽味噌作りの作業に取り掛かる。

 毎年繰り返し行ってきた作業ながら今年も出来た事は有り難く、剪定も予ねて芽を摘みながら、来年も健康で摘み取りが出来るかな?と、昨年は少し足りなかったので今年はたっぷり作るべしと、これから伸びる新芽が成長する段階で3~4回収穫する。

 良く洗い、水気を切り(完全に)未だ柔らかいので葉脈も其の儘すり鉢に入れ良く摺り、味噌、砂糖を入れ丹念に摺る。酒(味噌がへらからつるりと落ちる柔らさに入れる)醤油を少々入れよく混ぜ合わせる為に摺り、出来上がり。壜に詰め一年たっぷり保存が出来る。竹の子、蕗、うど等の和え物によし、豆腐を焼いて田楽味噌の味は格別。年中重宝する一品である。

 投書欄に温暖化防止を唱えながら、何故ライトアップに電力を使うかと、同感。大食い競争で人気取り、身の程知らずであり、勿体無さに怒りをぶつけていた。自然の恵みを感謝し、工夫次第で棄てる量も少なくなる。細く長く大切に使わなくては限りある資材を次世代に残さなくてはならぬと思う。ガソリンが高くなり、幾らか排気ガスも減るのでは?も、叉元へと嘆いている記事もある。政治も何処までごねれば気が済むのか、聖火リレーも昔の如くアテネから直送すればと、同じ思いを抱く。

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継続

 品川駅ホームに設置されている小便小僧の像に手作りの衣装、四季折々、記念日になぞらえて種々デザインした作品は200種に上るという製作者、田中英子さんが74歳で亡くなったと載っていた。作り始めたのは、年中裸で可哀想との愛情からで、病で手が動かなくなるまで作り続け、後継者として会が生まれ意志を継いでいると言う。私費を投じて継続する事は並々ならぬ事、奇特な話である。  

 一念発起、やり始めても中々継続は難しい。若い頃は続かない事の一つに日記、家計簿であったが何時からか、継続出来ている。苦手な事が一つ継続出来ると、不思議な事に他の事も出来る様になり満足度が増し、分野が広がって行く。故に年を重ねるにしたがって結構忙しく、ぼんやりの暇が無い。多分、この分では、痴呆病に付け入られる余地が無いかも知れぬと、いや、油断は禁物。レパートリーを増やさなくてはと思いつつ、いや現状を満足にと交々、体操、食事を始め、体に良い事は実行、継続である。

 ラジオで、早起きを奨励していた。どんなに遅く寝ても必ず決めた起床時間には起きる事が、頭脳の働きにもプラスし眠くなったら横にならず、数分の居眠りで解決でき、夜分の睡眠で充分解消出来ると言っており其の通であり実行あるのみ。

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 満開の桜の下を通りぬけ、葬儀場に運んだ同じ日の今日、散り初めているものの快晴、天気男と自慢していた主人に相応しい五度目の命日。巷は花見で道路が渋滞との事で、墓参りは午後からで、都合つく者のみが集まり、偲ぶ会をする。

 別れには色々あり、遠くへ行っても叉会える別れ、直ぐ会える別れ、会えるところに居ても二度と会えない別れと様々である。人の死に因る別れは親子の別れも辛く悲しいが、夫との別れは特別悲しく思う。赤の他人がふとした縁で結ばれ、助け合い励ましあい、苦労を共にしてきた相手である故かも知れない。

 充分尽くした積りでも悔いる事ばかり、「墓に布団も着せられず」とは良く詠んだものとつくづく味わう。何年経っても見送った人への思いは募るのに、易々と人の命を奪う人の神経を疑う。感情の赴く侭であったり、残しておけば不憫だと理由付けて、家族を道連れにしたり、個々に生かされている命の重みなど考えず、自己勝手な思いで奪うとは利己主義も甚だしい。

 「袖摺り合うも多少の縁」と、同じ空の下で生かされている縁を自分、他人に関わらず大切に、尊く労わり譲り合い、思い遣り深く命を大切にすべきと思う。

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鬼子母神

 母親を慕う詩は無視され、愛する母親の手で命を奪われる非情さ。鬼子母神は人の子を殺める鬼人でも、我が子に難が罹る時、わが子への愛情の如く人の親の気持がわかり、鬼より神に改まったと聞く。血肉を分け、お腹を痛めた子をよくもまあー、狂っているとしか思えない。

 何としても子供を授かりたく、奔走しても懐胎出産以外は実施と認めない判決に悩む親も居る。昔は、子無き夫婦が止む無く捨て子に迫られた子供を実子として入籍し、親戚も硬く口を閉ざし平穏無事家系が守られた時代もあった。

 戦後は戸籍上喧しくなり、貰い子、詰まり養子縁組となるが、長じてから経緯を知り睦まじい親子関係がしらけて、双方ともに悲しい思いをする例もある。法は切なる心情を判断し理解せず、規則で判断を下し血も涙も無い。かと言って加害者には被害者よりも温情ある裁きと記事にもある。

 朝ドラで里親の放映が始まった。親に見捨てられた子供が、情けある里親に育てられる関係は、悲しみの中に救いの手を差し延べてくれた温情を深く受け止める事ができるから、思いやりも生じ労わり合って生活できると思う。

 何があろうとも、自分の手で殺す情の無さ、何故、その様な気持ちを起こすか?どうしても邪魔なら児童相談所に相談できなかったのか。捨て子をすれば捜査され、相談しても簡単には引き取ってもらえない条件でもあるのか。相談も出来ない、自分に籠もってしまうのか?

 規則規則の「がんじがらめ」惨い結果が出なければ凡ては動かない。しかし裏を潜る人達は、お手盛りで潤い、其れも大きな金額を。差し迫った人への手は差し伸べられないものか、其の無駄遣いをと思う。

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花見

 風も無く花見に絶好の日和と急に思い立ち、娘とバスに揺られ井の頭公園に行った。未だ10時半と言うに場所取りのシートが池の周りに広げられ、桜の景観を損ねている。どの様な仕事に就いておられるのか、シートの上に寝そべっている。日暮れまで番を仰せ付かっているのであろう、ご苦労様な事である。「宴会は10時まで」と其処此処に垂れ幕が掛かり、分別ゴミ入れの大きな囲いが設えてある。可成のゴミに対応できる大きさで、さぞ収集費用も可成と察する。

 公園の周囲に立並ぶ家並み、普段は環境抜群、住居としては最高、さぞ満足しておられようが、年に一度、数日間のドンちゃん騒ぎは仕方なし、楽あれば苦ありと諦めておられようと推察する。

 池にはスワンの小船が所狭しと浮かび、間に挟まる如くボートが浮かぶ。池の周りの桜は残念な事に盛りを過ぎたが、花吹雪が水面に浮かび風情を満喫できた。

 休みの為か子供連れ、犬の散歩、遠方からか手作り弁当を広げている夫婦、水彩画を楽しむ数人、写真を取る人等々、其々に桜を愛で、楽しみ方も様々と感じ、人は大勢ながら森林浴も出来、幾らか空気も良いと感じ大きく深呼吸、気分転換できた。

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花びら

 強風にも耐え、僅かながら花びらを散らせている桜を眺めて思い出すのは息子の小学校時代、桜並木を通り抜け講堂での入学式を思い出す。緊張の中、ふと前列の紋付羽織の肩に桜の花びらが乗っている。黒地に桜色が映えて何とも言えぬ風情、うっとりと見惚れ、緊張がほぐれた事が50有余年を飛び越えて昨日の事のように思う。

 我が家への曲がり角の家に、枝垂れ桜と花水木が二階屋根を越すほどに大きく育ち、毎年見事な花を付け、居ながらにして花見見物が出来るものの、人間とは勝手なものとつくづく思うことは、葉が茂る頃は枝垂れの枝が通行人の顔を撫で、時には毛虫が垂れ下がり、障りでもすれば被害を受け、何とかならぬものかと見上げ乍ら避けて通る。

 花びらや、秋には枯葉が風に煽られ遠くまで運ばれ、駐車場の吹き溜まりにはゴミ袋一杯溜まる。見物させて貰った代償と、各家々の住人は寛大である。心で思っているかも知れないが、ついぞ文句を聞いた事は無い。きっと、美しい花に心癒され潤ったからであろう。

 我が家の猫の額ほどの庭にも地植え、鉢植え、プランタンにと咲き競っている、チューリップの鉢も蕾を持ち始めている。手入れは娘夫婦、私は見物人、良い身分と感謝し、花々が潤いを与えてくれ有り難い事である。

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引き落とし

 自動的に引き落とされる75歳以上に科せられる健康保険金。放映された90歳女性の年金受給料¥45,000から自動的に引き落とされ、電気、ガス料金、家賃を支払えば年寄りは死ねと言うことかと歎いていた。

 二年前に、強制的に踏み切った制度が今日から実施される。解説者が、制度を作った人も年を取るのにと、詰っていた言葉の聞こえは良いが確かに同じ様に老いても年金額、貯蓄額の差は段違いであり、低所得者の生活の苦しさは体験してみなければわかるまい。

 老夫婦が叉一組、生活に疲れて痴呆の妻を殺し自害した。介護保険のあり方も金銭が続くかの勝負であり、長引けば家族の負担となる。身近な例であるが、痴呆の伯母を約七年介護、自分の母も続いて介護、当人は肝臓を病み、ホームステイを利用しながら一人で介護の明け暮れ、昨夏、伯母を見送り暮れに母を見送り凡て終わった時には生活費にも事欠く状態、体も年齢も思うに任せず、恥を忍んで生活保護をとの矢先、先月風呂場で倒れ逝ってしまわれた57歳の生涯である。

 胸の痛みを覚えるが然し、今日からの制度実施を思うと、二人母に仕えたご褒美にお迎えが来たのかもしれないと。人生僅か五十年と言われた時代は遠き昔、平和と豊かさで寿命が延びはしたものの目出度いと喜んでばかりも居られない。自衛するにも限られた財には利息は無きが等しく、年金不足分をなし崩しで通帳が終わるか命が終えるか、知恵を働かして与えられた寿命を健康を維持して全うするほか無い。今日も感謝して明るくと、だが、暗いものが毎日払い除けるのに忙しい。

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