スタート
明治31年の今日、函館に女子修道院が創設された日と言う。男子修道院は明治29年に当別町に創立され、酪農などの労働に従事し、絶対沈黙・共同生活を守ったとの事。世の煩わしさから逃れられてと思った事もあるが、戒律は厳しく真の献身であることに敬服する。
コーヒーをブラックで一日数杯飲むと良いと放映していたが簡単に手に入る今、貧困日本であった頃、別天地との勧誘の言葉とは裏腹な、荒野での開拓の労苦は並の物でなかったと聞く。気候風土の異なりは甚だしく、開拓に使う道具すら満足なものも無く、精根尽き果て病に倒れ、命も失い帰国したくも旅費もなし、おめおめ帰れるかの根性で闘い抜いた一世達がコーヒー栽培に取り組み、ブラジル産を有名にした事は日本人のスタートに因る事を忘れてはならない。
年金制度のスタート時点では、厚生年金に入っている家族は遠慮して欲しいとの通達があり、数年後全員加入と改正され遡って納めた。年金とは、自分達が老いた時に利用出来るかのごとき解説もあったように思う。当時は納める人数は多く、利用する老人は少ない時代、沢山な金額をどう利用したのか、保養施設を数多く設置、浪費も甚だしく近頃は閉鎖している箇所が多くある、今になって不足云々老人からも平等に、若者達に負担をかけない為とかご都合主義。
私達老人から言わせれば、無駄使いした分を先ず返して貰いたい。使われない施設を売るなり、当時の役人が私腹を肥やした分返金するべきで、穴埋めが先決と思う。年金のスタート時の計画の甘さ、時代の読みの浅さの結果を、一番長く年金を支払った人から叉支出を促すとは、愚痴も出よと言うものだ。
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