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値上がり

 庶民の生活とはかけ離れた所で、ゆったりと政治論争と言うか、交渉なのか話し合いを未だ一日あると、のんびり構えておられる。片や勝算ありとニンマリしているとの記事に、国民の為と言いながら、我が党の浮上作戦如何にと施策のみに走っていると受け取れる。

 提案には、あれも此れも駄目出しばかり、秘策があるなれば提出すれば損はしない。国民は結果を出す。余りにも「ふぐ」の駆け引きの如く袋の中でわからぬ駆け引きが続けば、参議院での結果の裏返しとなるやも知れない予感がする。

 確実に日常生活に響く値上がり、食品類の値上がりはきつく、子育ての家族では大きな痛手である。食品類が工業的に用いられる為、食用が削られるとは此処にも捩じれか。紙上に「土に戻る衣料」と見出しに食品からの繊維で土に戻す事ができるとあり、建物の地下で栽培の食品から可能、製品には可成可愛い作品もあると。豊富に産出される食品であればだが、現在では食品だけでも国内産での需要を満たす事ができない現状、何を考えているのか、主客転倒である。

 値上がりの分、経済維持には中国食品を選べとあった。少しも国内生産への気分の欠片も無く、依存度は高い。一旦緩急の場合天変地変を含み、地続きの恐ろしさはあらずとも、運搬が絶たれる事態が無きにしも非ず、取り越し苦労ではない。お先に失礼する年齢ながら、後に続く人達への心配は尽きない。

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年度替り

 五十数余年、苦言を呈し続けた竹村健一氏が今月を持って引退なさると、TV上だけであって欲しいと思う。七十七歳との事、まだまだお若い。豊富な経験と培った知識で、鋭く批判をして頂きたいものである。

 昨夜、アウシュビッツの悲惨な収容所から百人逃亡し、五人助かった中の一人が、当時の実態を命ある限り伝えたいと、老体を杖に委ね世界各国を回っておられる姿や、原爆ドームを世界遺産にと奔走に骨身を惜しまず達成した方の苦心が放映されていた。「夜の霧」と題してアウシュビッツ収容所の様子を書き記された本を読んだ事を思い出し、人間が人間を此処まで極限の非道極まりない行為が出来るものよと身震いする。

 然し、解説者は言う。アウシュビッツでの窒息死、食事を減らして餓死させる。一人の失策で何百人も銃殺、ガス室に送り込む様々な手段で命を奪われる。原爆に於いても、惨いと言うか無残な殺され方は、アメリカに言わせれば国民をこれ以上死なせない為の手段であったと言うが、大量殺戮は原爆の方であり、今尚、20数個世界で保有している事を真剣に考えるべきと訴えている。

 戦争を知らない人達が多くなり、確かな歴史や戦争の恐ろしさを伝える人が世を去って行く。文化、芸術凡てに於いて、素晴らしい功績技能、才覚を皆、持っていってしまう。伝えていって欲しい。学んで欲しい。此の儘では良いものが凡て頓挫してしまう。

 医者志願者も少ないと。医者には学問と博愛の心と技術が必要であるが、学資が掛かるので一般的には到底進学できない。見回せば凡てに此の傾向が見られる。農耕に於いても然り、生産の労苦よりホワイトカラーで楽な、手っ取り早い収入を好む。伝わるものも伝わらない。捩じれ国会は捩じれ国家の表徴かも知れない。憂うるのみ。

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小さい親切

 曽野綾子さんの「小さな親切、大きなお世話」と題しての寄稿欄に、成る程と思いつつ戸惑いを感じた。自分では親切心で行う事が、受け取り手によってはお節介と、迷惑に感じるかも知れない。さりとて何処までが「大きなお世話」になるのか、小さな親切をして自己満足に過ぎないのか靄が渦巻く。

 確かに他人様が誕生日を覚えておられカードをお送り下さる事も、若い頃は素直に喜べたが、歳の重みを感じたり、返礼を書かなくてはと、人によってでは在ろうが重荷に感じたりもする。以前は自分もまめに誕生日祝いを出したものだが、今、思うと小さな親切の積りが大きなお世話であったかも知れないと反省する。

 大きな親切で、ご自分を犠牲にそてしまわれる悲しい事件、よもや自分の命を落とす結果になろうとは、咄嗟に、あれこれ考える余地はない。ただ助ける事のみが行動となる。美しい人間本来の素直な心の表れと思う。

 「大きなお世話」と受け止めるか、相手の好意に対して心から感謝して受け止められるか、相手の気持を読み取る心を持たなくては、無味乾燥の世の中になる事を恐れる。

 突き落とされた方が第一報では重症とあったが、運ばれた病院で亡くなられたと、一人の勝手な行動が、命を奪い双方の家族を悲しませる。犯行者の父親の切なくやり切れない「こんな子供に育てた筈でなかった」と、思いもよらぬ我が子の犯行に歎く思いが伝わる。胸が締め付けられるような記事ばかりである。

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渦中の人

 又もや18歳の男性が、ホームから見知らぬ人を突き落として重傷を負わせたり、一年を過ぎようとしても英国の英語教師殺人犯が捕まらない。家族が犯人逮捕に協力を求めて異国の街頭でビラ配りのニュースに胸が痛む。

 民主党の政権取得の政策の為かわ知らねども頑として譲らず、さりとて提案もせず、耳も貸さず数日で四月一日が来る。25円安くなれば車族は喜び、排気ガスが増える。「死ね」と言うことだと30年余スタンド経営者は歎いており、寄らば大樹の陰的なスタンドではお客様大事と身銭を切っても安くすると言う。早々と10円ぐらい値引きして、仕入れた量を少しでも減らして一日を迎える手段をとっているスタンドもあり、苦肉の策であり成る程と頷く。

 四月から何かにつけて高くなる。高齢者は不要とばかりの態の良い姥捨て、下手に働くより生活保護を受けた方が徳と言う輩もおり、世の中捩じれ切っている。高給取りの政治家達には庶民の苦しみは理解出来なかろうとぼやいても届かず、何事に於いても、どっぷり立場のなかに浸かりこんでいる人には渦の外は見えなかろう。

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異変

 「桜にきのこ」乾燥時に出る「きのこ」で、異変だと報道している。五月初旬の気温が週末に来ると予報しており、確かに陽気も異変、世界中異変が生じ始めている。

 植物も鳥類も移動し始めて、今迄、見た事もない鳥が飛来したり、多摩川に魚の群れが遡って来たり、温暖化が進んでいる事は確かに現れ始めている。

 人間の心にも温暖化の影響が及ぶのか?環境変化に順応し易い性質なのか、正業に着かずともアルバイトで安直に小遣い稼ぎが出来る世の中の所為か、稼いではゲームに熱中し、ゲームの世界と現実との判断も出来ず、主役になりきり実行に及ぶ。ゲームに思考力をコントロールされてしまい、ゲームの筋書き通り凶行とか、何と恐ろしき時代である。

 警官の連絡不行き届き、配備不足と批判も然る事ながら、善悪の判断もつきかねる弱者の心をコントロールしてしまうゲームが蔓延る根拠を取り締まるべきである。如何したら犯罪を無くせるかの妙案も疎か、政治家達の論争も異変としか言えない。

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無差別

 クリスマスには意味などはさて置き、街々は飾り立て、プレゼントだケーキだと騒ぎ立てる割に、イースターには余り関心を示さない日本人と言う記事を目にした昨日、息子がゆで卵に油性絵の具で花々を書いた卵を貰い、今朝、丹念に殻を剥ぎ取り何とか色紙にでも貼り付けて残したく思いながら中身を食す。 

 ニュースでは休日を其々の計画を持っての外出先で、無差別の殺人魔に命を奪われたり、重軽傷を負ったり恐ろしい現場に出くわした方々、その人に授かった寿命と片付けられない悲惨な出来事である。「人を殺したかったから」と無造作に言ってのける心理、何故、此の様な人間が構成されてしまったのか、自分の欲望を満たす為には道義など微塵も持たない人間が存在する事に恐怖を覚える。

 昔は人を殺めたり火付けをすれば、どれ程の罪になるかを折に触れ教えられ、刑罰も人を殺めれば死刑、その昔は火付けは火焙りの刑と聞かされた。重い刑は人々への見せしめになり、絶対してはならぬことを身にしみて教え込まれた。 

 犯人の顔写真を公開していれば早く捕まえられたのにと言っていたが、人権云々と言う事で覆い隠す。更生の余地があるからと殺人者の刑が考慮される。然し、事件を起こした人は刑を終えても必ずと言うほど再び同じ罪を犯すと、はっきり数字に出ていると言う。

 終身刑と言っても、外面的忠実で点を稼ぎ、恩赦を利用して出て来るという抜け道もあると内部での囁きもあるとか、「蛇の道は蛇」である。記事に弁護人は加害者を擁護し被害者には冷酷とあり、其の通りと感じる。

 正当防衛以外、尊い命を故意に奪う、なれば己の命も法によって奪われるべきと認識すれば、少しは己の命と引き換えの重さを知らしめることが出来るのではないか。

 刑務所に入れば生活が出来ると万引きする愚か者、政治犯迄を加えると満杯で、新設を要するほど服役者が多い。情けない数字と疎かに思えないのは凡て税金で賄っているのではないか。裁判官は穏かに、理由付けて判決を下し、死刑許可の印を押せばとやかく言う。此れで本当に犯罪者が減るのであろうか、如何したら心を糾す事ができようか、深く考えさせられる。

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晴れやか

 浅田真央さんの晴れやかな顔、栄冠は努力の賜物ながら、怪我の為棄権した安藤美姫さんの涙に籠もる思いを忍ぶ。

 今朝から高校野球の爽やかな試合が始まる。汗と泥にまみれ、力一杯戦う若者の清純な姿に感動し、今の気持を忘れずに世の中に巣立っても、世の荒波に挫けずに戦い抜いて欲しいと願う。

 爽やかさに比べ、相変わらずニュースに上る与野党の駆け引きと言うか、腹の探りあいと言うか、果ては政権争奪戦序曲を掻き鳴らしてるとさえ感じる醜さ。性懲りも無く、未だ道路予算の見直しの無い担当大臣の発言に驚く。東京湾に、更に橋をかける計画に莫大な予算。「私の代で此の計画をなくしたと在っては」との発言に呆れる。国民から吸い上げた税を以って、自分の名声を残すのみに心を砕き、大臣の責を汚しているとしか受け取れない。

 木更津の現況を取材していたが、一本目の橋が開通してから対岸へ買い物に行っても対岸からは全く人が来ず、商店は弊店、進出のデパートは引き下がり閑散としている状況でありながらも、これ等を無視してまで一旦組み込んだ予算を使わなくてはと、頑なに何故思うのか、不思議でならない。上坂冬子さんが言われる如く、緩んだゴムひもの国、政界である。スキット晴れやかに裁くお方は現れないものか、無理かも知れないが。

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水も輸入

 最近、驚く事ばかりのニュース、呆れる番組に愛想を尽かし、三時の小休止の時間帯にNHK高校講座を見ているが、昨日、水に関しての講座で「エェー!」と驚いた。まさか水まで?思いも依らぬ事、今迄知らなかった事に、叉びっくり、一体どうなってしまうのだろう、如何して?と背筋が寒くなる思いがした。

 一人当たり1,800ℓの水を世界各国から輸入していると、世界地図上、日本に向けて各国から赤線が集中している。講師が迂闊に使う水を、もっと大切に心して使うようにと結んでいた。

 東京水と銘打って売られているのは隅田川から取り入れた水を最新科学施設で濾過、分離し美味しい水になっているとの事。売られているペットポトルの水は、輸入された水の加工品であるようだ。然し大量の輸入水は一体何処で使われているのか、利用の分類を知らせる必要があると思う。さすれば、水の節約心も生まれよう。

 温暖化で世界各地に於いて変化が起きている。オーストラリアでは旱魃でひび割れ状態の土地には生態系も損なわれているとか、アフリカも同じくである反面、水位が上り住む所を失いつつある島々もあり、この分で行くと60センチの水位が上ると日本の砂浜はなくなるという危険状態にある中、飲み水が各国で不足していると言う。アメリカなどでは地下水を大々的に汲み上げているが、ここ数年で半減しているにも関わらず、目処がつかないとか、斯うした状況の中で日本は水を輸入しているのであれば、近い将来行き詰まるのは必然。

 輸入すればあると楽観している考えに警鐘が鳴り始めている。手始めに、農薬入り食品とそろそろ問題が出始めている。生活上、衛生上か、処理に窮してか、一般家庭まで水洗に制定され、清潔ではあるが水道料に付随して下水道料金が請求され高額であり、此ればかりは節約出来かねる。聞くところに因れば、メーターとにらみ合わせ、近くのコンビニを利用して節約を計る家庭もあるとか、宜(ムベ)なるかなである。

 贅沢に慣れきった国民生活をどう引き締めて行くか、政策に依存の前に国民一人一人が知恵を絞らなければ生活事態が沈没しかねない事を憂う。余命指数程であるが、戦前、戦争中の不自由さに耐えた者にとっては耐える自信はあるが、戦後の方々は心引き締めて節約に心掛けて頂きたい。      

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思い遣り

 或る機関紙に「思い遣りのこころ」と言う記事を読んで、感動的な話が載っていたので要約して紹介するとの書き出しに目が留まり見入る。『若い夫婦連れが、デイズニーランドのレストランでお子様ランチを頼む。アルバイトの青年は「失礼ですが、お子様ランチは何方が食べられるのですか?」と尋ねた。妻が「死んだ子供の為に注文したくて」と其のいきさつを話してくれた。夫婦は中々子供が授からず、やっと生まれた娘は体が弱く、一歳の誕生日を待たずして亡くなり、今日は其の子の命日なのです」と。「生きていれば此処で一緒にお子様ランチを食べたのだなーと思い、つい注文したくなって・・・・」アルバイト青年は「お子様ランチ承りました」と。  

 青年は二人用のテーブルから四人掛けの家族テーブルへ案内し、子供用の椅子を持って来て「では、お子様はこちらに」と、まるでお子様が其処に居るかのように、お子様ランチ三人前を持って来て「ご家族でごゆっくり、お楽しみ下さい」。青年は笑顔で去って行ったそうで、夫婦は涙が出るほど嬉しかった。」題名を飾るに相応しい爽やかな、しかも感動的な話、今だからこそ「思いやりの心」が求められている』とあった。

 流行り言葉で空気を読む「KY」と言うが、思い遣りが無くては読み取る事はできない。以前は、思い遣りの心を持たぬ方が恥しかったが、今は、思い遣りの気遣いさえ気付かぬ人が多い。自分さえ良ければが余りにも強すぎる。恥しき事ながら、シニア層に勝手人間が多い。子供がたしなめても「いいんだよ」とルール違反を平気でする親も居る。世の中、凡ての人が「思いやりの心」に目覚め、小さい事から実行して行く事に励んで欲しいと願う。

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報道

 投書欄に、テレビ出演のタレント達が夏の服装的、薄着で出演している。省エネと謳いながら、室内の温度設定はどれほどにしているのか疑問を持つとあった。同感である。

 省エネを放送しながらアナウンサー達が手にして読み上げる紙の枚数、ボードに貼り付ける紙、その他に使う紙の多いのに驚く。一日の量にしてみれば莫大の量であろうに、しかも一社だけではない。節約できる所から知恵を絞って実行して貰いたい。

 タレント達が地方を訪問して、特産物などを紹介するのは良いが、生り果物をその場で味わうに、皮や食べかすをその場に棄てる行儀の悪さ、生産者に対して失礼である。自分が持ち帰る姿勢を示すべきで、斯うした態度が、何処にでもポイ捨てを平然とする原因を作り出す目から入る効果の恐ろしさでもある。

 叉も、と言う如く火災で老夫婦が命を落とすニュースに、失火原因を調べ中とあるが、一ヶ月間の統計上だけでよい、原因を知らすことで各家庭で注意でき、無駄に命を落とさずに済む。ただ、報道すればだけでなく良い結果を齎す使命が含まれていると思う。

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約束

 新聞社の応募作文「約束」と題しての当選者三名。何れも感銘深く読んだ中で、引き上げ船の中で毎日子供達に飽きさせず、昔話を始め偉人伝を聞かせてくれた「がりがりおじさん」と呼ぶ程、痩せこけた小柄な男性だが何をしている人かも解らないが兎に角、話は旨い。話しの終りには必ず「良い日本人になれよ」と結んだ。

 良い日本人とはと、解らぬままに不自由ながら引き揚げ後の生活に慣れた或る日、母親が呼びに来て、ラジオから聞こえて来る話に耳を傾けた。忘れもしない「ガリガリおじさん」の声、母が有名な落語家の「志んしょう」さんだと教えてくれた。其の時「良い日本人になれよ」の意味を理解出来、そう成ろうと今日に至ったとの内容である。意気消沈の引き揚げ船の中、ご自分も皆に劣らぬ境地でありながら、三十有余人の子供達を前に毎日話し続けられた行為に頭が下がる。

 「ちりとてちん」で落語界の訓練、厳しさを窺い知るが落語の語りの中に、人のあるべき姿を学び、実行した方である事を知り、タレント達の面白い動作で人気取りに専念せず、しっとりと人の心に刻まれる笑いと涙ありの落語で人の心を呼び覚まして貰いたいと感じさせられた入選文である。

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銀河

 人間とは面白い性格で、無くなると言われれば無関心であった事柄にも急に関心を寄せる。私も其の内の一人であり、十数年前までは便利に利用させて貰った事を懐かしく思い出す。一つづつ消え去り、知る人の記憶の中だけに残る。今は文明の利器によって確かな事が記録に残るが、以前は口伝や書き物に残されるだけで、人の記憶に頼るに至っては、当時を知る人を数人集めて記憶を呼び覚まさなくては曖昧な事が多い。

 東海道線も国府津~小山=御殿場~沼津へ迂回していたのが、丹那トンネル開通で時間短縮、「つばめ」「さくら」と特急が走り東京大阪間が短縮されたと言えども10時間余掛かった。寝台車が出来、夜行列車の疲労は解消されては来たが、東北本線では寝台車は大分後になったと記憶する。

 列車の中は旅は道連れで、意気投合し長くお付き合いした人も居た。荷物を網棚の上に載せるにも見知らぬ人が手伝ってくれ、勿論降りる際はホーム迄下ろしてくれ、皆親切であった。ホームで手を挙げれば赤帽が飛んで来てくれ改札を出るまで運んでくれる。人と人との温かさが溢れていた良き時代であったことが思い出され、「銀河」が失せると同じように人の情けも冷えて行くように淋しく感じる。

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思い出

 俳優の根岸明美さん、舞踊家の石井みどりさんの死亡通知を目にする。根岸さんは30年代頃最も活躍され、姑も女優であった。子供さんが息子と同じ学園であったので父兄会、運動会などで、良く言葉を交わした。

 石井みどりさんは、石井漠さんの娘?か石井漠舞踊団の一員で、小学生にもバレーを観賞出来るよう働きかけ、地方公演も盛んにしていた。ロシアのバレリーナ、バブロワに学んだとも聞く。当時、崔承嬉(字は定かでない)サイ、ショウキと言う当時の朝鮮出身で、美しく素晴らしいソプラノでの歌声と、白鳥の湖のバレー姿は忘れられない。戦後、何処に居られるや、名前を知る人も少なくなった現在、消息はトンとニュースにも上らない。10年ほど前、韓国の人から朧気だが北朝鮮に居るのではないかと聞いたが定かではないとの事。彼女の人生も終戦と同時に一変してしまい、親日家とされれば北では不運であるかも知れない。

 有名人、友人、先輩、後輩、旅路を終えて逝く。個人個人への思い出が昨日の事の様に懐かしく思い出される。良く覚えているのも歳の所為かも知れない?誕生月を祝う葉書を受け取り、発送者が同世代であれば達者を喜ぶ。何時かは思い出も朧気になる日も来るかも知れないが、頭の体操、体の体操にも怠り無く元気で生かして頂くべく励むべしである。

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心の青春

 中野ブラザーズが、タップを踊り続けて60年目の公演が銀座で行われた様子をTVで見て、励ましを受けた。弟71歳、兄72歳、弟は福岡、兄は東京と離れての住まいながら行き来を重ね励まし合いながらの快挙である。歳に違わず足の痛みを抱え、病を克服した兄を労わりながら見事に舞台を終え、息が弾みながらも顔には満足感と艶々した若さが漲っていた。

 有名であろうと無かろうと与えられた自分の生活を成し遂げる、へこたれない姿勢が必要と感じる。歳だからと諦めず、歳だからこそ努力を怠らない、肉体は歳なりに衰えても心は何時までも青春を保たなければならぬ事を教えられた。

 「同行二人」の文面でも、功なり名を遂げた松下幸之助さんは何時も聞く耳を持っておられたとある故、更に、功なり得たのであり心は常に青春であられたと感じた。

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失敗は成長

 TVで野村監督の過ぎこし方を知る。一見、強そうな面立ちや、夫人の件で余り好感を持てなかったが、苦労や努力の生い立ちにて培われた人間性を垣間見、「失敗は成長」をモットーとして指導されてきたとの心情に、人は見てくれだけで判断できぬと恥じ入る。

 得てして、苦労なしに過ぎて来た人には思い遣りが情けないほど無い。苦労にまみれて卑屈になる人あり、苦労を糧として磨かれる人ありではあるが、後者の方に成長されれば人間性は豊かである。

 苦労して覚えた人の教え方は理解できるように教える。秀才で難無く覚えた人は、解らないで苦しむ人の気持は理解できず「如何して此の位が解らないのか」と苛立っている。

「失敗は成長」と猶予を持って先輩は後輩を指導すれば、落ちこぼれなどと言う言葉は無くなるであろうし、自分自身に対しても励みの言葉である。

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攪拌

 日銀総裁の件で、紙上に、民主党の狙いは総裁人事を混乱させ、政局を有利に運ぼうと言うことだろう「政争の具」だと載っていた。始めは期待を感じた党であったが、期待外れを感じる。「我田引水」としてもなりふり構わずの態に見える。只、掻きまわし、駄々を捏ねているように受け止められる。政治のテクニックなのかはいざ知らず、自分達ならば斯うするとの案を打ち出し、駒を進めれば党の真意が読み取れも出来、次期はこの党に任せられると信頼出来る。

 今の状態では、反発だけであれも駄目、此れも駄目、態度で示すにも事もあろうに欠席とは、欠席分だけ手当て返上を願いたい。民主党ならと政策を堂々と打ち出せないのか、手の内を明かさない企業秘密としたいのか、自民に勝る政策を打ち出し、議会で正々堂々と議論を戦わせれば、さすがと民主党に期待を持ち次期政権を安心して委ねられるのだが、落胆のほかは無い。

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延命治療

 遠藤周作夫人の御主人を介護なされた時の話に、室外に出る様と医師から言われ、次ぎ、呼ばれて入ったら、ご主人の一番望まない、常々主張してきた延命処置が取り付けてあり、愕然としたが、翌日「止もう得ません、取り外します」なれば、何故取り付けたかと不満に思った。外されて、安らかな表情で逝かれたとあった。

 思い出すのは、取り付けるかどうするかと問われた時の返答に窮した事である。主人は兼ねてより延命治療は止めてくれと言っていたが、家族の判断に任せられた時、止めて呉とは言いかねる。取り付けて退院まで漕ぎ付けたが、準備中に誤飲し肺炎併発で敢え無く逝ってしまった。例え退院し永らえたとしても、物言えず、流動食では辛かろうと、短期間でも延命治療の日々を過させてしまった事に悔いる。

 命の終りはどの様に迎えるか、予知出来ない。願わくばコロリト、誰もが願うことではあろうが、過ぎこし方の自分なりの付けの分量の、総決算としての引き際が与えられるのであろう。

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出会い

 歌手の中島啓江さんの「凡ては出会いから」の記事を見て共感する。彼女の母御が娘時代看護見習いとして大連に、帰国の為、乗船の列にいた時、見送りの中に世話になった人の姿を見つけ、礼を言いに列から離れた為に次の船になる。先の船は日本海で撃沈され、挨拶に列を離れなければ今の自分は生まれなかった。オペラから新しい世界への扉を宮本亜門さんとの出会いで開かれ、企画、演出「夢であいましょう」で永六助さんとの出会いで、色々アイディアや歌詞を作って下さり、叱咤激励され今日の存在で、嫌な出会いのあとには必ず良い出会いが来る。人を否定せず其々の良い所を信じて行きたいと結んであった。

 一人一人に出会いがあり、其の為に苦しめられる事もあり、慰められ、喜びを与えられ、感動を受けたり教えられ、励まされもする。あの時にと悔やむ思いもあり、今生かされている事に「良くぞまー」と感謝のほかは無い。出会った人々を思い起し、凡てが感謝で受け止められ、予知出来ないこれからの出会い、如何なる展開にも莞爾として受け止められる心の余裕を養いたく思う。

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何故?辞任

 投書に何故辞任を迫るのか、辞めさせれば済む問題でなく責任を取る姿勢で取り組んでるのを認める様に、辞任を迫る野党を批判していた。同感である。議会を休まず協議をすべきと共産党は言っている此れにも同感である。空席にする事は勤めの放棄であり、又もや選挙への応援に臨んでいる事には、投書者同然、腹立たしい。

 必ずしも自民党礼賛者ではないが、批判や議事進行を妨げる手段は如何な物であろうか?堂々と議論を交わし、党の案を提出し、一番良い政策を打ち出す姿勢であれば、国民は見逃さない。安心して国政を任せられる党として認められよう。現在の姿勢では投書の人と同じく反発心を抱かせる結果となろう。政治を、議会を駆け引きの場として利用して貰いたくない。議事を纏め、緊急に制定してもらわねばならぬ事が沢山ある。徒に時間を費やして、給料を懐に入れられては困る。

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自転車

 自転車二人乗りは、今迄でも禁止であったが更に規制を強めるに当たり、子供を乗せた三人乗りに付いての許可論が持ち上がっている事を放映で知る。レギュラーの一人が、「三人載りでも危険性の無い規格品を作れば」と提案していた。確かにそうであるが、コストが上り子育ての家庭では求められない値段となるであろう。子育て支援として其れこそ購入費助成金制度を設けての上で、厳しい規制を制定し、事故防衛策を取ればと感じた。

 子育て支援と称して駅の近くに、叉は会社に託児所とかを論じるが企画的には理想でも、其処まで子連れでどの様にして通えと言うのか、首を傾げたくなり、絵に書いた餅の如きである。

 背中におんぶ、前後に子供を乗せた逞しい母親の自転車姿を見ると、安全な企画の自転車が容易く求められる援助の実現が望ましい。今朝も、幼稚園送迎者による見送りの幼児が轢かれて命を落とした痛ましい事故。「何時もの通り」 「うっかり」 と言う一瞬の隙に起きた事故。運転者は、真面目な精勤である人物とのことだが、運転者も見送りの親にも落ち度があると感じる。送迎車を群がって待つお喋りに夢中の親達を目にする。情報交換場でもあろうが、一瞬の隙が事故を招くのは何事にも起こり得る事柄であると臍を固める。

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案の定

 「案の定」と言う言葉が出て来る中国の答えである。今の政治家は中国国家の性質と言うか体質を見抜く事も出来ず、昔からの経緯もご存じない。体質上、当然の答えである。日本が納得出来る答えを期待するのは無理であろう。「暖簾に腕押し」である。

 政府に期待?中国の返答への期待?はさて置き、此の事を機に国民が先ず目覚めなくてはならない。安物買い、手抜きの為に冷凍物を漁る志向に付け入られてしまった結果である。真心を籠め、食材を無駄にすることなく調理すれば、経済的に少々高くても採算が取れる。

 放映される料理長とやらの調理を真似する向きがあるが、美観+食感を売り物にしている技を取り入れるのでなく、手際や味付けを学ぶべしで、栄養のある皮を分厚く切ったりの不経済な調理法である。親から代々の調理を受け継がない女性達は放映された事を直ぐ実行する。時には棄てる分量の方が嵩む、勿体無い。

 調理法を考えれば棄てる所は無く、多少高くても採算は合う。国内産を尊び、(国内で取れない果物類は別として)外来物に頼らず自給自足の国家に蘇えらせるべく、認識を新たにするべしである。

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