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遂に

 薬物中毒事件の報道に、昨年から起きている少人数の時に疑い、追究すべきで、関係者が「連絡しても上からの結果指導が来なかった」と縦割り行政の手緩さが諸に出た。

 此の報道に直ぐ思い出したのは、ミート偽装の社長が「安いものを好み、安くしなければ儲けが無い。だから考え出した」と。機械まで考案し棄てる物まで利用し、作り出した食品類で、よく被害者が出なかったとゾ-ッとしたが、もっと恐ろしい事が起きてしまった。

 「安物買いの銭失い」と言うが苦しい思いをし、命まで落ちしかねない輸入食品の危機の到来である。中国人には被害が無いとすれば、安値を迫る日本の買い付け業者が醸し出させたのではないか。買ってもらう為に、原価を落とす事に苦心し、貧困農家は生産量を増やす為に使用したのか、根本を追究しなくてはならない。

 食に限らず衣類、機械に於いても生産コストが低い国に流れて行く。食品で無いから未だしもだが、国内では生産コストが高くしなければ生活が立たない。高ければ仕事は来ないの悪循環。農村に於いても然り、農業だけでは貧しい、若者は都会へ流れ、一旦都会生活に馴染んだ者は汚れ仕事を嫌う。農家の跡継ぎは無く、畑は徐々に姿を消す。漁業も然り、後継者がいないのは生活が出来ない状態に追い込まれるからで、後継者が居ない、収穫量は減る、輸入に頼る、結果は国民が被害を受ける。

 安い食料を輸入し、方や近海での漁獲鮪は業者の手が出ない高値で中国へ買われ、純米は高値で中国へ売り込み、買い付けられてゆく。此の儘の状態では、戦争反対、平和存続と叫んでも、食材、衣料生活製品に至り、完全に敗北的様相がやがては来る事を、消費者は肝に据え、生活の基本を考え直すべき事態であることへの警告と受け止めるべきである。

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条件

 介護制度により、車椅子散歩の介添えは制度上では不可ながら、多めに見過ごされていた事が厳しくなり、介護費請求は出来ないとの記事を見た。寒い日に膝に毛布を掛け、首巻き帽子と言う寒さよけの出で立ちで車椅子散歩の方を見かける。当事者に直接聞いた事は無いが、体を動かしてこそ暖が取れるが、防寒具に覆われても寒くなかろうか、青ざめた顔色からして本人希望での散歩なのか?介護者は、散歩の方が労力的には楽の為に薦めているようでもありと、勘繰る状態を目にした事もあり、真から被介護者の希望でなのか、項目の一つとしてなのかと疑問に思ったこともある。

 今回の介護に対する項目の条件の厳しさは、良く取れば本当に必要とする人の為、有効に使う様、無駄な事への流出を防ぐのであれば頷けるが、判断は難しい。例えば、救急車の乱用が、本当に必要とする人の為に間に合わなかったりの被害も出てきているのと同じく、介護を本当に必要とするのかと思える人も制度を使わなくては損とばかりに利用している御仁もいる。

 逆に制度が厳しくなったからと、時間途中で切り上げる不愉快な話も耳にする。血も涙も無い、時間の融通も利かない介護では先が思い遣られる。自己管理を密にし、健康で残された日々を過すべく努力の他は無い。

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25円

 ガソリン税を巡っての説が、新聞でもTVでも載らない日とてないが、与党説の様に本当に地方での橋の修理、管理。豪雪地方での除雪費用等、日常生活に響く問題に関わって来るのか、地方からの苦情の声は聞こえてこない。ガソリンが安くなれば排気ガス量が以前の様に多くなり環境汚染に拍車が掛かるとか、論議は盛り上がる。

 ガソリン税も然る事ながら、ガソリンの輸入量が減り、ガソリンの値上がりによって生活物資が値上がりして行く方が脅威に思っていたが、何時の間にやら税の方に掏り替わってきた。ガソリン税が無くなれば安くなり、此れ幸いとふんだんに使える状況なのであろうか?資源には限りのある現代、産出国では出し惜しみ、原油のありかを捜し求め、掘削を開始した国との提携説はニュースに上らず尻切れトンボ。

 何にしても石油産出国でない日本、原点に帰って考え直すべきではないか。ガソリンの値上がりを阻止する為に暫定的の法律を変え、次期内閣成立を狙う政策の為なのか、ガソリン税25円安くなる事での国策、国民への利害の真理を明らかにすべきと思う。

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取り組み

 久し振りに相撲らしい相撲を見せて貰った。渾身の力が皮膚を染め見応えがあり、両力士の健闘に拍手を贈る。相撲好きのお国柄の人とは言え、日本の伝統ある国技に挑み、厳しい相撲界の風習に準じ、精進しての勝負。特に勝手な振る舞いと受け止められる状況を醸しだし、屈辱的な批判を浴びながらも耐え、手を握り締めるほどの闘い振りは見事であり、負けながらも朝青龍の顔に何かが吹っ切れた様な爽やかさを見た。

 足首にテーピングをしていたが、両力士とも素手で取り組んでいた。当然の事であるが、近頃の力士は両手にぐるぐるとテープを巻き、拳闘家の真似か、四十八手と言われる技も使わず、張り手で押し捲る一手だけしか使わず、此れで勝っても値打ちは無い。親方がよく許していいるものよと腹立たしく、相撲の技の面白味も無く、見ることも遠のく。

 手に汗を握らした両力士に立ち向える日本人力士の育つ事を願って止まない。「俺も悪かった」と朝青龍の言葉に、心の辛さに負けた己を恥じての言葉と受け止め、これからは謙虚で力持ちの力士として白鵬と共に相撲界に活気を与え続けて貰いたい。

 前々回のブログで「薬害による云々」は知人の出来事です。言葉足らずの為、ご心配を掛けたことを、お詫び致します。

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リサイクル

 リサイクルについての対談でペットポトルのリサイクル方は、各地によって異なる事を知った。燃えるゴミとして収集、水分を含む生ゴミと一緒に焼却すると燃焼が効率が良いと理解している市町村もあれば、分別を徹底させ、ペットポトルをリサイクルに回している地域も有れば、全く分別など意に介せずの町村もあり、統一されていない事に驚く。

 環境、リサイクルについての学識者の言い分や、分別し収集してリサイクルを必要派の言い分を総括した話は、リサイクルされている結果の状況や数字は全く発表されていないと。成る程。年賀葉書やコピー用紙も、再生紙を使用していないのが本音の様だ。見栄えが悪い、詰りは買い手のご機嫌取り、売らんかなに尽きる。心底には資源の無駄ずかいに対しての協力心は微塵も無い。

 作り手も悪いが、買い手も悪いのか、騙されているのか、実に情けない。情けない事の一つに、ペットポトルを砕片にした物を中国が高値で買い取りに来ると言う。国内では単位35円なる物が、数倍の値段で買い付ける。業者は有り難く歓迎であろうが、資源は流れて行く。日本領域内で取れた本鮪は、業者の手が届かぬ高値で中国業者が買い付ける。昨日のニュースでは、新潟産のコシヒカリが買われ、其れに乗じて大体的に輸出すると言う。徐々に吸い取られ、貧血を起こしかねない。

 お役人さん方、手を束ねて見ていて良いのですか、ガソリン国会等と嘘いていて良いのですか?足元から攫われつつあるある現実を把握し、国民を守る事に徹すべきではなかろうか。

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マイナスイオン

 体に良いと謳い食品にも器具にも付けられている、マイナスイオンとかクラスターとかは一兆分の一位に過ぎず、実際どれほどの量が含まれ、体に良いかは証明されていないと言う。

 健康を気にする人々の関心をそそり、横文字を付けて納得させようとする製品は多い。此の食品が良いとTV で照会されれば売り場からは即、姿がなくなる売れ行き、関心が強いのか、乗せられ易いのか、私も何度か乗った口でもあるが、少し賢くなり殆ど乗せられない。

 蒸留水器の走りに使ってみたが、清潔度に欠けている状態を発見し、其れ以来水道水を沸騰したら、蓋を開けて4~5分沸騰させ、ポットに入れたり湯冷ましにする。売り物の飲料水と内容は何ら変わらぬ結果であると衛生試験場の数字が出ている事を知る。

 空気清浄機にもマイナスイオンが謳われているが、確かな数値、効果は無いに等しいとの事。乾燥を防ぐのには濡れタオルでも吊るしておけば可成の効果はあるとの事、安上がりと電気も使わす環境保全の一助にもなる。

余談だが、血液さらさらにしなくてはと医者に薦められ長年服用し、安心していた所、右手がポンポンに腫れ、手先まで紫色になり慌てて病院へ、別の科で診て貰った結果は薬害とわかり即、服用停止徐々に回復中。「過ぎたるは猶、及ばざる如し」。用心用心

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矛盾

 少子化対策として色々打ち出されているが、先ず、結婚志向者が少ない。結婚年齢が高く出生率が低い。調節によるのか子供の人数を制限している。一人~二人で三人は珍しく、此の分でいくと人口ゼロになり兼ねない。大手会社では保育所を設けたり苦心はしているが、子連れで出社とあれば満員電車で?車で出勤でもするのか?共稼ぎであれば賄えるのか、矛盾している。

 出産を控え異常事態に救急車の連絡に応ぜず盥回し、親子共々命を失う。産婦人科の医師が不足、産婦人科が閉鎖される。地方では、隣接地まで行かねば産婦人科が無い。いざと言う時の為、其の土地に仮住いをすると言う。無い無い尽くしの中で、子育てに尽力を謳っても順序立たない。1~2~3が3~2~1である。

 政治家を始め、教育関係、報道関係に至るまで常軌を逸している輩が多過ぎる。範を垂れるべき人間が恥を晒し、至る所、逆様状態、ガソリン問題も、耳障りの良い事より、何が適切であるかを国民は問い、且つ知り、政治家は値下げの結果の長所、短所を明白に説明すべきで、喧々諤々の討論に於いても矛盾を感じる。

 

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大食い

 コラムに「大食い」に関してTV 放映についてが載っていた。大食い競争に用いる食品を、時間切れ間近かに棄てる食品を使えばと、成る程。コンビニなどで時間切れ間近に、お弁当類が棄てられて行く。誰しも「勿体無い」の思いで見ているのは、当然の事と思う。

 我々、口にする事も控える高価な料理を、コギャルと称する女性タレントがパクパクと、容赦もなく「お代わり」とニコニコ顔。沢山食べる事で仕事が増え、ギャラを貰い、代価は局が支払う良い事尽くめ。国内でも食べられない「貧すれば鈍する」輩も増えつつある近頃、視聴者取りの為に面白おかしく番組の企画者。「消え行く日本」と題するも宜なるかなである。

 戦前から終戦20年間ぐらいは、「お米を粗末にすると目が瞑れる」食に対して粗末に扱うことを諌められてきた。今、法外な不道徳極まる要求を平気で言う人達が増えたのも、欲しい侭の生活で、心の目がつぶれ始めていると感じる。

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不便

 「集金制度はなくなります」と、月々訪れて呉れる郵便局員の言葉に、民営化の不便が遂に来たかとの思いと、地方の山間部の人達が歎いていた事を思い出す。

 「来ない」と一言だが、郵便局始まって以来慣れ親しんで来た関わりが切れる。集金に来てくれるから月々何がしかを通帳に入れ、其処から自動振込みがなされる。年寄りが足元覚束なく通帳に払い込まねば底を突き、自動振込みが出来なくなる。

 通帳に沢山ある人は何の不自由も無かろうが、年金収入から何がしかを入れなくては、住民税、健康保険料凡て自動振込みであれば、其の不便たるや押して知るべしである。バリヤフリーが奨励され、家の中が不自由なくも、外出できない老人の事は何も考えに入っていない。徴収しに来てくれなければ、未納、滞納が起きる。滞納すれば滞納金を取られ、泣き面に蜂である。此れは不便の序の口に過ぎないと思う。特種郵便局がなくなり、本局まで行かねばならぬ人々の不便さの、その後の追及はなされず、人々の不満も伝えられていない。

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大国

 支那と呼ばれていた時代、「眠れる獅子」と教えられた。広い国土、発達していない地方の人々の生活状態は噂ではあるが、綿入れの袖長着に手を差し込み、目の位置にまで挙げて「しぇ-しぇ-」と礼を言う。朝、顔を洗うのに日本人は手を上下に動かして洗うが、彼らは顔の方を動かして洗うと聞かされ動作が違うのだなーとか、寒い国、農民は貧困だとの情報のみであったが「獅子が目覚めたら恐ろしい国力を持つ国になるとも聞かされた。

 今、オリンピック開催に向け、進歩し続けているらしいが、何処の国にも言える、陰で憂き目に会っている国民も可成いる様だ。人間は何処まで目指せば気が済むのか、日本に於いても然り、「バベルの塔」の結末にならねば良いがと憂う。

 平和の象徴的オリンピックの競技出場資格争いも、記録延ばしのために憂き身をやつす凄まじい戦いである。根本に流れる物は一体何なのか、「記録を延ばす為」「メダル獲得の為」「個人の栄光の為」?新しい水着が開発されたと言うが、水の抵抗をなくす生地と、筋肉を引き締めて動きを早める繊維が織り込まれていると言う。此れを着て記録が出るとしたら、本人の記録なのか、化開発された生地によるのか、其処までして記録の為に?心から喜べないものを感じる。

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こだわり

 昨日、社名「Pnasonic]について載せたが、周りを見ても、時代の変化で昔ほど後継者に対しての執着心が薄れているのに気付く。看板を大事にした時代は遠のき、折角継いだ看板を穢す事件も相次ぎ、誇りも責任感も薄らぎ只、利益を追うのみと感じる。

 家名を継ぐにしても、子供は天からの授かりもの、女子のみでは婿養子を取り、是が非でも家名を継がせる。親同士の話し合いで難なく事が運んだが、今では跡継ぎに拘る事無く子供の意志尊重が優先している。近隣でも跡継ぎが居ても結婚せず、嫁に行った娘には子供が授からず、娘ばかりであったり、息子ばかりであるとか偏っており、お節介者も居ない昨今では、独身者が軒並みの状態。跡継ぎとかに全然拘らない現状が果たして良いのやら悪いのやら、母の実家、昔で言う本家では跡継ぎは戦死、次の後継者は満州へ転勤し一族全滅、墓を残すのみとなっている。

 日本古来の家名とか、後継者に拘る考え方が古いのかも知れない。主人が生前、世の中の変化、憂い事等のニュースを耳にすると「先の事は知った事じやーない、何年も生きていない、今日無事に生かされている事は有り難い事」と、憂いての事か、呆れての事か、今も聞こえてくる。

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ブランド

 松下電器が、ナショナル、松下電工、パナソニック等との製品名を、海外で売れ行きを伸ばすパナソニック名に統一し、10月から実施すると発表され、何故其処までしなければならぬかと、投書欄にも載っており、批評家のコメントも批判していた。同感である。

 世界に通じる為にとあったが、松下幸之助創業者の伝記が掲載されたのを続けて読んでいたが、下積みから努力し、並々ならぬ夫人の支えや良き協力者、番頭格として使えてきた人達が築き上げ、今日の業績を上げるに至った。今迄は、何処かに松下の名前が寄り添う如く出ていたが、10月からは松下名は消える。此れでよいのであろうか。松下塾で育てられた人達の貢献度は高い事も周知であるが、塾の教育方針も掻き消されて行きそうである。

 個人的に情けなく思っていたが、一人ではなかった。「日本」の国名をなくす事が出来ようか?と思うくらいの驚きを感じた。思うに、「パナソニック松下」 とか大文字に付け加え、小文字にてでも松下の文字を残すべきと思う。電気界の大きな歴史が消滅して行き、大きな足跡を残した業績も、会社自身も夕日の沈み行く思いがしてならない。政界に於いても似通った様相が覗え、行く末が思い遣られる。

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支持率

 今朝の「新聞を読んで」の放送で、福田内閣支持率評が、新聞社によって異なる事を挙げていた。朝日新聞では福田内閣の支持率が野党より下回り、読売新聞では支持率が上回る。新聞社の性格上か、記者の感覚によるものか、各社共に数値が違う。当然の事ながらも個人では、読み比べて判断する事は財が許さない。

 年金生活者としては、新聞も一社に絞り、女性としては家庭欄に惹かれて選び、しかも朝刊だけにして後は耳からのニュースで事欠かないが、率評を耳にすれば一般人の信用度に不安を覚え、心迷わされる要素を含む。

 今朝の放送で思うことは、自分が、どの党を信頼出来るか、過去の業績、政治家の人となり、人格から滲み出る要素を自分なりに受け止め、今、國として進むべき方針の打ち出しに賛同出来るかを判断する事が大切と感じた。

 ガソリンの暫定税も、安ければ此れに越したことはないが、町村大臣がパネルでの説明を聞くと、必要性も頷ける。安くなれば引き締めていた車使用度も緩み、贅沢趣向に拍車が掛かる。喜ぶ人の率は多いかも知れぬが、除雪車とか、道路補修等、余り表に出ない面での不自由に影響を及ぼす事を知る。

 民社党では此れを理由に一挙に政権確保の懐刀にしようとしているが、暫定税をなくした額を何処で補うかがはっきりとしない。「言うは安し、されど行うは難し」では困る。唱える事は主権者よりは容易に発言出来るが、権を握った時、諸問題の解決法がはっきりしていない。給油問題も止めれば何故良いか、自国を潤う事のみでは利己主義者と受け止められかねない。

 近頃の町内も付き合いの無い、「隣は何をする人ぞ」になりつつあり、国も其の風潮であっては島国日本としては、そこそこの付き合いも必要ではなかろうかとも思うのだが、「下手の考え休むに似たり」か「下手な鉄砲も数撃てば当たる」。果て、さて、何れか、議員選びに「お願いします」に頼まれず、自分の意思に「そぐう」人物選びが必要と切に思う。

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哀れ

 二人の息子を殺めた母親が、自首したニュースに息子の先々を思う母親の心情に然も有りなんと、胸の痛みを感じる。収入源の夫は倒れ、自閉症と身障者の二人の息子を抱え、再三相談に役所へ行ったと言うが、解決の目どは立たず、結果が出るにしても長い時間が掛かる。ぎりぎりまで来ていれば待つ余裕は無く切羽詰っての事であろうと察する。

 同じ様な子供を持つ家庭を知っているが、経済的に恵まれて居る上に身障者の手当てを貰い、障害者の施設に入り、年に数日家で世話をする。この状態と比べると天と地の差がある。障害者手当ては貰えなかったのか?例え、貰えたにせよ収入の無い家庭では焼け石に水かも知れない。今凌ぐ事が出来ても、やがては息子達が残る時が来る事を思えばと、切なる親心の惨事となってしまっのであろう。

 此れに至るまでに、何とかならぬかと思うのは第三者故かも知れない。役所の問い合わせに「待って下さい」と答えた時は覚悟が出来た上での答えであろう。毎日流れる殺人のニュース、一番手っ取り早い解決法と、唆されたのかも知れない。何しろ心痛む。

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たすき

 正月恒例の箱根駅伝走者が、記者の質問の「何故、寒さの中苦しい行程を走るのか」へのコメントに深い感銘を受けた。「記録を出す、とかの思いは勿論あるが、たすきを渡す責任と、渡せた時の達成感に喜びを感じる」と言う内容である。記者は今の日本が渡さなければならない事が渡されていないと、同感である。

 ニュースで「お雑煮を食べたか」「日の出を拝みに行ったか」「初詣をしたか」の質問に「はい」と答えた人は三分の一以下であり、日本の伝統行事が失われているのを感じると報道していた。確かに核家族になってから二代目、もしくは三代目となった現在、親から子へ代々伝わる正月行事の数々は伝わらなくなっている。

 おせち料理にしても、お頭付きも目出度さを表し、煮豆はマメマメしく働けるように、蓮は先が見通せる様に、人参牛蒡の切り方も末広がりに先行き良い事を念じ、蓮の切り口の置き方で白羽の矢と称して縁起を担ぎ、一つ一つに目出度く縁起良い謂れがある事を、作りながら次世代に伝えて来たのである。

 先ず箸を付けるのも挨拶を交わし、一家の主が箸を付けてから戴く礼儀があり、守って来たのだが、今では行う家も少ないらしい。お金さえ出せば、手を汚す事無くおせち料理が揃う時代、其処には作りつつ交わす大切な言葉は無い。

 大切な事を渡したくも受け取ろうとする相手が居ない、めいめい勝手に走り出し、伝統も責任も無く自由奔放に走る現在、或る面では制止が付かない状態を感じるのは、家族間での殺傷。昔ではあり得ない事件、あったとしても肉親間の殺傷は一番罪が重いのである。心ある人々の声が大きく広がり、終止符を打つ事が速やかなることを願う。

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節約

 「何処まで恵まれれば気が済むのか」と題して、曽野綾子氏が新聞に載せていた。文明の進化に伴い、際限なく進歩を続け、新しい物を追い求め、便利さ、豊かさに慣れ、更に要求する。求める人が居るから作るのか、作るから買うのか留まる所知らずの現況であるが故に、何処まで・・・・との言葉が出るのも当然。

 省エネと言いながらレジ袋もお金を払えば使えると勘違いしているのか、レジ袋を減らす為の呼び掛けである事が理解できないのか、と思う節もあり、店で扱わなければとも思ったりもする。売り場のトレイ、ラップを使用量、高給和菓子に至っては一個づつ、小さなレイに乗せてある。昔は紙や経木の柵で区切ってあった。何しろ包装過剰、生産者が改善するか、消費者が買わないようにするか、上からの命令でもなければ改善できないのか、其の上たるやも苛立ちを覚えるが、選んだのは国民である。

 節電を唱えながらも、ひと時を過ぎれば元の木阿弥状態。新聞の一画に、深夜営業時間を制限すればとあった。便利さに甘んじた人達が、さぞ、不便を感じるかも知れないが、何処かで元の生活に戻る努力をしなければ、唱えて居るだけでは埒が明かない。一人一人が身の回りから、何をすれば環境破壊を阻止する一役を担う事ができるかを考えるべきと思う。

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姥捨て

 昨夜、8チャンネルで、政治家を交えて介護に対する討論がなされていた。実情の取材例を映し、悲惨な状態を今後、如何に解決して行くか政治家達が何処まで理解しているかが討論されていた。

 病床が減らされた原因は、より良い介護の援助が充実されての上で、家族介護がなされるべきが、家庭介護だけが実施され、援助されるべき介護がお題目だけに止まり、実施されていない現実を、政治家は役人からの実施報告が来ていないと逃げた。

 年々増える要介護者、放映された実情は、介護に疲れ、収入は途絶え、介護者も癌に侵されながらも手術も出来ず、見る方も息が詰まる思いである。無理心中、介護者が病人を殺める、孤独死、斯うした悲惨な事件は早急に、何とか手を売ってもらわねば今後、益々増えるであろう。家庭介護をする為には仕事は続けられない、例え続けられたにせよ、介護者の健康が保てない。

 要介護の査定が余りにも厳しく、今まで3回の人はゼロになり、介護を依頼すれば費用がかさむ。早く死ね、と言わんばかりと訴えていた。高給取りの政治家達、中には介護をしたと言う方も居られるが年寄りの年金額では到底生き延びられない。政治家達や金持ちの頭にある額とは桁が違い、想像も付かぬであろう。もっと底辺に、目を向け、活発に動き回る年齢者の目を老齢者の立場に立って見て貰いたい物である。

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漢字

 「私の正論」の応募に当選者二名共に、メキシコと中国の外国人である事に驚きと、崩れつつある日本語、漢字を知らない日本の人々の多いことに情けなさを感じる。

 其々に意味を秘めて成り立ち、其処からひらがなやカタカナが生まれ、三十一文字に思いを表し、「水茎」と称する筆跡に託す日本ならではの美しさは、世界には無いと思う。ブログ上でも歌詠みに対して思いを馳せている方も居られる事に心通じるものを感じる。

 世界に通じる英語もこれからの時代に必要ではあるものの、日本人として日本語をどの位い知り、理解しているか、「始めに言葉あり」との如く、自国語を知らずしては日本人たり得ない。先ず、基礎を確り固め身に付けてから崩すなり外国語を学ぶべしである。

 日本国内でも、地方に伝わる独特のほう辯には、積み重ねられた土地の歴史が含まれているが、これらも廃れつつあり地方の良さが失はれて行く。「新し物好き」と流行を負う人を称するが、新しい物を只取り入れることが進歩でもないと思う。

 外国の建物をみても、古の建築様式を確り維持し、近代的な建物に対しては規制していると見る。今の日本にはケジメが無くなっている。漢字から日本を読み取り、美を知り、理解を深めている文面には只々恐れ入るばかりであり、日本人として恥しくさえ思う。

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宣教師

 長崎の当時、キリシタン弾圧に隠れキリシタンとして信仰を維持し続け、明治6年解禁令が発布され公に礼拝を守れるようなった頃、フランスから30歳半ば過ぎの宣教師が来日、貧しさに喘ぐ人々に麺の製造を始めとし、様々な職種を開発して仕事を与え、立派な礼拝堂を建てて人々の心身共に豊かにした事等を周辺の景色を交え、功績を称えていた。

 取材者は、一人の宣教師が此処まで人々の為に、あらゆる技能を、財を費やして伝道に生涯を尽くされた事に感嘆していた。在日30数年、惜しくも事故で70有余年の生涯を閉じられたとの事、地域の人々は今も尚、恩人として偲び感謝し、建てられた教会堂に日々集い、礼拝を守っているとの事。

 今も残る教会堂の建築様式はヨーロッパ風(建築様式を聞きそびれた)内部の柱構造等、当時の棟梁の技巧の素晴らしさを称えていた。一度訪れて見たい気持を掻き立てられた放映であった。

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CO2被害

 昨夜のTVで世界中で被害を蒙り、此の儘では更に被害拡大の恐れが迫っている事が放映されていた。最高峰のヒマラヤの中腹にある雪解け水による湖の面積は倍加し、天然の防波堤が何時決壊してもおかしくない状態に、人工の防波堤建設には目どが立たず、お手上げ状態で、もし決壊した場合の被害、死者数は驚きの数字である。

 これ等は皆、CO2に因るもので、日本の食生活を満たす60%以上の輸入による食材の運搬船、鮮度を保つ為の保冷に使う燃料から出される排気ガス。遠くは日本の裏側に位する国からの輸入の貨物船、飛行機からの害は世界を抜いて日本が一番と言う恥しい数字である。

 コンビニでのお弁当調査で、時間切れで売り場から幾つかの籠で人目につかぬ場所へ運び出され、廃棄処分になる量23%。最も勿体無く思うのは、パーティの立食に出され盛り沢山の食種。更に結婚披露宴の手の付けない料理が容赦なく棄てられる量は60%を上回る。コンビニの弁当の鮭一切れを、生産から入手迄の過程を追っていたが、如何に環境を汚染しているかに驚き、寒気さえ感じる。

 どれだけの人が此の放映を見ていたか、無論、仕事に関る人は見られないであろうが、弁えなければならぬ人が真剣に取り組むべきだが、消費者も大いに弁え、買わない、注文を控える、売る側も棄てる量を注文時に控える。棄てている費用は何処が負担しているのか?販売者は納入者に、納入者は生産者へと?泣きを見ているのは誰、何処。

 パーティや披露宴の企画者も、虚栄を棄て、質素に無駄を省き,次世代の為に限りある資源を使い果たす事なき様、心得ねばならぬ。ギクッとした言葉は、オイル資源云々と騒いでいるが、50年後水不足が来ると。水が無くなる事は生命を絶たれると同じ事、到底作り出すことは不可能である。今自粛せねば、取り返しが付かない恐るべき時代が迫っている。

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処理

身辺で暮に何人かが世を去り、真剣に身辺整理をせねばと思い箪笥を開ける。何時かは着たいと思いつつ、着ても一日~二日で箪笥の肥やし、まだ手も通さぬ物もあり実に勿体無い。着物リホームと雑誌、新聞に出ているが、洋服との二重生活での着物は上物が多く、服にした所で手入れが大変で、洋服生地の扱い同様には行かない。

 着物生活から服に切り替えるならば、常着ば服に更生出来るが、上物はそうも行かず、例え更生できたとしてもフォーマル用になってしまう。一番良いのは着物愛好家に貰って頂くより手は無いと考えた物の、はて?息子の同級生にでも声を掛けて貰い希望者が有るかどうか?手始めにと頼む。

 人生を終える迄に今年こそ、思い切って整理をせねばと、今迄は出して眺めて叉元への繰り返し。幾ら取って置きたくも、残された物との関係が無ければ反古である。潔く、感謝しつつ処理して行くべし。今年こそは?

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府中

 3000人もの受刑者が、府中で新年を迎えていると言う状態を取材した記事と写真が載っていた。消灯9時が31日は紅白歌合戦と、除夜の鐘をTV で見る事が許され、其れなりの雑煮の献立の写真も載っており、窺い知る事は時代の変化を感じた。

 ニュースなどで知るところに因れば、罪の大小を問わず刑務所に収容されれば、頭は丸刈り、横縞模様の衣服を身に纏い、粗末な食事、所謂「臭い飯」麦ご飯で漬物とか、厳しい時間制度の中で規則正しく寝起きし、決められた労働を科せられ刑期に達すると聞く。粗食や厳しさの中で自分の犯した罪の重さを感じ、反省し、恥を知り、再び戻らぬ覚悟が養われる為の手段と理解していた。

 然し、刑期を終えた人が行く先も無く懐は乏しき為、万引きをして捕えられての第一声は、「刑務所に戻りたかった」である。衣食住に不便を感ずることは無い。仲間と親しくなり孤独感を感ずる事もない。如何に受け止めたら良いか、罪の意識も恥じらいなど微塵も無い。罪に対しての意識の無さは如何してなのか、何処で捩じれてしまったのか、国会の捻じれどこの騒ぎではない。

 罪の軽重に関わらず、入れられること自体に対して罪の認識が無さ過ぎるのではないか。刑期が終われば凡てが掻き失せるとでも思っているのであろうか。網走の刑務所と聞くだけで震え上がると、読んだ事がある。極寒の中、せんべい布団と麦飯で過す辛さ等は今は無いらしい。人権尊重の為であるのか、昔から比べれば可成の優遇であるかも知れぬが、刑務所とは無縁の生活が当然で、「嘘は泥棒の始まり」と、きつく戒められて育った頃の躾が浸透して欲しい物である。

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新年

 賀正。本年もお目汚しのブログと宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。墓参り後、息子、娘家族が集まり、我が家に於いてささやかな新年会。初めて。女性数を上回る男性数に力強さを感じる。何時の間にか30歳を越す孫達に、秘かに一日も早く嫁取りを願う思いも年の所為か。孫自身も「子孫繁栄に協力せねば」と言いつつも、独身貴族を満喫の環境から脱せるか?昔の様に、草鞋をすり減らして仲立ちに骨折る御仁も滅多に居られず、叉、居られるにしても話に乗るかどうかである。

 現代人の言葉として「フーリングが合わなくては」と来る。KY と言うが、何処まで相手を読めるかどうか、何しろ早く落ち着いて貰いたい。私事になってしまい失礼。

 穏かな日和の如く、安泰の一年である事を心より願う。

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