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一年

 今年も残り十数時間となった。食も細くなった今では最小限の仕度となる。今朝、一番に飛び込んできた訃報に人生、世の縮図を感じる。30年ほど前に仲人をした男性の旅立ちである。長生きをしていると自分より先に知人友人、まして若い物の死は心痛み、悲しい。

 振り返れば、予測しない出来事で、老若男女命を落としている。今日、生かされ健康である事は有り難く、不思議とさえ思え、皆に支えられ、天地創造の見えない力の支配の下に生かされ、計画の中に動かされていることを感じる。

 様々、雑多の世相の一年。来る年にも余り期待出来そうにも無いが、温暖化を食い止めるべく、一人一人が心して生活を営み、平和を願い自制心を養い先ず小さい事から、善い事に向けて実行して行く事を願う。

 このブログにお目通し頂いた皆様、心から感謝申し上げ、来る年も宜しく願い上げます。感謝。

 

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便利用品

 今朝のNHKTVで、発売されている便利用品の数々が紹介されていた。どれも此れも成る程と思う便利グッツ、子供でも盤の上に置いて、折りたためる。盤の通に畳めば、大きさも揃い子供でも簡単に畳め、一定の大きさ故、仕舞い易い。確かに宣伝文句通りではあり感心した。物の考えた方は立派、確かに知恵者。売れれば一攫千金も夢ではなく凄いが「待て暫し」、便利なものを利用し、時間も省けるかも知れないが、用具は増えるに反比例して消費者の考える能力は減退して行くのではなかろうか。

 お金を出しても物が無い時代、お互い知恵を絞り、有る物で工夫し間に合わせ、壊れれば修理し、破れれば繕い、一度手にしたものは最後まで大切に使い切った。薄破れた布を丈夫にする為に刺し子が考え出され、破れた布のお互いに良い所を継ぎ接ぎして生まれ変わらせて利用したが、今では、新しい布を使い、薄綿を引いてキルトに仕上げる手芸の始めとなっている。

 知恵を絞る事も無く、脳の活性化と称する器具を利用して活性する時代になってしまい、器具を買えない人間は自身、余程工夫せねば老化現象に委ねるほかは無さそうであるが、此れでは御免蒙る。お金が無くても、器具に頼らずも知恵を絞り、工夫して脳の活性化に励むべし。

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資源

 地下資源宝庫を持つ国の王が「豊富にあっても限りがある。使い尽くせば原始時代に戻らねばならない」と言われたとかを聞く。段々少なくなりつつある為と思うが、資源を持てる国も出し惜しみをするのは当然、新たに掘削できる所を血眼で捜し、果ては境界線問題も併発し、限りある資源の争奪戦となり兼ねない。

 如何に工夫すれば無駄遣いを阻止できるか、発展途上国は意義を醸し、経済大国は協力に二の足を踏む。便利さや豊かさに慣れた人々は縮小させるには努力が必要であり、実行は中々困難な事であると言っても、少しづつでも知恵を絞り無駄を省いて行かねば次の世代に負担が掛かる事は必然。

 我々の生活から始める事は当然ながら、政府、企業、生産者、販売者も真剣に根本から考えなおすべきと思う。石油から作り出す容器類、過剰包装、衣類に至るまで使い捨て商品が余りにも多い。これ等の生産者には被害が及ぶかも知れないが、使用するから作るのか、作られるから使用するのかイタチごっことなる。何処で引き締めるか?消費者が真剣に選択し協力すれば少しでも変わって行くのでは、変えて行かねばと思う。

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クリスマスカード

 25日に届いたアメリカからのクリスマスカード。10年程前に帰国した夫人からので吃驚。よく覚えていて下さったものよと感激一入。彼女との出会いは、私の友人達と我が家で英語の学びをすべく招いた米国人の教師である。

 彼女はブラジル二世の日本人の夫と別れ、男の子一人を抱えて苦労している事を知った。近所の人達の冷遇は其の子供までに及び、幼稚園への行き帰りに石を投げられたりの虐めにも遭い、意を決して帰国するとの事で、何か良い思い出をと、私の所属している会でのバザーに招き、其処の幼稚園の遊具で思う存分遊ばせ、バザー食を馳走し、親子は喜んで帰った。

 アメリカでの生活も落ち着き、息子も十代の終りになったであろう。クリスマスを前に日本の事を思い出されての事かと嬉しく、たどたどしきながら、返事を書き投函する。無地届き、英文が理解して貰えるかが心配ではあるが、心が通じる事を願う。

 外国人は持て囃されているとばかりに思っていたが、華やかに生活している人達にはちやほやでも、普通に生活している人達には日本の生活は楽ではない事を知る。英語塾NOVAにしても、職を無くした外国人達はさぞ苦労した事であろうと推察する。

 何やかと騒々しい世相ながら、平穏無事で過される事に感謝し、年を迎える心構えに望もう。

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計画

 今朝のNHkTVで、日野原先生と三国連太郎氏との対談の中で、先生が5~10年先の講演や原稿の予約が此の通りと見せていたのに対して、一瞬、その様に予約したとて?の思いが頭を掠めたことに恥じらいを覚えた。「後何年生きられるか判らないのに」との思いが日常度々過ぎり、控える事もあったり、叉、後の為にと思い買い求めたりの交々であるが、考えを改め無ければならぬと感じた。

 生を授けられた神様の手の内に、終りも計画されているであろう、なれば現在生かされていることに感謝し、精一杯生きることに邁進し、健康であるべく自己管理し、前進への計画を豊富に持つべしと、思いを新たにした。

 忘れっぽくなった、年を感じる、あち、こちが痛む、目も乏しくなって来た、食も細くなって来た。おまけに年金は減る、健康保険は来春から上る、物価は高くなる、良い事はひとつも無い。考えれば、お先真っ暗尻つぼみ。だからこそ前向きに考えよう、其れなりに知恵を絞り、其れなりに工夫し、其れなりに志向(思考)を凝らし、活き活きと生きるべしと自分に命令を下す。

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師走

 クリスマスカードにも儀礼的なもの、心からの物とあるのが不思議に伝わってくる。今日で音の世界からジングルベルが消える途端に師走の声が飛び交い、何をせずとも追い立てられる思いがし始める。

 ラジオもTVにしても心痛むニュースばかり、中に目立つのは肉親を平気で殺めるとは信じ難いと言うか、情と言うものは掻き失せてしまったのか?情報が速やかに流れる為、唆されての行動なのか?誰しも腹立ち、怒りもあり「殺したい位憎い」と言う言葉もあるが、「待て暫し」とじっくり考え、後先の事、結果、恥、責任等々に思いを馳せる「間」と言うか、常に己を省みる事の訓練が為されていない。

 刃物で殺める事以外、言葉の刃物により殺める事も多い。最近NHKで言葉の変化や使い方を取り上げているが、最近言葉の乱れは甚だしい。電波による所為か、悪い言葉や可笑しなアクセントまで広まり、嘆かわしく思うが、安政生まれの私の祖母が、「近頃の衆は言葉遣いがなっておらない」と歎いていた事が思い出され、何時の時代も時の流れに沿って変化して行くのかと、良い方に変わるより悪化する事に心痛む。

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討論

 長時間の討論を、民間のあとNHKで見聞きした。民間は、その筋の人、公共のは、一般からの応募者を交えての討論であった。何れも話題は社保の件では、特別郵送の件でも喧々諤々なるも、我が党の政権獲得が漂う。

 5万通の郵送にしても考え抜いた挙句の果てかもしれないし、上に立って良かれと粉骨砕身の努力も判らぬ訳でもないが、無駄に思える。筋立てているだけにも思える。トラックで運ぶ莫大な封筒量、郵送料、印刷代、使用する紙の量。問い合わせの応答に対処する施設の増設、携る人件費等々、「一体何処か賄うの」と問いたい。

 問題を抱え込んで政治家達だけで良い知恵が出るであろうか、比評に「乳母日傘で育った政治家ばかりのニッポン」とあったが、真に其の通と思う。庶民の最低生活者の苦労は分からない。庶民も、最近では貧富の差が可成有るように感じる。加賀の菓子屋で、金箔で張り巡らした部屋に始まり、菓子に至るまで凡て金箔尽くめ、買う金持ちが居るから作るのであろうが、勿体無い。

 増税、消費税を増やすなら贅沢品にだけに付ければよい。討論会で若者の発言で、「年金を受け取らなくても生活できる金持ちには年金を出さなければ良い」と。発言者は贅沢な生活者の孫で、贅沢な生活者にとっては年金額は、端た金如きであろう。感覚の桁が違う。此れと同じで政治家の考えも、桁が狂っているとしか受け止められない。

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廃棄

 身の回りも処理せねばつ思いつつ捨て難く、元に納めてしまうの繰り返し。最近漸く少しづつ片付けててはいるものの、はかどらない。

 TVで、食品類の廃棄される量が都民の食を養う一日分が毎日捨てられていると言う。何と勿体無い「罰当たり」な事が日々行われているとの事。勿体無いと期限を書き換える心境も分からぬものではないが、「勿体無い」より、利益に繋げている事に腹立つ。原料の6割が輸入に依存しているとか、安く売らんカナで安い仕入れに手が伸びる。国内産は売れないの悪循環。如何したら歯止めが利くのか、末恐ろしい。

 毎日どさっと入る広告、月に何度も配達される通販のカタログ、よくも商品が溢れているものよと驚く生産量。其れを宣伝する紙の量。幾ら再利用できるとは言え、利用生産数以上に山済みされる回収された紙の量。石油高値であらゆる物が値上がりし、叉は、形を小さくして値段は据え置きとの算段をしているとか、おまけに消費税を上げるとかの政策がチラホラ。上つ方は左団扇で「庶民の苦しみは知らん顔」であっては困る。この「ぼやき」届く術はないものかと歎くのみ。

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真似

 中学三年生の驚きの行動は、摺り集団映画の仕草に関心を寄せ、憧れ真似をしたと言う。 習字も作法も師匠の動作を真似して覚えよと教えられ、親の背を見ても学び、少しでも上達しようと一挙一動、心して見習うようにと言われてきた。が、然し、見習いや真似もとんだ方向に考えが及んだものと、「親の顔が見たい」と、見た所で此の親も何を見習ってきたか、見習う術も分からず、教えてくれる人も居なかったのではないかと思われる。

 「憧れる」目標が異なり、理解の仕方が歪んでいる。普通なら、悪の映画を見ても、そうした事はしてはならぬ、世の中に悪い影響を及ぼしてはならぬと、諌めている面を受け止めねばならぬ筈が、唆されて仕舞うとは狂っているとしか言えないが、此れだけでは片付けられない深くまで浸透した不道徳さ、どの様に修正出来るのかが懸念される。

 フィットネスクラブでの出来事も然り、此れもアメリカでの出来事の真似宜しきを得たのか、英雄気取りの真似事にしては残酷であり過ぎる。明るいニュースが殆ど無い。事件の報道も詳し過ぎ、怖い物見たさの視聴者の関心をそそる為か、叉真似をする人間を増やすような物。其れより、火事が出た、何人犠牲になった、原因は取調べ中で終わり、尻切れトンボ。大事なのは、何が原因で火災が起きたかを知らせるべきで、器具によるのか、静電気の火花によるのか詳細に知らせる事で各々が用心出来る。

 トップニュースで功を競う記者の気持ちも分からぬでは無いが、斯くまでも不理解、道理を弁えぬ輩が多い時代に取材側も気を使い、コマーシャルの非常識さ、輸入映画の選び方にも気配りが必要ではなかろうか。

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値上がり

 何もかも値上がり、年金は目減りに、節約の箇所を考える。此れから先ず響くのは暖房費、ふんわり温まる灯油もタンクの買い替えを機にガスストーブに切り替えた。殆どの暖房器具が電気を必要としているので、停電時に閉口した事を踏まえ、電気併用なしの器具にし、ヤカンもかけられる機種にした。正解と言えるかどうか、来春から電気ガスも値上がりと言う。何れにせよ容赦なく、財布の中身は目減りして行く。

 一旦、贅沢な暮らしに慣れると引き締めは大変であるが、戦前の暮らしを思えばと振り返る。家では大きな火鉢が暖房の要、何時もヤカンからは蒸気が出ており、乾燥を防ぐの理に適っている。コタツも、床を刳り貫いて足を下ろせるようになったのは戦後である。火鉢の周りに家族が寄り、コタツで足や膝を温めあう。みかんやおせんべいが常時載っており、嫌でも家族は顔を突き合わせ、何となく話は絶えず、自然に家族の交流が出来ていた。

 値上がりに、家計は苦しい物の、今を機に生活のあり方を考え直す良い時期かもしれない。やがては食料も、今の無駄遣い、勿体無さを弁えぬ生活ぶりに、跳ね返りが必ず来ると思う。其の時期が先延ばし出来る様にとの警告と感じる。

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揚げ足とり

 来る日も来る日も「揚げ足取り」としか聞こえぬ討論に、いささか、腹立たしさを覚える。別に民主党に逆らう訳でもないが、重箱の隅を突くが如く、次々と応答の揚げ足を取る。見慣れぬ議員も誇らしげに、此れ見よとばかりに捲くし立て、自分の存在を知らしめる如くに感じる。

 確かに、取り掛かる前の意気込みとして、期日を約した事ではあるが、何年もかかって曖昧にしてきた事柄を、早急に処理できる筈がない。命令一下、機械化された現代、手早く処理されるとの過信である事には違いないが、一生懸命、目を引っ込ませて取り組んでいる姿から努力の程が伝わる。

 言わせて貰えば、事の始まり時代、大きな発言をしておられる輩も此の件に関わっていたではないか、現在、離党したからと、目くじら立てず、政治家であるならば、処理に四苦八苦して居る姿を火事場の見物的に野次らず、助け合が嫌なら良い手法を助言出来ないのか。政権を取りたいばかりに、手の内は明かさない、攻め抜くのみの手法なのか。国民の為に心を一にして、難事を打開すべきではないか。

 昔は、小さな藩に別れ、同じ日本国でありながら、取り、取られの戦国時代さながらの態と同じに感じる。政治家達の意図は何処にあるのか、選挙には再び議席に戻りたいと発言を聞く。信念は何処にあるかと言いたい。歎いた所で国民が目を覚まし、真剣に議員の選択ができる目を養う事が先決かも知れない。

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 「偽」が第一位に選ばれた事について、清水寺のご住職が書かれての言葉に、国民が身にしみなくてはならぬ。政治家を始めとして、凡ての業者、個人に至るまで偽りに彩られてしまい、平然と罷り通ってしまった。あれほど騒がれた偽装設計、手抜き材料が先日も有名業者現場から発覚しており、真に懲りない面々である。

 賞味期限表示ラベルも張替え、書き換えが出来ないラベルに変わると言うが、此れにはコストが掛かり、皺寄せは消費者に来る。期限を偽る理由は、心底、勿体無いの精心より、如何に利益を上げんかなの魂胆からと窺える。

 「吉兆」の創業者が、諭していたと言う「事業は広げるな、屏風も広げると倒れる」と。誠に名言であり、何事にも応用できる言葉と感銘深く受け止めた。角度を保つ事によって、大小を問わず屏風の真価が発揮される。

 賞味期限は何時頃からか記憶に無いが、如何して付けられる様になったのか、以前は、生産者の良心的安全さを信頼し、消費者は自分の感覚で良し悪しを判断し、病人も出なかった。宴席での料理持ち帰りが出来なくなったのは、池之端のホテルの料理で病人が出た事によると覚えている。

 こんな物に迄と思う品にまで、消費期限が付く。買って来て期限切れでも判断して、自己責任で使う人は恐らく多いと思う。消費期限を付ける事で、業者は責任逃れをしている点があると感じる。付けておけば、買った側に責任転換できる。何事も起きない安心感が、書き換えに手を染め始めた結果「偽」となる。鶏が先か、卵が先か?行政の指向が崩れ始めてきている事に不安を感じる。

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 昭和11年の今日、独身の王が、三度も離婚暦のある婦人との結婚を反対され、英国々王位を辞退した驚きのニュースが流れた日である。王位を棄ててまでシンプソン夫人との恋を全うし、米国に移住した。

 其れはそれは美しく品位のある婦人で、今も記憶に残る。現在のエリザベス女王の父君が、英国王位を継がれた。日本では考えられない、思いもよらぬ出来事ながら、微笑ましく耳にした。

 現在流れるニュースには、思いもよらぬ出来事ばかり、微笑ましさどころか、おどろおどろしき事ばかりながら、ぽつんぽつんと心温まるニュースもあり、心和む。認知症老婦人に寄り添う迷子犬、暖を求め、人恋しく寄り添った事が功績となる。自然界の寒さの中で、慾徳なしに本能的な形態の結果と言うか、何か深く教えられるものがある。人は、何が大切か、トルストイの民話を思い出す。

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十二月八日

 忘れる事が出来ない日米開戦の日、手違いと言うものの結果的には奇襲となった。戦勝続きに浮き立ち、深みに嵌って留まらず、マッカーサーが白旗を挙げた時点で了承し、山本五十六大将が受領すべきと唱えたのにも関わらず、一蹴にした陸軍の戦法が押し進み、此の時期を機に、立て直した米軍の勢いに坂を転げ落ちる如く敗戦の憂き目を見ることになった。

 今の日本は、平和と豊かさにどっぷり浸っている様だが、ひたひたと忍び寄る地球温暖化による環境異変が生活を脅かし始めている。政治家の指導力、国民の思考力、選択、判断も疎かになりつつあり、敗戦の憂き目と同じ様な悲惨な状態が近い将来に襲い掛かり、憂き目を見なければ良いがと心配する。

 昭和30年代であったか、十二月八日夜、プロレスラーの力道山が刺され、一週間後に世を去った。関脇から転身し、プロレスを盛んにした草分けの人と記憶する。年代を異にするがジョン・レノンが凶弾に倒れたのも同じ日、平和運動に心血を注ぎ、歌手として再出発を始めた志は、熱狂的フアンのために断たれてしまった。両氏とも前途有望な人が、一個人の思惑の為に命を落とし、多くの人の期待ももぎ取ってしまう。

 人の命を事も無げに奪う、これほど惨忍な事が有ろうか。幼くも、叉、年寄りでも、与えられた天命を人の手で奪われる残念さ、恐ろしさ、無念さは表しようも無い。絶対にしてはならぬ事を、どの様にして分からせるべきか、人を殺めれば自分の命と交換しても戻らぬ事を解らせられようか?

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何故

 区の広報が配られ、20年度から65歳以上にも年金に対して税がかかるとの事で、申告を怠らぬ様との事である。消費税を上げざるを得ない、健康保険による医療費の支払いは上る、真綿で首を絞める如きとはまさしく此の事である。

 今朝の新聞には、民主党党首を含め総勢40名が国会を休んで中国を訪れると言う。喧々諤々、口先だけの遣り取りで時間を費やし、何が為の作戦か、国会が一日延長すれば、一億円の経費が掛かる。其れを承知で延期させる為の訪中なのか?経費も馬鹿にならぬであろう。何れ献金を当て込んでか、何処から出費されるのか?

 国民の爪に火を灯すほどの苦しみをよそに、訪中が如何程の国益を齎すのか、物見遊山が関の山と勘繰る。偉そうな顔をして居られても誰の故に当選し、国民の血税で懐が暖められているのかお忘れか。何故?如何して?国民は何と大人しい事か、いや、声を出しても届かない。戦争中の軍事勢力と同じに思える。

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土砂崩れ

 晴天続きであるのに、土砂崩れが処々に起きて、手の施しようが無いとの事。 農耕地も10年後には壊滅してしまう地方が多々有ると報じられている。老齢化が進んでいる事がなを拍車をかけていると言うが、土地の人に言わせれば、政府の制定の誤算による結果だと言う。奨励金を出して植林を促し、50年後の収益は見事に失敗。成長までに安い材木か輸入され、採算が合わず特に棚田では樹木の手入れに手が及ばず、若者は収入を求めて土地を離れるの悪循環。

 一旦荒れた土地を元に戻すには、人手、年数、費用が掛かる。60%以上輸入食依存する現状を作り上げるには手間は掛からぬが、今の状態では飢餓が襲い兼ねないと憂いている声は、如何したら政治家に届くのであろう。地方から選出された議員達は、自分の懐が肥えると、荒廃に近い田地田畑を知らぬ顔なのか、見向きもしないのか。

 政府方針に逆らって、植林を断り、米、野菜生産に励んだ地方が豊かになっている例も報道されていた。詰りは、助成されると言う甘い言葉に乗らなかった人達が、勝利を収めた結果が出たと言う訳。国民はすべからく賢く、議員達の選択を誤ってはいけないことを肝に銘じるべきだ。

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年毎に

 年毎に喪中葉書を手にする枚数が増え、「あれ! おや! 残念!」と思いなが目を通す。中にはご主人の兄弟の死に関して迄も、喪中通知が来る。嫁に出した先の家族の死に至るまでの通知も来る。

 何時から、喪中通知が事細かに、出される様になったか?確か、戦前は勿論、大袈裟にしなかったし、近頃のように分家の先までの死亡に関して喪中とはならなかったが、何処で、何時から盛んになったのか?喪に服する人物は何親等、家族は何日間が喪中であるか、他家に嫁いだ者に対しては、離籍している故に一般参列者として取り扱っていたのだが、境界線が有耶無耶になってしまっている。

 その筋の方が、本来の葬祭に関しての正しい作法を顕わにして貰いたい。我々の時代はと説明しても、現代の風潮に押し流され、出さねばならぬ風潮に流され、此処にも無駄がある。郵便局が喜んでいるであろうけれど、確かなことを教えるべきと思う。

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