物忘れ

 鶴の嘴が挟みになっているデザイン模様の鋏、20年位前の頂き物であるが何でも良く切れる。筆立て入れに差し込ん使わない日は無いほどに重宝している。

 此れが見当たらない、はて?何時使ったか記憶を辿る。三日前か?いや、ひょっとすると昨日読んだ雑誌に挟まって気付かずにしまったか、最後に使用した状況を思い出そうとしても思い出せず、頭から離れない。もしやと思うところは小まめに探すが見当たらない。目に入ってしまっているかも知れないと家族に協力を頼んで、別の目で見て貰うが無い。とうとう来たか!と少々落ち込む。

 物の間に挟まったかとテーブルの上の物入れも引っ繰り返して調べたが無い。お蔭で整理が出来たものの、疲れてきたのと歳の所為とは言え斯うも忘れるものかと呆れ、情けなくなる。数年前、手入れして人に上げようと思った装飾品が何処へ入れたか見当たらず、其れきり出てこない前歴があるので余計自信が無い。

 仕方がない、他の挟みにしてと、一時諦める事にするとした朝、何と、家族が使った場所に置き忘れていたことを思い出してくれ、無事に手元に戻り安堵したが、それ以上に安心できた事は、無くなると人の所為にする痴呆症の初期でない事に確信が持て、記憶を呼び出そうと、日を追ってじっくり行動を手繰り寄せる事が出来た事に喜べた。

| | コメント (1)

改竄

 社保庁の役人が立場を利用して改竄行為をしたとの報道に、叉かと最初の驚きとは違い、度重なる失態に「未だ他の庁の役人も、自分の利益の為、何等かしているのでは」と疑心が増す。

 同じ職場に慣れ、信用度を増すに連れ少し位ならとか、後で返せばと自分への言い訳で深みに嵌ると聞く。銀行に勤め始めは金高に驚くが、慣れるに従って品物として見えるようになると言っていた。慣れる事は麻痺してくる感覚の恐ろしさ、「初心忘れずに」と言う格言があるのも昔から慣れへの諌めである。

 我が身可愛さで、ぬけぬけと悪知恵を働かせるあくどさ、然も、高等教育を受けた輩達である。誠に情けない。「我が身つねって人の痛さを知れ」であり、「悪銭身につかず」 「隠れたるに知れぬは無し」である。懐を肥やしたり、我が子可愛さで地位を利用し袖の下を使って迄して目的を達した家族は顔向けが出来なかろうと思うが、違反で捕まった時「運が悪かった」と言うのと同じで「盗みをした子が憎のうて、縄掛けた人が恨めしい」の川柳の心境かもしれない。

| | コメント (0)

分を弁える

 14歳で大それた事を仕出かしたものだと恐れを感じる。1,6mの身長であれば体形的には青年と見られるが、精神的には分別の付かない子供と言え、大胆な事をして、両親への嫌がらせと言うだけで、周りへの気遣いなど欠片も無い。自分に汚点を残し妹の将来まで奪う思慮の無さ、こうした思いを抱く原因は?性格の芽は如何して育ってしまったのであろうか。残金8万円あったと言うが、九州まで行き一泊、新幹線で名古屋までの費用を持つとは、何処から得たのか。

 両親から窘められた原因は、女生徒との付き合いとの事。此れだけなら両親が注意するのは当然であるが、其れまでの経緯が問題である。タバコも吸っていたとか、年頃としては大人の行動への興味深々、真似をして見たい衝動に駆られる。然し其れを抑えられる精神的教育を怠っていたのでは?

 高校生になった息子から煙草の匂いを嗅ぎ取った時、「今は親に依存する身、学業を終え一人前として社会へ貢献ができ、給料を貰う事が出来てから、良し悪を弁え、遣りたい事を選んでしなさい」と。友達の誘惑もあろう、自身の好奇心もあろう中でどうやら戦い抜いて育ち、定年まで勤め上げてくれた。

 昔と違い、大方持っているとは言え必要欠くべからざる必需品とは言えない携帯、幼稚園児まで持たせている親もいるとか、並みのサラリーマンの家計では大きな負担である。此処にも貧富の差で持たせて貰えない子供は仲間はずれとなる。見回してみれば、家計を締め上げる出費が多い。上の教育を望めば杉並区の学校では、塾の先生が学校に来て貰い一人授業料¥24,000支払うと言う。

 子供の実力以上の程度を望む親が多いのは、出世を望むが故であろう。役人に、医者にと高給取りにするため共稼ぎをする。本当の家庭教育が為されているであろうか。教育する親は共稼ぎで留守。学校では学べない、人間としての家庭教育が等閑になっているように思える。

 事件の多い昨今、此れからの日本を背負う子供の親御達、大丈夫と思っておられても、お金では買えない、親でなければ教育できない大切な人間教育を見直す時であろう。

| | コメント (0)

言葉の乱れ

 言葉の乱れが新聞にも取上げられたり、3チャンネルでも正しい言葉の使い方が取上げられているが、昔は言葉の使い方の訓練は厳しかったと言うNHK 、標準語として見習うほどの局であったが、「オヤ!」と思われるほど言葉遣いが乱れており、注意を促す電話の返事は「辞書に載っていますから」と。近頃は辞書なるものも、近代使われている言葉を載せており、此れが必ずしも正しいとは言えないにも拘らず、辞書に載っているから良いのだとばかりの返答に更に驚く。

 民間局に至っては尚の事、視聴者の多い昼時の放映ではタレントを司会者のアシスタントとして用いている。人気者かも知れぬが敬語の使い方も知らない「大学は出たけれど」である。司会者は注意すべきで、司会者そのものもご存じないのかも知れない。

 見識のあるお方をお招きした時も、「○○さんに来てもらいました」、聞いている方が恥しくなる。視聴者が多い番組ほど言葉遣いを始めとして、出演者一同、言葉遣いも態度にも気遣い、核家族になって祖父母、両親から学べない正しい日本語を用いるべく努力を惜しまないで頂きたい。

| | コメント (1)

漁船

 漁船が油高騰の為、漁獲に出られず魚が売り場から姿を消すと報道されている。庶民の口が肥え、昔は食べられた魚が沢山取れても売れないからと山積みの魚が棄てられているニュースは、つい先頃。

 「エンヤラ、エンヤラ櫓拍子揃えて、朝日の港を出で行く漁船」と歌にまで歌われた漁港の朝、消費者が多くなった為か、新鮮さを早く届ける為か、油で動く船に姿を変えたのは何時頃からであろう。すっかり機械化され、即冷凍保存され、新鮮な味は通常の事と慣れ、市場には輸入物を交えて種類豊富に店先に並ぶ。

 生物ゆえ、何十%は処分される状態は毎日毎日続いている。豊魚であった鰊も鰯も近海では獲れなくなり、80%近くは輸入に頼っているという。今朝の報道では、アフリカの沖合いまで遠洋漁業に出ているとのことに驚く。

 日本の食の90%以上、輸入に頼っている日本の食料に恐怖を感じる。漁民の方々にとっては死活問題であろうが、魚類にとっては繁殖期を与えられたと思っているかも知れない?

 有り余る食量に慣れきった国民への警告の始まりではなかろうか。魚に限らず、食品店から期限切れで廃棄される分量は莫大である。一方では、食に飢え5歳まで命永らえぬ飢餓の国もあり、勿体無さを真剣に考え、食生活への驕りの見直しの時期であるのではと痛切に思う。

 ガソリン値上で、高速道路が5%少ないとの事、使はずに済んでいる人がいる。煙草も1,000になれば禁煙者も増え、健康が保たれるであろう。不自由をして見れば、如何に物の有り難さを知り得よう。良いチャンスかも知れない。

| | コメント (0)

近所の底力

 豪雨による河川氾濫で水害被害を度々受ける世田谷、杉並の一部の住民方の助け合いが放映された。近所の方々の助け合いで成功された実証を交えてであるが、都会特有の近所づきあいの無さ、「隣は何をする人ぞ」で我関せずが多く、消息を知ること事態がプライバシイ侵害と打ち解けてくれない事に苦慮していた。

 災害時ばかりでなく、今朝も孤独死の多いことが取上げられているが、声を掛けられるのも厭い、叉声を掛ける人も少なくなっている。以前は留守にするときは声を掛け、ポストを見てあげたり、雨戸の開け閉めをして留守を知られないように世話をしたものだが、迷惑を掛けまいと新聞屋に連絡して止めたり気遣う人が殆ど。(新聞配達人が空き巣に入ったニュースに唖然とする。)

 果たして災害時にどれ程手助け出来るか、住宅街は尚の事、家族何人かも分らない現状である。十数年前までは町内会員名簿が各家庭に配布されたが、此れも中止された。協力しようにも手立てが無く、孤独死の防ぎようが段々無くなって来ている。

 近所の底力に協力する年齢層も高齢者に属している。団地も子供達は巣立ち老人が残り、増える空き部屋。空き部屋に妻に先立たれた高齢男性が引越してきて7年、老朽化で取り壊されるというが行く先が無いし、例え、あてがわれても年齢的に其の場所に順応出来ないとぼやいていた。年々増える高齢者に如何様に政府は処遇を施してくれるであろうか、先が見えない。

| | コメント (2)

三竦み

 昆虫研究者であるお方が朝の放送の話を、野菜の生産者も流通業者も消費者も聞いて欲しいと思った。と言う内容は、夏野菜も冬野菜も四季を通して店頭に並べられている。季節に応じて造られる野菜に虫が付いても、此れを食とする昆虫が退治してくれるので消毒を必要としない。アブラムシを天道虫が食べてくれる言う事で自然退治が出来ている如しである。

 然し、季節外の野菜を生産するが為、着く虫を退治する昆虫は季節外はいない。消毒をして育てる=消毒するから昆虫の卵も消滅し、時期が来ても働いてくれる昆虫がいなくなる=人間が消毒するの悪循環。

 天敵が作られており、四季を通じて時のものを造っておれば、体に悪い薬品を使う必要もなく、四季折々の野菜を食することによってバランスの良い食生活が出来、健康が得られる。

 今、盛んに言われている健康食の陰と陽が実行できるのである。講師は言う、「生産者も流通業者も消費者も、目を覚まして欲しい。此れを実行する事で温暖化防止にも繫がり、健康状態も保てる」と。昔から言う「三竦み」が成り立てば、余分な費用をかけて温室生産でCO 2 を排出もしなくて済み、自然体での生産を好む様に切り替える事が大切である。胡瓜が曲がっていようが栄養には関係ないし、余りにも拘り過ぎている消費者も頭を切り替える必要を急ぐべしである。

| | コメント (1)

叉も

 次々と出るわ出るわ、賄賂、偽装、これ等は今に始まった事ではない。以前から沢山あったが申し出る者が居なかったのか、取上げられなかったかである。小学校の頃議員の子供への優遇は公然と行はれており、優秀でなくても上級学校へ進んでいた。地位と金の力だと諦めていたし、肩で風を切る態度で威張っていた。

 役所との繫がりを付ければ左団扇、商売はベルトコンベア式に成り立ってゆく。コンテストでも審査員系列は何故か優勝したり選に入るのも不思議で、何やら匂う。

 何の伝手も無く、独立独歩で伸し上ってゆくには、相当の努力と実力が無ければ上れないにも拘らず、初心を忘れて利益に走った立身出世型の業者が「此れで俺も終りだ」と呟いた言葉が耳に残る。

 努力も苦しみも知らず、親の威光や二代目、三代目が政治家の地位を占めている昨今、優秀な御仁も居られようが、下積みからの苦労も食うや食わずの苦労の経験も無い乳母日傘の方々が、庶民の生活内容が解ろう筈が無い。

 とやかく批評した所で所詮投票した我々、「どうせ」と投げやりに投票しない輩にも責任はあるが、実際、良い政治家が、と依れる人が、改革者が居られるのか、居ても従来の役人が行動を阻んでいる様子も窺い知る。暴かれるのを恐れているのかも知れない。イヤハヤ、信用が置けない事ばかりの続出には言葉が無い。

| | コメント (1)

お辞儀

 有名店の女将が二ヶ月間で二人引退し、お客様方に深々とお辞儀をした姿勢に含まれる内容には雲泥の差を感じた。

 一人の女将のお辞儀には自分の代で閉じねばならぬ無念さ、悔しさが滲み出ている。勿体無い思いは年配者であれば誰しも抱いているが、欲が絡んでの行為なるが故に、批判を浴びる結果となる。

 片や60年、大阪名物にもなり、道頓堀を賑わした人形を持つ食堂が惜しまれつつ今月に入り閉店し、大勢の客、有名人の常連客、記者連に、にこやかに感謝を籠めて深々とお辞儀をした。「建物も老朽化し」との口実あれど、惜しまれつつも引き際の見事さを感じる。

 二人のお辞儀には、明暗がはっきりとしており人生の歩み方の末路を学ばせられた。何れも有名であるが、感謝の気持を籠めた商売の仕方が優劣をはっきりさせたと思う。

| | コメント (0)

実施

 中国の方の投書に、日本の食堂で割り箸が多く使われている事と、自分の箸(マイ箸)を使用している人が少ない事に驚いている。中国では、置き箸で、割り箸は使われていないと言う。

 確かに中華料理店では、一見、象牙風の箸が出されている。以前は一般食堂でも塗り箸が筒状の入れ物に差し込まれて、卓上に載っていた。最近たまに塗り箸が置いてある所もあるが珍しく、協力店と感じる。

 一昨年あたりよりマイ箸をと奨励されながら、立ち消え状態にさえ思われ、エコとは関係なき如くに受け止められているのでは。投書の方曰く、中国からも箸の為に木が切り倒され、輸入しているとあった。南方の木々は殆ど箸のために切り倒されたと聞く。

 環境改善の為に、樹木の管理、植林に奔走している傍らで切り倒されているのでは矛盾も甚だしい。食事関係者を始め、外食する一人一人が大いに関心を持ち、実行に移して貰いたい。私一人位ならではなく、私一人から実行する心構えでありたい。

 七夕の夕べ、2時間の消灯が全国で76.000 施設で実施、121.7000W 電力は32.800世帯の消費量に相当の節電となったとある。たった一度で終わらず、これだけの数字が計算されるのであれば、週に一度でも実施し、協力者を増やし輪を広げて行くべきと思う。ライトアップは週に一度か、無くすべきで、贅沢である。無くて済む物は節約すべしである。

| | コメント (1)

«袖の下